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二百九十七話 夜更け

「そういや、そろそろ戻った方が良いかもな。かれこれ数時間星を見ていたけど……明日の為にも身体を休めた方が良さそうだし」


 支配者の大樹にあるバルコニーにて、星を眺めていたライがふと思い出したかのように告げる。

 いや、思い出したという言葉には少々語弊があろう。それは元々思考の片隅に入れており、ライ自身も覚えていた事なので思い出したという訳では無い。

 それはさておき、隣に居るリヤンへ尋ねたライはその返答を待っていた。


「うん……それが良いかもね……。明日も朝から戦いが起こるだろうし……。幻獣たちが傷付くのは見たくないな……」


「そうか……確かに死者が出るのを黙ってみていられないな……結局のところ俺は今日、大した成果は上げてないし……」


 ライに返すリヤンは、明日に備えて早めに就寝するのが良いかもと告げる。

 そして、幻獣たちが傷付き死に逝く姿は見たくないとの事。

 確かに動物好きのリヤンからすれば、多くの生き物が死に逝く光景は地獄その物だろう。

 それを聞いたライは遠くを見るように呟き、自分は今日の戦いで足止め程度しか行っていない事が気に掛かっているようだ。


「……そうかな? ライは敵の主力を数時間止めたし……エマを助けたし……バロールを倒したし……私よりは成果を上げていると思うよ……?」


 ライの言葉に対し、それは違うと話すリヤン。

 リヤンは大樹にて捕まっているバロールやライが足止めしていたグラオ。そして何よりエマを助けた。

 それらを踏まえ、大いに貢献していると言いたいのだろう。


「ハハ、ありがとなリヤン。そう言ってくれると助かるよ。……けど、リヤンのように怪我人とかの治療をした訳じゃない……俺は戦っただけだ。治療用の魔法・魔術を使えない者たちは励ましの言葉で兵士の精神を休めさせている……けど俺は何もしていない……出来ていない……」


「……ライ……」


 歯を食い縛り、拳を握るライ。

 ライは戦闘とは違った悔しさを感じていた。それは本人もよく分からないが、理想の世界を創造するに当たって敵対する者を倒すだけでは上手く行く訳が無い。

 事を上手く運ぶには破壊の力だけでは無く、リヤンの持つような癒しの力が必要なのだ。


「なんてな。今は何も出来ないけど、いずれ来る時の為にそれなりの努力はするさ。今やる事は遠い未来の事を見るだけじゃなく、明日の戦闘に備えるのが最優先だからな」


「うん……そうだね……。私、ライの為なら幾らでも力貸すから……!」


「おう、サンキューリヤン!」


 そしてライは悪戯っぽい笑みを浮かべ、先の事を考えるよりも優先すべき今の事に集中を高め直した。

 今集中しても意味は無いが、気を引き締めるという意味で見つめ直したのだ。

 その反応を見たリヤンは頷いて返し、ライの手を握って力強く言う。

 握られた手を見、笑いながら返すライ。仲間が居れば自分一人では不可能な事を成功させる事も出来る。それを理解し、ライは改めて

 春の夜中の天体観測は終わりを告げ、ライとリヤンは己の部屋へと向かって行く。



*****



「さて、これで全員の身体を拭き終え包帯も全て新しいのに換えられたな。まあ、傷は完治してるしこの包帯は要らないが……明日を万全の体勢で迎える為なら有っても問題無いだろう」


 布を絞り、最後の一滴を桶に戻す。

 そして少し汚れた包帯を集め、両手に抱えて立ち上がるエマ。

 エマはラビア、シター、ユニコーンの身体を拭き終えたのでこの場から去ろうと動き出したのである。


「ありがとね、エマお姉さま♪ お陰でスッキリしたよ♪」

「ありがとうヴァンパイア。寝汗が拭き取られて気持ちいいわ」

『身体を綺麗にするだけでなく毛並みまで整えて頂き感謝致します』


 立ち去ろうと動き出すエマを前に、礼を言うラビアたち。

 エマの手先は器用で、拭くと同時に絶妙な箇所を刺激してマッサージのような効果のある拭き方をしていた。

 それに加え、ユニコーンの美しい毛並みを整え包帯を巻く時も抜けぬように工夫を施したようだ。

 それを受けたラビアたちは随分と心地の好い時を過ごしたと窺える。


「ふふ、何、ただこうした方が良かったと直感で思っただけよ。……しかしまあ、リラックスして貰えたのならそれは上々の出来だな」


 扉の前に立ち、ラビアたちを一瞥するように見やって話すエマ。

 戦争に置いて重要な事の一つには、メンタルケアもある。

 精神的に弱っていた場合、戦いに様々な支障をきたす事もありうるのだ。

 特にこの場はエマが来るまで少し重い空気だった。それでもラビアは明るかったが、ラビア一人の元気だけではどうにもならない。

 だからこそエマはマッサージのように拭き筋肉の緊張をぐしつつ、ラビアと少しじゃれ合ってシターたちの精神を落ち着けさせた。

 重い空気の時こそ、ほんの少しでも和むような事を行えられるのならばそれは精神的にも楽になる事だろう。


「アハハ、エマお姉さまって……結構優しいんだね♪」


「……!」


 悪気無く、褒める為にラビアがエマへ言い放った言葉。

 その言葉を聞いたエマは揺らぎ、見えない何かがエマを通り過ぎた。

 それは"物質"では無く、"感覚"のような何か。


「優しい……か……。そうだな、私は大分人間味を帯びていたのか……」


「……え?」


 ラビアたちには聞こえぬような声で、呟くように吐露するエマ。

 ヴァンパイアであるエマに、必要以上の感情というものは必要無い。にもかからず、本来ならば餌である筈の魔族に気を利かせてしまった。

 それのみならず、今では人間であるレイや魔族のライ、フォンセと旅をしている。リヤンの種族は分からないが、それでも本来ならば餌である面々を信頼しながら旅をしているのだ。

 本来は狩る側の立場なのだが、つい情が移ってしまい本来の姿とは違った事を行っている。


「……。……いや、何でもない。……ふふ、少しばかり今日の疲労が残っているようだ。今回私は十字架と銀の剣を受けてしまったからな。弱点を突かれれば傷が治ったとしても後遺症か何か、取り敢えず少しの疲労が堆積するんだ。問題無いさ。以前にも日を浴びたり銀で仕掛けられたりした痛みが一日は抜けなかったからな……」


「そうなの? えーと、お大事にねエマお姉さま……」


「ふふ、どの口が言っているんだ……」


 それだけ言い、ゆっくりと扉を閉めてその場から離れるエマ。

 情があるというの事は、今現在ならば別段悪い事では無いだろう。

 今は信頼出来る仲間や友が居る。餌の件もライの目的からほぼ確実に起こる敵との戦闘。それによって主力から摂取出来るので問題無い。

 取り敢えず今は何の心配も無いのだ。問題は別にある。


 その問題は数年、数十年数百年後、ライたちがみな死した時に生じるモノ。

 ヴァンパイアは弱点を突かれぬ限り、半永久的に生きる事が出来る。だからこそ、ライたち以外に心を開く事が無ければその後退屈な日々を過ごす事になるのだ。

 高貴なヴァンパイアは英雄や狩人に殺されぬ限り、死ぬつもりは無い。

 そう、自ら命を絶つという愚者しか行わぬような行為をしないのである。

 だからこそ天命が下るまでは生きているつもりのエマであるが、その天命が何時下るか分からない。

 親しき者がみな死した後か自分が先に死するか定かでは無いが、もしも前者ならば再び冷酷なヴァンパイアとならなければならないのだ。


「まあ、考えても仕方無いか……科学と魔法が発達すれば何時でも血液と精気を吸える世界も訪れるかもしれないからな……それに、私がライたちよりも先に死ぬ可能性もある」


 フッと小さく笑い、桶と布を持って歩くエマ。

 天命は何時下るか分からない。なのでその時をヴァンパイアらしくのんびり待とうと決めたらしい。

 一先ず今は性格を戻す必要が無い。エマは大樹の廊下を進み、己の部屋へと戻った。



*****



 月明かりが差し込む部屋に、三つの酒器──猪口ちょこ。そして陶器で造られた徳利とっくりが置いてあった。

 それら酒器は木の枠から差し込む月の明かりに照らされて影を伸ばし、ほんの少しだけ残っている酒の水滴が光を反射する。


『さて、どうする悟浄、八戒。酒も無くなったしそろそろ休むか?』


『うむ、そうだな。月見酒は中々の美酒だった』


『ブヒ、まだ飲み足りない気もするけどね』


 そんな窓枠に座って十六夜の月と星空を眺める孫悟空。沙悟浄は近くの柱に背を預けてもたれ掛け、腕を組みながら遠くを見るように眺める。

 猪八戒は窓枠の正面に立ち、名残惜しそうに酒器を眺めていた。


『そういや、天蓬元帥てんぽうげんすい猪八戒は中々の酒豪だっけな? だから天界を追放されたんだっけか……』

『ブヒッ! ちょっと悟空! その話を掘り返すのはめてよ! 僕だってあれから成長したんだからね!』


『逆に数千年生きてようやく成長したのか……』

『ブヒッ!?』


 名残惜しそうな猪八戒に向け、悪戯っぽい笑みを浮かべながら話す孫悟空。そして成長について呆れながら話す沙悟浄。

 猪八戒は酒癖が悪く、様々な問題を起こしたので天界を追放されたと謂われている。

 その罰として人間に転生する予定だったが、豚小屋の雌豚の子宮内に入ってしまい豚妖怪が誕生した。

 つまり猪八戒にとって、過去の話を盛り返されるのは黒歴史を抉られているようなモノなのだ。


『今ではもう酒癖も悪くないし、ありがたい経を取る旅に出たから罰は終わっているのさ! ブヒ!』


『『……』』


 罰が終わっているにもかかわらず、未だに豚妖怪のままという事が気に掛かる二人だが敢えて何も言わず無言で返す。

 そんな事を話しているうちに上空の雲が動き、十六夜の月を覆い隠していた。


『お、ほら。お月様も御隠れでさっさと休めって告げてるぜ。良い時間帯だしそろそろ休むとするか……』


 そんな月を見、木の枠から移動して立ち上がる孫悟空。

 立つと同時に伸びをし、軽く欠伸あくびをしながら沙悟浄、猪八戒の方へ視線を向けた。


『ああ、まあ月はまた直ぐに顔を出すだろうが……一献いっこん傾け終えたしそろそろ休むのは悪くなさそうだ』


『ブヒッ、特にやる事も無いからね。相手の言葉から明日は更に激しい戦いになりそうだし』


 その言葉に頷く二人。夕刻時に映し出された映像にて、ヴァイスは明日のうちに決着が付くかもしれないと述べた。

 それが意味する事はつまり、敵も本気になって掛かってくる可能性があるという事。

 幻獣の国と敵の組織。そのどちらもまだ底を見せていないが、底を見せていないからこそ警戒するに越した事は無いのだ。


『んじゃ、俺は数時間後に警備があるから先に休んでいるぜ』

『ああ、私はもうすぐだ』

『僕は沙悟浄の次だね』


 孫悟空、沙悟浄、猪八戒の三人は半不老不死で眠らなくとも数日は行動可能。だからこそ幻獣の国にて夜の警備を頼まれていた。

 なので明日あすの戦いのみならず、この後の警備の為に休むのだ。

 雲に隠れた月が再び姿を見せたその時、その場に三人は居なかった。



*****



 静かな夜の道中。空を覆う星の天幕は灰色の雲から覗く月に照らされ、その光が地上に降り注いでは散歩を楽しむ二人の身体を輝かせる。


「静かだねぇ……それに春の夜でもあまり寒くない。結構良い感じだね、この雰囲気♪」


「ふふ、そうだろ? 魔族の性だからなのか分からないが……夜は落ち着くものさ……」


 そんな二人、レイとフォンセ。

 レイとフォンセはゆっくりと脚を進めており、月の下にて己の影を伸ばしながら風を感じて歩いている。

 春の夜は少々肌寒い事が多いが、今日はその様な事もなく寒過ぎず暑過ぎずの穏やかな気候だった。


「うん、結構好きかも。今の状況を言うのかな、時間を忘れるっていうのは。気持ち良くて時間を考えてなかったよ。……今何時(なんじ)くらいだろう」


「さあ。でもまあ、時刻的には深夜を回る少し前当たりが無難だな。レイの特訓や此処までの道のりを含めてな」


 詳しい時刻は分からないが、先程よりも月が移動しているので数時間は経ったかもしれない。

 そんな道中だが夜の外は心地好く、静かで安定した気候とリラックス出来る要素が揃っている。

 戦闘後と戦闘前に少し歩き精神を落ち着かせるのなら、この散歩は有意義な一時となる事だろう。


「だがまあ、そろそろ部屋に戻った方が良いかもしれないな。ライたちも帰っているかもしれないから」


「うん、明日はいつ頃開戦するのか分からないけど……早く休む事は良いかもしれないからね」


 ヒュウと風が吹き抜け、レイとフォンセの髪を揺らす。

 そんな中、フォンセはなびく髪を押さえて月を見上げながらそろそろ帰ろうと告げる。

 確かに時刻は夜更けになりつつある現在、頃合いを見て休んだ方が良いだろう。

 明日の戦闘は今日以上の被害がこうむってしまう可能性がある。それ故にそろそろ戻り休息を取る方が良いと判断したのだ。


「ふふ……なら、掴まれ、レイ。私がレイを月夜の空に連れていってやろう。帰るまでの数分、また違った散歩を楽しもうじゃないか」


 帰ると決まった瞬間、フォンセは笑顔を作りながらレイの方へ手を差し伸ばす。

 もう片方の手には魔力が込められており、これからフォンセがどうするのかは見て分かった。


「え? ……うん。ありがと、フォンセ。じゃあお言葉に甘えて……」


「ふふ、しっかりと掴まれよ」


 その手を握り、此方こちらも笑顔を作るレイ。

 それと同時に片手から風魔術を放出して地から足を離した。そのまま夜空に舞い上がり、二人は宙に浮く。

 夜更け近くの夜空にて、レイとフォンセはフォンセの風魔術で飛びながら星空に己の身体を映し出していた。



*****



「なあ、明日の戦い……俺たちは生き残れると思うか?」


「……? どうしたんスかブラックさん? らしくないですね……そんな不安気に」


「ZZ……ZZ……」


 月明かりの差し込む一つの部屋にて、唐突にブラックがサイフへと向けて質問した。

 ブラックは立ちながら外の景色を眺めており、サイフはベッド付近の椅子に座ってくつろいでいた。その隣ではマルスが寝息を立てて熟睡しているので声は小さめだが、サイフは少しばかり驚きの表情を見せる。

 普段は自信あり気なブラックが生き残れるかと尋ねたのだ、当然だろう。


「クク、なに、勿論俺は生き残るつもりだ。……ただ単に、この戦いに置いて最終的に何人何匹の者が生き残るか気になってな。主力が死ぬ可能性も0じゃねェんだ。俺も含めてな。つまり、常に意識した方が良いかもって思ったんだよ。死と隣り合わせに生きている今をな」


 そんな反応を横に、クッと笑って話すブラックは自分は死ぬつもりが無いらしいが、そんな自分でも死ぬ可能性はあると告げる。

 要するに、誰が死んでもおかしくない戦争。その戦いにて"死"を実感する必要があるとの事。

 誰が死んでもおかしくないからこそ、戦慣れしているブラックに思うところがあるのだろう。


「成る程。俺にはよく分かりませんね……俺は戦いが好きなんスけど死ぬかもと考えた事は無いですからね」


「クク、そうか。それならばそれが良い。戦争では人一倍"生"に執着する奴が生き残るからな。まあ、それとは逆に臆病な奴が生き残るとも言うけどな」


 サイフの返答に対し、軽く微笑むように言葉で表現するブラック。

 生きるつもりが無ければ生き残れない戦争。サイフはその様な事を考えないようだが、先陣を切って攻めれば死のリスクも高まる。

 しかし、それ以上に生き残るつもりならば生き残れると理解しているだろう。

 ブラックはそれを踏まえて生死について語っていた。


「ま、長ったるい事を淡々とつづるつもりはねェ。明日もこのお月様や、明後日のお天道様を拝めるよう、明日あすの生き残る努力は大事ってことだ」


「へえ……。まあ、ブラックさんならそうそう死ぬ事は無いと思いますよ。俺たちの中でも圧倒的な力を持っているんですから」


「ハッハ、そう言って貰えると有り難い。そう簡単に死ぬ訳にゃいかねェからな」


 ブラックの話を聞き、ブラックならば死ぬ事は無いだろうと冗談混じりに発するサイフ。

 それに向けてブラックは夜空の月を眺めながらクッと笑って呟くように返した。

 戦闘が行われるのは明日あす。ライたちエマたち、孫悟空たちにレイたちとブラックたち。

 他にドラゴンたちもこの夜空を見上げている事だろう。

 幻獣の国一日目の夜は更け、時が進み徐々に夜明けの空へと近い付いていた。

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