三百三十一話 幻獣の国と魔族の国
「"神の吐息"……」
瞬間、リヤンは魔力とも違う聖なる力からなる風を放った。
その風は森の木々を薙ぎ払い、吹き飛ばしながら敵であるグラオに向かう。
風の威力は凄まじく、グラオを吹き飛ばしても止まる事無く数年は吹き荒れるだろう。それ程の風だった。
「吐息……? ハハ、冗談でしょ……吐息なんて生易しいレベルじゃない。まるで大嵐だ」
その風に拳を放ち、それによって生じた風圧でリヤンの風を消し去るグラオ。
衝撃は天空へと立ち上ぼり、全ての雲々を吹き飛ばして快晴の青空が姿を見せた。
「"神の拳"」
それと同時にリヤンがグラオの前に現れ、神々しさを纏った得体の知れぬ拳が放たれる。
拳を覆う空気は輝き、光る拳はさながら、上級の光魔法・魔術を使ったかのよう。
いや、魔法や魔術などという枠で収まる程度のものでは無い。底知れぬ拳だった。
「そら!」
その拳に己の拳をぶつけ、リヤンが放った拳の威力を殺すグラオ。
二つの拳はぶつかり合い、それだけで半径数十キロが消し飛んだ。
これだけの力だがまだまだ本気では無く、寧ろ手加減し過ぎている。という分類に入る程だろう。
「……」
「次は普通に攻めてくるか……」
二つの拳の衝突によって弾かれたリヤンは踏み込み、無言でグラオとの距離を詰める。
それに対してグラオは呟き、リヤンを迎え撃つ体勢に入った。
そして二つの脚が激突する。
それによって新たな爆風が生まれて何もない周りが追い討ちを掛けられるように吹き飛び、次の瞬間に二人は脚を離し体勢を変えていた。
「……」
「そらっ!」
刹那に近付き脚を放つ二人。
それは同時に行われて足の裏、即ち靴裏同士がぶつかる。
その衝撃で再び周りが吹き飛び二人は弾かれ、数十メートル程の距離が開く。
弾かれた二人は体勢を立て直し、力を込めて向き直る。
「"神の槍"」
「ふぅん」
向き直るや否や、聖なる力を込めて槍を形成しつつグラオへ放つリヤン。
その槍は光を超えて加速し、グラオ目掛けて直進した。
しかしそれはグラオに当たらず、紙一重で躱される。
それと同時にゆらりと揺れて踏み込み、リヤンとの距離を詰めるグラオ。
「"神の壁"」
「おっと」
詰め寄るグラオに対してリヤンは自分の前に壁を造り出し、進行を阻止しようと試みる。
しかしグラオはその壁を飛び越え、上空からリヤンに向けて片手を構えていた。
「ほーら……よっと!!」
「……」
構えると同時に空気を蹴って加速し、先程までリヤンの居た大地に拳を放つグラオ。
リヤンはそれを躱し、グラオの拳は大地を殴った。そして、数百キロを粉砕した。
粉塵は辺りに舞い上がり、視界を覆って全てを包む。
その粉塵は余波によって吹き飛ばされ、二人の視界が拓ける。
そしてグラオの視界には、リヤンの姿が映って無かった。
「成る程、上か」
「"神の大滝"」
リヤンが何処へ消えたのか即座に理解したグラオは空を見上げ、水を纏っているリヤンを目の当たりにした。
その瞬間に飛び退き、グラオの居た場所には叩き付けるような水が一気に降り注いだ。
その水は星を貫き、星の裏側まで到達して宇宙に放たれる。
それはさながら、突如として現れた巨大な水柱のよう。
「何でも"神"を付ければ良いってもんじゃないよ?」
フッと笑い、同時に踏み込んで跳躍するグラオ。
踏み込んだ衝撃で再び大地が粉砕したがその程度。先程から何度も地形が変わっているので、気にする事は無いだろう。
「オーラ……」
「"神の"……」
コンマ一秒も掛からずリヤンの前に飛び出したグラオ。
その短時間でリヤンは新たな力を込め、グラオに向けて何かを放つ体勢が整えられていた。
「よっと!!」
「"雷霆"」
刹那、グラオの拳と世界を焼き尽くすリヤンの霆が激突した。
その衝撃は星に留まらず宇宙へ行き、近隣の星々を数個破壊する。
宇宙ではライたちが戦っているだろうが、ライたちもライたちで星を既に何個も破壊しているだろうと、リヤンが今更気にする様子は無かった。
「強かだね。流石神様の御子孫様だ……。ハハ、こりゃ勝てるか分からないねぇ~」
「余裕があるのに余裕が無いフリをしなくても良い。貴方は確実に私に勝てると思っている……」
「あら? 急に話すのね……」
地に降り立ち、相手を見やる二人の神。
厳密に言えばリヤンは神では無いが、力だけならばそれに匹敵する事だろう。
リヤンを見たグラオは、頭を掻きながら勝てるか分からないと告げ、それが虚偽であると即答で返すリヤン。
突然話したリヤンに対し、グラオは奇異な態度で返す。
先程まで全く喋っていなかったのに話したのだ。気になるのも無理はないだろう。
「まあ良いか。声帯があるんだから話すのは普通だ。何ら不思議じゃない」
「……」
しかし話す事が出来るのはリヤンにとって当たり前の事。
それを理解した上で、改めてリヤンに構えるグラオ。
楽しそうな表情はそのまま、両足を軽く広げて握り拳を作り、ザッと構えた。
「"神の森"」
「……?」
次の瞬間、リヤンは神々しい力を使い辺りに森を創造した。
ヒュウと風が吹き抜けると同時に姿を現したのは、輝く様々な季節の木々や花々。そして天空を覆う透き通るような真い空と柔らかそうな白い雲。
周りからは獣の呻き声が聞こえ、先程まで居たヴァイス達のアジトとはまた違った空間になっていた。
「これは……。ふぅん、創造したんだね。新たな場所を」
「この世界は恒星と同じくらいの広さ。貴方はどうせ本気は出さないんだろうけど、それでも星に与える影響が多い。だから戦い易い星を創った」
つまりこの場所は、リヤンが創造した恒星サイズの惑星との事。
リヤンとグラオの戦闘は、辺りへ与える影響がとてつもない。
なのでそれを懸念し、新たな惑星を創って世界へ与える影響を最小限に留めようと試みたのだ。
それを聞いたグラオは軽く笑い、軽薄な態度で言葉を発する。
「ハハ、そういう事。まあ、破壊と創造は神様の特権だからね。君が居れば創造神要らずだ」
*****
「ハーックション!!」
「……どうしました、シヴァ様?」
グラオが別の星にて発すると同時に、魔族の国を巡り幻獣の国へ向かっているシヴァが嚔をした。
側近であるシュタラは嚔したシヴァを見やり、珍しい物を見るかのように小首を傾げて尋ねる。
「ああ……分からねェ。風邪か?」
「そんな馬鹿な。シヴァ様が御風邪を引くなど……あ、シヴァ様が馬鹿だから風邪を引かないって意味ではありませんよ? 昔から病気になったら直ぐに抗体を創造するので病気になったとしても、それが未知のウイルスだったとしても即座に抗体が作られ今では病気にならないという事です」
「ハッハ、そうか。……だが、馬鹿だから風邪を引かないって言わなくても良かったんじゃねェか? 全てのウイルスに対して抗体があるから風邪を引かねェってだけで良かったろ」
「すみません。次から検討します」
「もう遅ェよ!」
ただの嚔なのだが、シュタラにとっては余程珍しかったのだろう。
長々と話補足を加えて更に告げるシュタラ。
シヴァはシュタラの言い様に肩を落として訝しげな表情をしていたが、取り敢えずこれ以上話は広げなかった。
「まあ、シヴァさんが馬鹿云々は良いとして……」
「良くねーよ」
「良いとして、次が最後の街か」
その話を変えるべく、話題を逸らすズハル。
シヴァ的には腑に落ちないようだが、これ以上話しても無駄だと理解しているので一度反論してその言葉に耳を傾ける。
「まあ、そうだな。"タウィーザ・バラド"と"マレカ・アースィマ"の幹部は不在だったが、次の"レイル・マディーナ"で最後だ。二つの街が不在だから案外早く回り終わったが……ブラックたちの安否とアスワドたちの行方が心配だな。ブラックは幻獣の国へ行くと言っていたがアスワドは何も言わなかった。珍し過ぎるくらいだ」
そしてその言葉に返し、ブラックとアスワドがどうしているのか心配な様子のシヴァ。
ブラックからは昨日幻獣の国へ行くと聞いていたのだが、アスワドからは何も聞いていない。
アスワドの性格からそれはかなり珍しい事。ブラックたちの安否もそうだが、アスワドたちの行方。それも心配であった。
「ええ、そうですね。アスワドさんは几帳面。報告を怠るという事はしないのですけど……」
「まあ、考えられる線は内緒で幻獣の国の戦争に参加しているか、"タウィーザ・バラド"で封印されていたベヒモスが取られたって話があったから……その事に関してだろうな。己の失態は己で何とかしたいって気持ちも分かる」
シュタラはシヴァの言葉に同調しつつ、それを聞いたシヴァは己の推測を話す。
真面目だからこそ、何かしらの失態をしてしまいその償いを己でしようと内密に動いた。そう考えたのだろう。
「成る程。確かにそうかもしれませんね。なら、尚更急ぐ必要があるでしょう」
「ああ、言われなくても急ぐさ。幻獣の国の戦争にライたちが参戦してるってなら、もう終わってる可能性もあるからな」
返し、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドに視線を向けるシヴァ。
戦闘好きなシヴァからすれば戦争という大行事、参戦したく無い訳が無い。
なので歩を進め、残りの街"レイル・マディーナ"へと向かうつもりなのだ。
「ところで支配者さん。前方から何かが高速で向かってきますぜ」
「あん?」
向かおうとした時、ウラヌスが指を差し前方から来る何かに向ける。
それを聞いたシヴァはウラヌスの指先を見、その姿を確認した。
そして同時に、その影がシヴァたちの前に現れる。
『魔族の国支配者のシヴァ殿とお見受け致す。支配者の中でも話の分かる者と見、一つ頼みがあって来た』
「ふむ、テメェは……幻獣の国で幹部を勤めるフェンリルだったな? 俺は今少し用があってゆっくり話せないが、歩きながらで良いなら聞こう」
『感謝する』
その影──フェンリル。
フェンリルと言っても今からシヴァが向かう予定の"レイル・マディーナ"近隣の森に生息している一匹のフェンリルでは無く、幻獣の国にて幹部を勤めるフェンリルである。
幻獣の国と魔族の国はそれなりに離れているが、フェンリルの速度ならば数分で辿り着く事が出来る。
フェンリルはシヴァに用があり、その用を果たす為に魔族の国へ赴いたようだ。
『しかし、獣の姿では目立ってしまうな。元々シヴァ殿が居るってだけでもかなり目立つ筈だ。暫し姿を変えて話そう」
「人化か。その様子を見ると、幻獣の国で行われる戦争に何か進展があったと見て良いな?」
「ああ、そう思ってくれて構わない。少しばかり厄介な敵が現れてな。それについてだ」
「成る程」
獣の姿から人の姿となり、リルフェンとなるフェンリル。
そんなフェンリル、もといリルフェンが魔族の国へ来た事に対してシヴァは何かを推測し、幻獣の国に何かの変化があったと理解した。
シヴァ、リルフェン、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドの五人は歩を進め、話ながら"レイル・マディーナ"へ向かう。
「しかし、わざわざフェンリル殿が来るとはな……それはドラゴン殿の命令か?」
「今はリルフェンだ。……まあそれはさておき、答えるなら"違う"。だな。俺は自分の意思で此処に来た。ドラゴン殿たちは手が話せない用があるからな」
「ドラゴンさんたちが……。不測の事態……ふむ成る程、先程の声ですか……」
「ああ、その正体は聞いていないが……あの大きさからある程度は推測出来るな。巨大過ぎる生物など限られている。それも惑星サイズとなればな」
ズハル、シュタラがリルフェンへと尋ねてリルフェンが二人に返す。
声の怪物が何かはある程度予想できるので、それは大した問題では無いようだ。
問題はドラゴンたちがその怪物と戦っているので、シヴァたちにその事態を報告しつつ、自由ではあるが他の支配者たちよりは話が分かるシヴァに協力を要請するとの事。
「なら、タイミングが良いな。俺も最後の街に向かったら幻獣の国へ向かう予定だった。戦争と聞いたら、戦闘好きな種族の魔族が黙ってられねェからな」
「初耳です。まあ、確かに戦闘好きは多いですけど……」
リルフェンの言葉を聞き、それは丁度良いと話すシヴァ。
魔族には血気盛んな者が多く、その殆どが戦闘好きである。
シヴァが戦争に参加しようと考えていたその矢先、全方位から声が聞こえたので謎を確かめる為にもその国へ行くという口実が出来たという事。
結果として違和感無く戦争へ赴く事が出来るのだ。
「ほう? なら良いタイミングで来たのだな俺は。それは協力してくれると取って良いのか?」
「ああ、構わねェぜ。問題無いだ」
「何故その様な言い方を?」
それを聞き、フッと笑って話すリルフェン。
シヴァも笑って返し、幻獣の国へ協力する事は構わないと告げる。
そしてシュタラは、わざわざ問題無いという言葉を文字数の多い言葉で言ったのか疑問だったが追求はしなかった。
「まあ、これを期に幻獣の国と俺たち魔族の国、その関係を良くするのも悪くねェか。ドラゴン殿には世話になってるし、参加するつもりではいたからな」
「仲良くする、か。フフ……ああ、そうだな。ドラゴン殿も基本的に平和主義者。一つの国と争いが無くなるなら喜ばしい事だろう。本人もそう望んでいる筈だ」
「ハッハ、そもそも人間の国や魔物の国とはしょっちゅう戦争してたが、幻獣の国とは基本的に良好な関係だったからな! と言うか、幻獣の国は人間の国とも仲が悪くない。唯一争いが多いってのは魔物の国じゃね? 彼処の支配者は世界中に喧嘩売ってるからな。暇潰しに一つの街を破壊したりしてよ」
そんなシヴァ曰く、幻獣の国と良好な関係を結ぶのは悪く無く利点が多いので、元々要請があった時から前向きな検討をしようとしていたらしい。
世界は争いに溢れているがそんな中、幻獣の国の者たちは争いを好まぬ国民性を持ち合わせており基本的に関せずにいた。
それもあって人間の国や魔族の国とは悪くない関係を築いている。
国の敵は様々だが、かつては魔族の国が世界の敵であり今のところ魔物の国が何かあるらしい。
「まあ、話は終わりだな。話しているうちに"レイル・マディーナ"に着いた。フェンリル……いや、リルフェン殿は俺たちの話し合いが終わるまで近隣の森に棲むフェンリルと話してきたらどうだ?」
「ほう、それは興味深い。成る程、クラルテの血縁が言っていた森か……!」
「クラルテ……?」
「いや、こちらの話だ」
そこでシヴァたちとフェンリルは一旦別れ、フェンリルことリルフェンはシヴァたちの話し合いが終わるまで森に行く事にした。
リヤンとグラオがこの星とは別の場所に移った時、魔族の国が正式に幻獣の国へ協力すると決まった。




