三百十四話 禁断の魔法と魔術
──"トゥース・ロア"。
幻獣の国、中心に位置する支配者の街。その街は大部分が大樹からなるもので、大樹以外の場所はあまり発展していない。
しかしそれなりの店もあり、大樹以外の場所でも割りと快適に暮らせる所だ。
自然が豊富で日当たりも良く、豊かな水源もあるので知能のある幻獣ならば農作業を行う事も出来る。
活気もあるので外の国からやって来る人間・魔族・魔物のような観光客もたまに見えた。そもそも、"世界樹"からなる大樹があるので、その大樹を一目拝もうと来る者も多かったのだ。
幻獣の国は人間・魔族・魔物の国に比べて比較的温厚な国民性がある。
なので他国に興味を持つ者が初めは幻獣の国から見て回り、その後に別の国へ行こうと思案する者も多い。
空気も綺麗で心地好い静寂もあるので都会の喧騒に疲弊した者も落ち着く為に来る事があった。
豊かで静か、心地好く世界的に見ても平穏な幻獣の国。
──その国には今、国全体を覆い尽くす程の海が創られていた。
様々な土砂が混ざった荒波は濁流となった鈍色の水で国を濡らし、木々を砕いて岩を巻き込み流れ行く。
生き物は大樹に避難させられたので海による死者は居ないが、濁流が流れる景観は昨日までの鮮やかな緑と青色を消し去っていた。
空模様は何とも奇っ怪なモノであり、全体的に日を隠す曇天なのだが数キロ先ではコルクで刳り貫いたような、綺麗な穴が空いている。
これはそう、何者かが風圧でその部分の雲を消し飛ばしたかのような、そんな穴。
そんな海の上にある大樹の道。そんな曇天の空の下。
そこには息を切らし、身体が傷付きながらも戦闘を行っている者たちが居た。
「……ッ!」
「これ程までとはな……!」
「ふむ、微塵も衰えていないな。流石だリッチ」
「止めてよね、リッチって言うのは。私は今、マギア・セーレって名前を名乗っているんだから」
レイ、エマ、フォンセとマギアである。
マギアと向かい合う三人はレイ、フォンセ、エマの順で言葉を綴り、レイとフォンセは頭から血を流し頬にも大きめの掠り傷があった。
エマは半身が消し飛んでおり、煙と共に再生する。対するマギアも多少のダメージはあるようだが、エマと同様に再生した。
「……再生した……?」
「……エマが言うにリッチらしいからな……何ら不思議では無いな……」
その再生過程を見、怪訝そうな表情をするレイ。
そんなレイを横目に、フォンセはマギアが不死身の術師であるリッチなのでおかしくないと告げる。
「ああ、再生速度は私に劣るが、弱点無く不死身の肉体を持つ魔女だったり魔術師だったり魔導師だったりするリッチ。神になるだか何だか知らんが、神になって何をしたいのやら」
フォンセの言葉に補足を加えるよう、リッチの事を話すのはエマ。
エマとリッチ、もといマギアは昔からの知り合いだったようだが、マギアが神になりたい理由は分からないらしい。
「む? 結構トゲのある言い方だね、エマ。私には私にしか無い目標があるんだから馬鹿にしないでよね?」
「ふふ、馬鹿になどしていないさ。少し理解が追い付かなかっただけだ。神になったとして、それから何をしたいんだ……ってな?」
「私がなりたいのはただの神じゃなくて、全知全能の神。無限の力と無限の知識を手にいれたいの! それが理由だよ!」
エマの言い方を疑問に思ったマギアと、軽く笑って流すように話すエマ。
エマはマギアが何故神になりたいのか分からなかったが、無限の力と知識を得る為との事。
それを手にしてどうするのかは分からないが、一先ず神になった後で考えるつもりなのだろう。
「無限の力……それってどれ程のものなんだろう……」
「……ふむ。凄い力だろうな」
「アハハ……それはその通りだね……」
マギアの求める力とは何か考えるレイと、真顔で返すフォンセ。
レイは苦笑のような笑みを浮かべ、「当たり前だね……」と話す。
普段は真面目に考察するフォンセが相手の強さを適当に言った事が意外だったのだろう。
何時もならばそう、どのような破壊力を秘めているのか。や、どのような方法で戦闘を行うのか。などを考える筈だからだ。
なのにフォンセは凄い力と、何でもないように返したのである。
「まあ、結局のところは良く分からぬ力だからな。凄い力としか言い得る事が出来ないんだ」
「うん。まあそうだよねぇ……神様の強さってどれくらいなのか分からないし……」
曰く、想像を絶する力という事は分かるが、想像を絶するという事しか分からず、その力加減が如何程のモノか分からないからとの事。
全知全能とはつまり、何でも出来るという事。その力を手に入れた暁には、この世界や宇宙を容易く消す事が出来る力だろう。
「アハハ、そうでしょ? 全知全能は未知の力なの。生前の私は……まあ、今も生きているけど……取り敢えず、未知を求め続ける少女だったね。この世界、この宇宙、多次元、異世界。それらを追及するのが好きだったんだ。でも、人生は限られている。人間でたった百年ちょい。魔族で五百年くらい。幻獣・魔物は数年から数千年まで様々。つまり、未知っていうのを求めるには、あまりにも短過ぎるんだよ。だから不老不死の不死身になって未知を追求し続けたいの。辿り着く先は全てが分かる全知全能って事だね」
淡々と言葉を綴り、自論を述べるマギア。
つまりマギアは、未知を追求し続けた結果、辿り着いた先が不老不死となり無限の知識を得る事に至ったらしい。
何時の時代だとしても、未知を求め続ける学者などが現れる。そんな学者が生物の領域を飛び出した結果、マギアのような神になる事を目標とした存在が生まれたのだろう。
「取り敢えず、話はこれまで。さっさと貴女達を連れて帰るからね。先ずは私の用事を終わらせなきゃ」
「解せんな。何故お前が生き物の選別に協力するのか……」
「そんなの簡単♪ より強い力を手に入れる為には手元に研究資料を置くのが一番だからね。優秀な生物を選別するのはつまり、私の監視下に置けるって事。その方がじっくり研究出来るじゃない♪」
「成る程な。確かに手元に研究資料があるならそれが簡単に知識を得る事へ繋がるか」
話を終わらせ、レイ、エマ、フォンセに構えるマギア。
そんなマギアを見、エマは小首を傾げて尋ねたがマギアはあっさりと言葉を返す。
何の為に生き物の選別を手伝うのか疑問だったエマだが、その疑問は解決した。
「さて、そろそろ本当に始めようよ。安心してね。エマも含めて、貴女達は全員お気に入り♪ お気に入りは研究しないよ♪ まあ、レイちゃんの持つ剣は気になるけどね?」
「「……」」
「ふふ、私もお気に入りか。ただの腐れ縁だろうに」
「ふふ……私にとってはエマ、貴女が一番のお気に入りだよ? 昔からお互いを知っているのはエマくらいだもんね……」
告げ、構え、向き直る。そんなマギアの瞳からは、心無しか一瞬、光が消えた気がした。
三人と一人はもう既に何度か織り交えているが、戦闘を行うにはまだ支障が無かった。
辺りは一瞬静まり返り、荒れながら流れる海の音のみが耳へと入ってくる。
「"四大元素"!!」
「"四大元素"!!」
刹那、マギアが四大エレメントを纏めた球体を放ち、それを迎え撃つ為にフォンセも四大エレメントの球体を放った。
それによって辺りへ衝撃が走り、海の水を吹き飛ばして上空の雲を消し飛ばす。
「やれやれ、雲を消すのは止めて欲しいものだな……」
次いで消え去った雲を集め、再び曇天の空模様へと変えるエマ。
今幻獣の国の上空にある雲は全て、弱点を消す為にヴァンパイアであるエマが呼び寄せた物。
何度か消し飛んでいるが、即座に戻しているのだ。
続いてエマは駆け出し、二つの四大エレメントがぶつかり合う中心へと向かった。
「はあ!!」
「流石♪ エレメントのダメージを苦にしていないね♪」
それと同時にマギアの前へ姿を現し、その拳を振り翳していた。
これはそう、今直ぐにでも拳が放たれるだろう、そんな前振り。
「"岩の拳"!」
次いでマギアが土エレメントを使った拳を造り、それをエマに向けて放つ。
ヴァンパイアの怪力と魔力からなる岩の拳。それらは激突してぶつかり合い、二つの拳が大きく粉砕した。
「ふむ、私の拳と互角か……」
「ふぅん……結構強めに放ったんだけど……あっさり砕かれちゃった」
エマの拳は砕け、指があらぬ方向を向き青紫色に変色している。肉が裂け、白い何かが見えつつそこからは緩やかに鮮血が流れていた。
砕かれた瞬間は勢い良く噴き出した鮮血だが、それは一瞬だけ。後は勢いが強くなる事も無く、静かに流れている。
しかし、それも即座に再生した。
「やあ!」
「次だね」
エマとマギアがぶつかった直後、レイが勇者の剣を振るって仕掛ける。
そんなレイを一瞥したマギアは呟くように言い、再び魔力を形成した。
「"鉄格子"!」
その魔力は鉄の強度となりて格子となり、レイの振るった勇者の剣を押さえ付ける。
「はあ!」
「あちゃー、やっぱ切れるか」
しかし、鉄格子は容易く切断される。
先程もレイの剣に対して通常の数十倍の硬さを誇る鉄格子を造り出したマギアだが、容易く切られた。レイの持つ剣は鉄など簡単に切れる代物なのだ。
「はっ!」
「そして私も切られるってね」
次の瞬間に踏み込んだレイは、踏み込むと同時に剣を振るう。
振られた剣はマギアの腕を切り落とし、切り離された腕はマギアの背後へと吹き飛んだ。
「痛いなぁ、もう」
「やっぱり再生するかぁ……」
そして腕は再生し、その感覚を確かめるマギア。
吹き飛んだ方の腕からは赤い血液が流れており、痙攣すら無くその場へ留まっていた。
「じゃあ次は、私の番だね♪」
「……!?」
その一瞬、マギアは高速で移動し、気付いた時にはレイの腹部へ己の掌を当てていた。
その掌には魔力が込められており、腹部へ伝わる感触が伝わった瞬間レイは次に何が起こるか察してしまった。
「少し痛いけど、我慢してね──"風"」
「……ッ!」
「レイ!!」
そしてレイの腹部へ風が吹き抜けた。
その風はレイの身体を貫通し、風によって受けたダメージでレイは吐血する。
吐血しながら膝を着き、片手で口元を押さえるレイだが吐かれる血量は変わらない。
みるみるうちにレイの顔が青白くなり、貧血気味になってレイの意識が遠退いた。
その様子を見たフォンセは慌てて駆け出し、マギアの元へと近付く。
「貴様ァ!! "───の炎"!!」
近付くと同時にフォンセは、禁断の魔術をマギアに放った。
その炎は辺りを大きく燃やして焼き尽くし、海の水を蒸発させながら雲すら蒸発させる。
一瞬にして幻獣の国全体の温度を上げた禁断の魔術はマギアに向けて真っ直ぐと──
「禁断の魔術ね。確か……"終わりの炎"……。こうだっけ?」
「……なっ!?」
──進む前に、マギアも禁断の魔術を使ってフォンセの炎を相殺した。
フォンセしか持っていなかった筈の本に書かれていた魔法・魔術。フォンセがそれを使った時、マギアもその魔術を使ったのだ。
二つの炎は幻獣の国の温度を更に上昇させつつ、ぶつかり合って消滅する。
「何で貴様がその魔術を……!!」
「何でって、だってそれ──私が書いた呪文だからね当然じゃない」
「……何だって……?」
唐突に、マギアから出た突然の言葉。それを聞いたフォンセは耳を疑った。
それもその筈。フォンセがよく使っていた本の作者がマギアだったとは、思う訳も無かったからである。
「成る程な。だからその本を初めて手にした時、禍々しい気配を感じたのか。確かにアンデッドの王を謳われるリッチならばその気配も頷けた」
マギアが作者と聞き、訝しげな表情でマギアに尋ねるエマ。
エマが禁断の魔法・魔術が書かれた本を見つけた時、本が放つ禍々しさを実感していた。なので特に驚かず、マギアが作者だったからと理解したのだ。
「……ならば、何故本は不思議な移動をしたのか……」
次いで、何故にその本は"タウィーザ・バラド"の図書館に厳重保管されていたにも拘わらず一人でに動いたのか気になった。
そうあの時、エマとフォンセはリヤンと共に行動していた。
そんなエマの前に、誰も持ち出していない筈の本がテーブルに置いてあった。何故置かれたのか気になったのである。
「さあ? まあ、単純な話、私の魔力は強いからね。幾ら厳重に保管されていようと、適応者が現れたから抜け出したんじゃないかな?」
淡々と、特に何も思わずに話すマギア。本が勝手に出ていた理由は、本がフォンセを選んだからとの事。
かなり厳重だったらしいが、その守りを打ち砕く力がマギアには秘められているという事だろう。それは、そう、支配者並みの力が。
そんなマギアの様子を見る限り、禁断の魔法・魔術が書かれた本は興味が無いのだろう。
自分が創ったのならば、当然のように自分はその魔法・魔術を使えるのだから。
「そうか、それで……ならば感謝しよう。そのお陰で私は敵の主力を打ち破れた事が多々あるからな。そして、レイが受けた痛みの分……今度こそ貴様の身体に刻んでやろう」
「アハハ、感謝されるのにやられるの? 私だってレイちゃんを傷付けたくなかったのにな……まあ、良いか。レイちゃんもフォンセちゃんも、エマも皆、私が可愛がってあげるから♪」
「断ろう」
「右に同じ」
「私だって……やられっぱなしじゃないよ……!」
フォンセが言ってマギアが返す。単調で簡単なやり取り。
それを終え、エマとフォンセはマギアに構えた。レイは意識を失い掛けているが無事である。
禁断の魔法・魔術が書かれた本の作者。それが分かったからとして、戦闘をやめるつもりは無い三人。
対するマギアはまだ余裕な態度を取っている。
レイ、エマ、フォンセvsマギアの戦闘も、終わりへのカウントダウンが始まった。




