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二百九十五話 星空

 ──幻獣の国、"トゥース・ロア"支配者の大樹。


 白く大きな月が見え、辺り一帯を明るく照らす。

 今宵は十六夜いざよいの月。すなわち満月。春の星空に包まれる十六夜の月というものは中々に風情があり目の保養となるだろう。

 美しい風景を表す言葉に"花鳥風月"というものが存在しているが、大樹の周りに生えている花々や夜空を飛び交う鳥類の幻獣。そして吹き抜ける夜の春風と十六夜の月。

 まさしくこの場には美しい景観の花鳥風月が揃っていた。


「……」


 そしてそこにあるバルコニーでは、黒髪を揺らしながら月を見上げる少年の姿があった。

 闇夜を吹き抜ける春風に煽られ、顔を十六夜の月に照らして満天の星空眺める。


【オイ、なーに黄昏たそがてんだ? お前……まだガキなのに達観し過ぎだろ】


 そんな少年、ライに向けて呆れるように話し掛ける魔王(元)。

 ライが一人になる時は、大抵の場合空や地平線の向こうを眺めている。魔王(元)はそれに違和感があったのだろう。

 まだ寝るには早い時間だが、何もする事が無いとは言えただ何もせずボーッと空を眺め続けていると言う、ライのよわいにしてどんなもんかという事だろう。


【ククク、ガキならもっとガキらしくしろよ。俺は何度も言っているが、お前は少々大人び過ぎている。ガキらしく適当に探索とかしてみろや】


(ガキらしく探索って……まあ、確かに俺は世間で言う子供っぽさは無いかもしれないが……星を眺めるのが好きな子供も居るだろ。そもそも俺は行動しつつも落ち着いて物事を調べる、そう言うタイプの子供なんだよ)


 魔王(元)の言う子供らしくという言葉に返すライは少しばかり反論する。

 確かに子供らしくないと自分でも納得したが、そう言う子供も居るとの事。

 外で遊ぶ者や中で過ごす者と、一概に子供と言っても様々。

 ライは基本的に好奇心旺盛だが、足りない知識を本による所得を行うという行動も起こす。

 つまり両立の立場なのだろう。本では分からない事を己の足で調べ、本で分かる事はそれを追及する。

 なので特に気になる事も無いライはボーッと空を眺め続けているのだ。


【で、やることが天体観測か……何だかなぁ。別に構わねェが、外に出る事が叶わない俺的には退屈だぜ】


(ハハ、そうかい。俺は星を見るのも悪くないと思うけどなぁ)


 退屈そうな様子の魔王(元)を己の中に宿しつつ、その言葉へ苦笑を浮かべて返すライ。

 苦笑と言っても内心で思っている事なので傍から見れば一人で笑っているようにしか見えないが、どの道この場には誰も居ない。

 なので一人で苦笑を浮かべていたとしても特に気にする必要は無いだろう。


「……」


 すると、その近くのバルコニーに一人の少女──リヤンがやって来ていた。

 この場所は幾つかの広場からなっており、近くには別の広場があるのだ。

 大樹から突起しているバルコニーは横に並んでおり、そこは風通しもよく遠方の景色をよく見渡せる。

 他人との関わりをあまり持たぬリヤンは恐らく、一人が好きなのだろう。

 夜風に当たる為この場所へ来たといったところであろう。


「……! あ、ライも来ていたんだ……」

「おう、リヤン」


 そしてリヤンは、それに気付いたのかふとライの方を振り向き笑顔を作ってライに話す。

 月光に照らされた色白の肌を持つ顔付きは彫刻のような美しさと神々しさをかもし出しており、見る者の視線を容易く奪えそうなモノだった。

 その笑顔に返すライはリヤンの方へ近付き、リヤンの居るバルコニーから数メートル程度の距離しかない自分の居るバルコニーの手摺てすりに掴まる。


「うーん、この距離じゃ少し話しにくいかもな……ちょっと待っててくれ、今直ぐそっちに向かうから」


「うん、待ってるよ……。……え?」


 ライが言い、リヤンが返す。しかし、ライに返したリヤンは次に行ったライの行動を前にし、思わず素っ頓狂な声が漏れた。


「よっと……」

「……」


 トンッと軽く踏み込み、隣のバルコニーから跳躍してきたのだ。

 確かにライならば数メートル程度の距離、軽く飛び越えられるだろう。

 だがしかし、特に急ぎの用でも無いのに跳躍してきた事に驚いたのだ。


「ハハ、こっちの方が幾分早いからな」

「アハハ……うん、そうだね」


 手摺てすりにライの足が付き、リヤンの前でしゃがみこむように話すライ。

 それと同時にタイミング良く夜の春風が吹き抜け、大樹にある花の花弁が散りライとリヤン二人の髪を揺らした。

 リヤンを見るライは悪戯っぽい笑みを浮かべており、ライを見るリヤンは苦笑を浮かべているが迷惑そうな雰囲気は無い。


「ライは何をしてたの?」

「ああ、星を見ていたんだ。ほら、彼処で一際輝いている星とか……何かの動物に見えるような星とか色々な」


 リヤンに尋ねられ、答えるライは夜空に浮かぶ星を指差してつづる。

 リヤンはライの指差した方向を見やり、その星々を視界に映す。

 星はキラリと輝き、流星が空から降り注ぐ。流れ星だ。宇宙に存在するモノが星に引き寄せられ、大気圏にて炎上しつつプラズマとなり消え去るモノ。


「そういや、リヤンも星を見に来たのか? 此処に来た瞬間話し掛けちゃったけど」


「え? ……うん。……森に居た時もよく空を見ていたから……。好きなんだ……昼でも夜でもこの空が……」


 遠くを見るように、その瞳に星空を映しながら話すリヤン。

 どうやらリヤンは森に居た時、空というものをずっと見ていたらしく空が好きなようだ。


「へえ……」


 それを聞いたライは相槌を打ち、それ以上言葉をつづらなかった。

 リヤンは空を眺める為にバルコニーへ出た。なので突然話し掛けてしまった事を踏まえて場の空気を読んだのである。

 話し掛けたという事は、言い方を変えればリヤンの邪魔をしてしまったと同義なのだから。

 そんな会話を広げるライとリヤンの前に広がる星空にて、また一つ流れ星が落ちた。



*****



「……? 此処は……」

「……さあ……何処かしら……」

『……まあ、ある程度は予想が付きますけれども……』


 大樹に光が点り、暗闇に包まれた大樹の内部には松明たいまつの炎がメラメラと燃えていた。

 光の正体は炎。幻獣の国にて電気を使うという事はあまり無く、エルフなどといった人に近い幻獣くらいしか科学的な証明は使わないのだ。

 そんな場所にて目覚めるラビア、シター、ユニコーンの二人と一匹。そこに白虎の姿は無く、この二人と一匹しか居なかった。

 松明たいまつの炎は燃え続け、薄暗い中を照らす一筋の炎は熱とは違った暖かさがあるように感じる。


「成る程。私たちは戦闘によって負傷したからこそ、今この場にて治療を受けているという事ね……」


『ふふ、恐らくですけどね。私は聞いたという訳では無いので定かではありませんが、その可能性は高いと思いますよ』


「成る程ねぇ。私たちは負傷組って事かぁ……うーん、何だか悔しいなぁ」


 そんな二人と一匹は横になりながら会話をしつつ、自分たちは治療中とこの状況から知り得て判断した。ユニコーンはそれを推測していたのでその事を二人に話したのだ。

 朧気おぼろげな意識を虚ろいながら理解した上でラビアは、相手が少しだけ解放した力に敗れてしまった事を悔いていた。

 それもその筈。もしも敵に殺意があったのならばラビアは、もうこの世に自分は居なくなっているという事だからだ。

 敵の目的は悪魔で選別。だからこそラビアは助かった。

 その事実がある以上、ラビアが与えたダメージはごく僅か。手も足もでなかったと同義である。


「ええ、悔しいのは私もよラビア。私だってゾフルにほんの少ししかダメージを与えていないんだもの……」


『私に至っては、見ての通りかなりのダメージを受けましたからね……仲間のかたきも打てずに……不甲斐ないばかりです』


 ラビアに続き、シターとユニコーンも自分の情けなさを嘆くように呟いた。

 そう、今この場に居る者たちは敵にあまりダメージを与えられなかったのだ。

 シターはゾフルを捉えきれず、ユニコーンはシュヴァルツによって意図も容易く破壊され、ラビアは互角かと思っていたがただ単に相手のマギアが本気を出さなかっただけ。

 やられたときもマギアは完全な本気では無かった。

 つまりそう、この二人と一匹は、完全な敗北を喫してしまったのだ。


「ふふ、そう気を落とすでない。今回大樹に攻められ、大樹を護り切れなかったのは私や白虎も同じだ。お前たちは気を失っていたから聞いていないと思うが、結果的に"タウィーザ・バラド"の者たちがこの国へ来てくれたから助かったのさ。まあ、私はライに助けられたけどな」


「「……!」」

『……!』


 敗北の味を感じ、言い表せぬ虚無感が二人と一匹を襲う中、この部屋の扉が開き見た目の幼い金髪のヴァンパイアのエマが姿を現した。

 その手には水の入った桶と柔らかそうな布を持っており、ラビアたちの看病を頼まれて此処へ来たと推測できる。


「ヴァンパイア……」

「エマお姉さま……」

『貴女ですか……』


 そんなエマを見た二人と一匹はそちらに視線を向け、各々(おのおの)でその名を示す。

 エマは二人と一匹を一瞥し、ゆっくりとした足取りでそちらに向かう。そしてその前に座り、布を水で濡らした。


「何だか重苦しい話をしていたようだが、まあそれは分からなくも無い。私も始めは中々接戦だったが、弱点を突かれた瞬間に死に掛けたからな。相手に殺す気は無いのだろうが、私にとっては憎いものだ十字架や聖なる力という物は」


「そっか……エマお姉さまでもそんなに苦労したんだ……」


 ラビア、シター、ユニコーンを包む毛布を剥ぎ取り、身体に巻かれた包帯を取るエマ。

 回復魔法・魔術を使って治療されているので包帯などは必要無いのだが、この包帯には治療以外の効果があり精神を落ち着かせる為にも重宝されているのだ。


「ああ、敵は様々な道具を使っていてな。十字架や銀のつるぎを取り出された時にはあらゆる苦痛が頭をよぎったよ」


「ヴァンパイアの弱点である二つね……確かにつらそうね……」


『不死身の身体というのも苦労があるのですね……』


 包帯を取り終え、ラビアとシターは裸体となり包帯によって押さえ付けられていたユニコーンのたてがみを掻くように整える。

 今この場に居る者たちはエマ、ラビア、シター、ユニコーンのみで、他の者たちは居ない。

 それはラビアたちのみならず、大まかな治療を終えた者たちは主力を含めてみなが部屋を移されているのだ。

 なので白虎は別室におり、その他の幻獣兵士たちも別室に居るのである。


「エマお姉さま……優しく……してね……」

「黙れ」「痛っ!」


 そして裸体となったラビアは瞳に水分を集めてうるうるさせながら言い、それに返すエマは少し苛立ったのか力強く濡れた布を打ち付けた。

 それによりラビアは痛みを訴えるが、エマは気にする事無く身体を拭き始めた。


「全く……もう少し気絶していた方が色々と楽だったな……いつぞやのキュリテと言いラビア(貴様)と言い、私をからかう為に生まれてきたのか」


「うぅ……そんなつもりじゃないのに……ただ、初めてだったから……。身体を拭かれるの……」

「そうか、どうでも良いな」

「痛いっ!」


 ラビアの身体を拭きつつため息混じりに呆れるエマと、再びおどけるように話すラビア。

 エマは軽く流し、少し布に力を込めて拭く。ラビアでなければ皮膚が抉れ出血する程の力だったが、まあ大丈夫なようだ。


「ラビアって一人でも賑やかだけど……あのヴァンパイアが居ると更に賑やかね……まるで姉妹に甘えているみたい……」


『そうなのですか? ……いえ、確かに予想は容易いですね……ラビアさんの性格からして……』


 そんな二人のやり取りを眺め、此方の一人と一匹も呆れながら話していた。

 曰く普段から賑やかなラビアだが、エマが居れば何時にも増して賑やかになると言う。

 落ち込んでいるよりは良いのだろうが、一応怪我人であるシターや傷を負っているユニコーンからすれば少し静にして貰いたいのかもしれない。と言うより、ラビアも怪我人だったので安静にして貰いたいのだろう。


「よし、終わったぞ。怪我は治っているから……手の届かない場所以外は自分でしてくれ」


「ありがと、エマお姉さま♪ エマお姉さまにお世話して貰えるなら怪我も良いかもね♪」


「何を言っているんだこのラビア(馬鹿)は……」


 布に染み込んだ水を絞り、桶に戻すエマ。それを終えたラビアは笑顔で礼を言い、その態度に呆けるエマはため息を一つ。


「……さて、次はお前たちの番だ」

「ええ、任せるわ」

『ふふ、右に同じく。シターさんがお先で良いですよ』

「そう? ありがとユニコーンさん」


 ラビアに使った桶を下げ、新たな水を含んだ桶を持ってくるエマは別の布を濡らしシターとユニコーンの方を見やる。

 一人と一匹はそれに返し、ユニコーンがシターへ先を譲って礼を言うシター。

 こちらに居る女性陣の、その傷は完治した。後は明日の為に十分な休息を取るだけである。

 エマ的にはまだ休んでいて欲しい気持ちもあったかもしれないが、そういう訳にはいかないのが戦争だろう。

 ライとリヤン。エマとシター、ラビア、ユニコーン。その他にも居る者たち。十六夜の月が照らす星空の下、まだ少しだけ休息は続く。

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