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三百十九話 vsリッチ

「……何だろう……あの気配……遠くに行ったみたい……まあそれでも此処から何キロか先程度の距離しかないけど」


 春風が吹き抜け、空を見上げながら話す者──アンデッドの王であるリッチのマギア。

 風で髪が揺れ、さっと肌を撫でてマギアの衣服も揺れる。


「ねえ、貴女達も気になるよね?」


「「……」」

「……」


 そして──その場に伏せるレイとフォンセ。頭が消し飛ばされ、上半身も吹き飛び下半身のみとなったエマに話し掛けた。

 伏せる二人は頭から血を流しており、小さな血の水溜まりが作られている。

 エマの身体からは何か赤黒い物や白い物が飛び出しており、肉片や血液が辺りに飛び散っている状態。ヴァンパイアで無ければ即死はまぬがれなかっただろう。


「あらら、やり過ぎちゃったかな……あまり傷付けたく無いから手加減はしたつもりなんだけど……まあ、途中でゾフルとハリーフの気配が無くなったから力が入っちゃったってのもあるけどね」


 倒れ伏せるレイとフォンセ。そして下半身のみのエマに向け、呟くように話すマギア。

 普段ならば軽薄な笑みを浮かべてコロコロと笑いながら話すかもしれないが、二人の仲間が消えた事。そして先程現れた気配。

 それが相まり、笑うに笑えない様子なのだろう。


「貴女達、もう終わり? 終わりなら早く連れていきたいな……何だかブルーな気分だし、レイちゃん達に癒して欲しいよ」


 倒れる二人へ近寄り、レイとフォンセの顎をクイッと持ち上げてその様子を眺めるマギア。

 じーっとその顔を見、力の抜けたトロンとした目付きで二人を見つめる。マギアらしからぬこの様子を見るに、仲間の死というものは相当(こた)えるものなのだ。


「……悪いな、癒すという事は叶わないだろう。私たちはお前に苦戦しているが、負けるつもりなど更々無いのだからな」


「へえ……そう、残念。けど、私も負けるつもりは無いよ。エマに操られた生物兵器の兵士達はエマの脳を一度破壊したから催眠も解けてるからね」


 再生し、何かを思う表情のマギアに向けて軽く笑いながら話すエマ。

 それを聞いたマギアはスッと目を細めて言い、周りの兵士達を示す。

 見ると、周りには粉々になった生物兵器の兵士達。そして魔力の塊だけとなったスケルトンの欠片も周りに落ちていた。

 その惨状からするに、かなり激しい戦いが行われていたのだろう。


「負けるつもりは……!」

「私たちにもない……!」


「あら、おはよう。レイちゃんにフォンセちゃん」


 エマとマギアがそんな会話を行っていたその横では、グッと力を込めて立ち上がるレイとフォンセの姿があった。

 そんな二人を見、軽い表情で挨拶を交わすマギア。軽い表情ではあるがしかし、口から発せられる音の変化や息遣いから穏やかな様子では無いと分かる。


「……やあ!!」

「"終わりの雷(ラスト・サンダー)"」


 それを分かった瞬間、何かが起こる可能性を考えたレイは勇者の剣を横に抱えて進み、フォンセは禁断の魔術を放った。

 勇者の剣に終わりの雷が纏い、雷剣とはってマギアへ近付く。


「魔術を纏った……? そう言えば昨日も……」


 雷魔術を纏う勇者の剣。それを見たマギアは昨日さくじつの記憶が甦り、警戒を高める。

 レイの持つ勇者の剣。その力は未だ全貌が分からない。


 ──もしかすればこれ以上の力が無いかもしれない。

 ──もしかすればこれ以上の力を秘めているかもしれない。


 どちらかと言えば後者の確率が高いだろう。かつて世界を支配しており、その気になれば宇宙、別次元、三千世界、多元宇宙を一瞬にして滅ぼせる力を宿した魔王。

 その魔王。魔王を倒した本人の実力は分からないが、剣一つで滅ぼした者、勇者。

 その剣とあれば、一振りで魔王以上の破壊力を秘めていてもおかしくないのだから。


「その剣……本当に何なんだろう……」

「ご先祖様の剣!!」

「あ、そうなの?」


 刹那、レイの振るった雷剣がマギアの横を通り抜けた。

 外したのでは無く、マギアがかわしたのだ。空気を切り裂いた雷剣はピリピリと空気を痺れさせ、真空を生み出しながら隙間を作る。


「凄い切れ味だね……雷魔術の力でより一層切れ味に磨きが掛かっているんだ……」


 その隙間を周りの空気が埋め、小さな風が生じた。

 風を感じつつ、冷静に雷剣を見つめるマギアはレイから距離を取って一瞥する。


「私の爪も中々の切れ味だぞ……?」

「そう……!」


 次の瞬間、雷剣の放出した雷と真空に乗じてエマがマギアとの距離を詰めていた。

 それを確認したマギアは軽く流すように相槌を打ち、両手に魔力を込める。


「切れ味なら……私も負けてないよ?」


 そして、切れ味のある風魔術から鎌鼬カマイタチを創り出すマギア。

 マギアは魔法・魔術、そのいずれも扱える。今回使ったのは風魔術。

 エマの爪に対し、切れ味なら比毛を取らぬ風魔術の鎌鼬カマイタチを使ったのだ。

 鎌鼬カマイタチはエマを切り裂き、腕を切り落として鮮血が散る。

 しかしエマの爪もマギアを掠り、その瞳を切り裂いた。


「……ッ!」


 それによってマギアは怯み、風魔術があらぬ方向へと飛ばされる。

 その風は海を切り裂いて上空の雲を縦に割った。

 マギアの目からは赤い涙のような血液が流れており、直ぐに再生するとはいえそれなりのダメージはあるようだ。


「おっと……日差しが差し込んでしまうな」


 そして割れた雲を再び呼び戻して空を暗く染めるエマ。

 太陽の光はエマにとって天敵。先程受けたマギアの攻撃によって上半身の衣類が無くなり白く美麗な上半身の裸体があらわになったエマだからこそ、より一層日差しに気を付けなくてはならないのだ。

 そう、衣類という鎧が無い為、直射日光を受けてしまうからである。

 先程からもライや他の者たちが放つ衝撃によって雲が消え去るたびに戻しているが、上半身が裸体である今は先程以上に警戒しなくてはない。その手間があるので思うようには戦えていなかった。


「もぉ、目を狙うなんて……!」


 対するはエマに瞳を切り付けられたマギア。

 切られた目は煙と共に再生し、美しく不気味な瞳へと戻る。

 涙のように流れていた血液も消え去り、片目の視力が戻った。


「"終わりの風(ラスト・ウィンド)"!!」

「やあ──!!」


「まさか……!」


 その刹那、フォンセの風魔術によって加速したレイが勇者の剣を構え、マギアの側へと近寄る。

 片目が一瞬見えなくなった事で気を取られ、再生する事で再び一瞬だけ視界が消えていたマギアはそれに反応し切れず、


「──ッ!!」

「……ッ! ケホッ……!」


 ──一刀両断された。

 切られると同時に咳き込んで吐血し、ズルズルと何かが体内から落ちる。

 それは身体に存在する臓物。内蔵が重力に伴って身体から落ちたのだ。

 ベチャっと嫌な音がし、真っ赤な鮮血がダラダラと流れる。綺麗に切断された白い物も見えており、バサッと着ていた服や下着が地に落ちた。

 それと同時に、辺りへ臓物を撒き散らしながら倒れるマギア。

 この傷も再生するだろうが、勇者の剣で切ったので少しは時間が掛かる筈だ。


「……どうだろう? ……う、気持ち悪くなってきた……」


「分からないな……後、気分が悪いなら戻って来た方が良いだろう。この程度じゃリッチは死なんからな……」


「ああ、私もこれ以上の怪我は何度かしているが……簡単に再生出来るからな……レイの剣がどれ程の力を秘めているのか分からないが、警戒するに越した事は無い」


 五臓六腑を撒き散らして地に伏せるマギアへ向け、グロテスクな事柄への耐性が無いレイは少し吐き気を催し、それを聞いたフォンセはレイを呼ぶ。

 一番近くでマギアを見るエマはしゃがみ、その肉片を片手に呟いた。


 何はともあれ、リッチの再生力はヴァンパイア程早くは無いが弱点が無いので確実に殺す事は出来ない。強いて言えばライのような無効化か、気化して消滅するまで炎魔術を放つくらいだろう。

 しかし、マギアの身体には莫大な魔力が流れている。フォンセの使える禁断の魔術を持ってしても、まだまだ弱らせなければ消せない事は確かだった。


「気持ち悪いだなんて酷いなぁ……切り捨てておいて……服が無くなっちゃったじゃない。色んなところを見せる全裸で戦うなんて……傍から見たらとんだ恥女だよ」


 会話の横で、内蔵や血液、肉片に白い物が近付いてくっ付き再生するマギア。

 本人は切り捨てられた事より、裸で戦闘を行わなくてはならなくなってしまった事が気になっていた。

 エマは服など気にしないが、マギアの羞恥心が少なかったとしても少々気が引けるのだろう。


「此処には私たちしか居ない。他に誰かが居ても、裸体を見せる事へ何を恥じるんだリッチ?」


 マギアの言葉へ、小首を傾げて話すエマ。

 裸体を気にしないエマからすれば、裸体を気にするマギアがおかしいのだろう。


「エマは良いよね。身体の大きさも自由自在だから。けど私は、他の女性よりも少しあるの。揺れちゃうと戦いに集中出来ないじゃない?」


 曰く、戦いでは主に魔法・魔術を扱うマギアでも頻繁に動く。

 自分が動いた時、胸に付いている二つの脂肪が揺れてしまう。それが気になり戦いに集中出来なくなってしまうとの事。

 衣服があればそれを押さえられるのだが、衣服が無いので必然的に邪魔になってしまうのだ。


「知るか。恨むなら無駄に脂肪が付いた自分を恨めよ。私だって上半身に衣服を着けていないのだからな」


「改めると……四人中二人が裸なのか……」

「うん……。何て言おうか……エマたちは恥ずかしくないのかな……」


 エマとマギアの会話を聞きつつ、警戒を解かないレイとフォンセは、戦闘とは関係の無い事が気になっていた。

 フォンセも羞恥心は薄いが、その光景は中々にシュールなので気になっているのだろう。

 羞恥心が人並みのレイはその様子を見るだけで赤面していた。ある意味では戦闘に集中出来ないのかもしれない。


「……しょうがない、手加減するの難しいけど……無駄に動いてダメージを受けるよりは良いや……レイちゃん、フォンセちゃん、エマ。貴女達を連れて帰る為に……そろそろ決めさせてもらうよ……!」


「「「…………!」」」


 その瞬間、マギアの周りに多大な魔力が集った。

 魔力は形を変えて別の姿を形成し、それが更に変化する。

 魔力の塊はまるで生きているかのようにうねり、人が居るかのように揺れる。

 それによって上空を覆う暗雲は光を放ち、さながら雲その物が光っているかのようだった。

 それ程の魔力が今、この場にて放出されたのである。


「凄い魔力……」

「ああ、恐らくこの力でさえ本気では無いのだろう……」

「リッチだからな。その気になれば私の再生が追い付かない攻撃など容易いだろう」


 魔力を肌に感じ、戦慄するレイと本気で無いという事実に驚きを見せるフォンセ。

 エマは昔からの知り合い。知り合いだからこそ、マギアの実力を理解している。

 アンデッドの王を謳われるリッチという事は、確実に支配者と肩を並べる実力を秘めているという事。

 様々な魔法・魔術の中で、今マギアが使おうとしているのはほんの三割程度なのかもしれない。


「行くよ……?」

「「「…………」」」


 スッと目を細め、軽かった口調を重くして話すマギア。

 レイ、エマ、フォンセはゴクリと生唾を飲み込み、更に警戒を高める。

 アンデッドの王。そのマギアが口調を重くしたという事は、三割程度だとしても相応の力を出すという事。警戒しなくては、一瞬の隙でその命が尽きる可能性があるのだ。

 そしてマギアは、ゆっくりとその口を開いた。



「"女王の魔術(クイーン・マジック)"……!!」



 ──その瞬間、四大エレメント。そしてエレメントとは別の物質が上空に形成された。

 その魔力は大気を揺らし、上空の雲を全て消し飛ばす。

 エレメントとは違う魔術とエレメントを使った魔術。それら二つがぶつかり合い、更なる破壊を生み出して直進する。


「やあ────ッ!!」

「"終わりの元素(ラスト・エレメント)"!!」

「ハァ────ッ!!」


 それを迎え撃つべく、勇者の剣を構えたレイを筆頭に禁断の魔術を放つフォンセ。

 レイやフォンセのような武器も魔力も持たぬエマは晴れた雲をマギアの上空へ漂わせ、天候としての雷を落とした。

 マギアの魔術に対して放たれた三つの技、剣と魔術と自然の雷。

 それらは全てが衝突し、余波によってあらゆる物が砕け散る。

 周りに揺らぐ海や天を覆う雲。海を流れ行く木々に岩。それら全てはその場から消し飛び、目映い光と共に全てが消滅した。

 そのぶつかり合いは全て刹那の出来事。常人が瞬く程度、その時間しか掛かっていなかった。

 その刹那の時にて、直径数キロの範囲が消え去る。

 目映い光の中で動く影すら光に包まれ、その場には何も見えなくなった。

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