三百五十八話 vsニーズヘッグ・決着
──山が十座、消し飛んだ。
それと同時に星が揺れ、爆音のような音が一帯に響き渡り幾つものクレーターを生み出して星の表面を抉る。
誤解の無いように述べるのなら、ライとニーズヘッグ。彼らは移動しただけで星の表面を抉り取ったのだ。
抉られた箇所には再び移動する一人と一匹によって戻り、ライのニーズヘッグは地に降り立って即座に加速する。
刹那に何十回とぶつかり合い、時にはニーズヘッグから炎が放たれ、それを防ぐライ。
「──!!」
『──!!』
炎によって生じた黒煙からライとニーズヘッグが飛び出し、ライの腕と黒龍の腕がぶつかり弾かれる。弾かれた瞬間にライは空中を蹴り、サマーソルトキックのようにバク宙の要領でニーズヘッグの頭に蹴りを当てる。
ニーズヘッグはそれを正面から受け止め、頭を動かしてライを天へと舞い上げた。そのまま口から火球を吐き付け、ライの居た空中で大爆発が起こる。
爆風は音速を超えて広がり、一人と一匹の居る森を火の海に変えた。
その炎海は刹那に割れ、ライとニーズヘッグが互いに向けて突進する。
炎は一人と一匹を避け、避けたように見え、彼らを包み込みながら渦を巻く。
炎に包まれ、二つの身体が勢いよく激突した。
再び大きなクレーターが造られるがそれに留まらず、範囲が広がり砂塵によって視界が意味を成さなくなる。
『これがお前の七割か。ハッハ、確かに全体的な能力が高くなった。一挙一動で星を砕かんとばかりの破壊力、内なる力がどれ程まで高いのか興味深い』
「ハハ、これでも抑えている方なんだけどな。今の七割で本気になりゃ、星どころか銀河系が消滅し兼ねない」
『惑星、恒成の領域を超え、銀河系消滅の力か。その力も恐ろしいが、それと同様の力を使える者がこの世界に居るって事も恐ろしいな。上を見たら最強と言われる者達が何人、何匹居る事やら』
「ああ、全くその通りだな」
そして一人と一匹は、何百、何千回となる衝突を起こした。ほぼ同時に、何百、何千回となる爆発を起こして周囲が消し飛ぶ。
それなりに広い魔物の国だが、このままでは魔物の国その物が消し飛んでしまうのでは? と錯覚してしまう。
成長し続けている今のライは、素の力でかつての魔王を一割纏った程のものがある。つまり今は上乗せされ、かつての魔王八割程の力があるという事。
しかし一割と七割は違い過ぎるので上乗せによってそんなに変わるのか、少々疑問に思うところである。そして、そんな力を使えば一歩動くだけでこの星を破壊出来るのだが、それが起こっていないとは如何程のものだろう。
しかし、自分に対して不都合な事は起こらない、起こらせない魔王の力がそれ程強いという事だ。
自分に都合の良い事をのみ起こし、都合の悪い事は無視出来る概念すらを超越した魔王の力。まさに無限大という言葉が当て嵌まり、底無しの実力である。何とも理不尽な力だろう。
だが、ライの敵はニーズヘッグ。そんな力を持ってしても時間の掛かる相手。
何というしつこさかと言いたいが、再生し続ける世界樹の根を破壊し宇宙を崩壊させる為に噛み続けるその根気。これでもまだしつこさの本領は発揮していないのだから末恐ろしいものである。
そしてまた、このライやニーズヘッグに匹敵する者がこの世界、宇宙のあらゆる所に居るのがもっと恐ろしい事かもしれない。
まあ最も、今の相手は目の前に居る者。宇宙を見る前に、その者を打ち倒す事が目的だ。
「らァ!!」
『ヌゥ!!』
次いで回し蹴りを放つライと、尾で迎え撃つニーズヘッグ。脚と尾が再びぶつかり、天地を割って亀裂を生み出す。
その瞬間にニーズヘッグが翼を羽ばたかせて空中へと舞い上がり、空中から連続して火球を吐き付ける。その一つ一つが大きく爆発し、火の海すらを焼き尽くした。
しかしニーズヘッグの吐き出す火球を無効化出来るライ。もとい、魔王(元)。
ニーズヘッグの炎は魔法・魔術やその他の異能では無いが、今はライの力が上乗せされている。厳密に言えば、ライの物理攻撃を無効化する力が、だ。
計二つの能力、異能と物理の無効化。それが行われている魔王にとって、ニーズヘッグの炎は暖を取るのに丁度良いものでしかなかった。
無論、ニーズヘッグ自身がかなりの実力者なので、依然として油断した瞬間に殺られ兼ねない力であるが。
『その禍々しい力……気のせいか、何処かで感じた事があるような気がする……。お前、その力は先天性か?』
「……」
唐突に、何処かでも質問されたような事を聞かれる。
それに対してライは反応を示し、肩を竦めて無言で返す。以前聞かれたのは"シャハル・カラズ"にて百鬼夜行騒動があった時、大天狗にも同じ質問をされた気がした。
やはり実力者には何かを感じ取られるのだろう。そしてそれを強く感じ取るのは人間、魔族や幻獣では無く、常日頃から荒れており弱肉強食の世界を生きる魔物に多い気がする。というか、大天狗もニーズヘッグも魔物に近い種族。いや、少々語弊があった。大天狗は妖怪なので魔物に近いという事だが、ニーズヘッグは元から魔物なので"魔物に近い種族では無く"、"魔物その物"だった。
そんな質問に対し、ライは苦笑を浮かべてニーズヘッグに返す。
「そうだな、どちらかと言えば後天性の実力だ。アンタの言う、禍々しい内なる力。それは最近目覚めたものだな。まあ俺自身、よく素養が高いって言われるけど、イマイチ実感は無いな。アンタの言う力が禍々しいものなら、それは後天的に身に付いた力だよ」
『ほう、そうか。しかし、お前自身が理解していない素の力。確かにそれも高く感じる。後天的に身に付いたという禍々しい力に負けず劣らず、お前自身がかなりの強者であると分かるぜ』
前の質問と同じように、ライは禍々しい力。魔王の力は後天的に身に付いたと返した。隠す必要もない力。その正体を明かしたら問題だが、何時宿ったかを話すくらいなら問題など無い。
だがニーズヘッグは、そんな魔王の力のみならずライとしての"素の力"からも何かを感じていた。
魔王はよく自分以上の力がライに宿っていると話すが、イマイチ実感は沸かなかった。
しかしニーズヘッグから見ても、ライの奥底にはかなりの"何か"があるとの事。その何かは気になるが、魔王の力に耐えられるライ。それくらいならば出来ても何ら不思議では無い。
本人がそれに気付いていないというのが一番の問題だが。
「ハハ、そうか。ありがと……よ!」
『どう致しまし……て!』
一人と一匹は大地を踏み砕いて駆け出し、互いの距離を詰めた。
今一度ぶつかるのかと思われたがそうでは無く、互いの距離を詰めつつ跳躍し、すれ違いの形で一人と一匹は振り向く。
「使ってみるか……"炎"!」
『魔術も使えるの──カッ!』
放たれたのはライの炎魔術とニーズヘッグが吐いた炎。
ライとニーズヘッグでは無く、真っ赤に燃える二つの轟炎がぶつかり合って炎を辺りに広げた。
二つの炎は波のように返り、数十メートル舞い上がって森だった場所へ追い討ちを掛けるように焼き尽くす。
「"旋風"!」
その炎を煽るよう、風魔術を放つライ。煽られた炎は火力を増し、更なる広がりを見せて周辺を燃やす。
既に森はライとニーズヘッグの戦闘によって無くなっており、大地が露になっているのであまり燃え広がる事はないがそれでも二つの火力は凄まじく、常人ならば近付くだけで火傷し兼ねない程だった。
しかしながら、ニーズヘッグは全くといって良い程無傷である。
『二つのエレメントを扱うか……! いや、もしかしたら四大エレメント全てを使えるかもしれねえな……! 面白え! 俺もどんどん攻めてくぜ!』
エレメントを二つ使ったライを見、四大エレメント全てを使えるのかと推測するニーズヘッグは獰猛に笑う。
身体能力がこの世界でもかなり上の方に位置しておりながらも、それに加えて普通の魔法使い、魔術師が一生掛けてようやく扱えるようになるエレメントを容易く扱うライ。ニーズヘッグの興味を引き、楽しませるには十分過ぎる程の実力だった。
「ハッ、その魔術を直撃して無傷のアンタに褒められても皮肉にしか聞こえねえよ。けどまあ、やる気を漲らせてるなら相応の対応をしなきゃ失礼だな」
『ハッハ、そうだ。俺はお前を倒すつもりだが、もし勝てなくても情報を集めるつもりで此処に来た。相応の対応を見せ、それなりの戦いにしようじゃねえか』
「へえ、情報収集ね……。まあ、良い情報なんて持ってないから、無駄骨に終わるかもしれないぞ?」
『上等だ。そもそも、俺はお前の実力を知らなかった。聞いた話じゃ、うちの支配者さんとやり合った時は全くの本気じゃなかったようだからな。その力の七割を見れたんだ、上々の成果だろうよ』
「成る程な、確かに魔物の国の者達には俺の力は見せてなかった。それなりの収集はあったって事か」
『そういう事だ!』
「そうかよ!」
言葉を交わし、そのまま攻め込むニーズヘッグ。
ライはそれを迎え撃つべく構え、自分も加速してニーズヘッグの元へと向かう。
周囲にはまだ炎の余波が残っており、多少の熱は込められたままだ。
しかしそんな熱はこの一人と一匹にとっては大した事の無いもの。常人ならば触れるだけで大火傷を負いそうなものだが、彼らを魔族としても、魔物としても常人と呼ぶには無理がある。
そのまま距離を詰めたライとニーズヘッグは頭突きを放ち、首が仰け反る。そのままライは倒れ込むように両掌を地に着け、蹴りを放った。ニーズヘッグは捻られた首を回し、そのまま身体を回転させて尾を放つ。
脚と尾はまたぶつかり、ぶつかると同時にライはニーズヘッグの尾に立ちながらバランスを取る。
それを払おうと尾を左右に揺らすニーズヘッグだが無効に終わり、ライは尾を踏み台に空へと跳躍した。
「食らえ……!」
『……ッ、グッ……!』
刹那に空気を蹴り、光の速度を超えてニーズヘッグの頭に拳を打ち付けるライ。
光の速度を超えた拳には星を砕ける程の力が込められており、それを直に受けたニーズヘッグの頭は沈み遅れてから周囲に轟音が響き渡る。
星が砕けなかったのは幸運だろう。ニーズヘッグの頭が固かった事と、受けた瞬間にニーズヘッグが堪える体勢へ入ったので星に伝わる余波は少なく済んだのだ。
しかしニーズヘッグは大量に出血しており、ライの拳は依然として頭に叩き付けられた体勢のままである。
『フッフッフ、良いぞ、小僧!!』
「……まだか……!」
笑い声を上げ、ライの死角から尾を打ち付けるニーズヘッグ。
それを受けたライは吹き飛び、何とか足を地に着け数百メートル離れた程度で済んだ。
だがニーズヘッグは間髪入れず、畳み掛けるように追撃を仕掛ける。
着地したライに身体を突進させ、それを躱すライ。躱した方向には火球が放たれており、ライの身体は爆炎に包まれた。
その爆炎に向かい、腕を振るうニーズヘッグ。脇腹を思い切り打たれたライは肺から空気が漏れ、下の大地へ激突する。
それのみならずニーズヘッグは火球を幾つも放ち、下方を数キロに及ぶ爆炎で包み込む。炎が晴れた瞬間に加速し、ライが居るであろう場所に全体重を乗せて落下した。
その衝撃で辺りは大きく陥落し、視界が意味を成さなくなる粉塵が再び舞い上がる。
最後に近距離で炎を吐き付け、一際大きな爆発が起こった。
「へえ、やるじゃん……。正直、凄く痛かったぜ?」
『フッ、ほぼ無傷で何を言うか。ダメージといえば、身体を大きく振動させる猛攻で体内に行ったものくらいじゃねえか? 俺の放った渾身の攻撃はあまり意味が無かったみてえだ』
その粉塵の中立ち上がるライと、あまりの頑丈さに思わず苦笑を浮かべるニーズヘッグ。
ニーズヘッグはトドメを刺すつもりでライを狙ったが、肝心のライはあまり堪えていないようだ。
事実、ライはライ自身の物理無効と魔王の持つ異能無効が働いているライの耐久は、計り知れないものがあった。
「だったらどうする?」
『……!』
渾身の攻撃が効かなかったというニーズヘッグの言葉に対し、不敵な笑みを浮かべて尋ねるライ。
その挑戦とも、挑発とも取れる言葉にニーズヘッグはピクリと反応を示した。
ライの言っている事はつまり、渾身の攻撃が効かなかった、ならば次の対応はどうするか。という事。それに対するニーズヘッグの返答は決まっていた。
『良いだろう。なら、この星諸ともお前を葬ってやろう。終末の日に世界を焼き尽くす炎。受けてみるが良い……!』
「そうこなくちゃ……」
次の瞬間、ニーズヘッグは黒翼を使い天高く舞い上がる。
その衝撃のみで大地が大きく陥落し、先程の余熱と共に大地の大部分を消し飛ばした。
瞬く間に飛び、高度数百キロ、大気圏に入り太陽を背に大きく口を開くニーズヘッグ。
「何か、こういうのも久々だな……数日程度だけど」
最近、ライの戦いで本当の意味で決着が付く事は少なかった。
グラオとの戦闘は周りを巻き込まぬ為に決着を付けず、レヴィアタンとの戦いは決着が付いた時バハムートが現れ次の戦闘へ行かざるを得なくなってしまった。
そのバハムートはバハムートが去る事で戦闘が終わったので、何かの違和感が残る結末だ。
しかし今回のニーズヘッグ。ニーズヘッグは渾身の攻撃を防がれたので、最大の技を放とうとしている。
忘れていた感覚を呼び覚ますには、これ以上に無い程の力だ。
『食らえ……小僧ォ!!』
「来い……ニーズヘッグ!!」
熱エネルギーが溜め込まれ、同時に大きな火球がニーズヘッグの口から放たれた。
その火球に対し、打ち消すべく力を込めた片手を構えるライ。ライの身長的に地面に近いと辺りに与える影響が大き過ぎるので念の為大地から離れ、空で迎え撃つ体勢に入る。
その温度は分からないが、周りの大地が焼けている事からかなりのものという事が窺える。
ざっと数万度はある事だろう。存在するだけで数キロが焼き消える温度だ。その温度は徐々に上昇し、更に上げてライの元へと火球が向かう。高所から放たれている故に、二つの太陽が存在するのではと錯覚する程だった。
星を破壊するという炎。最終的に数千万から数億に到達するかもしれない。最も、その場合は惑星のみならず恒星以上の範囲が蒸発し兼ねない程であるが。
「オ────ッ!!」
『────カッ!!』
そして、二つの攻撃は空中にてぶつかり合った。星を焼き尽くす火球と星を粉砕する片腕。
一人と一匹の距離数百キロ。そんな距離にて、数万キロを消滅させる事が可能な二つがぶつかったのだ。直接的な影響は無くとも、何らかの影響が生じそうなものである。
そのまま辺りは火球の閃光に照らされて、白く染まりながら何も見えなくなった。
*****
『……ッ!』
白い空間が消え去った時、ライの視界に映ったのは拳の衝撃によって鱗が剥がれ、大きく出血しつつ流星のように流れるニーズヘッグだった。
対するライも落下しており、片手は火傷のような傷を負っていた。
以前のライならば片腕が焼け爛れ、機能が停止する程までに陥っていただろうが、成長したライは身体も頑丈になっており、激痛が走ってはいるが腕が使い物にならなくなるよりは軽症で済んでいた。
しかしニーズヘッグとの戦闘によって疲弊しているので、重力に伴って落下しているのだ。
それから数秒後、ライとニーズヘッグは大地に激突し小さく粉塵を巻き上げた。
「どうやら……俺の勝ちのようだな」
落下するや否や立ち上がり、ニーズヘッグに視線を向けるライ。
火傷の痛みはヒリヒリとしたものが延々と続くもの。痛いのか痒いのか分からない感覚があり、触れると痛みが増す。
それは普通の火傷。ライの火傷はニーズヘッグの炎によるもので、どちらかと言えば痛みが強くなっている。脂汗が流れ、少々弱るライを見るに腕が使えない訳では無いようだがかなりの激痛なのだろう。
『……ああ、そのようだ。まだ戦えるが、俺の姿が蛇となってしまった。今のお前にこの姿で勝てる訳が無い。しつこさに定評のある俺だが、今回は潔く降参しておこう。どうせ戦う機会は直ぐに来る』
「……。そうか、分かった。じゃ、今回は勝ちを貰っておくぜ」
ヒュウ。と風が吹き抜け、ニーズヘッグの蛇となった身体とライの焼けた腕を撫でる。冷たい秋風は火傷に心地好い感触を与えた。少々肌寒いが、それもまた一興というやつだ。
少し休憩した後、ライはニーズヘッグを連れレイたちを探す為歩みだした。




