三十一話 ライvsシュヴァルツ・その3
ライとシュヴァルツ。この二人はお互いの様子を窺っていた。
シュヴァルツは真っ直ぐに向かってもダメージを受ける事は殆どないが、無駄に体力を消費するのを防ぐ為に止まっており、ライもライで闇雲に攻撃をすると自分がダメージを受けてしまうので中々攻撃できずにおり、難しいものだった。
少しの間ライとシュヴァルツ睨み合っていたが、このままでは埒が明かないのでライはシュヴァルツに気になった事を聞く。
「なあ、お前の能力って魔法・魔術の一種か?」
それはシュヴァルツの持つ空間破壊能力についてだ。
シュヴァルツは一瞬だけ訝しげな表情をしたが、ライに返した。
「そーだな。ま、冥土の土産に教えてやっても良いか。……そーだよ。魔法・魔術の一種で違い無ェ」
勝ち誇っているシュヴァルツは、笑いながらライの質問に返す。どうやらシュヴァルツの空間破壊は魔法・魔術。もしくはそれらの類いらしい。ライはそれを聞いて安心したように言う。
「そうか、良かった。それなら『勝てる』」
「……あァ?」
ライの言葉に、何言ってんだコイツ? 的な表情でシュヴァルツは返す。
「寝言は寝て言え!! テメェが触ることも出来ねェ俺に、勝てる訳無ぇだろーがよ!!」
そして続くよう、少々苛立ちながらシュヴァルツは怒鳴るように言い放った。
そんなシュヴァルツを横に、ライは気にする事無く相手の方へ歩み寄る。
「なら、試してみるか?」
「良いぜ。やってやろうじゃねェか……!」
──刹那、ライとシュヴァルツの足下が砕けた。
大地が砕けた爆音と共に粉塵が巻き起こり、視界が白くなる。
そして両者は一気に駆け寄った。
「オラァ!!」
「ダラァ!!」
ライとシュヴァルツの拳がぶつかり、街の建物を吹き飛ばす。
街を破壊する事にライは悪い気がしていたが、魔法・魔術を使えば、瓦礫などがあまり遠くに行ってなければ再生する事が出来るだろう。
シュヴァルツを放っておく方が世界への被害が大きい為、止むを得ず街を巻き込んでシュヴァルツに攻撃するライ。
街から離れれば良いのだが、シュヴァルツはそうさせてくれないだろう。
「…………あン?」
「……フッ」
シュヴァルツはライの拳が砕けないことへ違和感を覚える。ライは何かを確信し、ニヤリと笑って動き出す。
「ラァッ!!」
「クソッ……!!」
二つの拳が合わさる中、身体を下げて蹴りを入れるライ。シュヴァルツは悪態を吐きながら腕でライの蹴りを防ぐ。が、
「うぐ……!?」
しかし魔王を纏ったライの蹴りに力負けし、シュヴァルツの身体は吹き飛んだ。
幾つもの建物を粉砕し、貫通痕を残しながら突き進み遠方で大きな土埃が舞い上がる。
「良し! これなら……!」
ライは、一先ずシュヴァルツを街から離すことに成功した。
その事に安堵し、大地を踏み砕くと同時にシュヴァルツのあとを追うのだった。
*****
「……ライはアイツをこの街から離すのが目的だったんだ……」
ライとシュヴァルツの戦闘を見ていたレイは、呟くように言う。
隣でフォンセが頷いて返す。
「ああ、その様だな。どうする? 私たちも追うか?」
「いや、止めておいた方が良いだろう。私たちの姿が戦闘中のライの視界に映ってしまったら、集中が切れてピンチに陥るかもしれん」
そんなフォンセの言葉を、制止させるエマ。曰く、シュヴァルツはかなりの実力者であり、ライとの戦いの中に自分たちが行った場合邪魔にしかならないとの事。
「「…………」」
レイとフォンセは、確かに一理あると頷きライのあとを追うことを止めた。
しかし、エマが二人を止めた理由はそれだけでは無く、シュヴァルツの攻撃に巻き込まれてしまう可能性もあるからだ。
そして、もう片方の三人は。
「どうする? シュヴァルツのあとを追うかい?」
「いや、追わなくて良いよ。面倒だし、今のシュヴァルツは僕らを邪魔としか思ってないだろうからね」
まずはヴァイスがグラオとマギアに聞き、グラオは考える間も無く直ぐに答えた。
グラオはあっさりと答えたが、マギアはヴァイスとグラオの様子を見て二人に尋ねる。
「私って仲間になったばかりだし、全く知らないんだけど……そんなにシュヴァルツは自分勝手なの?」
首を傾げながらヴァイスとグラオに聞くマギア。ヴァイス達が言うに、シュヴァルツは自分の戦いに水を差されるのが嫌らしい。そういう者も居るのだろうが、マギアはエマの言ったライの圧勝だという事が気に掛かっていたのだ。
「ああ、そうだよ。というか、私以外は自分勝手だろうね。シュヴァルツとグラオは戦う事が唯一の楽しみだから。水を差したり横槍を入れる行為を良しと思っていないのさ」
「へー……」
「ハハハ、全くもってその通りだ!」
ヴァイスが綴る言葉に相槌を打つマギア。隣ではグラオも笑って同意している。
それらの意見を踏まえ、こちらの三人もあとを追うことはしないのだった。
*****
「クソッタレ!!」
近くの森まで吹き飛ばされたシュヴァルツは、川に落ちていた。シュヴァルツは起き上がると、周りの土埃はゆっくりと消えていく。
「一体どーなってやがんだあのガキ!!」
そして、ライに空間破壊能力が無効化された理由は何かと悩む。
シュヴァルツは立ち上がり、苛立ちを隠せずに近くの木々を消し去った。
そんなシュヴァルツに近付く人影──
「オイオイ……八つ当たりで自然を壊すなよ。まあ、俺が言えた事じゃないけど」
「テメェ……!!」
──無論、ライだ。
シュヴァルツは近付いてきたライを睨み付け、ライはそんなシュヴァルツに向けて軽薄な笑みを浮かべ両手を広げて誘うように一言。
「さあ、続きをやろうか?」
「上等だァ!!!」
刹那、森が大きく揺れた。それと同時にライとシュヴァルツの姿が視界からが消え去る。
そう錯覚するほどの速度で動いたのだ。
「オラァ!!」
「ゴラァ!!」
そして両者は拳と脚を繰り出した。
その二つがぶつかる際に生じた破壊エネルギーによって森が消し飛ぶ。
その森に棲んでいた幻獣・魔物は逃げ出し、森から生き物の気配がライとシュヴァルツ以外消える。
「おい、テメェ……何で俺の能力が効かねェんだ?」
シュヴァルツは相変わらず空間が破壊されないライに尋ねるように聞く。
空間破壊の魔術を逆に破壊した者など、シュヴァルツは見た事が無かったからだ。全てを破壊する魔術が破壊されるとは、なんという皮肉だろう。
「何でって……残念だったな。俺には魔法・魔術は効かねえんだ。そういう体質? みたいなモノでな(……魔王の力ってのは教えない方が良いよな……流石に……)」
「……ハァ!?」
ライが言い放った言葉に驚愕して声を上げるシュヴァルツ。
一応警戒して魔王(元)の事は教えないようにしておくライ。そしてシュヴァルツは畳み掛けるように問い質す。
「んな体質聞いたことねェぞ!? 何者だお前は!?」
困惑と驚愕を織り交えた表情のシュヴァルツ。魔法・魔術を無効化する術は無くもない。しかし、体質によってそれらを無効化する者など居る訳が無いのだから。
ライはフッと笑い、
「どうでも良いだろ、そんな事。それとも、『怖じ気づいて攻撃も出来ない』とか?」
「あ゛ぁ゛?」
挑発するように言葉を発した。
シュヴァルツは挑発に乗り、
「怖じ気づく訳ねェだろ!! ……だが、どのみちテメェは……此処で終わりだ……!!」
大地を大きく踏み砕き、爆音と共に土埃を巻き上げ姿を消すシュヴァルツ。
視界を奪い、隙を作らせる作戦だろう。
「ウラァ!!」
そして、一瞬にしてライの近くにやって来たシュヴァルツが、土埃中から拳を突き出した。
(捉えた……!)
シュヴァルツは自分の拳に、確かな手応えを感じた。その拳が触れたモノはメキメキと音を立て、砕ける。
──だが、次の刹那、
「ハズレだァ!!」
「何ィ!?」
真下から声と同時に現れた足が、シュヴァルツの顔を掠った。
ライだ。シュヴァルツはありえないと、自分の拳の先にあるものを見た。
「こ、これは……!!」
シュヴァルツが目にした、メキメキと音を立てて砕けていたモノのは──
──『抉れた土の塊だった』。
ライが大地を抉り、それを盾にしてシュヴァルツの攻撃を防いだのだろう。
「なんだ……この土は……?」
その土塊は空間破壊の魔術によって消え去るが、シュヴァルツは依然として困惑していた。
何故ならそう、そんな土塊を造り出す暇も無かった筈なのに現れたからだ。
「オラァ!!」
「……ッ!? がはっ……!!」
その隙を突き、ライは魔王を宿した脚でシュヴァルツを薙ぎ払う。
シュヴァルツは蹴られ、何度も地面をバウンドして遠方の崖にぶつかった。
その衝撃によって崖は地響きを立てて崩れ落ちたが、それによってシュヴァルツの勢いが止まる。
「テメェ……本当に強ェな……」
そして、その衝撃によって吐血し、仰向けになっていたシュヴァルツはもう目の前に立っているライに向かって言う。
「ああ、だから言っただろ? 俺が本気を出したらお前は何も出来なくなる……ってな?」
再び挑発するように言葉を続けるライ。
しかし、今度のシュヴァルツは激昂せずに言葉を返した。
「ああ。どーやら、本当に俺程度じゃお前を倒せねェらしい。……なあ、一つ聞きたい、お前は世界を壊せる怪物か何かを倒した事あるのか?」
「…………?」
シュヴァルツがライに尋ねた怪物。ライが思うに、それはレヴィアタンの事だろう。
──しかし、"倒した"というのは厳密には違う。
シュヴァルツが何処から聞いた情報なのかライは知らないが、取り敢えず答えるだけ応えた。
「ああ、そうだな。そしてその怪物ってのはレヴィアタンだ。お前は仲間からその情報を聞いたのか?」
ライが告げた言葉を聞き、シュヴァルツは笑ってライに返す。
「レヴィアタンってマジかよ……クハハッ……! ケッ、笑えねェな……。確かにそれじゃ俺には勝てねェだろーな……。例えそのレヴィアタンが弱っていようがいなかろうが、行動不能にしたのは事実だろうしな。……そしてお前の質問に答えるが、ああそうだ。仲間から聞いた」
「…………」
ライは黙って話を聞いていた。
シュヴァルツは周りの瓦礫を消し去り、口元の血を拭って起き上がる。
そしてシュヴァルツは、ライに提案するかのように言った。
「今の俺じゃお前には勝てねェだろうな。だから、俺の案を聞いてくんねェか?」
「…………?」
シュヴァルツの言葉に耳を貸すライ。
それを確認し、シュヴァルツは人差し指をピッと立てて言う。
「今から俺に、『俺が出せる最大の攻撃をさせてくれ』。それだけだ」
それを聞き、その質問の意図を推測したライが言う。
「……ふうん? つまり、その攻撃を俺が受けて、俺が無事だったら俺の勝ち……そう解釈して良いのか?」
「ああ。これを防がれたら今の俺では絶対に勝てないだろうな。だから、俺の最大を試させてくれ」
「……成る程な」
つまり、シュヴァルツの最大攻撃をライが受け、それで生きていればライの勝ちということ。
大まかに言えば先程ライが言った通りだ。
しかし、この勝負はライが圧倒的に不利なのだろう。何故ならば、シュヴァルツの最大の攻撃を『受けて』とシュヴァルツは言った。
要するに、『ライは避けずにそれを防ぐ』という事なのである。
ライはただでさえレヴィアタンと一戦交えたが故、疲労しているのだ。
痛みなどはフォンセによって治療されたが、それでも疲労が完全に回復したという訳ではない。
少し考えたライの結論は──
「オーケー、分かった。無駄に長引いて体力を消耗するよりはそっちの方が良い」
──それを承諾した。
確かに長引けば周りへの被害の方が大きくなり、世界が滅茶苦茶になるだろう。
なのでライは世界を征服する前に壊さぬよう、敢えてそれを受けたのだ。
「ククク……ありがとよ。だが、これを防がれたら俺は負けを認める。これは確かな事だと思っていてくれ」
「あいよ」
──”そして今、シュヴァルツの最大攻撃が繰り出される事となった。