三百二十二話 vsベヒモス・決着?
『ウオ━━━━ンッ!!』
『グルルオォォォッ!!』
その刹那、フェンリルとベヒモスはぶつかった。
──そして、周りの山が三〇座程が風圧に切られて浮き上がった。
浮き上がった山は数秒空中に浮かんだ後フェンリルとベヒモスの移動によって砕け散り、数十キロを粉塵で包み込む。
『ガルルギャア!!』
『グルルオォッ!!』
その粉塵を全て消し飛ばすフェンリルとベヒモスの移動。
一挙一動で山河が砕け、そのまま海の水が溢れる。
溢れた海水は砕けた山の欠片を流して濁流となり鈍色の水が二匹の爪先を覆う。
『ワオ━━━━ン!!』
『グルオオォォッ!!』
覆う水を意に介さず、フェンリルは口から炎を吐いてベヒモスへ仕掛ける。
炎に焼かれるベヒモスは苦痛の声を上げつつ、力を込めて踏ん張りを利かせた。
その炎はそのまま進み、濁流と化した海水を蒸発させる。
『グルオオォォッ!!』
『……ッ!!』
回転しつつ、炎を切り裂いて鉄の強度を誇る尾を放つベヒモス。
それを受けたフェンリルは吹き飛び、一回転して海に落ちた。
それによって数百メートルの水柱が立ち、砕けて再生する途中の山を洗い流す。
水飛沫を浴び、どんと佇むベヒモス。
これを見る限り、本来の力に戻ったと見ても良いかもしれない。
何故ならそう、星が再生して無ければ既に何回かこの星が消えているのだから。
『グルルギュアアァァァッッ!!!』
『グルオ……ッ!!』
その瞬間、水柱の中からフェンリルが駆け出し、依然として佇むベヒモスに身体をぶつけて吹き飛ばした。
受けたベヒモスは吐血し、ぶつかった一瞬後に吹き飛ぶ。
山よりも巨大となったベヒモスは音速を超えて飛び、数百座の山々を砕きながら加速する。
『グルオオォォッ……!!』
ズンッと地に足を付け、数百キロ程吹き飛んだ場所に着地して耐えるベヒモス。
その衝撃だけで周囲の山が粉砕し、此処まで来ている海の水を舞い上げる。
ベヒモスは遠方を睨み、吹き飛ばしたフェンリルの居場所に視線を向けていた。
『何処を見ている? 俺はもう此処に居るぞ』
『グルッ!?』
刹那、ベヒモスの頭上からフェンリルがのし掛かり、その衝撃によって新たに山が砕け散る。
それは元々ベヒモスの激突で砕けていた山だが、その山は再生し掛けていた。なので、それが更に砕けたのだ。
砕けた箇所は更地となり、新たな濁流が造り出される。
『ウオ━━ン!!』
『……ッ!!』
次いでフェンリルはベヒモスを天高く吹き飛ばし、己も跳躍して場所位置を同じ目線とする。
その距離は高度二〇〇〇〇メートル程。常人ならば息をするのも辛くなる高さだ。
大気圏が高度十二〇〇〇〇メートルくらいなので、大気圏の1/6となればかなりの高さだろう。
『ギャウワ━━ッ!!』
『──ッ!!』
そしてフェンリルはそのままその高さからベヒモスを叩き落とし、落下したベヒモスは山のような水飛沫を巻き上げる。
一度衝撃が伝わって飛沫が上がり、次の刹那にまた上がる。幾度と重なる衝撃は凄まじく、余波のみで周囲に連なる山々を消し去った。
『まだこんなものでは無いぞッ!!』
次いで落としたベヒモスにのしか掛かり、更に大地を陥落させて水飛沫を上げ、頭目掛けて炎を吐きつける。
その炎で周りの海水が水蒸気となり、その水蒸気にフェンリルの炎が引火した事で更に大きく爆発させた。
爆発は然程大きく無い。それでも森を吹き飛ばす程度の威力は秘められているが、山よりも巨大な肉体を持つ二匹にとっては虫刺され程にも効かぬ熱と衝撃である。
『グルオオォォッ!!』
炎を受けるベヒモスは身体を回転させてフェンリルから離れ、即座に起き上がって向き直る。
そのまま尾を振るい、フェンリルの腹部を狙い放った。
『遅い!』
それ似対し跳躍して尾を避け、尾の上に四肢を乗せて掛けるフェンリル。
その速度は一瞬にして音速を超え、ベヒモスの眼前へと迫った。
『ガルルラァ!!』
『グル……ッ!』
そのまま顔を踏み付け、フェンリルはベヒモスの身体を更に地へ沈める。
しかしベヒモスはボールのように弾かれ、跳躍するようにフェンリルから距離を取りつつ再び尾を放った。
フェンリルはその尾を紙一重で避け、尾は背後の奥にある山を貫く。
貫かれた山は砕け、土からなる雪崩の如く崩れ落ちた。
『ガルル……!!』
『グルル……!!』
その刹那にフェンリルとベヒモスが身体をぶつけ、辺りに衝撃を放つ。
その衝撃は崩れた山を吹き飛ばし、海を割りながら千里を駆ける。
余波のみで辺りを粉砕し、打ち砕いて行く衝撃は戦慄する事他無いだろう。
続けてベヒモスは尾を放ち、四肢で踏ん張っていたフェンリルは跳躍してその尾を躱す。
躱されたベヒモスは尾の方向を変え、大地にバウンドさせながら上空へと狙いを定める。
『……』
『グルッ……?』
それを見たフェンリルは空気を蹴りながら尾を躱し、空気を蹴り続け左右に移動して翻弄するようベヒモスの周りを飛び行く。その衝撃のみで上空の雲が晴れるが、気にする事は無いだろう。
ベヒモスは策略に嵌まって混乱し、フェンリルを追うように顔を二度三度と左右を見やる。
『……!』
『グル……!』
フェンリルは着地し、その瞬間に大地を踏み砕いて加速する。
踏み込まれた大地は大きく沈んで水飛沫を上げ、その飛沫は日に照らされキラキラ輝く。
しかし濁流の水飛沫なので、心無しかその輝きも鈍色に見えた。
上の空だったベヒモスはそれを追う事は出来ず、フェンリルの姿を見失う。
その隙を見逃すフェンリルでは無く、加速した勢いそのまま、
『ガウッ!!』
『……ッ!!』
ベヒモスの身体を噛み抉った。
肉が裂け、鮮血が噴出する。始めは勢いよく、それから緩やかに流れる鮮血。
抉られたベヒモスは怯み、真っ赤な鮮血が海に落ちて鈍色の濁流が赤く染まる。
ベヒモスの血量はそれ程なのだ。海に落ちるだけで、山の土を流し鈍色の濁流となった海を赤く染める程の血量。もしも血液が飲めるのなら、近くに水辺の無い村でも数十年。いや、数百、数千年は持つ事だろう。
『──カッ!』
『──ッ!!』
次いで炎を放ち、海の水ごとベヒモスを焼くフェンリル。
真っ赤な鮮血は海と共に蒸発し、新たな水蒸気を造り出して晴れた上空を埋める。
爆発のように広がる水蒸気によって二匹の視界は埋め尽くされ、次の瞬間に再び引火して大爆発を起こした。
その爆発に紛れ、ベヒモスの尾とフェンリルの腕が激突する。それによって爆発の煙は晴れ、そのまま上空の雲々を晴らす。
『ガララギャア!!』
『グルルオォッ!!』
そんな爆発の中心にて、何度も繰り返された巨腕と鋼鉄の強度を誇る尾のぶつかり合いが再び起こり、海の水を弾いて元々あった大地が露になった。
露になった瞬間二匹の姿が消え去り、遠方にて大きな水塵が舞い上がる。
その水塵が晴れた瞬間そこに映ったモノは──
『『…………』』
──更に巨大化し、理性の欠片も無さそうな二匹の獣だった。
獣と獣は互いを睨み付け合い、周りには大きな争いがあった跡が残る。
その二匹の大きさは既に山を超え、更にそれを超えた大きさとなっていた。
体躯は凡そ三〇〇〇〇メートル。即ち三〇キロ。先程フェンリルがベヒモスを放った高さよりも巨大となっている。
世界的に見ても中々の広さを誇る幻獣の国だが、その中心。此処から数百キロ先にある大樹からフェンリルとベヒモスの姿を確認するのはそう難しく無い程の大きさだった。
『ワオ━━━━ンッ!!』
『グルルオオォォォ!!』
二匹は吠え、互いの距離を詰めて互いに嗾ける。
その距離は数十キロ。常人からすればそれなりの距離だが、二匹にとっては合って無いような、その程度の距離。全長も数十キロはあるので、一歩動けば即座に激突するのだ。
『ガァッ!!』
『ギャア!!』
そして一歩動き、二匹は激突した。
激突したのは勢い付けず、踏み込んだ瞬間に至近距離。
一歩進んで頭と頭がぶつかった程度なので威力はそれ程無さそうに思えるが、二匹が放ったのはゼロ距離からの頭突きと同じような感覚。なのでそれなりの威力は秘められていた。
それに加え、山を越す大きさの二匹が動く。それだけで半径数キロ、直径十数キロが粉砕するだろう。
二匹へのダメージがどれ程のモノなのかは分からないが、周囲に与える被害は尋常ではなかった。
『ガルルルァ━━━━ッ!!』
『グルルルァ━━━━ッ!!』
そんな被害は省みず暴れるフェンリルとベヒモス。
いや、フェンリルの場合は"野生の獣となった事で省みる事が出来なくなった"が正しいだろう。
その二匹は飽きず、懲りず、止めずにぶつかり合う。巨腕と巨腕。牙と皮膚。四肢と尾。
それらの部位を巧みに扱い、ぶつかり、食い千切り、切り裂き、のし掛かり、踏み付け、薙ぎ払う。
ずっと行われる野生の戦いはバリエーションが増え、戦う度に攻撃方法が増える。
更にフェンリルは炎を吐き、何度か焼き尽くしたにも拘わらず再び焼く。
再生力以外の特殊能力のようなものが無いベヒモスからするに、炎を放てるフェンリルは厄介極まり無い事だろう。
しかしフェンリルにとっても、ベヒモスの持つ唯一の特殊能力である再生力が厄介極まり無いのは確かだ。
ベヒモスの大きさは本来のモノに戻りつつあるだけだが、それを踏まえた再生力。この戦いが長く続いている要因の一つだろう。
『グルル……埒が明かぬ……依然として状況は変わらぬな……。先程から埒が明かぬと多く言っているが……一向に良くなる気配が無い……国は持つのか?』
数十分振りに口を開き、ベヒモスの事を面倒臭そうに見やるフェンリル。
幾ら食い千切ろうと、幾ら切り裂こうと、幾ら身体をぶつけようと、幾ら焼こうと再生するベヒモス。
これ以上やれば、再生し続けているとしても大陸が砕け幻獣の国が滅んでしまう恐れがある。
己の国を護る為に、その国のある大陸を破壊したのでは元も子も無いだろう。
『ならば……一か八か、星が砕ける一撃を放ちベヒモスのみを打ち砕くしか無いか……本当に星が砕けてしまう可能性がある以上、あまり気が進まぬがベヒモスを放って置いても何れ星が死ぬ。……あの童がレヴィアタンを倒せるかは分からぬが、もしも倒せなかった場合を想定しベヒモスは仕留めて置く必要があるからな』
呟き、毛を逆立て、睨み付け、構えるフェンリル。
星を砕く一撃。再生し続けるこの大陸だとしても、それ程の攻撃ならば全てが砕けてしまう可能性がある。
星とはつまり、一つの物質。この星の場合は巨大な岩石だ。
仮に星と同じサイズの爆弾があったとしても星は砕けぬだろう。厳密に言えば砕けるが、完全消滅させるのでは無く精々表面が抉れる程度にしかならない。
それは、星には重力が存在するからだ。その重力に引かれ、砕けた欠片が再び集まり形を形成する。結果、星を完全に消滅させる事には至らないのである。
なので星を砕く一撃というものは、それを行える者がそれなりに居るこの世界でも行おうとする者は少ない。
暇潰しに星を砕こうなど、魔王くらいしか考えない事だ。
要するに、星を消滅させる気で一撃を放とうと試みるフェンリルの攻撃は、現在の再生速度が追い付かず本当に砕けてしまうかもしれない諸刃の剣なのである。
宇宙でも生存出来る者が多いこの世界だが、多くの生物は死滅してしまうだろう。
『あまり使いたくないが……ベヒモスに集中させれば星の半分が消し去る程度で済むかもしれぬな……』
『……ッ!!?』
──その刹那、フェンリルは己の力を一点に集中させた。
それを見たベヒモスは戦き、フェンリルが力を込めた前足に対して警戒を高める。
一点に集中させる事で余計な破壊は行わず、敵対する者のみを倒そうと言う魂胆なのだろう。
しかしそれでも余波が伝わり星が砕ける可能性がある。ベヒモスに当たれば良いが、当たらなければ星その物を粉砕してしまうだろう。中々に難しい事だ。
『一撃……これを外せば結果的にベヒモスを仕留められるが星が消える……ベヒモスに当たれば確実に致命傷を与えられるだろうが余波で星に影響を及ぼす……最悪の二つに一つの選択肢だな……』
呟き、集中する。
当たっても外してもベヒモスを仕留められるが何らかの影響を及ぼす力。
国を護る為に放つこの技は、結果として国を滅ぼしてしまうかもしれないと理解しているフェンリルだが、やはり気が進まなそうである。
しかしその目から、覚悟は決めたようだ。
『グ、グルオオオオォォォォォ!!!』
『喧しいッ!!』
吠えるベヒモス。跳躍するフェンリル。
ほぼ同時に行われた二匹の行動。吠えるベヒモスは跳躍したフェンリルの方へ視線を向け、フェンリルはただ一点を見つめてベヒモスの動きを読む。
前後左右、そのどちらに動いて躱されたとしても仕留める事は可能。だが、リスクが大きい。
直接ベヒモスに与えるのが一番リスクを少なく抑えられるのである。
『呼吸、視線、筋肉の動き……それらを全て読み解く……! そして、読み解けたぞ……!』
観察し、確認する。
結果、ベヒモスは動かず上を向いた状態でフェンリルを迎え撃とうとしている事が明らかになった。
そしてフェンリルは空気を蹴り、ゆっくりと降下した──その刹那、
『真上だッ!!』
『……!!』
フェンリルの姿が消え去り、それと同時にベヒモスへ重さが加わる。
それに気付いた瞬間、ベヒモスの頭が大きく拉げてベヒモスの持つ巨躯の身体が沈んだ。
それに留まらず、徐々に破壊が伝わりベヒモスを含めた周囲が大きく陥落する。
それが粉塵を引き起こし、濁流が天空へと舞い上がって鈍色の雨を降らせた。
そのまま二匹を水飛沫が包み、体躯数キロのその姿が消え去る。
*****
『成る程。大陸と星は砕けずに済んだか……』
──そして、バラバラになった肉片の上に佇むフェンリルがそこに居た。
辺りは真っ赤に染まっており、ベヒモスの肉片や臓物に土や泥。木々の欠片と岩の欠片。
濁流には再生し掛けている物が多々あるが、流れている物は基本的に肉片など。
ベヒモスの巨躯から出たそれは、それなりの大きさからなる島を彷彿とさせる物だった。
島にしては少々グロテスクな島であるが、どうやら星は砕けずに済んだようだ。
『ベヒモスの再生力は底知れなかった……星を破壊する衝撃はベヒモスに吸い込まれたのか……だから被害が少なく済んだ……』
周りに流れる真っ赤な海を見、徐々に背丈を小さくしつつ推測するように呟くフェンリル。
ベヒモスは、全力では無いにしろフェンリルの攻撃を持ってしても再生し続けた。
その再生力は常軌を逸しており、フェンリルが放った星を砕く一撃がベヒモスの再生に阻まれたので星まで衝撃が到達せずにベヒモスのみを打ち砕いたという事だろう。
要するに留まらない一撃の破壊は、ベヒモスの再生力を貫いたという事だ。
しかし再生力が凄まじかったので完全に星へは届かず、精々数百座の山を粉砕する程度で収まった。という事である。
肉片から再生するか分からないが、これにてベヒモスは沈めた。
『厄介な敵だった……負ける事は無いだろうが……国や星を砕いてしまえば、それらを護れなかった俺の敗北となっていただろう』
元の大きさに戻り、様々な物が混ざり合った鈍色の海を眺めつつ呟くフェンリル。
結果として国や星を砕かずにベヒモスを仕留められたが、下手したら己が護るべき国を破壊していたかもしれない。
その事実に思い当たる事があるのだろう。
フェンリルとベヒモスの戦いは、恐らく終わりを迎えた。
──そう、恐らくだが。




