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三百六十二話 悪夢

 ──冷たい風が頬を撫でた。

 その風は何処か寂しく、何とも言えない虚無感が訪れる。一定の速度で流れ続け黒髪を揺らす。

 足元の枯れた草。葉が殆ど落ち、悲しい雰囲気の漂う木。それらが風に煽られカサカサと揺れ、擦り合って残った葉が流され吹き飛ぶ。

 今にも雨が降りそうな曇天の雲の下、一人の少女が涙を流してトボトボと力の無い脚で歩いていた。


「お父さん……お母さん……どこ……どこに行っちゃったの……」


 身体は泥塗れであり、服はボロボロ。怪我もしているようで、何とも言えない惨憺さんたんさがあった。

 何故このように寂れた場所に少女がたった一人で来ているのか疑問だが、少女は両親を探しつつただひたすら歩みを進めていた。


「居たぞ! 魔族の子供だ!」

「逃がすな! アイツは存在だけで世界的大犯罪者だ!」

「あの血を生かしてはおけぬ!!」

「そうだ、見た目は中々良い。奴隷として売るのが良いんじゃねぇか!?」

「ああ、そうしよう」


「ヒッ……」


 枯れ草を踏み潰し、品の無い走りでその少女に向けて走ってくる人間達。どうやら少女はその者達に追われてこの場所まで来たという事だ。

 幼い少女の脚では直ぐに追い付かれてしまい、その者達に柔らかな手を荒々しく掴まれる。


「ヤダ……離して!」


「黙れ! お前はまだ自分の立場が分からないようだな!! 呪われた血縁がッ!!」

「お前は存在自体が悪だ!! ありとあらゆる虐待の末、死に至るのが相応。いや、それでも足りない程だッ!!」

「まさか子孫が居たとはな! 何故この代まで根絶やしになってなかったんだ!」

「ハッ、どうせ諦めの悪い奴等が護っていたんだろ! 糞迷惑なものだッ!!」


 次々と罵詈雑言を吐きつつ、まだ幼い少女を乱暴に扱う者達。顔を殴り、腹部を蹴り、地に叩き付けて馬乗りになり首を絞める。少女は泣き喚き、その様子を者達は楽しそうに嗤っていた。


「うわああん!! 痛いよお!!」


「ハッ! 何を言ってんだ糞餓鬼!!」

「貴様の祖先に苦しめられた我ら、この程度で済ますと思うなよ!!」

「衣服を引き千切って全裸で吊るすのも良い! 思い付く限りの苦痛を与えてやる!!」


 少女が泣こうと誰も助けない。周りに居る大人はみなが痛め付け、みなが少女を虐待する。

 祖先と言っていたが、どれ程の罪を重ねたのか。その罪は何時まで残り、何時まで背負わなければならないのか。全く検討が付かなかった。


「オラ、歩け! 親の前で娘を痛め付けてやるよ!」

「愛しい子供が苦しむ姿はどうだ糞共が!」


「や、止めてくれ……私はどうなっても良い……妻と娘だけは……!」

「貴方! いえ、私こそどうなっても良いから……夫と────だけは……!」


「お父さん! お母さん!」


 そして、者達の仲間はその少女の両親を引き摺ってきた。両親は荒々しく投げ飛ばされ、地に擦って傷を負う。

 しかし二人は自分の事など気にせず、目の前で物理的な苦痛を与えられている娘が心配な様子だ。


「ハッ! お前達を苦しめるのは当然の事だ! だが、娘を助ける訳にもいかねえよ!」

「親子揃って苦痛を与えて殺してやる!!」

「貴様らのようなゴミが生きているって事実が気に食わねえんだよ!!」


 次の瞬間、その二人に向けて鋭利な刃物が振り落とされた。

 刃物は空気を切り裂き、ヒュン、という風を切る音と共に、


「危ない! 『エクラ』!」

「アナタ!?」

「……! お父さん!!」


 ──少女の父親を斬り裂いた。


 妻であるエクラと呼ばれた者。彼女を護る為、自らの命を犠牲にして父親は妻を護ったのだ。


「チッ、邪魔が入った!」

「だが良い、どの道殺すつもりだったんだ」

「ああ、もう少し娘を痛め付ける様を見せられなかったのは心残りだが、まだ妻が居る」

「親子仲良く地獄に落ちな!」


 少女の父親を切断した刃物を抜き、その妻と少女を一瞥する者達。グチグチと肉が刃に擦る嫌な音が響き、肉片と共に真っ赤な鮮血が辺りへ飛び散った。


「貴方! アナタ! 目を開けて『エルピス』!!」


 涙を浮かべ、夫を起こそうとするエクラ。しかし夫エルピスは目を開けず、出血も止まる気配無く身体が冷たくなるのを感じた。

 それを確信してしまったエクラは項垂れ、口元を手で覆って小さな声ですすり泣く。

 涙と共に手に付いた夫の血液が流れ、赤い涙も相まって深紅の液体が地を流れる。


「赤い涙……やっぱ魔族ってのは気持ち悪い種族だ!」

「さっさと殺しちまおう!」


「やめて! お父さんとお母さんをいじめないで!!」

「黙れ糞餓鬼!!」

「きゃっ!」


 すすり泣くエクラに向け、刃物を振りかざす者。少女は慌てて止めに入るが、別の者によって蹴り飛ばされた。

 少女は涙と共に吐血し、数メートル程離れてしまう。


「死ね、悪魔の一族が……ッ!!」

「……悪魔は……貴方達よ……!」

「……ッ、化け物が、減らず口を!!」


 刃物を振りかざし、言葉を発する者。エクラは赤い涙を浮かべつつ睨み付け、その者に反論した。

 その威圧に思わず気圧される者だが歯を食い縛り、エクラの頭へ──


「やめて! 待って! お母さ──」


「……逃げて、『フォンセ』。貴女にも何時か……大切な……」


「────!!!」


「死ねェ!!!」


 ──脳天から下半身に掛け、勢いよく抉られた。

 脳が飛び出し、身体は二つに別れ臓物が辺りへ散らばる。エクラの近くにはエルピスもおり、刃物の勢いは止まらず既に死したエルピスの身体を更に細かく粉砕する。そして、エクラの亡骸はエルピスの身体へ覆い被さるように倒れた。

 それを見た少女──フォンセ・アステリは何かを言ったが、その声が両親に届く事は無かった。


「……ねえ、何で……何でお父さんとお母さんをいじめるの……ねえ、ねえ、ねえ!!」


 立ち竦み、身体を小刻みに震えさせるフォンセ。周りに居た大人はクッと醜く嗤い、


「知らねえな? テメェらが生きていなきゃんな事にはならなかったんだよ!!」

「安心しろ! テメェも直ぐにあの世へ送ってやる!! 両親共々、地獄で罰を受けながら末永く暮らしな!!」


 品の無い嗤い、品の無い声。品の無い、存在。

 醜く、存在する価値すら感じさせない者を前にフォンセは──


「お願いだから……お父さんとお母さんをいじめないで……」


「「「…………!?」」」


 ──周りに居た、全ての大人に魔術を放った。


 大人達は反応せず、反応出来ずに炎で焼き尽くされ、水で身体を貫かれ、風で身体を内部から破壊され、土で身体を押し潰される。続いて回復魔術で身体を治された後、同じ苦痛を何度も味合わせる。


「いじめないで……いじめないで……二人をいじめないで!!!」


「「「ひ、ひいいい!! ……ッ!」」」


 赤い涙が流れ、先程よりも激しく身体を砕かれる大人達。意識を失えばその意識を戻させ、再び死ぬ程の苦痛を何度も、何度も、何度も何度も何度も浴びせる。

 フォンセの気が済むまで。いや、気が済む事は無いだろう。何よりも大切な存在を、目の前で殺されたのだから。

 一〇〇〇を超えた時辺りでフォンセは疲れが生じ、ふら付いて意識を失う。

 辺りにはエルピス・アステリとエクラ・アステリの亡骸。そして、形が残っていない荒れ果てた土地と真っ赤な"ナニか"が散らばっていた。



 ──ああ、思い出した。思い出してしまった。



 ──確かこれは、忘れていた記憶……忘れたかった記憶。



 ──大切な存在。それを失う怖さを知らなかった私、フォンセ・アステリ。そんな事は無かった、既に私は、失う怖さを知っていたんだ。



 ──恐らくこれは、記憶の断片が見せる悪夢。私は昨日、大切な者たちと睡眠を取った。そして、今に至る。




 ──つまりもう、目覚める頃合い。思い出したくなかったけど、思い出せて良かったのは両親の顔。悲しそうな顔だったが、死ぬ間際、二人は私へ笑顔を見せてくれた。





 ────悪夢を忘れたい。両親の笑顔だけを胸に刻みたい。そんな私の意識はたった今────







*****



「……」


 秋の寒さと、眩しい日差しがフォンセを包み、フォンセは微睡みから覚醒した。

 辺りには昨日土魔術で造った風除けと魔物対策を兼ねた石造りの壁があり、ライ、レイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェを囲んでいる。エマとドレイクの姿が見えない事から、二人は外に居るのだろうと推測するのは難しくなかった。しかしニュンフェは基本的に早起きなので、まだ寝ているとは珍しい事だ。


「……何か……嫌な夢を見ていた気がする……」


 誰に言う訳でも無く、誰にも聞こえない声でボソリと呟くフォンセ。

 内容は思い出せないが、確かに悪夢を見ていた記憶はある。そしてその悪夢の中に、希望や光のような何かがあった事も覚えている。しかし、内容だけはどうしても思い出せない状態だ。


「気分が悪い、外に出るか……」


 夢を思い出そうとするとフィルターのようなもやが掛かり、頭痛と吐き気、そして誰に向けてのものか分からない怒りを感じる。

 体調が優れないらしく、フォンセはゆっくりと重い足取りで壁の外へと向かった。


「うっ……何だこの気持ちは……何だか分からないが……」


 胸を押さえつつフラフラしながら近くの川まで来、膝を着いて赤い涙を流す。何故流れるのか分からない涙。吐き気も止まらず、胃の中の物が逆流してくる。そして嫌な汗が止まる事無く身体を流れていた。


「オーイ、フォンセ? 何しているんだ川で……? ……!? オイ、大丈夫か!?」


 するとその近くへ、目が覚めたのかフォンセの大切な仲間の一人であるライが姿を見せた。

 目覚めがてらに散歩でもしていたようだが、フォンセのただならぬ雰囲気を見て慌てながらフォンセへ近付いた。


「あ、ああ……ライ。だ、大丈夫……だ。寝起きが悪くてな……少々……体調が優れないらしい……」


「それを言われて"なら大丈夫か!"とはならねえよ! あ、声は小さくした方が良さそうだ。と、兎に角リヤンとニュンフェを……!」


「待て、皆に迷惑は掛けたくない……大丈夫、少し気分が悪いだけに過ぎないからな……」


「いや、大丈夫に見えない。フォンセは大切な仲間だ。仲間が危険なら相応の事をしなくちゃならない……!」


 近付くライへ心配掛けまいと冷や汗を流しながら笑うフォンセ。何処からどう見ても無理をしている、明らかに異様な雰囲気だ。顔色は悪く、今でも膝を着いている状態。

 にもかかわらず、当のフォンセは他の仲間に心配を掛けたくないという理由で断った。無論ライは反論するが、フォンセの表情からするに治療を受けるつもりは無いらしい。


「ふふ、案ずるな。ライの顔を見たら少し気分が良くなった。私は先程悪夢を見ていたようだからな……そのストレスで身体が不調をきたしたのだろう。頼もしい仲間のお陰でストレスも消えたみたいだ。何も問題は無い」


「……本当にそうなのか? さっきの状態からするにあまり体調が良さそうには見えないが……」


「ああ、さっきの"大丈夫"は嘘だが、今の"大丈夫"は本当だ」


 スッと立ち上がり、フッと笑みを浮かべるフォンセ。気付けば冷や汗も引いており、頭痛や吐き気といった原因不明の不調も無くなっていた。

 身体も軽くなっており、先程までの不調など始めからなかったのではと勘違いしてしまいそうな程。無論、先程までのフォンセはライから見ても具合が悪く、かなり心配だった事に変わりは無い。


「そうか。まだ少し不安だけど、フォンセがそう言うのならそれで良い……のか?」


「ああ、私は健康その物だ。内容は覚えていないが、悪夢による過度なストレスが原因だろう」


「内容は覚えていない……か」


 フォンセの言い回しに、何処か違和感を覚えるライ。確か数週間前にも、リヤンが似たような事を言っていた。リヤンの場合は悪夢では無く良夢だったが、話している事が似ているのは気のせいでは無いだろう。


「ところで、何故ライはこの川へ?」


 ある程度体調が戻ったフォンセは鈍い痛みを頭に感じながら、自分が気になった事をライへ尋ねる。朝早くの今、フォンセは体調が悪く近くの川に来るまで数分も掛かってしまったがそこへ偶々(たまたま)ライが来た事が気になったのだ。


「ああ、眠気を覚まそうと顔を洗いにな。そしたらフォンセが具合悪そうに倒れているから、眠気も覚めて慌てて来たんだ」


「ふふ、そうか。すまなかったな、ライ。お陰で私も気分が良くなった。さっきも言ったが、もう問題無い。ついでに顔を洗おう、野生の国の水は全体的に清潔だからな」


 ライが来た理由は、純粋に顔を洗う為らしい。フォンセの言うように、自然その物の姿をした水は清潔で透き通っている。特にこの場所は上流で、更に言えば野生動物もあまり近付いてこない位置に存在する。

 基本的に雨の水がろ過され、そのまま流れているので細菌なども少ないのだ。まあ、仮に汚れていたとしても回復魔術を使えば問題無い。

 元々四大エレメントは宇宙に干渉して自然の力を魔力と合わせる事でなるもの。元が自然なので、自然物を再生させるのにも魔法・魔術は便利なのだ。


「ああ、そうだな。レイたちもそろそろ起きるだろうし、俺たちも事を済ませたら戻るか」


「ああ」


 軽く顔を洗い、ほんのりと残っていた眠気を吹き飛ばすライとフォンセ。レイ、リヤン、ニュンフェもそろそろ起きる。というか既に起きているかもしれないので、二人はそそくさと仲間たちの元へと戻って行く。

 気付いた時にフォンセは、悪夢の事など忘れていた。それも仲間たちの存在が故にだろう。

 目覚めの悪かった朝だが、朝日も相まり気分良く歩を進めるフォンセだった。

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