三百三十五話 vsバハムート・決着?
「──ラァ!!」
『……ッ!?』
光の速度を超え、その速度も超えてバハムートの身体を貫通するライ。
それを受けたバハムートは身体が砕け、恒星サイズ程の巨躯が粉々に砕け散った。そして、再生した。
「そら!!」
再生した瞬間、続くように回し蹴りを放つライ。
再生過程の途中で粉砕されたバハムートは何も言わず、何も言えず、一部がバラバラの肉片となって消滅する。
『ギャアアアァァァァァ!!!』
「これでも再生するか……! クソッ、まだ全力の八割を出し切れていないみたいだな……!」
消滅した肉片は再生せず、砕けた身体のみ再生するバハムート。
全力の八割ならば一振りで銀河系を消滅させる事も可能だ。
だがライは、今の攻撃でバハムートに初めてのダメージは与えられたが感覚的に全力の八割は使えていないと悟った。
バハムートの肉片、それでも小さな惑星サイズはあるがその程度しか抉れなかった事実。それがある以上、今の八割は八割の中の六、七割程だろう。
【ま、お前の力は最近まで六割が限界だったんだ。一度や二度使いこなせた程度の力が未来永劫使い続けられる程世の中は甘くねェよ】
(そういうもんか……まあ、確かにシヴァと戦ってから八割以上を使う機会はなかったからな……)
扱い切れていない様子のライを見、フッと笑うような声音で話す魔王(元)とそれに思考を返すライ。
常人で言うところの運動のように、魔王の力だとしても暫く使わなければ数日で衰えてしまう事もある。
何事にも鍛練は欠かせず必要という事だろう。自分の力を過信し、絶対的な自信を持っていたとしてもそれを使わなければ宝の持ち腐れといったところだ。
無論、過信し過ぎるのは大きな問題となりうる事柄であるが。
【クク、まあたった数日前の事だ。感覚で覚えているだろうし、俺自身の力は衰えていねェ。後は気合いだよ気合い】
(随分と曖昧だな……。まあ、実際気力がものを言うのは本当かもな。病気と魔王の力は違うけど……病は気からって言うからな。気力によって扱い方が変わるってのは強ち間違っていないかもしれないな)
魔王(元)の言う、根拠の無い理論。気合い。俗に言う根性論とやらだろう。
それは基本的に不合理的な理論だがしかし、今回は気力によって何かを掴めるかもしれない。
既に魔王の力はライに宿っている。魔王の力が衰えるという事は無く、ライ自身の実力によってどれ程扱えるのかが変わるのだ。
なのでライは魔王(元)の言葉に同調し、改めて力を込める。
「さて、バハムート。今からどれくらいの時間で魔王の力が本来のものに戻るか確かめるぜ……!」
続いてニヤリと笑い、全身の力に集中するライ。
今纏っている力が八割の中の六、七割という事は、当然のようにまだ上があるという事。
手加減した力で恒星を破壊出来る八割の六、七割。その気になれば全力の八割で銀河系粉砕、全力の九割で銀河集団粉砕、全力の十割で宇宙から多元宇宙粉砕の力が宿る。
その力は全てシヴァとの戦闘で既に使用しているが、十割は魔王を表に出したりライが覚醒したりして偶々使えただけである。
なので今の時点で本来の力に戻れたとしても九割が関の山だろう。
しかし、八割を使いこなせれば確実にバハムートは倒せる。なのでライは向き直ったのだ。
「取り敢えず実践に生かすか……!」
刹那、ライは光の速度を超えその次の速度を超えて加速した。
数光年を一瞬で詰め寄る速度に上げたライは瞬く間にバハムートへ到達し、全身の力を込めて拳を放つ。
『……!!』
そしてバハムートの、身体の一部を抉り抜いた。
先程と同様、その一部だけでライたちの住む惑星サイズはある肉体の一部。
真っ赤で巨大な肉塊は宇宙を吹き飛び、幾つもの惑星を粉砕して消滅する。
「そら!」
次いでライは休まず、再生し切る前に回し蹴りを放って周囲の肉を消し飛ばし、鮮血で黒髪を濡らしながら追撃を仕掛ける。
ライの身体はまるで多数の生き物を始末したかの如く血で汚れているが、バハムートにとって惑星サイズの肉が吹き飛ばされたのは小さな針で貫かれた程度のダメージしか無い。
出血量も小さきライたちから見ればとてつもないが、バハムートからしたら直ぐに治る掠り傷である。
「はっ!」
それが再生するよりも早く、体内へと侵入して内側からバハムートの身体を破壊して行くライ。
その全てが恒星破壊レベルの攻撃だがバハムートには効かず、精々惑星サイズの肉片しか抉れない。
塵も積もれば山となるとよく言うが、惑星を数万個集めてようやく恒星サイズになる。
それなりのダメージを与える為には、今の力を持続しつつ数千から数万のダメージを与えなければならないだろう。
あまり使用していない八割の力。集中しつつ、バハムートの再生よりも早く、数千回の攻撃を放たなければならない現状。
ある意味ではこの戦争に置いて一番辛い戦いだろう。
「そ━━ら!!」
力を込め、再び内部からバハムートの体内を荒らすライ。
それはさながら寄生虫のようだが、バハムートにとって然程害の無い存在。
外から大きな攻撃を仕掛けてくるライを探しており、敵視はしているようだが大して危険視はしていないようだ。
そもそも大きな攻撃といっても他の者たちの攻撃より少し大きい程度の、小さな針を刺すような攻撃だが。
『ギャアアアアァァァァァァッッ!!!』
「──ッ!? 何だこの音は……!? また吼えたのか……ッ!」
ライが体内を荒らして進む中、バハムートは大きな咆哮を上げた。
その音は体内を反響して響き、ライの鼓膜へ大きな刺激を与える。
何度も述べたが常人なら簡単にショック死してしまう程の轟音。幾らライとはいえ、その五月蝿さは感じるのだろう。
特に今は体内に居る為、その騒がしさは想像を絶するものとなっている事だろう。
【クク、お前も音は感じるんだな。物理的なものを全て無効化する素質のあるお前なら、自分に害のある音なら無効化出来るんだろうけどな?】
音を感じるライに対し、クッと笑い掛ける声音で言う魔王(元)。
魔王(元)の特殊能力が異能の無効化ならば、ライは古来より伝わる己の肉体を使った拳に脚。そして剣や矢、銃。などの無効化が特殊能力。
なので以前にライの力のみで魔王の十割を纏った時は、シヴァが扱った"三叉槍"を防ぐ事が出来た。
そんなライならば、自分に都合の悪い物理的攻撃を防げる筈なのだ。
(そうなのか? てか、こんな音の中でも魔王の言葉ははっきり聞こえるんだな……)
【たりめーよ。俺はお前の中に宿っているんだからな。五月蝿くても思考は出来るだろ? そう言う事よ】
(な、成る程……)
それに返しつつ、魔王(元)の声がはっきりと聞こえる事に対して疑問を浮かべるライ。
バハムートは今現在、収まる事無く吼え続けている。
なのでライも攻撃の手を止め、両手を使って耳を塞いでいるのだが、何故か魔王(元)の声がはっきりと聞こえる事が気になった。
それに返す魔王(元)曰く、ライの中に自分が宿っているので問題無いとの事。
例えば文字を読むとしよう。その文字は、どんなに騒がしい場所だとしても集中は出来ないが読む事は出来る。
つまり、頭の中で考える事と同じように、魔王(元)の声が脳に直接響くのでライに聞こえるのだ。
それを聞いたライは小首を傾げつつ、確かにその通りだと納得する。
『ギャアアアアァァァァァァッッ!!!』
「……ッ!」
そして、魔王(元)との会話の中、更に大きく吼えるバハムート。
鼓膜が破れそうな程の轟音にライは歯を食い縛り、グッと力を込めて耐え忍ぶ。
しかし収まる気配は無く、延々とバハムートの吼える轟音が耳へ入り込んでいた。
「五月蝿ェ!!」
『……!?』
その刹那、あまりの五月蝿さに耐え切れなくなったライがバハムートの体内にて大きく攻撃を放った。
それを受けたバハムートは怯み、バハムートの肉片が吹き飛ばされ体内からライが飛び出した。
その肉片は先程よりも多く、惑星数十個は収まるであろう程。
巨躯のバハムートだとしても、小さな針を刺されたような痛みが何十回も連続して起これば流石に苦痛があるのだろう。
「よし、少し威力が上がった。この調子で攻めて行くか……!」
その破壊の痕を見、魔王の力が少し上昇したのを確認するライ。
自分の匙加減によって能力が変化するのなら、要は自分に纏割り付く枷を外せば良いだけの事。
"他の者を巻き込んでしまうかもしれない"。"自分の星がある銀河系を消滅させてしまうかもしれない"。
その懸念が枷となり、意識せずに己の力を抑えてしまっている。
なのでその枷を外し、余計な念を外す事によって本来の力を取り戻せる。
以前シヴァと戦った時は、シヴァ自身が消した物を新たに創造出来たので懸念が無く攻める事が出来た。
そもそも舞台が銀河系サイズの惑星という有り得ない場所だったので枷が自然と外れたのだろう。
バハムートを一つの惑星と考え、その耐久性からある程度の攻撃なら余波が広がらないと、そう考えれば制限する枷が無くなるのだ。
『ギャアアアアァァァァァァッッ!!!』
「……ッ!」
無論、バハムートは生き物。己の身体に危険が迫れば相応の対応をする。
その証拠に巨腕を振るい、そのまま体内から飛び出したライに放った。
巨腕に叩き付けられたライは吹き飛び、また幾つかの惑星を貫いて飛ばされる。
しかし宇宙で体勢を整え、バハムートから離れ過ぎぬよう数万キロ程度の近距離で堪えた。
『グギャアアアァァァァッ!!!』
「……な!」
そしてバハムートは一瞬にしてその距離を詰め、薙ぎ払うように腕を振るってライを下方へ吹き飛ばす。
咄嗟の移動に対応し切れなかったライは為す術無く下方を進み、上下左右が分からなくなる程回転した。
『グルオオオォォォ……!!』
「──ッ!!」
凄まじい速度で吹き飛ばされていたライ。
バハムートはそんなライの方向へ先回りしており、次いで鰓のような脚? を横に薙いで追撃を仕掛ける。
それを受けたライは腕で何とかガードするが押し負け、下方から横方向へ飛ばされる。
「まさか……! 俺の身体が見えているのか……!」
そして、それを受けたライは吹き飛ばされながら思案し、バハムートには見えない筈の自分が見えているという事が気に掛かった。
──バハムートは巨大である。
その鼻腔にライたちの暮らす星の海を収めたとしても、砂漠に置かれた一粒の砂と大差無いと錯覚される程に巨大な身体を持つ。
そんなバハムートからすれば、ライの大きさはライたちから見た微生物よりも小さく空気に浮かぶ小さな粒子よりも小さい物の筈。
それがライを捉えているとなると、バハムートは顕微鏡よりも制度の良い視力を持っている事となるだろう。
「そして……」
『ガァ!!』
「速いな……!」
ライが思案する中、バハムートは目にも止まらぬ速度で移動し、横方向へ吹き飛ぶライの身体を再び打ち付けた。
惑星破壊の攻撃よりも重いバハムートの力はライを的確に捉え、再び数光年程吹き飛ばした。
「……ッ!」
何万、何億もの星を貫き、一際大きな惑星に激突してようやく勢いが収まるライ。
頭からは血が流れており、身体の骨も何本か持っていかれたようだ。
時折何処かの高温惑星に激突したので熱によって血は乾いているが、ライは今シヴァと戦った時以来、久々に大きなダメージを負ったようだ。
「けど、これで感覚が戻ってきたな……やっぱスパルタ式が俺にはあってんのかね……本来の力……大体分かってきたぜ……」
痛む身体を動かし、フラフラと立ち上がりながらもう既に目の前へ来ていたバハムートに視線を向けるライ。
身体は痛み、骨も何本かいかれているが戦闘を行う事に問題は無い。
頭から流れた血によって片目の視界は意味を成していないが、それも問題は無い。
常人ならば痛みによって動く事すら儘ならなくなる程の怪我を負っているが、それも問題無い。
今最も重要な事は、戻りつつある感覚をフルに使って目の前のバハムートを仕留める事だけである。
『グオオオォォォォ……』
「今からアンタを消し飛ばすけど……悪く思わないでくれバハムート。……って聞こえちゃいないか……」
低く唸るように吼え、ライの姿を見やるバハムート。
そんなバハムート目掛けて呟くように言い、グッと構えて集中力を高めるライ。
辺りには奇妙な間が生まれ、バハムートから空気の漏れるような呼吸音が聞こえてくる。
「行くぞ……!」
──刹那、ライは足元にある一際大きな星の表面を蹴り砕き、その衝撃で星その物を消し飛ばした。
瞬く間にバハムートの近くへ行き、ライはその拳を大きく振りかぶる。
『ギャアアアアァァァァァァッッ!!!』
それを目視する事が出来たのか、光を超えて進むライ目掛けて腕を上げるバハムート。
ライとバハムートのタイミングは一致し、二つの大きさの違い過ぎる拳が相手に向けて放たれた。
「オラァ!!」
『グギャア!!』
──そして辺りは消し飛んだ。
*****
──二つの腕と拳が激突し、数光年が消滅した宇宙空間。
辺りは暗く、一筋の光すら映らない暗黒空間と化していた。
それもその筈。数光年が消滅したというのは比喩では無く、本当に消し飛んだのだから。
ライが纏った八割の力。それは銀河系を消し飛ばす程の威力を秘めていた。
それとバハムートの身体がぶつかり、直径数光年全てが消し飛んだのである。
銀河系は約十万光年の広さを持つ。厚さは約千光年なので、ライとバハムートが消し飛ばした距離はほんの一割にも満たないだろう。
(……成る程、バハムートの身体が頑丈過ぎて再生力が高過ぎたから銀河系が消し飛ばずに済んだんだな……)
【それって、お前に分かる事なのか? まあ、感覚で分かるかも知れねェが……】
(ハハ、ここ数光年に光は無いけど……かなーり遠くに小さな光が見える……って事は銀河系は消滅していないって事だ)
そしてその場に居るライ。そんなライの推測は、バハムートの身体が丈夫過ぎた故に銀河系を吹き飛ばす攻撃でもこの程度しか消し飛ばなかったという事。
銀河系全体を確認出来ないライにそれが分かるのかと気に掛かる魔王(元)だったが、かなりの遠方に見える光から、銀河系その物が消えていないと告げる。
此処で無くとも自分の目に見える星の光は、全てが遠くにある星のもの。当然のように、小さい物ならば遠くにある程光も小さくなる。
今ライの視界に映る星はそれなりの大きさであり、数光年離れているが近くにあるという事が分かる。
その事から銀河系は消滅していないと推測したのだ。
『グオオオォォォォ……』
「ハハ、アンタも満身創痍の状態だね……」
そして無論、そこにはバハムートも居る。
ライとバハムートは互いに大怪我を負っていた。ライの両腕は砕け、暗くてよく見えないがそこから流れる真っ赤な鮮血が宇宙空間を漂う。
ライは五体満足でいる事自体が不思議な程で、魔王と自分自身の耐久があっても大きなダメージを負ったという事が窺える。
対するバハムートも体躯が小さくなる程弱っており、消滅し再生しない肉体がそこにある。
それでも惑星サイズはあるかなりの巨躯だが、見て分かる程に弱っていた。
「……さて、まだ終わっていないか……」
砕けた両手を持ってしても何とか堪えつつ改めて構え、バハムートに向き直るライ。
大分ダメージは与えたつもりだが、恐らくバハムートはまだ戦闘を行えるだろう。
なので両腕が使えなくとも、念の為に構えたのだ。
『…………』
「……なにっ?」
──そして、構えたライを横に突如としてバハムートは移動を始めた。
突然のその行動にライは戸惑う。
確かに弱っていたが、バハムートの方がライよりも戦闘を行えるだろう。なのにライとは別方向に、ライの事を気に掛けず移動したのだ。
それを見ても始めは警戒していたライだが、そのうちバハムートの姿が見えなくなった。
(……帰った……のか? 何処に……?)
無論、姿が見えなくなったとはいえ警戒を解くライでは無く、最後までバハムートの行った方向に集中力を高める。
あの巨体にしてライの八割に匹敵する速度を出したバハムート。
小さくなったとはいえ警戒するに越した事は無い相手だったが、結局それからバハムートが戻ってくる事は無かった。
何があったのか、正気に戻ったのか、ライに興味が無くなったのか定かでは無いがバハムートは消えたのだ。
しかしバハムートが消えた事により、ライとバハムートの戦闘は腑に落ちないが決着が付くという形となった。