三百五十一話 魔物の国の幹部会議
──魔物の国。
静かな空気と、少し肌寒いとある部屋。
その部屋には無機質で鈍色の壁に窓があった。その窓は開いており、肌寒いにも拘わらず外から冷気を織り交えた空気が入り込む。
部屋の天井には豪華なシャンデリアがあり、床には真っ赤なカーペットが敷かれていた。
その部屋の真ん中には長机とその机を囲む椅子。壁の色は鈍色で暗い雰囲気を醸し出しているが、全体的に豪華な飾りがそこにある。
その他にも観賞用の木々があり、その木は枯れつつ茶色の葉がヒラリと舞い散る。
窓は開けられており天井には豪華なシャンデリアがあるのだがしかし、その部屋は全体的に薄暗く、何処か物寂しさも感じられた。
そんな薄暗く静かな空間に、二つの影があった。
『ライの奴が余に宣戦布告してから数日が経った。まだ来ぬようだな。逃げたとは考え難い。数日前の約束、さっさと来れば良いものを』
「フフ、気が短いな。時刻は指定していないんだ。何時来ても来なくても、それはライたちの勝手だろう」
ヴァイス達がライたちと別れてから数日が経過する。
とある部屋にて退屈そうな魔物の国の支配者だが、着々と幻獣の国を改めて攻める準備はしているようだ。
何時でも迎え撃てる体制となっており、幻獣の国へ再び戦争を仕掛ける事の出来る体制を整えつつある現在。
ライたちが魔物の国へ到達するのが早いか、魔物の国の準備が整い終わるのが早いか。それによって今後の結果が変わると言っても過言では無いだろう。
『まあ、そうではあるな。奴等が来ようと来なかろうと、主らに協力すると言った事を変えるつもりは無い。取り敢えず来なければライを見つけ出して惨殺するが、幻獣の国の方もしかと請け負うつもりだ。余は退屈しているからな。暇潰しとはいえ妥協はせん』
ライたちが何時来ても関係無いというヴァイスの言葉。
魔物の国の支配者は個人的にライへ怨みがあり、因縁がある。なのでそちらを優先とするが、一時的とはいえ協定を結んだので相応の働きはするらしい。
「それは有り難い。貴方程の実力者が積極的に協力してくれるのと、協力してくれないのでは大きく違うからね。幻獣の国の制圧、そして世界の選別がぐっと楽になるだろうさ。頼もしい限りだよ」
『フン、光を映さぬその冷徹な目でよくもまあ、口が回るものだ。余が知らぬとでも思ったか? 主が余を利用しようとしているだけと言う事をな。しかし、暇潰しには丁度良い余興。敢えて利用されてやっている事を忘れるなよ?』
不敵に笑いつつ、魔物の国の支配者が頼もしい者と話すヴァイスに対し、支配者はフンと吐き捨てるように言葉を投げて淡々と綴った。
ヴァイスにとって仲間と呼べる者はシュヴァルツ、グラオ、マギア。そして今は亡き、しかし何れ呼び戻す予定のゾフルとハリーフ。
ぬらりひょん率いる百鬼夜行と支配者率いる魔物の国は悪魔でビジネスの相手にしかならないものである。
しかしヴァイスはグラオ達の事を仲間と思っているのか分からない。だが、ぬらりひょんや支配者達よりは信頼している事だろう。
「フム、油断ならないな。今は一応味方なんだ。拠点として魔物の国を貸してくれている事にも感謝している。味方しか居ない筈の拠点でまで警戒しなくちゃいけないのは気が滅入る」
『フッフ、安心しろ。最近は暇じゃない。暇ならば暇潰しに街を破壊したり他生物に危害を加えたりするが、退屈ではない今ならば主らが警戒する必要は無い。余に敵意を向けなければ、余が退屈しないうちは安心を保証してやろう』
「フフ、それは良い事を聞いた。それなら安心して事を進める事が出来るな。まあ、ライたちが魔物の国へ攻めて来るのはほぼ確実だろう。それまで暫しの休息を取らせて貰う」
話終え、この部屋から外に出るヴァイスはドアを開け、その部屋から窓の外を眺め始めた支配者を一瞥した。
支配者もヴァイスに視線を返し、ヴァイスはフッと笑ってその戸を静かに閉める。
その後、冷風が通り抜けシャンデリアを静かに揺らした。
*****
──日が昇り、闇夜を照らすと同時に少し肌寒い風が窓の隙間から入り込む。
ライ、レイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェはその風を感じて布団の中に深く入り、それを見たエマがそっと静かに窓を閉めた。
「フッ、優しいのだな。仲間が寒がる様子を見、苦手な日光の差し込む窓を閉めるとは。言ってくれれば、俺が閉めたんだが」
「ふふ、そうか。ならば言えば良かったかもな。ドレイク?」
そんなエマに話し掛ける赤髪の長髪を持つ、鋭い目付きの男性。
身長は高く、二メートルに近い筋肉質な身体をしていた。
服装は全体的に赤を主張とした物で、前部分は開けており筋肉質な肌が露となっている。全体的に野生的な青年。
そう、人化したドレイクである。
ライたちと行動するに当たって、ドラゴンの姿では中々にやり難いのもあるだろう。
なのでドレイクは人の姿に変化し、ライたちに馴染むような姿となっていたのだ。
「ふぁ……。おはよう、エマ、ドレイク」
「おお、起きたか、ライ」
「うむ、ライ殿、良き朝だな」
話しているうちに目覚めるライ。
まだ完全に目は覚めておらずボーッとしているが、眠っていた者たちの仲で一番早くに目覚めたのはライだった。
考えれば、ライがレイたちの仲で一番の早起きのような気がするエマ。
それはさておき、エマとドレイクはフッと笑って挨拶を交わした。
「そういや、孫悟空は居ないのか? 昨日までは居たと思うど。また天界に戻ってるのか?」
目覚めたライはふと見渡し、孫悟空の姿が無い事を気に掛ける。
幻獣の国を旅立ってから早数日。ドレイクや孫悟空は時折幻獣の国や天界へ報告に帰る事がある。なので今日の孫悟空もそれだと思っているようだった。
「ああ、今朝早くに向かったな。何でも、地獄にて何かしらの動きがあるとか……まあ、私たちには関係の無い事だろう。私は死んだら確実に地獄だろうが、それが何時になるか分からないからな」
「……へえ、地獄で問題が発生したのか。物騒なものだな」
ライの質問に対して話すエマ。どうやら地獄で何かが起こった。もしくは起こりそうな状態の為、孫悟空が向かったらしい。
相槌を打つライはバアルの事を考えており、その下準備か何かでそうなったと推測していた。
しかしライは、バアルの事をレイたちに話すつもりは無い。バアル達の事は詳しく知らないライだが、自分が関わる事も無い。関わる必要が無いと理解しているからだ。
地獄の問題はこの世界とあまり関係が無いからである。最も、一番の理由はレイたちを危険に晒さぬ為であるが。
「となると、孫悟空は少しの間帰って来ないって事か。魔物の国に到着しての今だけど……暫くは孫悟空と別行動か?」
「ああ。まあ、地獄に大きな動きが無ければ直ぐに戻ってくるだろうな。基本的に様子見程度らしい。神々が天界には居るからな。仕事は少ないそうだ」
「成る程。じゃあ、早くに合流は出来るかもしれないな」
ライは孫悟空が居ない事に対して今後の行方を考える。だがエマ曰く、仕事の量的な意味でも早めに合流は出来るらしい。
なので特に心配などもしていない様子のライ。
「じゃあ、レイたちが起きるまで改めて魔物の国の支配者……"神魔物"について話すか……。かなりの強さを誇っているってのは見て分かるからな」
孫悟空についての話を切り上げ、魔物の国の支配者に移すライ。
"神魔物"というのは、いつぞやにエマが話した支配者の別名である。
"人神"・"魔神"・"神獣"・"神魔物"というのがそれぞれの国の支配者が呼ばれている別名であり、神に等しき種族の王という事を示しているので神という名があるのだ。
支配者という者は何れにしてもかなりの力を秘めている強敵。策を練り、対策を考える事はとても重要な事柄だろう。
「ああ、そうだな。後で纏めた事をレイたちに話そう。起きている私たちは私たちで策を講じるべきだからな」
「俺も同意する。幻獣の国に大きな被害を与えてしまった分、せめてもの償いが死した幻獣兵士たち。そして魔族兵士たちへの敵討ちだ」
ライの言葉に同意するよう話すエマとドレイク。
レイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェはまだ寝ているので、寝ている間にでも知っている情報を纏め皆が目覚めた時に改めて話し合うつもりなのだ。
朝方の宿にて、ライ、エマ、ドレイクは話し合いを始めた。
*****
──"魔物の国"、某所。
「……で、どうする? これから侵略者が来るとして、どの幹部が先に行くのか、全ての幹部で迎え撃つのか。丁度百鬼の者達やカオス殿達が居るからな」
「別に誰でも構わなかろう。我ら幹部は皆が支配者クラスの力を秘めているからな」
「ああ、支配者一強の人間の国や魔族の国。総合力は高いが支配者はそうでもない幻獣の国。我ら一人でも赴けば、敵の国にある幹部の街など容易く落とせるだろう。カオス殿らが赴く必要性は皆無に等しいな」
「まあ、人間の国と魔族の国が支配者一強と言えど、その支配者達に勝てる者は少ないだろうがな」
「そもそも、我ら幹部の中では居ないかもしれぬな。幻獣の国も支配者は容易く落とせるが、幹部や最近加わった斉天大聖らが面倒だ」
「だから世界は均衡を保てている。そのうちの一つである幻獣の国が傾き、もう一つの魔族の国も傾き始めているのだ。我らを差し置き最強を謳われる人間の国も総力を上げれば崩せるだろう」
魔物の国、支配者の街にある某所にて、六匹の禍々しい気配を放った魔物達が話し合いを行っていた。
者達は全員が人化しており、狭い空間でも不自由無く話せる状態となっている。
内容は魔物の国以外の他国について。その他国にて、自分達が攻めるならばどうするかと言う話し合いが行われていたのだ。
人間・魔族の支配者には確実に勝てない事を理解しているが、前日の戦争によって深いダメージを負った幻獣の国ならば落とせるという内容である。
無論、幻獣の国には今主力たちを含め助っ人も多く、人間・魔族の国にも強者が多いので個人で攻めるつもりは無いが、何れは落とせると思っているようだ。
つまり魔物の国の者達は、世界を狙っているという事である。
「まあ、今支配者殿は外から来るという者達を相手取るつもりらしいが、幻獣の国へ向かったお前たちはその者を見たのか?」
話の内容を変え、話題は魔物の国を侵略しようとしている者たち──ライたちの事へ移る。
魔物の国幹部達は、自国を収める支配者の強さを理解している。そんな支配者が興味を持ったと言う者。幹部達の興味を引くには十分過ぎる内容だった。
幹部の一匹。いや、一人は幻獣の国へ向かった幹部二人へ尋ねる。
「そうだな。どちらも本気では無かったが、支配者殿とカオス殿と互角に張り合っていたな。相手の全力がどれ程かは分からないが、少なくとも本気では無い支配者殿とは互角のようだ」
「成る程、実力は未知数。本気の戦闘を見てみたいものだ」
応えたのは二人のうち一人。
遠目から見ても分かる程に手加減したいたであろうライと支配者、グラオだが、幹部程の実力者ならばそれだけでおおよその実力が分かる。
手加減するという行為は、簡単なように見えて難しい行為だ。
拳一つで山河を吹き飛ばせるものが手加減し、十分の一程の力で拳を放つとしよう。
それでも山の十分の一は吹き飛ばせる。それを受ければ、常人なら死に至る筈である。即死だ。
全力の力でようやく星を壊せる者ならばまだしも、一挙一動がそれ程の者からすればかなりの労力を要する。
一歩に一分掛ける程ゆっくりと歩き、それを常時行う事が難しいように、手加減するという行為も難しいのだ。
魔物の国の幹部達は少なくとも、ライはかなりの実力者であると理解したようである。
「今回の相手はかなりの実力者という事か。幻獣の国の主力達を連れて来ている可能性もある。改めて何匹で攻めるか考えるところから始めるか」
ある程度の情報を聞いた一人の幹部。その幹部は内容を纏め、踏まえつつ改めて話し合おうと移る。
「いや、そんな事はしなくても良い。それ程の強者は興味深いからな。先ずは俺が様子見を兼ねて侵略者の元へ向かおう。それによってやられたとしても、生命力には自信がある。後で誰かが回収してくれりゃ良い』
その時、そこに居た一人が名乗り出た。
幹部達の視線はそちらに向けられ、その者が姿を変化させ、人化を解き巨大化しながら本来の姿へ戻った。
「……お前が行くのか? まあ、確かにお前はしつこく生命力が高い。様子見には打って付けの者だろう。だが、お前の言い方だと一人……いや、一匹で攻めるような言い振りだが?」
『勿論一匹じゃねえ。当然部下は何匹も連れて行く予定だ。お前たちは少しの間、高みの見物を決めといてくれって事だな。俺も自信が無いって訳じゃねえからな』
その一匹に対し、訝しげな表情で尋ねる幹部。
一匹はフッと笑いながら言い、自分が行くという考えは改めないつもりという事が見て取れた。
他の幹部曰くかなりしつこいらしいので、言っても聞かないのは容易に想像出来る事だろう。
「まあ、我は構わぬ。我は回復させる事も破壊する事も得意だからな。行って勝てば上々、負けても情報が取れるからデメリットは少ない」
「そうだな。侵略者な実力は支配者クラスあると見て良いだろうが、俺たちも全員が支配者クラス。何はともあれ、どちらに転んでも悪い結果にはならなそうだ」
「ふふ、お前は我らの中でも最弱、侵略者如きに負けるのは幹部の面汚しも良いところだ」
「何を言っているんだか……。実力は全員が同じようなものだろう。我ら幹部の中では三匹が群を抜いているけどな」
『半分じゃねえか。割りとバラバラの強さだな。……とまあ、冗談はさておき。俺は構わないぞ。もう言われているが、勝っても負けても何かしらの利点はあるからな』
各々で綴る幹部達。
一見一聞ではバラバラのような行動と意見だが、よく考えれば一匹の幹部の意見には全員が了承している。
互いの実力は互いが認めているので、否定の意見は上がらないのだろう。
魔族の国程好戦的でも無いので、戦い自体に喜びを覚える事は少ないのかもしれない。
無論、それは魔族の国に比べてなので人間・幻獣の国よりは好戦的な者が多いが。
『よし、ならば行ってくる。支配者さんに聞かれたら伝えてくれ、侵略者の元へ向かったとな。あと、俺が負けたら身体は回収してくれよ? 意識を失っているうちに他の魔物に身体を食われたら洒落にならないからな』
「ああ、心得た。……だが弱肉強食のこの世界。それを止めるのは果たして正解か悩むな」
『ハッ、頼むぜ本当に。俺が殺られたら情報が聞けねえだろ?』
それだけ言い、翼を広げてその部屋から飛び去る幹部の一匹。
基本的に勝者がせいぎでら敗者が悪。弱肉強食の魔物の国だが、幹部同士ではそれなりの仲間意識を持っているらしい。
飛び去った一匹の幹部は天に上昇し、加速を付けてライたちの元へと向かった。




