三十話 ライvsシュヴァルツ・その2
ライvsシュヴァルツの戦いを見る、レイ、エマ、フォンセの三人。その三人以外にもその勝負を眺めている者達がいた。
「ちぇっ、いいなー。シュヴァルツ。一人だけ楽しんじゃってさあ」
「まあまあ、良いじゃないか。シュヴァルツがライを殺さなければ君も戦うチャンスがあるだろう? グラオ」
「まあ、怪物を見たって話は聞いたけど、暴れたっていう目撃証言もないし、本当に怪物を倒しちゃったのならシュヴァルツじゃ勝てないよねー」
グラオ、ヴァイス、マギアである。
グラオは羨ましそうにシュヴァルツを見ており、ヴァイスは興味深そうにライを確認し、マギアは全体を楽観的に見ている。
そんな三人に話し掛ける影があった。
「マギア、お前の仲間がコイツらだったとはな。私の仲間とは色々違うらしい」
「…………!?」
「あらら。お客さん?」
ヴァンパイアのエマである。
マギアは肩を竦ませて驚いたがヴァイスは何事もなく言い、グラオもエマの方を見やる。
「で、お前がヴァイスか。ライが言った通りの容姿だな。取り敢えずお前達の顔は覚えておく」
「ハハ、それはどうも。で? 君は何故此処に? 他のお仲間は?」
そんなエマはヴァイスの容姿を一瞥し、その姿を確認した。ライが言っていたように白髪をした白い目の者。
ヴァイスはそんなエマに向けて此処へ来た理由と仲間たちの事を尋ねた。
「他の仲間は下にいて、ライとあの黒髪男の戦いを見物している。私が此処に来た理由は懐かしい……とはいっても数時間前だが、気配がしたんでね。来てみれば案の定マギアだった」
エマは下を指差して仲間の事をヴァイスに言い、マギアが此処に居たのでよってみたと告げる。
「あれ? そういえばエマは?」
「ん? 言われてみればいなくなっているな……」
下の二人、レイとフォンセもエマがいなくなっている事に気付いたようだ。
そんな言葉を続けるエマに向かってグラオが話す。
「へえ……アンタもライの仲間なんだ。じゃあ手合わせ願いたいな……アンタも中々強そうだし」
「グラオ……君はまた……」
グラオは好戦的な目でエマを見る。ライの仲間と言う事で、かなりの実力を秘めていると考えたのだろう。
ヴァイスは呆れ、言葉を発しようとしたが、その言葉はエマによって遮られた。
「生憎、今の私は本調子ではないのでな。その誘いは断らせて貰う」
「チェッ。まあ、仕方ないか……。本調子じゃないのならつまらないからねえ」
エマは、ヴァンパイアは完全な夜でなければ力が全快まで出せない。なのでグラオの決闘を蹴る。
グラオはつまらなそうにしたが、強くない奴には興味がないらしく、あっさりと諦めた。
取り敢えず今日の戦闘はライとシュヴァルツ以外は無いだろう。
ヴァイスは頃合いを見て、再びエマに質問をする。
「良し、また聞くよ? ……この勝負。どっちが勝つと思う?」
「……」
質問の内容は勝負の行方、エマは少し悩むが、直ぐに答えた。
「まあ、控え目に言ってもライの圧勝だろうな」
その言葉に笑うヴァイスとグラオ。
それだけを言い、エマは下にいるレイとフォンセの元に戻るのだった。
*****
シュヴァルツが地面に降り立ち、石畳の道を砕いてライの方へ駆け寄る。
「行くぜ! ライ!!」
「今度は正面からか……!」
ライは構えながら警戒していた。
シュヴァルツは真っ直ぐにライへと向かって来るが、ライはシュヴァルツの作戦に気付いた。
(成る程……)
「食らいやがれェ!! "破壊"!!」
その作戦は、ライに近付いて先程見せた技を繰り出すという事だ。空を砕いた事からかなりの威力を秘めた技という事が分かる。至近距離で受ければ中々のダメージを受ける可能性があるだろう。
「その手は食わねえよ!」
ライはしゃがんでシュヴァルツの手を避け、そのままシュヴァルツを蹴り上げた。
「おっとォ!!」
シュヴァルツは大きく身を反らして避ける。
それによって隙が生まれた。
「オラァ!!」
「グハ……ッ!」
ライはそのまま蹴り上げた脚を横に薙ぎ、シバータ蹴りを放った。
その蹴りを脇腹に受けたシュヴァルツは吹き飛び、轟音と共に建物へ激突する。
「ふう……」
ライは立ち上がり、一息吐く。魔王の力を纏っていなかったとは言え、かなりの力で蹴り飛ばした。そうそう立ち上がれないだろう。
だが、それも束の間──
──ビキッ! と何かが割れるような音が響き渡った。
「なにっ!?」
先程シュヴァルツが触れた所に、『ヒビが入った』のだ。
「まさか……アイツの能力は……」
そのヒビを確認し、ライはシュヴァルツがどんな技を使ったか確信した。
「イテテ……やっぱ強ェな。だが、ますます面白いぜッ!!」
強く建物に激突したシュヴァルツだが、掠り傷や土汚れ程度で目立ったダメージは無く、ピンピンしている。
「……なあ、アンタ……」
「あん?」
ライはそんなシュヴァルツの方を見て、自分が推測したシュヴァルツの能力を言う。
「アンタの能力ってもしかして……『空間を破壊する』能力か……?」
「「「…………!?」」」
「あン?」
遠目から見ていたレイたちにもその言葉が届き、驚愕の表情になるレイ、エマ、フォンセ。
ライの言葉を聞いたシュヴァルツは、一瞬反応するが、直ぐに軽薄な笑みを浮かべ、
「ククク……ご名答!! そう、俺の能力は"空間破壊"だ!! 当たればその部分が砕け、致命傷を負うだろーぜ。ガード不可能な攻撃!! 呪文の際にはディストラクションじゃ長い。だから似たような意味を持つブレイクを使っているがな!!」
ライが言った途端、自分の能力を話始めるシュヴァルツ。相手が逃げてしまうのでという理由で説明しなかったが、今説明しているのはライが逃げないという事を理解したからだろう。
「ハッ! 空間を破壊する……か。これはちょっと面倒だな……!」
ライは能力を当てたは良いが、面倒臭そうな表情になっていた。それもその筈、空間を破壊されればそれによって様々な障害が生じるだろう。
そもそも、防御不可能の攻撃というだけでかなり厄介だ。
「じゃあ、さっさと終わらせちまおうぜェ!!」
そんなライを見、大地を蹴ってライに近付くシュヴァルツ。
「ああ、それが良いな!」
ライも近付いて来るシュヴァルツに言葉を返す。
「「オラァァァ!!!」」
その瞬間、二人は同時に拳を放つ。
今度のシュヴァルツは能力を使っていないので、ライも拳を引かず真っ直ぐに二つの拳がぶつかる。
その拳がぶつかった衝撃により、街の道に大きな地割れが起こった。
街の人々は全員安全な建物に避難していた為、この場に居るのはライ、レイ、エマ、フォンセとヴァイス、シュヴァルツ、グラオにマギアの八人だけだ。
よって街の被害を気にしなければ存分に暴れられる。街の被害を気にしなければ。だが。
「どうしたどうしたァ!? さっきから全く本気じゃねェな!! この街はお前の街って訳じゃねえだろ!?」
「ああ、そうだ……な!!」
「……!!」
連続で畳み掛けるシュヴァルツの攻撃を凌ぎ、隙を突いてシュヴァルツを吹き飛ばすライ。
しかし今度は建物に激突する事無く、シュヴァルツは何とか踏ん張った。
「クハハッ! なら本気を出せよ!! 街なんかどうでも良いだろ?」
「いや、俺は本気を出さねえよ!」
シュヴァルツの言葉に即答で返すライ。そんなライに向け、シュヴァルツは訝しげな表情でライに尋ねる。
「何で本気ださねェんだ? そっちの方が面白ェだろ? この街にそんな愛着があるのかよ?」
シュヴァルツはとことん勝負を楽しみたいらしい。
シュヴァルツは街が大事か? と、ライに問う。
しかし、ライがこの街に愛着があるという訳ではなかった。
「だって本気を出したら……『お前が何も出来ずに勝負が終わるだろ』?」
「んだと……?」
「「あ……」」
「「「「…………?」」」」
ライが本気を出さない理由、それはシュヴァルツの安否を気遣っていたから。その言葉はシュヴァルツにとっては最悪の侮蔑だった。
ヴァイスとグラオはあーあ、的な顔をし、レイ、エマ、フォンセと、ヴァイス達の仲間になってから日が経っていないマギアはキョトン顔をする。
シュヴァルツは、如何なる罵詈雑言を吐かれようが、蔑まれた目で見られようが、大抵の事は笑って返せる温厚な心の持ち主だ。
しかしそんなシュヴァルツでも、自分の力の無さ故に手加減される事はどうあっても許せなかった。
シュヴァルツは頭を豪快に掻き毟り、苛立ちを露にして一言。
「……分かった。お前を殺す……」
──刹那、シュヴァルツの周りが砕け落ちる。
空間破壊の能力を全身に纏ったのだ。
今のシュヴァルツならレヴィアタンの鱗すらを消し去る事が出来るだろう。
「ハハ、これは使うか……(って事だ頼んだぜ。魔王)」
【おっしゃ。やっと出番か! 任せろ! まさか数時間で俺がまた出れるとはな!!】
流石にこれはまずいので、ライも魔王を纏う事にした。
魔王(元)は、今日一日で二回も力を振るえる事がうれしかった。
そして、ライの全身を漆黒の渦が包み込む。
「「「…………?」」」
「………………………………………………」
その渦を見てヴァイス、グラオ、マギアは訝しげな表情を浮かべ、シュヴァルツはライを殺すことのみに集中している為に黙っている。
「さあ、シュヴァルツ・モルテ。俺は本気を出さないが、力を少しだけ見せてやろう」
「ククク……そうかよ……今の俺には『どうでも良い事』だな……」
ライの力を見たがっていたシュヴァルツだが、よっぽど頭に来ていたのか、そんなものに興味が無くなったかのような反応を示す。
「さっさと死ね!」
刹那、シュヴァルツは大地を砕き、ライへ走り寄る。
シュヴァルツの動きによって生じる衝撃で空間が砕けていく。
今はシュヴァルツの全身が能力を纏っている為、触れただけでダメージを受けてしまうだろう。
「お前に触れないのなら……」
しかし、ライも触れられない敵の対処法は以前戦ったバジリスクで学習済みだ。
なのでライは足下に転がっている小さな瓦礫や石ころを拾い、
「ほーら、よっと!!」
軽く投石した。
その石ころは軽く放られたとは思えない程の轟音を立て、一直線にシュヴァルツへ向けて吹き飛ぶ。
「フンッ」
シュヴァルツは軽く手を横に振るう。それによって石ころは砕け散り、塵のように消滅した。
「やれやれ、この方法は駄目か……」
ライは意図も簡単に防がれた事へ思わず苦笑を浮かべて呟く。
「ゴラァ!!
ライが苦笑を浮かべている内に、シュヴァルツは空間を砕く拳を放った。
「おっと……!」
ライはそれを躱し、巻き込まれないように距離を取る。
シュヴァルツが殴った空間には穴が開き、それを防ぐ為に周りの空気が集まり小さな風を巻き起こした。
「石が駄目なら……」
石ころが駄目と判断し、距離を取ったライは両手を突き出してシュヴァルツの方へ向ける。
「これでどうだ!」
刹那、突き出したライの両手は熱を帯び、紅く燃え上がった。
そして、
「"炎"!!」
その熱、もとい火炎をシュヴァルツに放出した。
その轟炎は空気を焦がし、街の気温を上げながらシュヴァルツへと向かう。
「……この程度かッ!!」
そしてシュヴァルツは片手でそれを『消し去った』。虫を払うかのように炎ごと空間を砕いたのだ。
「炎をも砕くか……まあ俺も出来るけど……」
炎魔術を砕かれたライ。続いてほの掌に水素が集まる。集まった水素は徐々に丸みを帯びた球体となり、
「"水"!!」
そしてその水をレーザーのように発射する。水は威力によって鋼鉄を貫通する事もあるという。
まさに今放出した水がその威力を誇っているのだ。
「しゃらくせェ!!」
そしてシュヴァルツは、当たり前のように水を砕く。
「これも駄目か……」
悉く自分の攻撃を砕かれるライ。
そしてシュヴァルツはライとの距離を詰め寄り、全てを砕く拳で殴り掛かる。
「ダラァッ!!」
「うおっと……」
ライは避けるが、シュヴァルツが通ったあとの空気が砕け、その砕けた部分を埋めるため旋風が巻き起こる。
それによって生じた旋風がライの頬を撫でるように通り過ぎた。
「ククク……どんなに攻撃が強かろうと、俺に触れなければダメージを与える事は出来ない。要するに、──お前は負けるって事だ」
シュヴァルツはライの方を向き、勝利を確信しているかのように言う。
ライはその言葉を聞き、苦笑を浮かべて呟くように一言。
「ふう……これは予想以上に疲れそうだ……」
しかしまだライには余裕がある。
そして、ライvsシュヴァルツの戦いが終わりに近付いていくのだった。