三百一話 二日目・開戦
──チャプ、と水の滴る音が響き、朝方の暗闇に一つの水滴が落とされた。
その水滴は円を創って辺りに広がり、見る見るうちに液体でその土地を包み込んで行く。
「"再生"……!」
*****
『うん? 何だ……』
「何か……物音が……」
何かが聞こえ、大樹に集まっている兵士たちは幻獣・魔族を含めてザワザワと騒ぎが広がりつつあった。
その波は更に広がり、瞬く間に全部隊へと伝わる。
幻獣だからこそなのか五感が発達しており、様々な事に対して敏感なのかもしれない。
その幻獣兵士たちの声は魔族の兵士に届き、結果として謎の音は全体に広がった。
それと同時にざわめきが更に大きくなって行く。たかが物音、それだけ、それだけなのだがざわめきが広がっているのだ。
そう、それは──
『『『水……?』』』
「「「水……?」」」
──水。何の変哲も無い。ただの水が流れてきたのである。
その水は川のように緩やかに流れ、その面積を広げつつゆっくりと迫ってきていた。
「何だ、おかしいな。此処の近くに川なんて無かったが……まあ、大体察しは付くが」
それを見、訝しげな表情で小首を傾げるブラック。
陣も整え終え、部隊も整列し終えた。そして今から進もうとした時にこの水が流れてきたのだ。
「一体……これは……」
「触らねェ方が良いぜ。多分敵の作成だ。下手したら死ぬかもな」
「ヒッ……!?」
その水を見、一人の部下兵士が触れようとした時ブラックは鋭い声で牽制するように止める。
そう、ブラックの考えではこの水は敵が仕掛けてきたもの。だから何かあるかもしれないと思っているようだ。
「へえ……何の変哲も無いぜブラック……」
「そうか、お前が触って何も無効化しないならそうなんだろうな?」
そんな兵士の横にて、ライが指先に無効魔術を纏って水に触れていた。
触れた結果、無効化の魔術も発動せず物理的な力も感じなかった為ただの水で変わり無いとの事。
ブラックもライの無効化能力は知っているのでその言葉を信じるようだ。
「一体何の為に……」
「さあ、が……警戒はした方が良いな」
チョロチョロと広がる水。今は何も起きないが、ライたちとブラックたちの前衛部隊はジッと構えて警戒を高める。
チョロチョロチョロチョロと流れ、その水はゆっくりと──
『『『…………!!』』』
『『『……な!?』』』
「「「……に!?」」」
──その刹那、水の周辺にある空間が割れ、そこから多くの武器を構えた生物兵器の兵士達が姿を現した。
幻獣兵士たちと魔族兵士たちは驚愕し、反応が遅れてしまった為に敵兵士の武器を食らってしまう。
剣で斬られた箇所から鮮血が流れ、槍で貫かれた箇所には風穴が空く。
続くように遠方からは銃や矢で攻め、死角からの襲撃により前衛部隊は大打撃を受ける事となった。
「チィ──そらよっと!!」
『『『…………!!』』』
次の瞬間、更なる攻撃が与えられようとしていたがライが幻獣兵士たちと魔族兵士たちの前に近寄り、敵の兵士をその身体で武器ごと吹き飛ばした。
拳を放ち、生物兵器の兵士達を打ち砕いた後に風圧で銃弾や矢を吹き飛ばす。
それによって奇襲は静まり、死者はまだ出ずに済んだ。
「負傷兵は大樹の方へ下がってくれ!! 戦う気力の残っているものだけが迎え撃つんだ!!」
『『『オオオォォォォ!!!』』』
「「「オオオォォォォ!!!」」」
そしてライは敵の奇襲に暫し驚愕していた兵士たちに渇を入れ、体制を整えさせた。
齢十四、五の若僧に言われるのは癪かもしれないが、全員ライの力を知っているので文句を言わずに列を整える。
「ハッ、やるじゃねェか。じゃあ次は……俺たちで敵を討つぞ野郎共ォ!!」
『『『ウオオオォォォォ!!!』』』
「「「ウオオオォォォォ!!!」」」
次いでブラックが指示を出し、それを聞いた兵士たちが武器を構え直す。
ライとブラック。二人のリーダーが居る事で前衛部隊は纏まってゆく。
『比毛を取るな! 前衛部隊だけに任せんじゃねえ!! 俺たちも行くぜ!! だが、何人かの主力は残っていろ! 前衛部隊に攻めてきた兵士は十中八九囮だろうからなぁ!!』
『『『ハッ!!』』』
「「「押忍!!」」」
そんな前衛部隊を見ていた孫悟空。孫悟空は如意金箍棒を取り出し、数の増えた中衛部隊の面々へと告げた。
まだ主力の姿が見えないので全員で行くつもりは無いが、取り敢えず孫悟空は行くらしい。
『"妖術・分身の術"!』
そして髪の毛を数本抜きつつ分身を創り出し、五人程の孫悟空が形成された。
孫悟空はもう五人の孫悟空を見、視線で合図を交わす。それを見た孫悟空たちはその場から消え去る。
『うし! これで俺は色んなところに俺を仕掛けた! 生物兵器の兵士共は昨日の戦いで数を減らしている!! 力で劣る奴らも多いが、量で押し返せ!!』
『『『はい!!』』』
「「「うす!!」」」
それと同時に孫悟空が駆け出し、その片手では如意金箍棒を振り回す。
それに続く兵士たちは返事をして進み、孫悟空の後を追い掛けた。
『お前たち! 前衛部隊と中衛部隊が突如攻めて来た敵兵士を相手取っているようだ! だが、我ら後衛部隊はまだ出る時じゃない! 敵の主力が来るかもしれないから構えて待機だ!!』
『『『はい、仰せの儘に……!』』』
「「「御了解致しました……!」」」
後衛部隊のフェンリルはその五感を持ってして何かを理解し、後衛部隊の兵士たちへ指示を出した。
兵士たちは快く了承し、片手に槍。腰に剣。別の場所に居る後衛部隊は銃や弓矢を構え、奇襲に対応すべき体制を取る。
『まさか……いきなり攻めてくるとはな……予想はしていたが……。しかし、あの水は一体……』
一方、大樹にて。ドラゴンたちは遠方の様子を窺いながら待機していた。
ドラゴンは大樹部隊では無いが、全体の指揮を担当する存在。
なので大樹からあらゆる指示を出す為に待機していたのだが、遠方の様子を見て不測の事態に備える。
敵が本元となる大樹を討つのは何ら不思議では無い。しかし、チョロチョロと流れているあの水が不思議だったのだ。
『だがまあ、警戒を解く事は──』
「しない。つもりかな?」
『──ッ!?』
『『『……!!?』』』
そしてその瞬間、不可視の空間と共にドラゴンの前に現れる白髪の男性。
ドラゴンと近くに居た兵士たちはその男性を見て驚愕し、一斉に構えて警戒を高める。
『貴様……!』
「フフフ。そう警戒しないで……というのは無理な話か。仕方無いかな。まあ、安心してくれ。私は何も貴方達を殺すつもりは無い。弱者は要らないけど、貴方達のような兵士は欲しいからね」
そんな白髪の男性、ヴァイスを見たドラゴンは牙を剥き出しにして睨み付ける。
ヴァイスはそちらを一瞥し、軽い笑みを浮かべながら返した。
その態度には余裕が溢れており、この場に居る主力たちを前にしても問題無さそうな雰囲気だった。
『あの水は何だ……! 毒でも入れて地上に居る者たちを惨殺しようと目論んでいるのでは無いか?』
「フフ、それはどうかな? というのは冗談で……気にしなくて良いよ。ただの水に変わり無いからね。君の被害妄想には困ったよ……そんな事したら、主力も死んでしまうじゃないか」
眉間に皺を寄せ、警戒しながら問い質すドラゴン。
そのドラゴンの問いにヴァイスは飄々とした態度で答え、する訳が無いと言い切った。
「ただ単に、私の持つ秘密兵器を使おうと水を創っただけさ。……いや、創ったという言葉には少々語弊があるかな……正しくは、再生させた。うん、良い感じだ」
『再生……させた? あの量の水を何処から再生させたんだ……!』
曰く、ヴァイスが隠し持っている兵器の一つを扱う為に水を再生させたとの事。
ドラゴンは水を再生させるという言葉の意味は分かっているが、止まる気配無く流れている事が気になった。
「質問が多いね。まあ、水が溜まり終わるまでまだまだ掛かりそうだし別に構わないかな……理由は簡単さ。水は元々──海にあったんだからね」
『海……だと……?』
帰って来た言葉は、ドラゴンの予想しなかった事だった。
ヴァイスの言葉を要約するとヴァイスは今──海を再生させているという事だからだ。
「そう、海。……雨雲って、海で発生するのは勿論知っているよねドラゴン。竜族は古来より天候や自然現象を操る生き物だからさ。つまり川の水や朝露でさえ、再生させれば海を創り出せるって事さ」
『馬鹿な……支配者にして創造神のシヴァとかならば分かるが、再生の技しか使えないお前が海を再生させるだと!? 幾ら宇宙に豊富な資源があったとしてもそんな事……!!』
曰く、ヴァイスの再生術を使えば大抵のモノは大体再生させる事が出来、海の水から生成された川の水や空気中の水分からなる朝露などを海にする事が可能との事。
魔法・魔術というモノは、宇宙に存在する四代エレメントに干渉して無から有を生み出すモノ。
ヴァイスは魔力を必要としない術を使っているようだが、基本的な構成は魔法・魔術と同じだろう。
再生させるという事は、つまり足りない物を補うという事。
再生の魔法・魔術は回復させるのに必要な物質を宇宙から呼び寄せ、足りない箇所へ嵌め込むという事である。
それと同じように、川の水や朝露の足りないパーツを宇宙から干渉させ生み出しているという事だ。
しかしそれを行うには莫大な量の水分が必要である。魔法・魔術よりも消費の少ないというヴァイスの再生。
それを使ったとしても海一つを再生させるなど、常軌を逸している。
「フフ、何を驚いているのか分からないけど……それが出来るから行っているんじゃないか……その気になれば一瞬で再生させる事も可能な私の能力。わざわざ時間を掛けているんだ……君達の率いる兵士達を無闇に殺さない為に……ね?」
『減らず口を……! 見ての通り貴様は今、我らの同志である幻獣の国を守護する兵士が囲んでいる……此処に居る主力は俺だけだが、直ぐにでも来るぞ? 貴様なんぞ俺だけでも十分だが、敵のリーダー。念に念を入れるのは当然だ。貴様が少しでも何らかの動きを見せた時、その時が貴様の最期と心して置くんだな』
淡々と言葉を綴り、海を再生させるのみならず、今は敢えてゆっくり再生させていると告げるヴァイス。
しかし此処は本元となる支配者の大樹。今ドラゴンはヴァイスの様子を窺っているので迂闊に動かないが、怪しい動きをしようものなら即座にその命を討ち滅ぼすつもりでいた。
「やれやれ、どうも喧嘩早いな……つまり、今此処で動きをしたら私は死ぬって事? 私が何の準備もせず、わざわざ支配者の前に現れたと思うのか?」
『何っ……貴様……!』
ユラリと揺れるように動くヴァイス。それを見たドラゴンは何かを察し、その翼を羽ばたかせて口を開いた。
『──カッ!』
「おっと……!」
──その刹那、ドラゴンの前に居たヴァイス。そんなヴァイス目掛け、ドラゴンの口から灼熱の轟炎が放たれた。
それ見たヴァイスは跳躍して避け、少しだけ高いところに着地してドラゴンの方を見やる。
「さて、そちらがその気なら……一気に海を再生させて上げよう。三秒だけ待つから避難させた方が良いよ?」
『要らぬ! ならば三秒で貴様を葬ろう!!』
「じゃ、もう再生させて良いんだね?」
『ギャア━━!!』
刹那、ヴァイスの方へ飛行したドラゴンがヴァイスの身体に突進した。
それを受けたヴァイスは吹き飛び、大樹のから飛び出すように天を舞う。
「……ッ。やっぱり効くね……"再生"……!」
吹き飛ばされた衝撃で吐血し、即座に再生させる。
そして己の身体と同時に、少しずつ再生させていた海を再生し終え、懐から何かの入れ物を取り出した。
「さあ、始めようか……これから君達が目にするのは……正しく神話の光景さ……! 対となる二匹の怪物をその目に焼き付けるんだ!」
『……!』
「何だ……!」
「「……!」」
「「……!」」
その瞬間、目の前に大きな海が創り出され、ドラゴンを始めとしたライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人と孫悟空たち三人にジルニトラ一匹。
幻獣の国を収める主力の一角である幹部たちや魔族の国から手助けに来たブラックとアスワドたち。そして黄竜や麒麟を含めた四神たち六匹。彼ら全員は──
──一匹の"最強生物"と、一匹の"最高生物"の姿を目の当たりにした。
『キュルオオオォォォ!!!』
『グルオオオォォォォ!!!』
「──レヴィアタンと……ベヒモス……!! またコイツらか……!!」
突如として現れた海。そこに姿を見せるのは何れもライが倒した怪物達。
ベヒモスの事は聞いていたライだが、相手がレヴィアタンを再生させたとは知らなかった。
──幻獣の国二日目の戦争は、始まった瞬間に山場に到達してしまった。