三百二十三話 最強生物レヴィアタン・魔物の国への客
「オ────ラァッ!!」
『キュルオオオォォォッ!!』
ライが七割の力を纏った拳を放ち、それを受けるレヴィアタン。
そしてレヴィアタンが、木っ端微塵に打ち砕けた。
全長数十キロを誇るレヴィアタンの巨体。その全長にライの拳が奔り、その身体が粉々になったのだ。
真っ赤な鮮血は海を染め、肉片がボトボトと落ちる。落ちた場所には飛沫が上がり、少し遅れて赤い何かが浮き上がった。
「さて、もう再生したか……」
『キュルオォォ……』
次の瞬間にレヴィアタンは全身が再生しており、低く唸るようにライの事を見やる。
魔王の力を使って粉々にしたので再生能力は封じられるのだが、何度か述べたようにレヴィアタンは範囲が広い。なので一部の再生は阻止出来るが完全に阻止出来ない。
一部を砕く事が出来ても、周りの肉が即座に補うので実質破壊出来ていないという事。
一度に連続して放ち周りの肉ごと破壊すれば再生が追い付かないが、それは既に何度も行っている事である。
範囲を狭めて破壊するのは、相手が巨躯のレヴィアタンだとかなり時間が掛かってしまう。
なので試しに以前打ち砕いた時のように粉々にしたのだが、それは無駄とまではいかないがあまりダメージは無く終わったようだ。
『キュルオオオォォォッ!!』
「やっぱ八割を纏うか地道に攻め続ける戦法かねぇ……割りと面倒だけどな……」
レヴィアタンが動き、ライに向けて尾を放つ。尾は空気を切りつつ加速し、先程までライの居た足場を粉砕して大きな水飛沫を巻き上げる。
尾を躱してレヴィアタン一瞥し、どのような戦闘を行うか思考するライ。
八割纏えば確実に仕留められ、地道な攻撃を行ってもダメージを与えられる。
しかし、それらを行うに当たって生じるリスクも当然あるのだ。なのでライはレヴィアタンの攻撃を避けつつ思考しているのだろう。
「八割使えば簡単では無いにしろ、今よりは楽に倒せる。地道な攻撃でも確実なダメージを与える事が出来て倒せる。……けど、八割だと星や銀河系が危ないし……地道な作業は時間が掛かるな……」
ライが懸念している事、それはレヴィアタンに八割を使ったとしてこの星やこの星のある銀河系が砕けてしまうかもしれないという事。
そして地道な作業ならば当然時間が掛かるので、戦っている間に戦争が終わり兼ねないという事である。
一気に片付ければ多くの生き物や仲間が死んでしまう。地道に仕掛ければ時間が掛かり、仲間がピンチに陥ってしまう。
だからといって今のように全力の七割で殴れば銀河系への影響は少なく星が再生し続けているとは言え、それでも粉砕してしまう可能性がある。
どちらを取ろうとどちらも取らなかろうと、不利な点が多々生じてしまう。それがライの懸念している事だった。
『キュルオオォッ!!』
「どうするか……」
ライが思考していようとレヴィアタンに攻撃を止める気は無く、次いで炎を吐きつける。
それに対して拳を放ち、レヴィアタンの炎を風圧で消し飛ばすライ。
その風圧は一瞬にして星を何周かし、レヴィアタンに連続した衝撃を与える。
風圧のみで山河を容易く崩壊させる事の出来る魔王の拳。しかしレヴィアタンは、それを受けたところであまり堪えていない様子だった。
【クク、何を迷う必要がある? 八割を使って一気に粉砕するのが一番だろうよ】
(そうか? だけど、星や銀河系がヤバい事になるだろ。今の七割ですら危険なのに……)
それに対し、迷う必要は無いと告げ、八割を使えば良いと話す魔王。
何時もならライは即座に否定するのだが、今回ばかりはそうも言っていられない事情がある。
レヴィアタンを倒すのに時間が掛かれば掛かる程、戦況が不利になるかもしれないからだ。
なので魔王の言う八割を使うという事に否定はしなかったのである。
しかしライの言うように、星や銀河系に何かの影響を与えるのも事実。中々難しいのが現状。
それに対し、魔王はクッと笑うような声を上げつつ言葉を続ける。
【いや、案外大丈夫だ。今、あのヴァイスとか言うやつの能力で星は再生し続けている。本来なら、七割で既に星が何度も砕けてんだぜ? 更に言えば、銀河系が幾らか削られる程の破壊に耐えている。たった一撃なら、問題無くやれる。……ま、衝撃がヤベーから宇宙に飛ばさなきゃ幾ら再生し続けようと容易く粉砕するがな】
曰く、既に星や銀河系に大きな影響を与える程の攻撃が行われており、それに耐えられる今なら問題無くは無いがある程度は使えるという事だ。
だが衝撃は宇宙へ逃がす必要があるとの事。それもその筈。七割で恒星の数千万、数億倍の面積を持つ惑星を破壊する。八割なら更にそれの倍以上。
何はともあれ、直接仕掛けない方が良いのである。
(成る程な。そういや何時かにシヴァと戦った時は恒星の数千万、数億倍を誇る惑星とやらの表面を移動だけで抉ったりしてたな……今はそれが無いって事は……ヴァイスの再生能力は中々な力って訳だ。まあ、ヴァイスの力で星が再生し続けているってのは悪魔で俺の推測なんだけどな)
【クク、どうしても心配なら、指先にだけ纏えば良いんじゃね?】
(……お、良いな、それ。確かにそれなら被害が抑えられるかもしれない)
魔王の言葉に納得した様子で考え、確かにこの星の再生力があるので多少は問題無いと思うライ。
七割の力も不安ではあるが、現在星は砕けていない。ライ的に、少々ヴァイスの再生能力を侮り過ぎていたようだ。
考えるライに対し、それでも不安ならば指先にだけ纏えば良いと言う魔王(元)。その案に乗り、ライは指先にだけ魔王の力を八割纏った。
『キュルオオオォォォォッ!!』
纏うや否や、吠えるように近付くレヴィアタン。
ライが魔王と話していた時間はほんの数秒。その数秒で一気に詰め寄ってきたのだ。
無論、ライは魔王と話している時もレヴィアタンに細心の注意は払っていた。なので反応するのは難しく無いようだ。
「じゃあ早速……」
そして中指を丸め、突進するレヴィアタンに向けて八割を纏った指の狙いを定める。
照準を合わせ、頭を狙う。レヴィアタンは止まらず、一挙一動で海を荒らす巨躯を使い海を割りながら加速していた。
『キュルオオオォォォォッ!!』
「今だ……!!」
『オォ……ッ!?』
──その刹那、突進するレヴィアタンの下に潜り込み、仰向けの状態でレヴィアタンの頭を見やるライは丸めた指を弾いた。
そして、『レヴィアタンの身体が消し飛んだ』。
指を丸めて弾く技。俗に言うデコピン。地面を狙わぬよう、仰向けとなってレヴィアタンの顎を狙ったので厳密に言えばデコピンとは違うがそれはさておき。
それを受けたレヴィアタンは粉微塵になり、真っ赤な鮮血と肉片を撒き散らして海へと散り行く。
その衝撃が天へ上り、天空に集まる雲が全て消滅して見えぬところで数万の星が消える。
瞬く間に全てが消え去り、その場には何も残らなかった。
「……え、あれ? まさか……あれで終わったのか……?」
指を弾いたままの状態となり、キョトンとした表情で降り注ぐレヴィアタンの肉片を見やるライ。
ライは中指にしか魔王の力八割を纏っていなかった。にも拘わらずレヴィアタンが消えたのだ。キョトンとしてしまうのも無理は無いだろう。
『……』
「……ん?」
──そして、その中にある肉片が一つピクリと動いた。
死後に起きる痙攣の一つかもしれないが、それにしては少々妙な違和感がある。
ライはそれが気になり、砕けた肉片を眺めつつ警戒を解かない。
『…………』
「……まだみたいだな」
刹那、砕けたレヴィアタンの肉片が集まり、徐々に大きな形を作り出した。
それを見やり、一度完全に砕けたレヴィアタンだがまだ終わっていないと理解する。
『キ……キュ……キュルオオオオオォォォォォォッッッ!!!』
「なんて声を出すんだ……!」
続いてレヴィアタンは高らかな咆哮を上げて再生した。
その轟音を感じつつ、ダメージは無いが五月蝿いと分かるライはレヴィアタンを見ながら呟く。
そして感じる物は轟音だけでは無く、電撃が走ったようにライはレヴィアタンを見上げた。
「……この気配……まさか……!!」
『キュルオオオオオォォォォォォッッッ!!!』
吠え、うねるレヴィアタン。
それにより、海水が全て上空へと舞い上がって消し飛んだ。
消し飛んだ水は再生し続ける大陸によって即座に戻るが、先程までのレヴィアタンとは何もかも違う。
そう、それはまさに──
「……本来のレヴィアタンか」
──最強の名を持つ不死身の生物、レヴィアタン。その全盛期の力に近付いたという事だ。
「……ッ、全てに置いてさっきと違うな……!」
全盛期のレヴィアタンは世界を滅ぼす力を持った最強生物。
そんなレヴィアタンには側に居るだけで底無しの威圧感を覚え、全身から警戒音が鳴り響く。
もしもこの場に居るのが常人ならば、様々な不調を来し己の命を捨てた方が良い。と、そんな思考回路になる事だろう。
いや、精神をかなり鍛えた者ですら頭の中を"死"の一文字が延々と流れ続ける程、言葉では言い表せない威圧感だ。
【クックック……全盛期に近付いたか……八割の力は指先じゃなきゃ幾つかの銀河系を滅ぼす力はある。指先だけでもかなりの威力を秘めていたようにその力は分かるだろ? ま、それを受けて簡単に再生したって事は最盛期に戻りつつある……と言うか、もう戻っているかもな】
「成る程な。まあ、確かにその通りだ。……ハハ、骨が折れるな……」
威圧を感じ、魔王(元)が笑うような声音で話す。
魔王の使う八割は、指先だけと言えどとてつもない。なので、それを受けて再生したという事は再生力が上がり続けているという事。
それに加え力も上がっている。レヴィアタンは完全に、全盛期に戻りつつあるのだ。
「まあ、倒さなきゃならない相手だし……負ける訳にはいかないな」
【当然だ。俺を纏って負けたんじゃ、まるで俺が負けたみたいに見られるからな!】
(誰にだよ)
【此処に居るお前にだ】
力を込め直し、レヴィアタンに向き直るライ。
魔王(元)は笑うような声音をしつつ、やる気に溢れていた。
終わりに向かっていたライとレヴィアタンの戦いは、新たな始まりを迎えようとしていた。
*****
──"????・??"。
ヒュウ。と冷たい風が吹き抜け、木に付く鮮やかな紅葉がヒラヒラと舞い落ちる。
此処は世界を連なる四つの国の一つ、魔物の国。
そこに居る支配者に用があると、ある一行が訪ねていた。
その場には魔物の国の支配者と幹部、側近がおり、訪ねてきた一行を前にどんと構える。
構えるといっても警戒しているという訳では無く、話し合いの出来る体勢となっているという事だ。
『さて、確か主らは"大天狗"に"酒呑童子"、九尾の狐こと"玉藻の前"だったか……? 人間の国に拠点を置いていた妖怪達が何の用だ? 今日の余は気分が良い。この国を攻めるという事や我らが不利にならぬ事ならばある程度は聞いてやろう』
その者達に向け、魔物の国を収める支配者がふてぶてしい態度で話し掛ける。
支配者は何故か気分が良いらしく、話をする事に当たって支障は無さそうだった。
『そうか、それは有り難い限りだ。魔物の国を収める支配者は気難しい性格と聞いていたからな。話を聞いて貰えるだけでも喜ばしい事だ』
『フッフ……そうか。古来より生きる大天狗殿にそう言われると余も中々嬉しいものよ。主のように力の強い者で無ければ敬語を使わぬ時点で殺していた。天上世界を一瞬にして滅ぼす事が出来ると謂われている主で無ければな?』
先ず話したのは大天狗。
大天狗は古来より生き続けている古参の妖怪である為、こういった場には慣れているのだろう。
それに対し、確かな力を持っている大天狗の言う事なので敬う言葉で無くとも生かしていると言う支配者。
どうやらこの支配者は、シヴァやドラゴンと違い中々に凶暴な性格のようである。
その証拠に殺していたと言った時、呼吸は乱れず特に何も思わぬように、平然とした態度で言い放ったからだ。
つまり魔物の国の支配者は、生物を殺す事に対して躊躇せずにそれを執行出来る性格という事。傍から見れば、とんだ暴君だろう。
『お褒めに預り光栄申し候。魔物の国を収める支配者の─────殿にそう言って貰えると私も素直に嬉しいものだ。そして一つ断ろう。私たちが魔物の国へ攻め込もうと言うつもりは毛頭無い。我ら百鬼夜行と支配者殿らが率いる魔物の国、同じ目的を持ちこの世界を変えようと言う事だ』
『フム、興味深いな。同じ目的……か。それは何だ? 面白そうな事ならば協力してやっても良いぞ』
支配者の言葉に礼を言い、単刀直入に告げる大天狗。
それに対して怪訝そうに小首を傾げつつも、不敵な笑みを浮かべて話す支配者。
余程機嫌が良いのだろう。返答次第ではその目的に協力するとの事。
確かに支配者は対等の存在が少なく、常に暇を持て余している者が殆どだが、それでもこの支配者に協力しようという考えがあるとは思えない。だが今回はそうしようとしている。
機嫌が良く無ければ、面倒な過程などを踏まなそうだから支配者の感情が伝わってくるのだ。
『面白いかどうかを判断するのは支配者殿だな。しかし、私たちの目的の中には支配者殿と因縁のある"人間の国の支配者"も関係している』
『……ほう? 人間の国の───が関係しているのか? いや、主の言い方だと結果として関係する事となる……が正しいか』
『話が早くて助かる。支配者ともなると思考も素早いからな。そう言う事だ。結果としてだが、───殿も関係してくるだろう。我らの目的ならばな』
支配者の興味を惹くような言い方をし、気を引く大天狗。
思惑通り気を引く事に成功したが、支配者も考える。そしてそれは直接的な関与では無く、結果的に関係するとも推測して理解したようだ。
『フムフム、悪くない。惰眠を貪りつつ送る怠惰な日々。たまには刺激として余が直々に赴くのも悪くない……』
大天狗の言葉を聞き、笑いながら話す支配者。
支配者が暴れると、何処の国にも拘わらず世界や宇宙に大きな被害が起こる。
なので一日の殆どを寝て過ごしているらしい魔物の国の支配者だが、その力を振るえるのならば悪くないと告げた。
『ならば、これにて交渉成立で良いのか? まあ、これから我らが総大将が来て詳しく説明するが、一先ずはと言う意味だ』
『構わん。我が国に何もせぬのなら、暇な余も手伝おうと言うのだ。素直に感謝せい!』
それを再確認するよう話す大天狗と、即答で返す支配者。
二度三度と尋ねた大天狗。気が短い者ならば苛立ちが募る可能性もある。しかしそれでも殺そうとしなかった事から、上機嫌という事が窺える。
機嫌が良いのは先程からだが、今は大天狗の言う"目的"に対しての興味が勝っているという事だろう。
魔物の国と百鬼夜行の交渉。
ライとレヴィアタンが戦闘を行い、レヴィアタンが本気となった時、別の国では重要な話し合いが行われようとしていた。




