三百五十五話 魔物の国の戦闘
「オラァ!!」
『──ハッ!』
一方でライは拳を放ち、一方で巨腕を振るうニーズヘッグ。
その二つは衝突し、鈍い音と共に粉塵を巻き上げた。そしてその粉塵は一瞬にして晴れ、周囲の木々に衝撃を伝えて大きく揺らす。
大地は割れ、巨大なクレーターが造り出されながら衝撃を散らし行く。
クレーターの中心にて立つライとニーズヘッグは相手の顔を一瞥し、即座に飛び退いて跳躍し攻防を繰り広げる。
「ハァッ!」
『ずあっ!』
ライが回し蹴りを放ち、ニーズヘッグが尾を放つ。
二つの身体の一部は弧を描き、撓る鞭のように激突する。その衝撃によって木が切断されたように倒れた。
それによって一人と一匹は離れ、ニーズヘッグがライに向けて炎を吐き付ける。
それをライは拳で消し去り、紅蓮の炎と黒煙を切り裂いてニーズヘッグの眼前に迫った。
そんなライに向けて突進するニーズヘッグ。ライは足の裏を向けて受け止め、その衝撃で自分を浮かせて躱す。
浮いたライはそのままニーズヘッグの背後に回り、ニーズヘッグは停止して回転するようにそちらを見やった。
『内なる力を見せずにその実力か。かなりの強者という事が窺えるな。支配者殿が一目を置くのも窺える強さだ。いや、一目を置いている訳では無いな。興味があるだけだ』
「ハハ、そうかい。評価して貰っている事には感謝しよう。まあ、敵に褒められてもあまり嬉しくないけどな。例えアンタ程の実力者だとしてもな」
一時的に攻撃を止め、ライの事を評価するように話すニーズヘッグ。
ライは返しつつ、挑発するように不敵な笑みを浮かべていた。
戦闘に置いて、相手の出方を窺う為に敵同士で話す事はある。しかし馴れ合うのは隙を作る事と同義なので常に警戒しなくてはならない。
話しているうちにも次の出方を推測し、警戒し続けなければ強者を前にした時即死は免れないのだから。
『お喋りは良いか、再び向かおう……! 強者の侵略者よ……!』
「良いぜ、けど、強者の侵略者って言い回し……何かむず痒いな……」
刹那、一人と一匹は再び加速して相手の元へと向かい行く。
一瞬にして互いの距離を詰めた一人と一匹は互いに動き、ライは拳。ニーズヘッグは腕を放った。
そして何度目かとなる粉塵が辺りに広がり、呼吸をするだけでも砂埃が鼻に入って来そうな程だ。
しかしそれを意に介する一人と一匹では無く、次の衝突によって全ての粉塵を消し飛ばす。
同時に周囲の木々や上空の雲々が消し飛んだが、それは大きな問題では無い。
その程度の余波、ライたちが戦闘を行う度に何度も起こっている事だからだ。
一撃一撃を集中して放っており、余計な破壊は生まないように気を付けているが、ライたちにとって世界は柔らか過ぎるのか一挙一動で星が危うくなってしまう。
『フッ!』
「っとォ……!」
しかし相手が仕掛けて来るので止める事も出来ず、戦闘の余波は更に広がって行き続ける。なのでそれを抑える事は不可能に近いだろう。
また一回激突し、辺りに大きな爆発のような粉塵を起こした。
尾が振り回され、それを抑えるライの脚。またもや弾かれ、弾かれた瞬間にニーズヘッグが頭突きをかます。
それを掌で受け止め、ダメージを抑えるライ。そこに炎が吐かれ、ライの身体を灼熱の轟炎が包み込んだ。
だが無効化能力は意図せずに発動させる事が可能。炎は消え去り、無傷のライが姿を見せる。
『ハッ!』
「……ッ!」
しかし炎に気を取られていたのは事実。その隙を突かれ、ライの脇腹にニーズヘッグの尾が叩き付けられた。
それを受けたライの骨は軋み、衝撃で吐血する。なんとか吹き飛ばされなかったが、次いで尾を身体に巻き付けられてしまう。
『フッ……!』
「……!」
次いでニーズヘッグは黒翼を使って空を飛び、森から抜けた遥か上空へと舞い上がる。
ガサガサと葉と葉の中を通り抜け、回転しながら上空に到達する。回転した理由は身体に付いた葉を落とす為。そして回転によってライへ少しでもダメージを与える為だ。
そのまま加速し続け、ニーズヘッグは大きく身体を動かした。
『ギャア!!』
「……ッ!」
次の瞬間、ライを上空に数万キロから放り投げる。
その速度は音速を超えており、空気の摩擦によってライの身体から火が発する。落下速度も加速し、下方にある森の中に勢いよく衝突した。
それによって今までで一番大きな爆発が起こり、森の木々を薙ぎ倒して数十メートルに掛けて粉塵を舞い上げた。
数キロに渡るクレーターが造り出され、魔物兵士達を吹き飛ばしレイたちにも影響が現れる。
しかしそれは大した事では無いだろう。レイたちならば、この程度の粉塵は何度も浴びているからだ。
「ふう、痛いな、割りと……やっぱ強いな、ニーズヘッグ……」
カラカラと、叩き付けられた自分を中心に広がったクレーターにて起き上がるライは髪に付いた土を落とし、身体の汚れを払う。
そのまま上空を見上げ、遥か上空に居るであろうニーズヘッグに視線を向ける。
しかし上空数万キロに居るニーズヘッグの姿を捉える事は出来ず、
『ハッハ、褒めてくれてありがとよ』
「ハハ、どういたしまして……。……ッ!」
背後へ降り立っていたニーズヘッグに吹き飛ばされた。
ニーズヘッグが降り立った事には気付いており、警戒もしていたのだがニーズヘッグの速度に魔王を纏っていないライが追い付かず吹き飛ばされたのだ。
そんなライは一瞬にして加速し、クレーターを更に深く抉って吹き飛ぶ。
木々を貫き、一つのクレーターに直線を引く。それが更なる土煙を巻き上げ、轟音と共に衝撃を撒き散らした。
「休む暇が無いな……」
『ハッ、そうだろ。お前の相手は魔物の国の幹部なんだからな。実力だけなら全員が支配者クラスだ……』
「ハハ、何だそれ……ちょっと他の国と差があり過ぎないか……」
払ったばかりの土汚れが再び付き、もう払うのも面倒なので取り敢えず立ち上がるライ。
既にニーズヘッグは来ており、魔物の国幹部の実力を告げる。
幻獣の国のように一部は支配者クラスだったりしてもおかしくないが、全員がそのレベルと知りライは肩を落とす。当然だろう、今までとはレベル差があり過ぎるのだから。
『まあ、それでも魔族の国の支配者や人間の国の支配者には勝てないだろうがな。支配者という括りでも、カリスマ性は高いが実力はそれ程でもねえドラゴンより少し上ってくらいって事だな。かつてはかなりの実力を秘めていたらしいが、寄る年波には幻獣の王も勝てないって事だ。まあ、俺たちの中には三匹程、うちの支配者さんや他国の支配者と張り合える奴も居るけどな』
しかし支配者と同レベルと言っても全盛期より少し衰えているドラゴン並みとの事。
それでも十分過ぎるように思えるが、強者のみ生きるこの国に置いて自分よりも上に位置する者が数匹居る事が気掛かりなのだろう。
当然だ。幹部と言えど、いや、幹部だからこそ思うところがあるのだろう。
「へえ、そうか。つまりそれは、アンタは俺に勝てないって言っているようなもんだぜ? 俺は魔族の国の支配者と戦い、勝利した事があるんだからな。魔族の国の支配者より弱いって認めるなら、永遠に勝てないって事だ……」
『ほう? 雰囲気が変わったな。俺が言うのも何だが、何か禍々しい気配を感じる。それが本気……では無いにしても、それなりの力と見て良さそうだ』
ニュンフェとドレイクが周りに居ないのを確かめて、ライはフッと笑いながら話した。
それを聞いたニーズヘッグはライの雰囲気に何らかの変化が生じたと見抜き、軽薄だった態度を消し去る。
そしてライの周りには、禍々しい漆黒の渦が纏割り付く。
その渦はライの全身を包み、纏う度に血が滾り闘争心に磨きが掛かる。
「さて、続きと行こうか?」
『良かろう。その実力、ハッタリじゃないか確かめてやる……!』
魔王の力を纏ったライと少しだけ力を込めるニーズヘッグ。
ライも本気では無いが、互いに本来に近い力を使おうとしているのは事実。一人と一匹は改めて向き直った。
*****
「やあ!」
『『『……!』』』
一筋の剣が振り落とされ、次いで薙ぎレイを囲んでいた魔物兵士達が吹き飛ばされる。
力を抑え、急所を外し殺さぬようにするのは少々繊細さが必要だが、それなりの鍛練を積んでいるレイならば造作も無い事だった。
魔物達の攻撃を躱し、いなし、剃らし、受け流す。
次の瞬間に再び弾き飛ばし、レイは先に進む為踏み込んだ。
同時に加速し、まだまだ居る兵士達を吹き飛ばして行く。
「潰し合え……!」
『『『…………!』』』
『『『……!?』』』
一方でエマは直接手を下さず、他の魔物兵士達を操って兵士同士を戦わせていた。
一瞬は何事か理解出来なかった様子の魔物兵士だが、ヴァンパイアが支配者の側近に居るのでそれは理解したようだ。
已む無く交戦し、魔物の兵士達は仲間と戦闘を行う。
爪と爪が火花を散らし、身体と身体がぶつかり合って鮮血が周囲に飛び散る。
「仲間同士で潰し合わせるとは、エマが敵で無くて良かったな。──"竜巻"」
目の前に広がる中々残酷な光景を前に、竜巻を起こして魔物兵士達を舞い上げて吹き飛ばすフォンセ。
次いで炎、水、土を放ち、先程放出した竜巻を含めた四大エレメントで魔物兵士達を消し去る。
消し去ると言っても本当に消滅させたのでは無く、吹き飛ばしてこの場から消し去ったという事だ。
余波か何かか、エレメントの欠片が辺りに飛び散り砂塵を上げた。
「ごめんね……!」
『『『うぐはぁぁぁ!!』』』
謝りつつ、ヴァンパイアやミノタウロスの力を振るって敵を吹き飛ばすリヤン。
次いで脚にフェンリルの力を纏い、加速して腕に纏った力の強い幻獣・魔物の能力で物理的に粉砕する。
動体視力も向上しており、あらゆる方向から向かって来る爪に牙、武器や魔法・魔術の全てを完璧に躱す。
躱しながらもイフリートの魔術を放ち、全方位から攻められ躱し切れない物理攻撃はキマイラの頑丈さとヴァンパイアの不死性で防ぐ。
防ぐと同時に爆発を起こし、魔物の兵士達が手も足も出ずに意識を失った。
「凄いですね、皆様……私も負けてられません!」
容易く敵の兵士達を倒すレイたちを見、幻獣の国にて幹部を勤めるニュンフェも張り合う。
近距離の敵には疾風の如き速度で近寄りつつレイピアで突き刺して行動不能にし、遠方からの敵は魔法や矢で行動不能にする。
囲まれれば刹那の時にレイピアを放ち、そのまま跳躍して上空から矢を放つ。そしてトドメとして魔法を使い辺り一帯を吹き飛ばした。
『ふむ、流石の能力を持っているな。少女の剣と野生の力を使う者が気になる……それだけでは無い。ヴァンパイアはヴァンパイアらしく、エルフもエルフらしく上品な戦闘だが、魔術を中心に使う者も何かを秘めているような……』
辺りの兵士を全て倒し、静かに呟きながら佇むドレイク。
ドレイクはレイたちが戦闘を行っているうちに自分を囲んでいた兵士達は倒し終えたらしく、レイの剣。そしてフォンセとリヤンが気になっていた。
ライの宿す魔王の気配に気付いたドレイク。その気配が魔王とは知らないが、洞察力は高く高いからこそ様々な事が気になっているのだろう。
考えているうちにも背後から魔物兵士達が来るが飛び掛かった瞬間に倒し、思考を続けていた。
『くっ、予想以上に強い……!』
『ああ、ニーズヘッグさんも帰って来ないし……苦戦しているようだな……!』
『まあ、これは元々負けるつもりで挑んだ戦闘。ニーズヘッグさんに俺たちは着いて行くだけだ』
『それ以外に選択する必要は無いな……!』
一向に攻め切れず、一撃も与えられない様子にため息を吐いて肩を竦める魔物兵士達。
レイたちと自分達の間に広がる埋められない差を見せ付けられ、少々気が滅入っている様子だが諦めてはいないらしい。
そしてどうやらニーズヘッグは、実力のみならず性格面でも信頼されているようだ。
弱肉強食のこの世界だが、実力とカリスマを秘めた者が相手というのは中々骨が折れるものだろう。
「そう言えば……幻獣の国にも魔物の国にも幹部には側近が居ないんだね……」
「……言われてみれば、確かにそうだな。支配者の側近は居るが、幹部に側近は居ないようだ……」
ある程度片付け、レイとフォンセが背中合わせに話す。
幹部達が攻めて来ている現在、魔族の国にはかつて仲間だったキュリテを始めとし、様々な幹部の側近が居た。
しかし幻獣・魔物の国には幹部に側近が居ないのだ。居たら居たで攻められている今なら厄介だろうが、幻獣の国で戦争が行われた時幻獣の国にも幹部の側近が居たのなら被害が少なくなったのではと気に掛かる。
「なら、私が説明致しましょうか?」
『……ッ!』
「「ニュンフェ!」」
悩む二人に向けて飛び掛かった魔物の兵士。その兵士にレイピアを突き刺しつつ、意識を刈り取ってレイとフォンセの近くに来るニュンフェ。
考え事をしていたので、レイとニュンフェは二人の死角から来る魔物兵士に気付かなかったようだ。
それを見兼ねたニュンフェがレイたちを護ったという事である。
「簡潔に申しますと、幻獣も魔物も基本的に野生ですので組織をあまり細かく分けない方が良いからです。元々管理されていなかった幻獣・魔物。細か過ぎると組織について思考が追い付かない者も居るのです」
周りに居る敵の兵士達を倒しつつ、レイとフォンセに説明するニュンフェ。
幻獣・魔物は、全ての知能が高いという訳では無い。
自国の支配者と幹部の名を覚えている者は多いが、それすら出来ない者も居る。
幹部というのは本来、支配者の手が届かない場所の管理を行う者の事。そして幹部の側近は幹部の手が届かない場所の管理を行う者。
幹部すら覚えられない者が居る中にて、幹部の側近が管理者としての役割に立つ事が難しいのだ。
覚えられない者からすれば、全く知らぬ者が指揮をしているという事なので信頼が得られず、側近としての役割を遂行出来ないという事である。
「成る程ね。元々野生だったから組織として成り立つ事自体が馴染みの無い事なんだ」
「ああ、そのようだな。しかし私たちにとっては都合が良い。兵士の中で強い者は居るかもしれないが、指揮する者が居なければ幾分やり易いからな」
ニュンフェの話を聞き終え、理解し都合が良いと言い合う二人。
指揮する者によって戦況が変化するかもしれない戦闘に置いて、指揮官が居るのと居ないのでは大きく変わる。
指揮官が幹部しか居ない魔物の国は、個々の力は強いが思ったよりも容易く征服出来る可能性がある。
しかし油断は出来ない。個々の力が強いので、一戦一戦の負担が大きいからだ。
ライと幹部、そしてレイたちと兵士達の戦闘はまだ始まったばかりである。