二十九話 ライvsシュヴァルツ・その1
レイたちは傘を購入し、ライを探していた。街行く人の姿を眺め、三人は呟くように、
「ライは何処にいるんだろう……」
「さあな。だが、何か面倒事に巻き込まれている可能性もあるな……」
「そうなのか?」
レイの言葉にエマが返し、その言葉にフォンセが本当か? と尋ねる。それを聞いたエマはレイとフォンセの方を見て言う。
エマは何故か面倒事に巻き込まれているという体で話したのだが、フォンセは良く分からなかったのだ。何故ならそう、ライは基本的に人に迷惑を掛けないからである。
「いや、悪魔で推測だが、何か嫌な予感がしてな。実のところはよく分からんが……何となくな」
そんなフォンセの言葉に、エマは何か不安だという。確かに数千年生きているヴァンパイアのエマは直感も鋭いだろう。
そんなエマの"勘"。それはかなり当たりそうである。
「そうか。ならばさっさと見つけた方が良さそうだな」
「うん、そうだね。ライが心配だし」
レイもエマ、フォンセの言葉に賛同する。エマの勘を信じ、本格的に捜査を始めようとしているのだ。
そして三人が動き出したその時、自分たちの近くから街を駆け行く人の声がする。
「オイ! あっちで喧嘩しているらしいぞ!!」
「何っ? その情報は確かなのか!?」
「いや、それは分からん。だけど人も集まっている!」
「そうか! なら行ってみるか!!」
会話をしていた二人組は騒ぎがあったという方向へ駆けて行ったのだ。その光景を目の当たりにし、レイたち三人は嫌な予感がした。
「もしかして……」
「もしかするかもな」
「私たちも向かおう」
もしかしたらエマの予感が当たってしまったのかもしれないと考え、レイ、エマ、フォンセは不安を抱えながら向かうのだった。
*****
一方、一際広い街中では、シュヴァルツが叫びながらライに勝負を挑んだままだった。
「一戦交える……?」
「何なんだアイツら……」
「まさか街中でおっ始めようって魂胆なのか……?」
「馬鹿な。街の兵士や警察が黙ってないぞ……!」
それが原因でざわざわと周りが騒がしくなり、次々と人が集まる。喧嘩が行われるかもしれないと、住人達は気になっていたのだ。
そんな様子を見、シュヴァルツは軽薄な笑みを浮かべながらライに向けて言う。
「ほら、周りを見てみろ。ギャラリーも集まって来たぜ? さっさと決めてくれや。俺は気が短いんだ」
余裕を出しながらライに問うシュヴァルツ。決めるというものは、戦うかどうかという事。シュヴァルツはライが乗って来るのを期待して質問したのである。
そんな質問対象のライは、面倒臭そうに頭を掻きながらシュヴァルツへ返す。
「いや、アンタが戦い好きなのかは分からねえけど、俺はそんなに戦いたくないんだよなあ……しかもこんな街中で……」
その返答はやんわりと断る事。
シュヴァルツはピクリと眉を動かし、片足を上げて睨み付けるように。
「ならこれで……」
シュヴァルツ言葉と同時に上げた片足を落とした刹那──
「……どーだ?」
──街を揺らす轟音と共に大地が砕けた。
その衝撃で街の建物や建物の窓に振動が奔り、全ての建物ヒビが入って大きく揺らす。その破壊を確認した街の人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「……! 一体何を……?」
いきなり足元を砕いたシュヴァルツを見てライは問い、シュヴァルツは不敵な笑みを浮かべながら質問に応える。
「何をって……。お前には戦う気が無えんだろ? ……だから、『お前をその気にさせる為に街を破壊するんだよ』」
「オイオイ……お前が戦いたいが為に街を破壊するだって……? 二つに一つじゃなかったのか? 俺が戦いたくなかったらそれで終わりじゃねえの?」
何も感じておらず、淡々と言葉を綴るシュヴァルツ。ライはそんなシュヴァルツの自分勝手な態度に呆れながら聞く。
二つに一つという事はライが断ればそれで終わりの筈。しかしシュヴァルツは街を破壊し、ライをその気にさせる為終わらせなかった。ライはその事が気に掛かったのだ。
「うるせえ! いや、そーでもないな。とにかく、お前に拒否権は無ェんだよ! 俺が戦いたいって言ったらお前は素直に頷くだけで良いんだ! 分かったか!!」
まるで駄々を捏ねる子供のように、自分勝手な意見を押し通すシュヴァルツ。
ライはそんなシュヴァルツを見て仕方がないと呟き、
「オーケー、分かった。だったらさっさと戦ろうか。これ以上街を破壊されてら俺も困る」
決闘を承諾した。
それを聞いた瞬間、シュヴァルツは大きく笑って言う。
「クッハッハァ!! それでこそだ!! じゃあ早速始めよーぜ!! ライ・セイブル!!」
この瞬間、ライとシュヴァルツの戦いが始まるのだった。
*****
「騒ぎがあったっていうのは彼処だね!」
「ああ、そうらしい」
「果たして何が起こっているのか……」
レイ、エマ、フォンセの三人はやや駆け足で裏路地を抜け、表通りに出る。
そこで目にしたのは、
「クハハ! 食らえェ!!」
「おっと!」
ライが何者かに攻撃を避けているところだった。
その者の攻撃を避けたライが先程まで居たであろう場所には、避けた衝撃で生じたのか小さなクレーターが作り上げられていた。
「「「やっぱりライか……」」」
同時に声を上げる三人。予想はしていたが、いざ当たったとなるとレヴィアタン戦の疲れが残っているライの事が心配だ。
ライの耳にその言葉は入っておらず、レイたちが来たことも分かっていないだろう。
要するに、勝負を止めるのはもう不可能な状態になっていたという事だ。
*****
「まだまだァ!!」
「こっちこそ!!」
シュヴァルツは次々拳を放つ。ライはその全てを見切り、紙一重で躱している。
その拳は空を切り、ライには掠りもしていなかった。
「オイオイオイオイ!! 避けてばかりじゃ話になん無ぇぞ!?」
「ハッ! 勝手に言ってろ! 単細胞が!!」
「んだとォ!!?」
シュヴァルツの言葉に挑発するように返すライ。シュヴァルツはその挑発にあっさり乗り、攻撃を続ける。因みに現在、ライは魔王(元)の力を今は使っていない。
「俺をイラつかせるガキだなッ!!」
そんなシュヴァルツは更に激しさを増して攻撃を仕掛ける。仕掛けられ続け、ライが避け続けた先には建物があり、そこに追い込まれた。
シュヴァルツはライに向かって蹴りを食らわせようとする。
「ダラァ!!」
「……」
その蹴りをサッと躱すライ。
蹴りの衝撃でライの後ろにあった建物は轟音を立てて崩れ落ちた。
ライはそちらをチラッと見るが、直ぐにシュヴァルツの方へ顔を向ける。
「中々の脚力だな。魔法・魔術を何も使ってないんだろ?」
「ああ」
ニヤリと笑って一言だけ返すシュヴァルツ。
そして言葉を続ける。
「お前もそーだろ?」
「さあ? どうだろうな?」
刹那、二人は同時に動き出した。
ライは拳を放ち、シュヴァルツは蹴りを放つ。
二つの衝撃ががぶつかり、ライとシュヴァルツを中心に街へ衝撃が奔り抜ける。
「「「「ウワアァァァッ!!」」」」
「わっ!」
「ほう?」
「……!」
街の人々はその衝撃で吹き飛ばされ、レイ、エマ、フォンセは顔を腕で覆って風圧を耐えている。
その威力はかなりのもので、ただの風圧とは思えない程だった。
「ゴラァ!!」
シュヴァルツは自分が放った蹴りの勢いを利用し、裏拳を仕掛ける。
「おっと」
片腕を出してそれを防ぐライ。
それによって足元の破片や土が舞い上がったが、視野などに問題はない。
「守ってばかりじゃ勝てねェぞ!!」
「確かにそうだな」
後ろ向きのシュヴァルツが背面蹴りを放ち、ライはそれを仰け反って躱した。躱したライはそのまま背中から倒れ込み、
「なら、仕掛けるか!」
「!!」
両手を地面に着け、跳びはね起きの要領で蹴りに似た攻撃をシュヴァルツに仕掛けた。
その蹴りはシュヴァルツの腹部に当たり、
「ぐは……!!」
次の瞬間、ライの両足を諸に受けたシュヴァルツは建物に激突した。
その衝撃で建物が少し崩れるが、シュヴァルツほど壊してはいない。
「ぐ……てめ……!!」
口が切れたのか、血を吐き出してライを睨み付けるシュヴァルツ。
ライが魔王の力を使わなかったとはいえ、吹き飛ばされたシュヴァルツはあまりダメージを受けていないらしい。
「やるじゃねェか! そうでなくちゃつまらねェ!!」
シュヴァルツは口角を吊り上げ、ライに向かって走り寄る。
「クハハハハハッ!!」
笑いながら連続攻撃を仕掛けようとするシュヴァルツは走り寄った勢いのまま蹴りを放つ。
ライはそれを避ける。が、シュヴァルツは回転し、避けたライの方向に脚を運ぶ。
「どうだどうだァ!?」
「まるで獣だな……」
ライはしゃがんでその蹴りを避け、シュヴァルツの足元を狙った。
「…………」
「あん?」
そしてそれを確認したシュヴァルツはそれを跳躍して避ける。空を切ったライの脚による風圧で土煙が舞い上がり、即座にそれが晴れる。
「クハハ! 中々狡い真似するじゃねェか! 嫌いじゃねェぜ! だが、俺にはんなもん効かねェよ!!」
「そうかい!」
そんなシュヴァルツは笑い、そこに居るシュヴァルツ経向けてライも跳躍し、空中へと向かう。
「オラァッ!」
そしてそのまま跳躍した速度でシュヴァルツに拳を放つライ。
「クハハッ! お前も攻撃の時は叫ぶのかよ!!」
そんなライの拳に向けシュヴァルツは手を前に出し、何かをしようとする。
「…………?」
ライは警戒するが、場所が空中なので勢いが止まらずに拳はシュヴァルツに向かう。
シュヴァルツはニヤリと笑う、その刹那──
「"破壊"!!」
──『空が……砕けた』。
比喩や訂正は無く、本当に空が砕けたのだ。硝子にヒビが入るように、ピシピシと音を立てて空間が崩れ行く。
「…………なっ!?」
ライは驚愕の表情を見せる。
一瞬は錯覚かそういった幻覚を見せる技かと思ったが、次の瞬間にはその疑問が吹き飛ぶ。
『砕けた空が落ちてきた』のだ。
「くそっ!」
ライは拳を放った状態の為、降ってくる空を真っ直ぐ砕いてしまう。それによって拳の威力が消され、ライに勢いが無くなった。
「どうだ? 驚いたか……よ!!」
「ぐっ……!?」
シュヴァルツは空中で動き、ライを蹴り飛ばす。
ライの身体はそのまま街の道に激突し、人サイズのクレーターを造り出して粉塵が上がった。そんなライに向け、畳み掛けるように空が降ってくる。
その空一つ一つは、轟音を立てて街の建物や道を砕いてゆき。この街全体が土煙によって見え難くなってしまった。
「鬱陶しい!!」
ライは直ぐ様立ち上がり、降ってきた空を殴り返す。ライの拳に当たった空は加速し、空中のシュヴァルツへと突き進んだ。
「クク、やっぱ無事か……本当に強ェんだな。テメーは……!」
シュヴァルツは空中に留まり、返される空を避ける。どういう訳か飛行できているらしいが、恐らく魔法・魔術の類いだろう。
天に返された空は元に戻り、何時もの青空になった。
ライがこの街に来たときは曇っていた空もすっかり晴れており、舞い上がった土煙も消えていた。戦闘中じゃなければさぞかし気持ち良い事だろう。
「今の攻撃……空を砕いただと? 一体どうやったんだ?」
そんなシュヴァルツへライは質問した。空を砕くという事は、物理的に不可能な事。それを行った事が疑問だったのだ。
それに対してシュヴァルツは応える。
「ククク、教える訳ねェだろ? 俺の能力を教えるって事は、相手に情報を与えるって事だ」
訂正しよう、答えたには答えたが、能力の説明をするという訳ではなかった。
そんなシュヴァルツは笑いつつ、ライに向けて一言。
「その情報でよォ……『相手の戦意が削がれたらつまらねェだろ』?」
それはつまり、『その能力が強過ぎる故、相手が戦意喪失してしまう』。ということ。
例え能力を教えたとしても、『自分が負ける訳無い』という確固たる自身がシュヴァルツにはあるのだ。
ライはシュヴァルツの話を聞き、笑って言う。
「へえ? じゃあいいや。俺がそんな腰抜けじゃないって証明したら教えてくれるんだろ?」
シュヴァルツもライの笑みに返すように言った。
「ああ、それなら最高だな。俺的にもありがたいぜ……」
ライとシュヴァルツ。この二人はお互いに軽薄な笑みを浮かべる。
ライはまだ魔王の力を使用していないが、それも直ぐ使う事になるだろう。
そして、ライとシュヴァルツの勝負も白熱していくのだった。