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三百二十一話 世界の変化

『ワオ━━━━ン!!』

『グルルラァァッ!!』


 ──身体ぶつかり、弾かれる。牙で食い千切り、爪で切り裂き、尾で凪ぎ払う。

 ぶつかり合うフェンリルは身体のみならず炎を放ち、相手のベヒモスを焼き尽くす。

 炎を受けたベヒモスは身体を震わせて炎を消し去り、鉄の強度を誇る尾を高速でフェンリルに叩き付けた。

 それによってフェンリルの骨は軋むが怯まず耐え、足で踏ん張りを利かせて粉塵を巻き上げつつ停止する。それから少し遅れ、周りの崖が崩れ落ちた。

 そして今、フェンリルとベヒモスは山程の大きさとなっている。一挙一動で海が溢れ、その攻撃によって山河が崩れる程だ。


『ウオ━━━━ンッ!!!』

『グルギャアァァァ!!!』


 そして二匹はぶつかり合い、二つの山が粉砕した。

 山は容易く崩れ落ち、土塊がフェンリルとベヒモスの足元を覆い尽くして足元が見えなくなる。

 次いで二つの足が交差し、真空に似た空間を生み出す。そして真空は埋まり、辺りには風が吹き抜けた。


『ギャオン!!』

『グルオォ!!』


 そのまま足と足が弾かれ、また新たな風が吹き抜ける。

 吹き抜ける風は土塊を舞い上げて粉塵を起こす。その旋風が辺りを駆け巡り、一瞬にして粉塵が消滅した。

 それと同時に二匹は再び距離を詰め、その巨躯を誇る肉体が激突する。

 生じた海水は数十メートル舞い上がり、互いの距離が再び離れる。その刹那に距離を詰め、何十、何百と繰り返されたぶつかり合い。それは幾度となく広げられた事柄だが、依然として収まる気配が無い。


『チィ、やはり頑丈だな……全力では無いにしろ……此処まで耐えるか。……相手も全力では無いとなると、俺の力はかなり落ちているな……かと言って全力を出せば星や世界が砕ける恐れがある……。ふむ、やはり少し平和に慣れ過ぎていた……』


『グルルルル……』


 離れ、ベヒモスの様子をうかがいつつ呟くように話すフェンリル。

 お互いに全力を出していない現在だが、封印が解かれたばかりのベヒモスと互角。その事実に対して己の力が情けないと肩を落とすフェンリル。

 それもその筈。元々神々に恐れられた幻獣のフェンリルだが、ほんの数年間戦いを行わなかっただけでこのレベルにまで落ちてしまった。その事が情けないと感じているのだろう。


『ならば……この戦いをもって平和に慣れてしまった身体を呼び戻すとするか……!』


『……!』


 その瞬間、フェンリルは一歩踏み込んで大地を大きく陥落かんらくさせ、それと同時にベヒモスへ向けて一気に加速した。

 フェンリルの速度に反応し切れなかったベヒモスはフェンリル体当たりで吹き飛ばされ、山々を砕いて数キロ先で停止する。


『ガルルルラァ!!』

『……ッ!!』


 そんなベヒモスとの距離を一瞬にして詰め寄り、牙を使って皮膚と肉を食い千切るフェンリル。

 続くように炎を放って焼き尽くし、腕で払って更に吹き飛ばす。

 燃え盛るベヒモスは風圧で炎が消え去り、フェンリルの腕が当たった場所からは出血する。


『畳み掛ける!!』

『グルオオオォォォォ!!!』


 その距離も一瞬で詰め、後ろ足で腹部を蹴り抜くフェンリル。

 それを受けたベヒモスからは苦痛の声が漏れ、上空に舞い上がった。


『ワオ━━━━ン!!』

『グルギャアァァ!!』


 フェンリルはそのまま天空へ跳躍し、一回転するようにベヒモスを叩き落とす。

 叩き落とされた箇所には大きなクレーターが造り出され、幾度と無く舞い上がる粉塵によって視界が遮られ土煙が覆う。


『ギャオン!!』

『グルギャ!!』


 天を漂う空気を蹴り抜き、加速して落下するフェンリルは隕石の如く速度でベヒモスの身体へのし掛かる。

 精々第二宇宙速度くらいしか出ていないが、目覚めたばかりのベヒモスにとってはこの速度と威力で十分だろう。


『グルオオオオォォォォォ!!!』


 ──無論、その程度では怯むだけなのが関の山であるが。


『ふむ、少しは強めに仕掛けたのだがな……やはり大陸を破壊せぬように調節するのは難しい。極端に弱くなり怯ませる程度のダメージしか与えられぬな』


『グルオオォ……』


 一瞥し、呟くように話すフェンリルと立ち上がり、低く唸るベヒモス。

 怯み、多少のダメージは負ったベヒモスだが、即座に立ち上がって唸っている事からそのダメージは回復したようだ。


『グルギャア!!』

『……ッ!』


 次の刹那、ベヒモスは鉄の強度を誇る尾を振るって放ち、フェンリルを狙う。

 尾は高速で振るわれ、鞭のようにしなってフェンリルの脇腹を強打した。

 それを受け、フェンリルは吐血して数百メートル吹き飛ぶ。


『ヌゥ……!!』


 バシャッと海を擦り、波を起こしつつ水飛沫を上げて停止するフェンリル。

 その波は近くの山に掛かり、山の木々を濡らした。

 塩水なので木が枯れぬか心配どころもあるが、散々濡らし砕かれた山。気にしても今更かもしれない。


『グルオオオ!!』

『……!』


 次いでベヒモスは跳躍し、海の水を巻き上げつつフェンリルの頭へのし掛かろうと動き出す。

 尾のダメージで怯んだフェンリルだがそれを見切ってかわし、降り注いだベヒモスは山に激突してまた一つ山を粉砕した。

 山の欠片は海に落ち、大きな飛沫を上げつつ後はパラパラと静かに沈む。


『……』

『……む?』


 山に落下し山を粉砕したベヒモス。勢いよく落ちた為、ベヒモスはほんの少し停止する。

 落下によるダメージがあるという訳では無いのだろうが、海の下にある本来の大地が大きく陥落したので溝に嵌まってそこから抜け出すまで暫し時間が掛かるのだろう。


『……隙あり!!』

『……ッ!』


 無論、そんなベヒモスを見逃すフェンリルでは無く、大地を蹴り抜いて突進し、頭突きのように仕掛ける。

 ベヒモスの脇腹にフェンリルの頭が勢いよく激突してひしゃげさせ、そのままの勢いで吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたベヒモスは山にぶつかり、轟音と共に崩れ落ちて再び大きな水支部を上げる。


『グルル……』

『しつこいな……』


 そしてムクリと起き上がるベヒモス。思わずしつこいと言いたくなるフェンリルも仕方無いだろう。

 何度も、何度も何度もベヒモスを吹き飛ばしているフェンリルだが、依然としてベヒモスは回復する。

 レヴィアタンと張り合う為には相応の力が必要。なのでそれに伴った耐久力が身に付いたのだろう。


 言うなれば、かつて世界を創造した神の悪戯と述べたところだろう。

 世界を創造したのはカオスもだが、かつての神は主に生き物を創り出したので、それは少しベクトルの違う創造だ。

 グラオ、もとい原初の神であるカオス。


 カオスが創り出したモノは"大地ガイヤ"を始めとし、"奈落タルタロス""源愛エロース""あの世(エレボス)"。神々が住むと言う"聖域アイテール"すなわち天界。そして"ヘーメラー"と夜"《ニュクス》"という概念のようなモノがほとんどである。

 因みに余談だが、大地ガイヤ奈落タルタロス源愛エロースはカオスより後に生まれた原初の神だがカオスの子供では無い。そして聖域アイテールヘーメラーニュクスなどの原初の神はカオスの子供だ。

 他にも"時間クロノス"や"ウラノス"に"ポントス"など大地ガイヤの子供が世界を連なっている。


 だが、かつての神、リヤンの祖先である神が創り出したモノは"人間"・"魔族"・"幻獣"・"魔物"などのこの星に君臨する生き物や、この星以外の星に棲む宇宙生物など。

 つまりベヒモスとレヴィアタンは、カオスが創造した怪物では無くリヤンの祖先である神が創り出したモノなのだ。

 恐らく二匹が敵対する終末の日(ラグナロク)は、かつての神が起こそうとした事柄と関係しているのかもしれない。

 その事柄が何かは分からないフェンリルだが、それは勇者が阻止した事柄であるという事は分かる。


『勇者のお陰で終末の日(ラグナロク)は来ず、世界が終わらなかったから貴様らは眠ったままだったという訳か……』


 起き上がるベヒモスを見やり、己の思考を話すフェンリル。

 レヴィアタンとベヒモスが、終末の日(ラグナロク)に直接関与する事は無い。

 更に言えば、本当に終末の日(ラグナロク)が訪れるとしてもこの国にて直接的な関与があるのはフェンリルだけである。

 無論、この場に居ない神々や巨人、幻獣・魔物も参戦するが、レヴィアタンとベヒモスは関係していないのだ。

 この二匹は世界が終わりを迎えた時、世界の覇権を得る為に争うだけなのである。

 なのでかつての神がかつての勇者に倒された時、結果として終末の日(ラグナロク)は訪れなかった。

 だから数千年間眠り続け、何かが起ころうとしている現代()にレヴィアタンとベヒモスは目覚めたのだ。

 そう、フェンリルは知らない事だが、今此処には神話が集まりつつある。


 ──かつて世界を救った勇者、その子孫。

 ──かつて世界を支配していた魔王、その子孫。

 ──かつて世界を創造した神、その子孫。

 ──数千年前の事を知る、残り僅かとなったヴァンパイア。

 ──かつて世界を支配していた魔王を連れる者。


 彼らが集ったのは偶然などでは無い。

 その者たちが敵対する相手に原初の、一番最初の混沌を司る神が居る事も偶然などでは無い。

 そして、終わった世界に炎を灯し、新たな世界を創造する破壊神が幻獣の国(この国)に向かっている事も偶然などでは無い。

 全てが成るべくして成った事柄なのだ。

 フェンリルは、いや、この世界でそれに気付いている者は少ない。

 強いて言えば人間の国を収める支配者、天からこの国に降り立った天に等しい大聖者とその仲間。

 そして混沌を司る原初の神くらいだろう。

 そんな者たちが集いつつあるこの国、この世界。


 ──つまり今、国が、世界が、星が、銀河が、宇宙が、異世界が、多元宇宙が、概念が、次元が、有限が、無限が、全てが変わろうとしているのだ。

 その変わり方を知る方法は無い。そして、フェンリルは何も知らない。だが、今はその一つの要因であるベヒモスを倒すという事に集中するフェンリル。


『野生の勘というやつか……何かが起こりそうな気配があるな……しかし、俺にそれを気にする余裕は無さそうだッ……!』


 毛を逆立て、力を込めるフェンリル。

 流石に埒が明かぬ今、何かと問題が生じてしまう。

 それは、ベヒモスが居るので国の崩壊が次の瞬間に起きても何ら不思議では無い事である。

 なのでフェンリルは今、星を砕く力は放たずとも大陸を砕かぬよう手加減するのを止めた。


『これからが終わりの始まりだ……ッ!!』

『……!?』


 その気配に、何かを感じるベヒモス。

 フェンリルが力を解放する度に警戒を高めていたが、それとは比べ物にならぬ程の警戒を最大限に高める、

 目覚めて数時間、ほんの短時間だからこそ、皮膚に感じる気配とやらが犇々(ひしひし)と伝わっているのだろう。


『ワオ━━━━ンッ!!』


 フェンリルは高々く吠え、


『グルル……』


 低く唸り、


『────!!』

『……ッ!!』


 ──通り過ぎ様に、ベヒモスの四肢を引き裂いた。


 滝のように真っ赤な鮮血が流れ、吐き捨てるように落とされる小山を彷彿とさせる程の大きさを誇るベヒモスの巨腕と巨脚。

 ベヒモスはフェンリルの速度に反応出来ず、ただじーっと流れる鮮血を見ていた。


『……。…………。………………。……………………』


 ただ、じーっと。


『…………………………。………………………………』


 ダラダラと、滝のように流れ行く真っ赤な鮮血を眺める。


『……………………………………』


 じーっと、静かに。


『グ、ラ、ギャ……グルギャオオオォォォォォォッッッ!!!』



 ──刹那、ベヒモスが大きく吠え、大地が大きく振動した。



 空気が揺れ、音だけで海が荒れる。これ程の轟音、近くに常人が居れば鼓膜は破れ、最悪ショック死してしまうだろう。それ程の轟音だ。

 ベヒモスと同じくらいの大きさであるフェンリルだからあまりダメージは無いが、声だけで苦痛を与えるのはかなりのものである。


『……目覚めたか……ベヒモス』


 その声を聞き、姿を見やり、呟くフェンリル。

 口調からするに、たった今ベヒモスが全盛期に限り無く近い力を手に入れたという事だろう。

 いや、厳密に言えば手に入れたでは無く、戻った(・・・)。が正しいのかもしれない。

 長い眠りから覚め、再び眠り、また目覚める。

 その目覚めから数時間、たったこれだけの時間で力が戻るというのは、流石は伝説の怪物だ。と、敵対する中にて素直に称賛出来る事だろう。


『ならば致し方あるまい……どういう訳か砕けた自然が形を取り戻しつつある……星が壊れぬ事を祈り、本来の力へ近くしよう……』


 砕けた山や木々が再生している事に気付いたフェンリルはスッと目を細め、牙を剥き出しにしながら言った。

 何がどうして再生しているのか知る由も無いが、再生し続けているのならば普通なら星が砕ける攻撃でも耐えられると考えたのだろう。


『再び長き眠りに就いて貰おう、ベヒモスよ。終末の日(ラグナロク)はまだ来ない……! 来たとしても、収まるまで時間が掛かる……数百年は眠っていろ……!!』


『グルギャオオオォォォォォッ!!』


 大地に踏み込み、踏み込んだ衝撃のみで山を粉砕するフェンリル。

 終末の日(ラグナロク)が何時やって来るのか分からないが、一つだけ分かる事がある。

 それは、『終着』へと向かっていたフェンリルとベヒモスの戦いが、『確実』な『終わり』を迎えようとしているという事だ。

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