三十四話 刺客
「……なあ、レイが死ぬって……どういう事だ?」
「……!」
『『…………!!』』
レイが死ぬと言われ、警戒を高めたライは睨みつけるようにリヤンへ尋ねた。
リヤンは睨まれた事に思わず肩を竦ませ、フェンリルとユニコーンが構える。
「ああ、いや。悪い……レイが死んじゃうってどういうことだ?」
その光景を見、ライには悪意はなかったのだがリヤンを驚かせてしまったと反省し、謝ってから再び尋ねた。
要するに、レイが死ぬ理由が気になっていたのだ。無論、ライにレイを殺させるつもりは無いが、その意図が何なのかを尋ねたのである。
「えーと……レイが『人間だから』……」
「……! 人間だからだと……?」
リヤンは一言。レイが人間だからとの事。それに対し、ライが訝しげな表情で反応を示した。そんなライを横に、リヤンは頷いて返す。
「うん……。そこの街は人間が立ち入らない方が良いよ。だって……処刑されるもん」
「……成る程……」
ライは、いつかエマが言った、一つの種族が生活する国へ、別の種族が入り込んだら処刑される事が多いという話を思い出す。
つまり、この近くにある街。いや、"国"は、『人間の国ではない』ということだ。
ライの出発点は"人間の国"だったが、いつの間にか人間の国を抜け、"人外境"まで来ていたらしい。
此処からは幻獣・魔物も更に増えることだろう。
その話を聞いたライはレイ、エマ、フォンセに提案する。
「しょうがない。また別の街を探すか」
「え?……でも……」
「「…………」」
ライの言葉に困惑の表情を浮かべるレイと、心配そうにライを見るエマとフォンセ。レイは言葉を続ける。
「ライの手が……このままじゃ……」
「ん? ああ、この手か……」
レイが困惑した理由は、気付けばライの腕から再び出血していたからだ。
傷が熱を持ち、流血が再び起こっているその光景。生々しく、痛々しい。見ている方が自分の腕を押さえたくなる程だ。
「その手……どうしたの……?」
「ああ、ちょっとな……。まあ、問題ないさ」
そんなライの手を見、疑問を浮かべるように尋ねるリヤン。聞かれたライは、若干誤魔化すように言った。
少なくともライの出血を見る限り、大した事無い訳が無かった。ライ自身、その表情は苦悶に歪んでいるからだ。
リヤンはそれを聞き見、ライの怪我していない方の腕を引いて一言。
「来て……治せるかもしれない……」
「「「「…………え?」」」」
ライ、レイ、エマフォンセの四人は同時に反応する。リヤンはライの腕を治療出来ると告げたのだ。フォンセの回復魔術で応急措置を施そうとも完全に治せなかったライの腕。それを治せると言ったが、果たしてどういう事だろうか。
しかし治療出来るのならば有り難い。ライたちは取り敢えず着いていこうとしたその時──それは現れた。
「オイ……何処へ行くんだ? 人間の匂いがするから来てみれば……『俺と同種族』の気配もあるじゃねえか……」
「……何処でも良いだろ。俺たちはまだお前らの国に入ってねえぞ?」
リヤンの腕から抜け、その声に返すライ。
無論、ライは近付いてきていた気配に気付いていた為、普通に返せたのだ。
気付いたのはつい先程で、レイが死ぬと言われ警戒を高めた時。その時偶々この者たちの気配を拾ったのである。
「で、アンタ……誰だ?」
「「「…………」」」
そして戦闘体勢に入るライ、レイ、エマ、フォンセの四人。先程の発言から、リヤンのように敵意が無いという事では無くライたちの"敵"として現れた事が窺えた。
そんな者たちの横に居るリヤンはフェンリルとユニコーンが護っている。
「誰だ……ってよ……どちらかと言えばお前達が侵入者? 不法侵入? ……ま、的なヤツだろ? 俺が聞く方じゃねえの?」
その者は飄々とした態度で話す。余裕があるのか、ただそんな性格なのかは定かではない。が、そこそこの実力者なのだろう。
片腕が自由に使えないライだったら、ほんのちょっぴり苦労するかもしれない。
「まあ、まだ国に入った訳じゃねえけど……取り敢えず死ぬか?」
刹那、ザアッと風が吹き荒れた。その者を囲うようにその風の渦が形成され、小さな竜巻が起こる。その竜巻は落ち葉を舞い上げ、その回転力を増してゆく。
「……お前は風の魔法・魔術を使うのか?」
「まあ、そんなところ……だッ!!」
ライが聞き、それに返す者は返すついでに竜巻をライたちへ嗾けた。
放たれた竜巻は森の木々を巻き込み、地面を抉りながらライたちの方へ一直線に突き進む。
その竜巻は──
「……ならば私が相手をしよう」
「……!」
──フォンセが放った風魔術により、ぶつかり合って消滅した。
二つの風はぶつかり合い、周りの木々を揺らして葉を舞い上がらせる。
その衝撃は新たな風となり、森の中を吹き抜けるように進み行く。
「へえ……やるじゃねえか……お前は魔族だな?」
「まあ、そんなところだ」
そこ者がフォンセの魔術を見て感心し、言われたフォンセは先程その者が言った言葉と同じ言葉で返した。
その言葉からするに、まさか同じ術で相殺されるとは思っていなかったのだろう。
「ハッ! 面白え!! そうこなくっちゃよ!!」
それを聞き、その者が歓喜の声を上げた。
よっぽどの戦闘好きなのだろうか、シュヴァ○ツを彷彿とさせる性格だ。
要するに、血気盛んな者ということである。そのように歓喜する様子を見たライが再び言う。
「アンタもまあまあやるみたいだな。種族は差し詰め、魔族か魔物かのどちらか……」
「オイオイ、その二つ限定かよ? ま、魔族だけどな。そして俺の名は『オスクロ』だ。よろしく。そしてここらの国は魔族の国だ。俺みたいな血気盛んな奴らの巣窟よ。弱っちい人間や幻獣・魔物は処刑されるが、強い奴らは生かされて戦闘相手をしてもらうな!」
ライはその者に向け、その種族を推測する。そしてその者は、教えてと言っていない情報をベラベラと喋る魔族──オスクロ。
オスクロはライの質問に答えたあと、更に続ける。
「まあ、俺は監視役? 偵察? 的なヤツで、普段とは違う生き物の気配がしたから此処に来たんだが……面白そうな奴らだ。俺が纏めて相手してやるよ」
ニヤリと笑い、挑発的な言葉を綴るオスクロ。この場に来た理由はライたちが何者なのかを確かめる為らしい。フォンセは呆れて返す。
「自惚れるなよ、オスクロとやら。貴様程度……私一人で十分だ」
「ほう? なら……見せて貰おうか!!」
──刹那、オスクロは全身に風を纏い、フォンセに突っ込む。
「オンドラァ!!」
風を巻き込んだその身体は木々や十分地面を削りながらフォンセに突き進んで行くオスクロ。
その風は木々を揺らし、石や葉を舞い上げる。傍から見れば何が通っているのか分からないだろう。
「魔術師相手に自らが突っ込んで来るとは……頭が悪いのか……? "風"!!」
そしてフォンセはその風を迎え撃つ為、自身も風魔術を使う。
その風は先程オスクロが放った風よりも更に強力で、オスクロを巻き込んで吹き飛ぶ。
「何ィ!?」
そのまま飛ばされたオスクロは遠方の大木に激突し、そこから粉塵が舞い上がった。
「……何だ……実力者と見たが……思い違いだったか……?」
予想よりも弱かったオスクロに落胆するフォンセ。
しかし、
「思い違いじゃねぇよ!!」
「何っ!?」
突然フォンセの背後からオスクロの声が聞こえてきた。
つまりオスクロは、遠方の大木から一瞬で此処まで来たということだ。
「吹き飛べェ!!」
「ぐ……!」
先程の攻撃を返すよう、オスクロは風をフォンセに放出する。それによってフォンセは木々を砕いて吹き飛んだ。
その風は大地を抉り、勢いよくフォンセを吹き飛ばしながら森全体を大きく荒らした。
「オイ! 大丈夫か! フォンセ!?」
ライは吹き飛ばされたフォンセに向け、声を上げる。身体の強度は定かでは無いが、いつぞやの怪物を軽く葬っていたフォンセがあっさりと吹き飛ばされたのだ。心配になるのも無理は無い事だ。
しかし、ライ、レイ、エマはフォンセの心配を『する必要が無かった』事を知った。
「……なっ!?」
──刹那、オスクロの目の前に、一直線に進む竜巻が纏まって飛んできたのだ。
「クソッタレ!!」
突然の竜巻にオスクロは慌てて風の壁を創り、防ごうとするが容易く壁は破られた。
「ぐわあ!!」
それに巻き込まれたオスクロは再び吹き飛び、再び木々や岩を砕く。
その竜巻も粉塵を上げ、自分たちを含めた全員の視界を奪い取った。
「……やってないな……」
吹き飛んだオスクロを見、呟くように言うフォンセ。確かな手応えはあったが、まだまだダメージを与えていないと理解しているのだ。そんなフォンセの方へ、ライたちもフ近寄る。
「どうする? 俺たちも手伝おうか?」
「いや、いい。お前は早く傷の手当てをして来てくれ。私は敵より、ライ。お前の方が心配だ」
そんなフォンセを見たライは尋ね、それに対してフォンセは即答で答える。そう、ライの傷は尋常では無い。直ぐにでも治療しなくては悪化してしまう。フォンセはその事が心配だったのだ。
「……分かった。怪我には気を付けてくれよ!」
「フッ、お前が言うな……」
ライは一瞬迷ったが、直ぐに結論を出した。そしてライとフォンセが会話を終えた時、それを見ていたリヤンが一言。
「…………行こ?」
「あ、ああ」
ライの腕を引いて傷の治療ができる場所へ向かうリヤンと、それに着いて行くライたち。その結果、 この場にはフォンセだけが残った。
「オイオイ……良いのか? お仲間が行っちまうぜ?」
そして、やはり無事だったオスクロはフォンセをからかうように言う。しかしその姿は髪の毛に葉があったり木の枝が付いていて少々説得力に掛ける。
ライたちの方から視線を反らし、そんなオスクロを見たフォンセは笑って返す。
「だから良いと言っているだろ? お前も聞いた筈だ……それに……」
「……それに?」
話す途中で区切る、フォンセの言葉に訝しげな表情を取るオスクロ。
その反応を見たフォンセは挑発的な笑みで、クッと一言。
「お前程度、ライたちが戦ったら、一瞬で消し炭にされるだろ?」
「ククク……言うじゃねえか……ちょっとムカついたぜ……小娘が……!」
ピキピキと血管が浮かび上がるオスクロは、再び辺りに暴風を巻き起こす。
「久々に本気だしちまうぞ?」
「良いだろう……来い!」
そして、お互いに魔法・魔術を使った戦いが再スタートするのだった。
*****
「まさか近付いただけで刺客が送り込まれるとはな……。いやいや、この国を侮っていた。また来るかもな」
「うん……けど、大丈夫かな……フォンセ」
突如として送り込まれた刺客。その刺客に対してライが言い、レイがフォンセを心配しつつライに返す。
相手は見たところかなりの実力者。フォンセ一人では中々に苦労しそうなものだからだ。
「大丈夫だろ。フォンセは俺が思っている以上に強いぜ」
「その通りだ。心配するでない、フォンセの祖先を知っているだろう? 大丈夫だ」
そんなレイの不安を払うよう、ライとエマが大丈夫だと告げた。
実をいうと、ライもエマもフォンセをそれほど心配していない。フォンセの祖先はかつて世界を支配し、今はライに宿っている魔王。その血は薄いとはいえ、支配者以上の実力者の血が流れているのだから。
要するに、ちょっと強い程度の魔族では勝てないだろう。
「うん、そうだよね」
レイもライとエマの言葉を聞き、頷いて返す。
フォンセならば心配ない。レイもそう考え、ライの治療する為に歩み始める──
──次の瞬間、森が切断された。
「「「…………!!」」」
それと同時に振り向くライたちは、その気配を感じなかった。
そして、フォンセとオスクロが居る方向は逆。つまり、これは遠方から何者かが攻撃を仕掛けてきたということだ。
「下がれ! レイ、エマ、リヤン!! また来るぞ!! (魔王!!)」
【オーケー、怪我していない方の腕だな!】
ライはレイ、エマ、リヤンの三人を庇うように前へ出て魔王(元)に促す。
出た瞬間、大地が切断されながら斬撃が近付いて来る。レイ、エマ、リヤンを背に、ライはその斬撃を──
「オラァ!!」
──『殴って砕いた』。
「「…………!?」」
斬撃を砕いたのだ。
怪我していない方の腕を使い、魔王の力を使ったが、魔法・魔術以外の物理的な斬撃を砕いた。
レイとエマは驚愕の表情を露にし、フェンリルとユニコーンはリヤンを囲う。
(マジかよ……斬撃を砕いたぞ……)
斬撃を砕いたことには当の本人が一番驚愕していた。咄嗟に拳を出して、斬撃を砕いてしまったのだから当然だろう。幾ら魔王(元)を纏ったとはいえ、先程の斬撃は明らかに物理的な攻撃だったからだ。
魔王(元)は魔法・魔術のような異能を無効化する事が出来るが、物理的な攻撃は無効化出来ない。なので斬撃を砕いた事にはライ自身が一番驚愕していたのだ。その様子を見て魔王(元)が笑うような声音で言う。
【ククク……何を驚いているんだ? お前は俺以上の素質を秘めているって言ったろ? お前が敵の攻撃を無効化するのは何ら不思議じゃねえよ】
(…………!!)
魔王(元)の言葉を聞いてライは目を見開く。ならば魔王(元)が居なくなるのも時間の問題なのだろうか気になるところだが、そんな事を考える暇もなく新たな刺客が出てくる。
「オイオイ見たか? 斬撃を殴り砕いたぞ? あの小僧」
「ふふ……どうやらただの魔族じゃなさそうね……向こうに居たのも気になるけど……オスクロが何とかするかな……」
ライたち四人は声の方に目をやり、その刺客の姿を捉える。
木の上に男性と女性が一人ずつだ。
どうやら他種族の国というものは、本当に近付くだけで争い事に巻き込まれ、その争い事からは避けられないらしい。
新たな二人の刺客を前に、ライたちは向き直った。