三十三話 森に住む少女
──とある山の奥に広がる森。
夜が更け、星と月の明かりに照らされ、輝いているかのような森があった。
この森には少女が一人居た。
少女の周りにはその森に棲む幻獣と魔物が集まっており、ゆったりとしている。
気性が荒い幻獣や魔物も中にはいるが、全員が全員大人しく少女を囲っていた。
「~♪~♪」
その少女は歌い、野生動物たちはリラックスして歌を聞き入っている。
その歌は美しく、何処か儚い。
歌は森全体に響き渡り、子守唄のように動物たちの耳に入り、幻獣と魔物は静かな眠りにつくのだった。
*****
「……………………!」
「……………………!」
──誰かが話しているような声がした。
しかし、誰が何を言っているか分からない。
本当に何を言っているんだ……? 姿もぼやけて見えず、その声のような音だけが耳に響く。
……だが、その者がとても喜んでいるのは伝わってくる。
そして、少しずつその声のような音と二つの容姿も段々鮮明になってきた。
「スゴいわ! ────! 産まれつきこんな魔力を持っているなんて!!」
「それに力も強いぞ! 見ろ! さっき大岩を砕いた!」
"魔力を持っている"という事から魔族か魔物だろうか?
どうやら二人は夫婦らしい。ならば俺は二人の息子……?
……いや、俺はライ・セイブルだ。
上手く聞き取れなかったが、────という名前ではない。
それに、家にあった写真の両親とこの夫婦は全く違う。そして俺はこの二人を見たことがない。
本当の親ならばその瞬間、見たことが無くても見たことがあるかのような錯覚に陥る筈だ。
魔族というものはそういった血縁関係などが分からずとも、本能で血の繋がりを覚えていると本に書いてあった。
事実、俺の仲間と俺が宿しているアイツは子孫に祖先という関係だった。
そして、二人はお互いの存在を直ぐに理解していた。
……と、ここまで考えて俺は思う。
まさか、これは『アイツ』の記憶なのか?
あり得ない……事ではない。
確かにそうだ。だって俺は自分の肉体をアイツと共用している。
言わば触媒のようなモノだが、アイツ自身が外に出ることも出来る。
──そこまで考えると、目の前にいる夫婦が俺……いや、アイツ? を持ち上げる。
「本当にスゴいわ! ────なら"魔神"を名乗ってもなんら不思議じゃない!」
「ああ、そうだな! これなら人間や幻獣・魔物に蔑まされる事もない!」
……何やら色々な事情がありそうだ。
人間や幻獣・魔物に蔑まされるとはどういう事なんだ?
昔……もしアイツなら数千年前か……今では強力な種族の一つになっている魔族だけど……かつては肩身が狭い思いをしていたのか?
それならアイツが世界を支配していた理由も分かる気がする……要するに復讐か……?
そんな夢を眺めていると、段々視界が明るくなってきた。
それによって薄っすらと見えてきていた夫婦の顔も白くなり、再び消え、言葉も無くなる。
これより先が気になる……この赤ん坊が……もしアイツなら、どんな経緯で"魔王"になったのか。
しかし俺の意思とは裏腹に、視界が真っ白になる。
どうやら本当に覚めるらしい。
……ああ、この記憶をもう少し眺めていたい気分だ……。
「………………?」
「………………!」
ボソボソと、呟くようにしか聞こえない夫婦の声。
「…………!」
「…………!」
その姿を見届けるのは俺か、それともアイツか……。
「……!?」
「……?」
笑顔の夫婦を横目に──
「……」
「……」
──俺は微睡みから目覚めた。
*****
「────ッ!!」
目が覚めたライを襲ったのは、先日受けた痛みだった。
その激痛によって思わず飛び起きたライは、歯を食い縛り砕けていた片腕を押さえる。
応急措置はフォンセが施したが、やはり本格的な治療が必要らしい。
因みに、今いる場所は森だ。そこで野宿をしている。
散々破壊した街に寝泊まりをするのには抵抗があったからだ。
ライが腕を押さえて痛みに堪えていると、近くに居たエマが心配そうに話し掛ける。
「……大丈夫か? ライ?」
「……あ、ああ……ちょっとズキズキするくらいだ……。……ま、まあ大丈夫だろ……グッ……!?」
痛みによって脂汗を流しているライがそう言っても説得力に欠けるだろう。
時刻は真夜中。昨日行ったシュヴァルツとの戦いでライは、かなりの疲労している筈だ。しかし、その疲労でも目覚めてしまう程の痛み。
不死身のエマにその痛みは理解できなかった。
「とは言ってもな……やはり私の血を入れようか? 治療効果があるのは知ってるだろう。ヴァンパイアの血は他人の血に馴染むからな。例え血液の種類が違っていても問題ないぞ?」
ライは、仲間が傷付く姿を見たくないが故にエマの血をライへ入れるのを断っていたのだ。
しかし、エマは直ぐ再生する。
だから多少の傷などあってないような物なのだが、ライ的には自分のせいで仲間が傷付くのは嫌らしい。
「気持ちだけ受け取ってとくよ……俺は問題ないさ……。明日……いや、もう今日か……。取り敢えず治療するからな。前の街で特に何も買わなかったから……金貨はまだ残っている。金貨一枚で十分な治療は出来るし……」
腕を押さえながら言葉を続けるライ。
ライは仲間を頼らないのではなく、自分自身が甘えないよう、自分に厳しくしているのだ。
エマは呆れながら言う。
「まあ、お前の身体は押さえながの物だ。ライが大丈夫というのなら別に良いが、ライを心配している者が……少なくとも三人は居るって事を忘れるなよ?」
「ああ。ありがとな」
エマの言葉を聞き、もう一眠りするライ。
前述したように、時間帯で言えばまだ深夜だ。明日も今日も、何があるかは分からない。
なので身体を休める事優先しているライ。
エマはフッと笑い、眠りについているライ、レイ、フォンセを見守るのだった。
*****
──翌日。
月夜が消え去り日が昇る。あれからライは痛みによって目覚める事が無く、普通に起きる事が出来た。そんなライに続き、レイとフォンセも起き上がる。
「うーっす……」
「おはよー。ライ、エマ、フォンセー……」
「ああ……おはよう……」
ライ、レイ、フォンセの三人は目を擦りながらそれぞれで挨拶をする。まだ完全に目覚めた訳では無いのでボーッとしているが、直ぐに覚めるだろう。
それを見たエマは苦笑を浮かべて三人に近寄る。
「ふふ、起きるときは毎回こんなやり取りをしておるな……」
「「「まーな(ね)ー……」」」
三人は息ピッタリに言う。
どうやらライの炎症も少しは収まっているようだ。しかし、それでもまだ骨や肉の一部が砕けている。
出血こそ無くなったが、内部を伝わる痛みは健在だろう。
「よし、まずはその傷を医者か何かに見せよう。ライは私の血を入れたがらないからな」
「オイオイ……言い方ってものがあるだろ?」
エマが言い、ライが返す。一先ず近くの街へ行くことにしたライ一行。
その道中、森という事もあり、多種多様の生物による鳴き声が聞こえる。
そんな森の中を歩いていると、獣の鳴き声とはまた違った音が聞こえてくる。
「「「「…………?」」」」
その音を聞いて歩みをを止めるライ、レイ、エマ、フォンセの四人はその音が聞こえた方向を見る。
そこに居たのは──
「…………」
──一人の少女だ。
白髪のロングで、白い瞳。その顔には幼さが残っており、見た限りではレイ、フォンセよりも年下だろう。
その少女は森の中でも木が少なく、周りを日差しに照らされた場所で木漏れ日の光に照らされて歌っていた。
傍からから見ればおかしな光景だが、少女は何処か不思議で、その光がその少女を中心に照らしている事もあり神々しい雰囲気を醸し出している。
真っ直ぐな瞳で眺めるように空を見上げている様子は、この世の全てを見通しているかのようだ。
そんな少女をライたちは隠れながら見ている。
「なあ、隠れる必要あるのか?」
「……だって、何か怪しいよ……あの人。こんな所に一人で居て、一人で歌っているんだよ? 旅をしている服装でもないし、生活しているような感じでもない……このまま素通りした方が……」
「ふうん?」
隠れることを疑問に思ったライはレイに聞く、レイは怪しいから無視して街へ向かった方が良いと言う。
そうか? という顔をしているライ。しかし、確かにレイが言ったように怪しいというのは事実だ。
この森は街から大分離れている場所で、周りに家が一つも無い。
趣味や暇潰しの為に森を散歩する者もいるだろうが、あの少女はそんな風には見えなかった。
ライとレイがそんな話をしているところに、エマとフォンセも入る。
「……別に気にする事も無かろう……。敵だったら倒す。敵じゃなかったら通り過ぎる。何故そう話し掛けたがる?」
「ああ、あの娘はただ突っ立っているだけだろ。確かに変な気もするが……悪い奴って感じにも見ないぞ?」
今の件についてはエマとフォンセの言い分の方が正しいだろう。
変に警戒せず、変に話し掛けようとせず、相手が仕掛けてきたら相応の対応をする。
無駄な争いを避ける為にもそれが一番だ。
「じゃ、普通に通り過ぎるか」
ライの言葉に頷いて立ち上がるレイ、エマ、フォンセ。此方に気付いていないのなら、そのまま素通りする事が吉である。
そして、一歩踏み出そうとした時──
──ガサガサ! と、四人の動きによって叢が揺れた。
「……誰?」
「「「「………………………………………」」」」
その音を聴き、幼げな面持ちの少女がこちらを振り向いて問う。
完全に迂闊だった。取り敢えず隠れて姿を見せず、ただの野生動物とでも思い込ませるように黙り込むライたち。
しかし、そんな事は出来なかった。
「……魔族二人に人間一人……あとは……ヴァンパイア?」
「「「「──────ッ!?」」」」
四人は同時に驚愕する。
姿も見せず、声も聞かさず、叢の揺れる音のみ、それだけでなのか、『少女はライたちの種族を当ててしまった』のだ。
「オイオイ……マジかよ……。あの女性……俺たちの種族を当てたぞ?」
「偶然……とは考えられんな……。魔族や人間ならば数が多く、適当に言っても当たる可能性があるが……ヴァンパイアの私は自分ですら種族の数を把握していない。というか少ない筈だ……つまり何となくで名前が出ることは殆ど無いぞ……」
「しかも、しっかりとこちらの人数まで当ててきたな……あの娘……」
「……どうする? あっちには私たちの事がバレバレみたいだけど……」
ライたち四人はそれぞれの意見を言い、どういった行動に出るかを考える。
姿を現して自己紹介でもするか、見て見ぬふりをして森を抜けるか。
そんなことを考えていると、後ろから獣の声が聞こえた。
『グルルルルルル……』
『ブルヒヒヒヒヒ……』
低く唸るような、そんな声。その声からするに、ライたちを見てかなり警戒している事だろう。
ライたち四人はゆっくり振り向き、声の主を確認した。
「……オイオイ……何で"フェンリル"と"ユニコーン"がこんな所に居るんだ……?」
──"フェンリル"とは、狼の姿をした巨躯の怪物である。
かつて世界に大きな災いをもたらすと謂われ、支配者の監視下に置かれた幻獣だ。
産まれた時は普通の狼と同様のサイズらしいが、それが成長するにつれてどんどん巨大化し、最終的には口を開けば上顎が天を突く程の大きさになるという。
目や口からは轟炎を噴き出し、それを使って攻撃する。
だがこのフェンリルは少々小さい、なのでまだ子供だろう。
──そして"一角獣"とは、有名な幻獣の一匹で、角の生えた馬だ。
その性格は極めて獰猛で、力強く・勇敢なのだ。
その強靭な角はあらゆる物を貫通させると謂われる。
そんな角には、ありとあらゆる病を治す万能薬の力が宿っており、昔から狩人達によって殺され、数を減らされたという。
ユニコーンは人に懐かないと謂われている。
しかし、人には懐かないが、唯一、純潔の乙女を好み、森などに一人で居る乙女には警戒心を解いて近付き、その膝で眠りに着くのだ。
だが、純潔と偽った女には怒り、八つ裂きにした挙げ句、その角で刺し殺してしまうという。
そんな二匹の伝説的な幻獣を前にし、ライは口を開いた。
「フェンリルとユニコーン……何故か此処に居る理由は……差し詰めあの女性の護衛か何かか?」
本来、フェンリルやユニコーンは滅多に人前に出ない幻獣なのだ。かなり稀少で目撃する事事態がそうそう無い程の幻獣。
しかし、そんな幻獣が二匹もライたちの前に現れた。考えられる筋はあの少女を護っている感じだろうか。
『ワオオオォォォォォンッ!!』
『ヒヒイイイィィィィンッ!!』
フェンリルとユニコーンは吠え、ライたちを攻撃する体勢に入っていた。
今のライは片腕が十分に扱えないが、レイたちも居るので負担も少ないだろうと戦闘体勢に入る。
フェンリルが大人だったらレヴィアタンと同等かそれ以上の強さを秘めているが、子供なら今のライでもギリギリ勝てるだろう。
そんな四人と二匹を前に、日差しが照らす広場に居た少女が話し掛ける。
「待って……話を聞いてみる」
「「「「…………!!」」」」
そして、それを制するのはいつの間にか目の前に居た白髪の少女。
フェンリルとユニコーンに気を取られていたので気付けなかったのか、突然現れたかのような錯覚に陥る。
『クゥーン……』
『ヒヒーン……』
フェンリルとユニコーンは打って変わり、少女に甘えるような声で身体を擦る。
少女は笑顔でその二匹へ対応し、ライたちに向き直る。
「アナタ達は……? 国の兵士? 旅の人?」
その少女に敵意は無かった。敵意無く純粋な疑問を尋ねる少女。なのでライたちも警戒を解いて返す。
「ああ、すまない。質問に答えよう。俺たちは旅の者だ。たまたま通り掛かった人気の無い森なのに貴女の姿を見つけた。だから気になって立ち止まっていた。それだけだ。まあ、覗いてたかのような行動は悪かった。俺はライ・セイブル。貴女は?」
ライは自分が森に入った理由と自分たちの事、そして自身の名を名乗る。
少女もそれに返すよう答える。
「……私は『リヤン・フロマ』……この森は私の家……この子たちは私の友達……」
『クゥーン……』
『ヒヒーン……』
リヤン・フロマと名乗った少女は、フェンリルとユニコーンを撫でていた。少女に撫でられ、フェンリルとユニコーンは気持ち良さそうな声を出す。
「森が……家?」
そしてライはリヤンが言った、"この森は私の家"という部分が気に掛かる。
リヤンに両親はいないのだろうか、年齢的にはライよりも年上だろうが、まだ成長しきっていない子供だ。
「森が家ってどういう事だ? 親とかは居ないのか? それとも森に親と住んでいるのか?」
「…………?」
ライに尋ねられ、キョトン顔のリヤン。そんのリヤンは少し悩んだあと、選ぶように言う。
「……分からない。物心が付いたときには……もう森に住んでいたから……」
「……」
ライはリヤンの言葉を聞き、リヤンを見る。
森に住んでいるという割には身体に汚れなどは無く、清潔そうであり傷の痕なども見当たらない。
取り敢えず本人がそう言うのならそうなのだろうと頷くしかない。
それからリヤンの様子を見ていると、悪意があるような感じでもない為、レイ、エマ、フォンセも名乗る。
「えーと……私はレイ・ミールっていうの……よろしくね?」
「私はエマ・ルージュだ。お前の言った通り、ヴァンパイア一族の一人だ」
「呪術とかも使いそうにないな……私の名はフォンセ・アステリだ。よろしく」
「うん……。よろしく」
名乗った三人に向け、静かに笑顔を作って挨拶をするリヤン。
レイたちの自己紹介も終えた頃合いを見、ライが聞く。
「そうだ。ここから一番近い街って何処にあるか知っているか?」
それはこの場所から近い街が無いか、だ。
今は痛みが無く、包帯によって傷も見えにくい状態だが放っておくと悪化してしまう為なるべく早めに治療したいのだ。
「あるにはあるけど……止めた方がいいよ……?」
「「「「………………?」」」」
リヤンは行くのを止めた方が良いと言う。ライたち四人は顔を見合わせ、"?"を浮かべる。
「なあ、何で止めた方が良いんだ?」
そして、その理由をリヤンから聞こうとするライ。その問いに対し、考えるようにリヤンは言った。
「だって……レイって名乗った子が──『死んじゃうかもしれない』から……」
「「「な!?」」」
「え?」
リヤンが言った言葉に驚愕するライ、エマ、フォンセ。
レイは突然告げられた言葉に理解が追い付かず、困惑する。
此処に来たこの瞬間、突然レイが死ぬと言われたのだ。仲間が死ぬと言われ、驚愕しない者は居ないだろう。
「……………………」
そんな事を話している中、何者かがライたちに近付いて来ている事にまだ全員が気付いていない。