三百二十九話 バハムートへの一撃
──"幻獣の国・上空"。宇宙空間。
此処は何も無い空間。
あるのは文字通り星の数程ある星々。そして遠方で光輝く太陽。下に見える大きな月。
何も無い空間だが、見える物は多い。言ってしまえば、"何も無い"がそこに"存在する"──"暗黒物質"などがあるので物質だけならば地上よりも遥かに多いだろう。
『グオオオォォォォ……』
そんな空間にて、凛と佇むのは星を超える大きさの怪物──バハムート。
レヴィアタンとベヒモスの融合によってより強大な力を得、いつ何時敵が攻めてきても問題無い体勢で佇む。
バハムートは目覚めたてなので今はただ立っているだけなのだろうが、何れ動き出せば宇宙が滅茶苦茶になってしまう可能性がある。
だからこそ、バハムートを早いうちに仕留める必要があるだろう。
『グオオオォォォォ……』
そして再び低い声で唸るバハムート。
惰眠を貪る際に鳴り響く鼾に聞こえなくも無いが、鼾とは違う声のようなものだ。
徐々に意識が覚醒しつつあるバハムートは、また一つ空気の無い宇宙空間にて唸り声を上げた。
*****
「さて……と。バハムートは……」
バハムートを倒す為に周りを見渡し、その姿を探すライ。
現在ライたちの居る場所は大気圏。まだバハムートが居るであろう宇宙空間には程遠いが、その気になれば一瞬で行ける。
しかしそれを行わない理由は体制が崩れるからである。
バハムートは見ての通りかなり巨大。なのでチーム分けをし、巨大な身体を各個で破壊するつもりなのだ。
「……まあ、今見えている全てがバハムートって事なんだろうな。途方も無い大きさだよ全く」
空を見上げ、そこに広がる黒い何かを確認したライはそれがバハムートと悟る。
大き過ぎるが故に、雲の上まで来ているにも拘わらず空は依然として暗いまま。
つまり、この位置から見える全ての天空はバハムートが覆っているという事なのだろう。
「破壊したら破壊したで、これ程の大きさだと余波の影響が大きそうだ……大変だな、熟……」
気だるそうに呟き、己の速度を上げるライ。
何はともあれ倒さなくてはならないので、バハムート目掛けて更に加速した。
*****
『はー……スゲェ大きさだ。見た事は無かったが噂では聞いた事がある……俺たちが天竺目指して旅立つよりも前に二種類の怪物に別れたんだっけか』
『ああ、私もそう聞いている。それは天界の神仏が言っていた事……下界の本よりも信憑性が高いだろう』
『ブヒ、そうだね。数千年前には既にバハムートが消えていて……レヴィアタンとベヒモスで別れていたと思うよ』
一方の孫悟空チームでは孫悟空、沙悟浄、猪八戒が話ながら進んでいた。
チームは現在、宇宙に行ける者とそうでは無い者の二つに別れ、そこから更に分けて宙へ行くチームは三つとなっている。
一方ではライ、ブラック、ドラゴン、ワイバーン、フェニックスのチーム。
一方では孫悟空、沙悟浄、猪八戒、アスワド、ガルダのチーム。
一方では黄竜、青竜、白虎、朱雀、玄武のチーム。
その計三チームだ。
同じ四神でも下で戦うメンバーも必要なので麒麟は参加せず、幹部たちもユニコーンとニュンフェ。そして行方知れずのフェンリルは参加していない。
レイとエマにフォンセを始めとし、幹部の側近を勤めるサイフ、ラビア、シター。そしてナール、マイ、ハワー、ラムルや王であるマルスも宇宙空間では荷が重いので待機組である。
他にもフェンリルと同様、行方知れずのリヤンは参加していなければ下にも居ない。
そんなチーム分けが行われ、そのチームのうちの孫悟空たちが話していたのだ。
因みに余談だが、ライの速度が速過ぎるあまりライチームはライだけが飛び出す形となっている。
『……まあ、俺たちは俺の觔斗雲があるけど……魔族の国の幹部殿とガルダ殿は本当に自らの力で良いのか?』
そしてふと、アスワドとガルダへ訝しげな表情をして尋ねる孫悟空。
孫悟空、沙悟浄、猪八戒は孫悟空の仙術である觔斗雲で移動しているのだが、アスワドとガルダは己の箒や翼で飛んでいた。
觔斗雲の速度は凄まじいので、その速度に付いてこれるか心配だったのだ。
「ええ、問題ありませんよ。私の魔法、世界的にも上位へ入る力と自負していますから」
『ああ、私も同じだ。何ら不安無く移動出来ている』
そんな心配事に対し無問題だと返すアスワドとガルダ。
アスワドの魔法は世界から見てもかなりの強さを持つ。そしてガルダは持ち前の力強さがあるので、翼にもそれが反映されて一般的な生物よりも速く動ける。
なので觔斗雲が音速を超えようと、二人にとっては問題無く行けるのだ。
『ハッ、そりゃ頼もしいな』
軽く笑って前を向き、觔斗雲の速度を上げる孫悟空。
付いて来れると分かったので、不安の種が無くなり通常の速度で行けるのだろう。
そして有言実行。言った通り、アスワドとガルダも速度を上げて觔斗雲へと付いて行く。
此方のチームも、徐々にバハムートとの距離を詰めていた。
*****
『あれがバハムートか。全身を見る事が出来ぬな……何という大きさだ……!』
『うん、まさか目の前にある全ての空……あれがバハムートなんだね……』
そしてもう一つのチーム。黄竜率いる四神たち。
黄竜がバハムートを見上げて言い、同調するように返す青竜。
二匹は今、バハムートの持つ規格外の大きさに息を飲んでいた。
それもその筈。巨大という事は分かっていたが、まさか目の前に存在する一つの平らな黒い壁。それが全てバハムートだと分かってしまえば、そんなあまりの巨大さに戦慄するのも無理は無い。
『ハッ、敵さんも中々面倒な奴を再生させてくれたな……! 魚は嫌いじゃねぇが、あんなデカイ魚は食えたもんじゃねえ』
『……あら? 虎って魚を食べるんですか?』
『ああ、一応な』
『俺も食べる事があるぞ?』
『へえ、亀も……』
バハムートを見て文句を言いつつ、空気を蹴って進む白虎。
朱雀は白虎の食に関して言い、白虎はそれに返し玄武も同調する。
意外にも、虎の白虎や亀の玄武は魚を捕食する事もあるらしい。
それはさておき、バハムートが面倒な存在であるという事は白虎からも朱雀からも玄武からも犇々と伝わった。
当然だろう。ただ巨大な生物というものは、それだけで通常サイズの生物よりも遥かに力が強いのだから。
『それより、魚云々の話は良いだろう。モタモタしていると黄竜さんと青竜が先に行っちまうぞ』
『白虎さんが魚の話題を出すからです』
『俺の所為か!?』
『嘘です。それを突いたのが私なので私の責任ですね』
『なんだよ……』
『ふう、黄竜さんたちが行ってしまったぞ』
『『……あ』』
他愛も無い会話をしつつ、バハムートを目指す四神たち。
大気圏を突破し、四神たちは自分たちの星を見下ろす位置まで来ていた。
*****
『あの少年……もう見えなくなったぞ……今に始まった事では無いが、何て速さだ』
バサッと翼を羽ばたかせ、先に行ったライを見て呟くように話すドラゴン。
ライは体制が乱れぬようにゆっくり行っているつもりなのだが、気付かぬうちにドラゴンたちを置いてけぼりにしてしまったようだ。
このチームであるドラゴン、ブラック、ワイバーン、フェニックスもその気になればライへ追い付けるが、それをしない理由がある。
『体制を崩れない程度先に行ってバハムートの様子を見て来る……か。何とも勇敢な少年だ』
『そうだな、ドラゴンよ。そとの国から来たというのに、何故彼処まで協力的になれるのか不思議だ……』
そう、ライは体制が崩れぬようにゆっくりと進んでいる。なのにドラゴンたちが後ろから付いて行く形となってしまっていた。
それはライが、バハムートの様子を窺いそこから策を練って攻めるという作戦なのだ。
「ハッ……アイツは俺よりも強ェからな……まあ、一人でも問題無ェだろうぜ……」
『苦しんでいるようですが……本当に大丈夫なのですか……?』
ドラゴンとワイバーンの話を聞き、ライならおかしくないと告げるブラック。
弱っているブラックはフェニックスの背に乗っており、青い顔をしながら話す。
フェニックスは不死鳥と謂われているので、文字通り不死身にする力も持つ。
不死身にしなくとも身体に触れるだけで癒しが与えられるので、弱り切っているブラックにとっても多少は効果があるのだ。
「……問題無ェって言ってるだろ。クク……何だ、俺が心配なのか……?」
『……。そうですか……。まあ、それだけ口が利けるのなら大丈夫でしょうね、きっと』
「たりめーよ。俺はそう簡単にゃ死なねェからな」
クッと笑いつつ心配無いと話すブラックだが、ゼェハァと息をするのも辛そうな雰囲気からそうは見えない。
しかし問題無いの一点張りなのだろうで、フェニックスはそれ以上追求しなかった。
そしてライに追い付き、主力たちは宇宙空間へと飛び出した。
*****
『どうだ?』
「今のところ、動く気配は無いな。まあ厳密に言えば少しは動いているんだけど……ただそれだけ。筋肉の鼓動程度だな。星も常に震動しているし、別におかしい事じゃない。てか、何で支配者さんは空気の無い宇宙空間で話せているんだ?」
『それはお前もだろう』
「俺はまあ、何て言うかそういう体質だからな」
『聞いた事無いぞそんな体質……。うん? いや待てよ……確か……大昔に魔王とやらが……』
「まあそれはどうでも良いだろう」
『そうか?』
宇宙空間に出、ライに向けて尋ねるドラゴンとそれに返すライ。
ライは魔王を纏っているので宇宙空間でも会話が出来ているのだが、ドラゴンが話せている理由が気に掛かる。
それを聞いたが魔王の事を言われそうになったので止め、改めてバハムートへと向き直った。
『なら、今は余計な作戦は要らないな。少し卑怯だが……動けぬバハムートへ直々にダメージを与え、相手の行動を確認するのが一番だ』
「賛成……」
『『…………』』
「……」
動く気配が無い。つまり暫くこの状態だろう。
動けぬ者を攻撃するのはあまり気が進まないが、動き出せば一挙一動だけで己の星が危うくなるだろう。なのでそれを阻止するべく、先手必勝という作戦に移ったのだ。
それに対し、無言で頷いて返すワイバーン、フェニックスとブラック。
二匹と一人は宇宙空間で会話が出来ない。なので無言だった。
「じゃあ、行くか……」
【クク、バハムートと戦り合うのは初めてだ……ワクワクするぜ……】
ライが呟き、近くを流れる隕石を止めてそれに足を乗せる。
バハムートと戦った事が無い様子の魔王(元)は、初めての体験に心を踊らせ高揚感に漲っていた。
(じゃあ、星を砕く勢いで……全力の七割を使うか……)
【意義なし!】
──刹那、ライは足場にしていた隕石を蹴り抜き、それと同時に光の速度を超える勢いで加速した。
隕石の欠片は光を超えた速度で吹き飛び、数百万キロ以上離れた別の星を撃ち抜く。
自分の星が被害を受けず助かった、と言ったところだろうか。
「お手並み拝見だ……バハムートッ!!」
そのまま秒も掛からずにバハムートの身体へライの身体が到達し、星一つを容易く粉砕する衝撃を纏った拳がバハムートの身体に触れる。
──そして、半径数十万キロを粉砕した。
熱と衝撃を纏ったその拳。それはバハムートの身体を捉え、大きく拉げさせて粉砕したのだ。
その衝撃は宇宙空間に伝わり、遠方によりライの様子を見やるドラゴンたちへ爆風が伝わった。
空気の無い宇宙空間で爆風というのもおかしな話だが、確かにそれは爆風だ。
『……』
(まさかのノーダメージ。……いや、予想は出来ていたけどな……)
星を粉砕させるつもりで放ったライの拳。
それは見事バハムートの身体に到達し、星一つ分の面積を破壊した。
だが、それを受けたバハムートは微動だにしない。ただじっと、先程のように立ち竦んでいた。
いや、足がある場所も宇宙なので立つ事は出来ない。浮かび竦んでいた、が正しいかもしれない。
(知ってた事だけど、一筋縄じゃいかなそうだな……もう身体も再生し始めているや。というか再生し終えた)
【クク、コイツは久々の強敵だ。まあ、昨日戦ったグラオって奴も中々だったがな。お互いに本気じゃなかったのが心残りだ】
空気の無い宇宙空間でため息を吐くように話、バハムートの身体の上へ立つライは再生するバハムートの身体を見て面倒臭そうに思う。
そんなバハムートだが、魔王(元)的には嬉しいらしく依然として心を踊らせている。
驚くべきなのは、レヴィアタンやベヒモス以上の速度で再生しているという事だろう。
(殴った瞬間に細胞が反応して再生したな……この身体を維持する為にそう進化したのか……)
ライが数十万キロ吹き飛ばした時、ライの拳が当たった瞬間に再生を始めたバハムートの肉体。
それ程の回復力となると星を破壊する"程度"の攻撃など、バハムートにとっては大したダメージにならないのだろう。
いや、"大したダメージにならない"では無く──"ダメージにならない"。が正しいかもしれない。
(厄介、面倒、無駄、難しい、煩わしい、ウザイ、大変。……さて、どの表現を用いて表すかな……この感覚は……)
【じゃ、"楽しい"……でどうだ】
(ま、お前的にはそうかもな)
バハムートに与えたのはまだ、たった一回の攻撃。
その攻撃に対するバハムートの変化から、面倒極まりない限りのライ。
しかし魔王(元)的には星を砕く攻撃でも無傷に等しいバハムートが嬉しい。なので楽しいらしい。
(……じゃ、俺たち主力が力を合わせてどれ程耐えるのか……見ものだな)
【クク、俺たち一人だけで十分だろ。八割か九割を使えばな……】
バハムートに降り立ったライは即座に再生したバハムートを見、自分を含めた他の者たちが放つ攻撃にどれ程耐えられるのか気になっている様子だ。
対して魔王(元)は、ライと魔王(元)の"一人"だけで十分との事。
何はともあれ、バハムートに星を砕く一撃は効かない事が分かった。
改めて策を練り直し、バハムートと向き直すライ。
後からドラゴンたちも来るので、それまでに少しでもダメージを与えて置こうと再び拳に力を込めた。




