三百二十五話 思想
──"トゥース・ロア"。支配者の大樹、地下。
戦争の二日目が始まってから、早くも昼を過ぎようとしていた。
いや、どちらかと言えば昼を回るのが遅過ぎるのかもしれない。
午前中だけで多くの兵士たちが死に、主力たちも多くの負傷者が出ている。
それだけの被害があり、まだ午前中を過ぎただけなのだから。
そんな場所の地下にて今、魔族・幻獣の兵士たちと生物兵器の兵士達。そして主力であるアスワドとヴァイスの戦闘が繰り広げられていた。
「はあ!」
『だあ!』
「やあ!」
『せあ!』
金属音、弓矢の弦を引く音、槍同士がぶつかり合う事で生じる木音、銃の発砲音など、相手にバロールを渡す訳にはいかぬ者たちが死に物狂いで武器を放つ。
敵の兵士は通常サイズの生物兵器と巨人の生物兵器。
トドメを行うのは不死身を消滅させる事の出来るアスワドだが、それ以外の足止めは幻獣の国側に仕える兵士たちがしている。
何はともあれ、結果として敵の兵士達を食い止める事は実行できているのだ。
「どうしましたか……先程から突然静まり返って……」
「……」
そんな中、数時間前まで指揮を執っていたヴァイスに向けてアスワドが話し掛けていた。
どういう訳かヴァイスは、つい先程揺らいだ後、ずっと黙り続けているのから気になったのだ。
アスワドは何かしらの神々しい気配を感じたのでそれが原因かと思ったが、そうでは無いと悟り尋ねていた。
「……いや、何でもないさ。フフ。まあ、仮に何かがあったとしても君には教えるつもりは無いけどね。そういう義理は無い、敵同士の関係だから」
「そうですか。余計な気を回してしまい、申し訳ありませんね。確かに敵同士、気に掛かる事があっても言わないのが礼儀でした」
「物分かりが良くて助かる。もし深く追求していたなら、私は手加減せずに君を葬っていたよ。優秀な人材だから勿体無い事をしようとしていた」
何でもないと告げるヴァイスに対し、皮肉っぽく謝罪を申すアスワド。
皮肉に対し、今一度皮肉で返すヴァイス。
元気は無さそうなヴァイスだが不調という訳では無いらしく、改めて如意金箍棒を回す。
それを見、箒に魔力を込め直して構えるアスワド。
二人の間に静寂が生まれ、その静寂を砕くよう巨人兵士が巨腕を振るう。
『……!!』
「……邪魔です"氷漬け"!」
刹那、巨人兵士が凍り付く。
そのまま動きが止まり、巨人兵士は停止した。
アスワドが放ったのは氷魔法。いちいち消滅させていたのでは時間が掛かる。
なので凍らせ、動きを止めるだけにしたのだ。
凍ると同時に薄暗い地下内へ冷風が吹き抜け、アスワドとヴァイスの髪を揺らす。
風に撫でられる中、ヴァイスは如意金箍棒を回すのをピタリと止めた。
「伸びろ、如意棒」
「"鉄の壁"」
それと同時に如意金箍棒を放つヴァイス。
アスワドは土魔術を応用して鉄を造り、土の壁よりも強度な壁で如意金箍棒を防いだ。
亜光速で金属壁に激突した如意金箍棒は欠け、辺りに小さな欠片が幾つか散らばる。
「鉄の壁か……伸びろ如意棒」
「……ッ!?」
その刹那、上下左右へと散らばった欠片が伸び、アスワド目掛けて幾つもの如意金箍棒が放たれた。
亜光速で近付く何十もの如意金箍棒を防げる筈も無く、その殆どがアスワドの身体に突き刺さる。
それを受けて吐血し、何かが折れる音と共に吹き飛ぶアスワド。
真っ赤な鮮血を散らしつつ、アスワドは地下空間の壁に激突した。
「言っておくけど……私は女性相手でも一切の手加減しないよ。仮にそれが幼子だろうと大人だろうと、子孫繁栄が出来ない身体になったとしても知ったこっちゃ無いね。仮に身体がボロボロになっても、再生させる事が可能だからね。子孫繁栄に必要な生殖器、生きるのに必要な内蔵や脳。それら全てを再生させる事が出来る。安心して子供を産めない身体になってくれたまえ」
これ以上無い程に冷徹な目付きで如意金箍棒が当たったアスワドを見、淡々と綴りながら話すヴァイス。
再生させる事の出来るヴァイスだからこそ、味方では無い他人の事はどうでも良いのだろう。
「……ッ。……。何とも嫌な性格をしていますね"氷の矢"!」
「話ながら仕掛ける君も中々嫌な性格だと思うけどね」
瞬間、粉塵の上がる壁から鋭利な氷が何十個と放たれた。
それを見、如意金箍棒を回して氷を弾くヴァイス。
その後己の血で汚れているアスワドが壁から抜け出し、フラフラとした覚束無い足取りでヴァイスの前に立つ。
頭から血液が流れており、片目は頭から流れる血によって綴じられている。
血液は普通の水よりも粘りがあり、直ぐに乾いてしまう。なので片目を綴じ、失明を防いでいるのだ。
頭からの出血以外にも痣や壁の欠片によって生じた掠り傷などの怪我があり、見るだけで痛々しさを感じる程である。
「まあ、ボロボロの状態で敵を討つ為に戦う女性というシチュエーション。フフ、傍から見れば私の方が悪役だろうね。健気に戦って、ご苦労様な事だ」
「……」
フッと笑い、改めて如意金箍棒を含めた武器類を取り出して構えるヴァイス。
剣の欠片や銃、銃弾の欠片。槍の欠片など様々な物を取り出す。
そしてそれらを再生させ、片手に如意金箍棒、片手に槍。腰に剣と銃を携え武装を施した。
「魔法と科学。いや、如意金箍棒は魔法では無く妖術か仙術かな。……それは兎も角、人間・魔族の生み出した力……存分に使わせて貰おうかな……」
「そうですか。随分と長話がお好きな様子で」
「フフ、褒め言葉として受け取って置くよ」
武装し、フッと笑いながら話すヴァイス。
フラつきながらも挑発するように皮肉を言うアスワドは箒を構え直し、魔力を込めてヴァイスと向き直った。
アスワドのぶつかった箇所からすきま風が吹き抜け、再び二人の髪を揺らす。
「"鉄の弾丸"!!」
「遅いよ」
次の瞬間、アスワドは土魔術の応用である鉄の弾丸を放つ。
それは音速を超えて進み、ヴァイスは如意金箍棒で全てを叩き落とす。
「そうだね、魔法じゃない銃ってのも悪くないよ?」
「……ッ!」
如意金箍棒で弾いたアスワドの弾丸。ヴァイスはそれらによって生じた鉄片に紛らせ、槍を床に刺したあとで科学としての銃を撃つ。
銃弾はほんの数ミリしかない隙間を通り、アスワドの肩を撃ち抜いた。
熱と衝撃によってアスワドの肉が焼けて貫通し、そこから真っ赤な鮮血が噴出するように吹き出す。
魔族の頑丈さならば銃弾が当たっても貫く事は無く、少しばかりの痛みが生じるだけなのだが、どういう訳かヴァイスの放った銃弾はアスワドを貫いたのだ。
「い、一体……!」
貫かれ、二度三度と目を見開きながら一瞥するアスワド。
激痛が走ると同時に箒を床に落とし、肩を押さえながら片膝を地に付ける。
それを見、不敵な笑みを浮かべるヴァイスはアスワドの方を見ながら言葉を続ける。
「対魔族用の銃弾さ。この世界には人間・魔族・幻獣・魔物専用に造られた武器が多く存在するからね」
「……それで……!」
銃を見せ、弾丸も取り出してアスワドに見せるヴァイス。
ヴァイスが使ったのは魔族にとって不調を齎す銃弾。なのでアスワドがダメージを負ったのだ。
「いや、本当に面白いものだよ。それが意味する事、つまり生き物には、それ程までに他種族への怨念があるって事なんだろうからね。ただ餌を取る為に敵を仕留める物なら、必要が無いって物が多い。まあ、銃や矢、剣のような餌を調達、調理するのに便利な物以外にも爆弾みたいに建築とかの為の武器は沢山あるけどね。けどそれはどの道、大体殺傷力があるから戦争に用いられる。素晴らしい皮肉だろう? 武器や魔法があるから世の中は便利、だけどそれによって苦しむ者も沢山居るんだ。これ程面白い事は無い」
「……」
淡々と、皮肉っぽく自論を話すヴァイス。
様々な武器は元々、生活に利点を齎す為に造られた物。
しかしそれらが使われ、平穏な生活とは全く違う事が行われている。理解し難いがヴァイスにとって、その皮肉は面白いらしい。
何も言い返せず、アスワドは膝を付けたままヴァイスを見ていた。
「フフ、怨念を晴らす為に造られた武器が新たな怨念を作る。何とも間抜けな生き物だよ、この世の全ては。植物くらいじゃないかな、怨みを買う事が少ないのは。勝手な理由で切られる事も多くある植物だけどね。それはさておき、この戦争で死んでいった者達は私の創り出した生物兵器の手によって始末された者が多い。怨むべき相手に家族が居ないと言うのは良い事じゃないか。……まあ最も、生物兵器にも家族は居たかもしれないけど会ったら家族が近親者の手で殺されるんだけどね」
「……ッ! お黙り下さい!!」
便利な筈の物によって殺される者が間抜けだと綴るヴァイス。そして口を開き、珍しく叫ぶアスワド。
ヴァイスは生物兵器ならば親が居ないと言うが、元は生きていた人間・魔族。なので知らぬ家族が居たかもしれないとの事。
しかし会っても意味がないと一蹴し、また一つ不敵な笑みを浮かべた。
「だから選別が必要なんだ。何故理解出来ない? 争いによって悲しむ者が居ると偽善者はほざくけど、ならば争わなければ良い。そう、全員の思考が同じになってね。そもそも喜怒哀楽の感情というものは、人間・魔族・幻獣・魔物のような半端に知能の持った生物が勝手に決め付けた表現でしかない。かつての神が暇潰しで創ったというこの世界。その神亡き今、もはや我々は傀儡のように佇めば良いじゃないか。この戦争で死んだ兵士達は天界や冥界に飛ばされた。そこで消えればどうなる? "無"だ。何も残らない、本当の意味での幸福とは思わないかな?」
「黙りなさい!!」
次いで、選別するに当たって選別が必要な理由を述べるヴァイス。
全ての者が同じ思考になる事で全ての苦悩が無くなる。それこそがヴァイスの求める理想郷だった。
それを聞き、先程よりも声を荒げて叫ぶアスワド。
「特に君達主力。君達は確実に優良な逸材だ。皆が同じ思考になった世界を眺める権利がある。国民や住民と言った悩みの種が無くなるって事なんだからね。君達にとっても悪くない話だと思うんだが……どうせいつか終わるんだから、何も感じずに終わりたいじゃないか?」
「そんな訳ありません!! 貴方が言う理想はただの思い込み、極論、暴論です!! 全員が同じ思考で生き、感情も何も無い世界の何が幸福ですか!? 何が理想郷ですか!? かつての神が暇潰しで創った世界だとしても、今我々はその世界で生きているんです!! 私は魔族、かつて世界を創造した神の思考も、そんな世界を救いたかった勇者の思考も分かりません! だからと言ってかつて世界を支配していた魔王の思考も分かる訳ではありませんが、これだけは分かります……貴方の求める世界が、退屈で面白味も無く、幸福とは程遠いという事を!!」
箒を拾って立ち上がり、叫び、構え、魔力を込める。
ヴァイスの言う理想郷にて、アスワドは一つだけ分かる事があった。
それはそんな世界、つまらないものでしか無いという事。
確かに感情や思考は無駄で面倒かもしれない。しかし、それが無い世界など感情や思考が無くなっても退屈だろう。
「やれやれ、言っても分からないかな。かなりの長さで話したんだけど……君には理解出来ないようだ。かつての偉人や英雄達がこの世の心理を述べても理解されなかった、その気分を味わったよ」
「ええ、正直とても退屈な時間を過ごしました。誰も貴方の求める思想など興味がありませんからね。そして、貴方のような妄想癖を御持ちの方と世界を発展させた偉人や英雄を同義に語るのは止めてくれませんか? かなり失礼です」
「酷い言い様だ。力説だったんだけどね。失礼なのは私に対する君だよ」
ため息を吐き、やれやれと左右に首を振るヴァイス。
力説だったらしいが、そんな思考はヴァイスくらいしか分からないだろう。なので理解されぬ事をかつて様々な説を訴え信用されなかった偉人や英雄に例えたのだ。
それに対し、ストレートにそれは違うと告げるアスワド。
交わし終えたあと二人は構え直す。
「邪魔させないよ、私の目的の邪魔はね?」
「貴方の目論む下らぬ思想、今此処で打ち砕いて差し上げましょう……!!」
アスワドは箒を持って睨み、ヴァイスは銃を仕舞い突き刺した槍を片手に持ち、もう片手に如意金箍棒を持つ体勢となる。
ライとは違った目的を持つヴァイスとヴァイスの目的を砕く為に構えるアスワド。
背後で味方の兵士たちと敵の兵士達が激突する中、こちらも命懸けの戦いが行われようとしていた。
 




