二話 女剣士
いざこざが終わったあと、ライは祖母の墓を立てる。そしてその墓に手を当て、必ず世界を征服、つまり支配すると再び誓う。魔王(元)は、面倒なことするなーと言っていた。
そしてその後、取り敢えず行動に移ろうとするライだったが、世界征服の為には何をすれば良いのか分からなかった。それもその筈、ライは昨日まで普通に生活していたのだから。
そんな中で魔王(元)が、街を一つずつ消していくと提案した。が、ライは即答で却下した。
【しかしなあ、力を見せしめなければ降伏する奴なんて居ないぞ?】
(そうなんだよなあ……。何で力のある性格悪い奴が生き残って、力無き善人が早死にするんだろ……いや、力を持つと性格が悪くなるのか……? 事実俺は一人称変わったし、俺から見た悪人を殺すのには躊躇しなかった……)
ライは一つの疑問を浮かべるが、考えれば考えるほど分からなくなっていた。
基本的に殺生をしたくない気持ちはあるのだが、余程許せぬ者は消してしまっても構わないと考えてしまう事が問題なのだ。
【何か難しく考えてるな。最終的には世界を支配するんだから別に良いだろ】
そんな難しい考え方をするライに魔王(元)は呆れ半分で言う。
最終目標である世界征服。それは揺るぎ無い目標であり、何れ必ず達成させて見せるモノ。
魔王(元)はどの道世界を征服するのなら、面倒な事を考えなくても良いと言ったのだ。
(……ああ、そうだな。まずは近くの街で聞き込みから始めるか……)
そんな魔王(元)の言葉に乗せられ、ポジティブに考えるライ。殺す殺さないという自問自答は本人の意思に近い答えへと導く。なので、その時によって変わってしまうものなので考えるだけ時間の無駄なのだ。
一先ず事故簡潔し、次の街へと歩みを進めようとする。
──が、しかし。
(思ったけど、今はもう日が暮れ始めてるじゃねえか……)
ライが街の広場に行ったのは、午前一〇時頃。それから処刑を目の当たりにし、街を消し飛ばして墓を立てたので、時間的には午後六時くらいとなっていた。
夜になると中々厄介な事が起こるかもしれないという懸念がライの中に流れたのだ。
【何だ? 寧ろ好都合じゃねえか。俺的には夜の方が好きだぜ?】
(お前の意見は聞いていない。今日まで人間として生きてきたんだから闇に恐怖を覚えるのは当然だろ?)
魔王(元)曰く魔族的には丁度良い時間らしいが、十数年間人間の生活をしていたライにとっては暗闇が恐怖対象。
なので、夜の行動はなるべく控えて起きたいのが今日この頃思う事なのである。
(あと、今日だけで色々ありすぎた。何か疲れたよ)
【貧弱だなァ。お前は魔族の中でもそれなりに優秀だから俺の力を扱えるってのによ、人間社会に埋もれたが故にこうなってしまうとは……】
魔王(元)は哀れみの声音でつまらなそうに言う。自分を宿す事の出来る器がこの状態という事が哀しいのだろう。
それを聞いたライは仕方ねーだろ的な事を思い、軽くため息を吐いたあと言葉を続ける。
(……じゃあ、街までは無理だとしても、人気の無い所まで行くか……。今日あんな事があったからな。多分人通りがある場所だと面倒事に巻き込まれそうだ。街が一つ消えてるんだもんな)
魔王(元)に促され、仕方なく少し進むことにしたライ。このまま口論を続ける事が一番の無駄。なので渋々折れてやったのだろう。
しかしそれを聞いた魔王(元)は、
【アホだなァ。俺の力を使えば良いじゃねえか。街どころか世界を一瞬で回れるぞ?】
などと、自分の力があれば簡単に行くだろうと考えていた。確かに街一つを消し去る力を持っていた魔王(元)。その程度の事は容易いだろう。
そんな疑問に対し、ライは反論する。
(アホはどっちだ。俺は気儘に世界征服をしたいんじゃなくて、世界の秩序を保たせる為に世界征服をするんだ。お前の力を使ったら周囲に与える被害がデカいだろ)
【はあ……つまんねーの。もっと魔族らしくしたらどうだ?】
取り敢えずは魔王(元)の説得に成功する。そう、仮に魔王(元)の力で移動した場合、世界を一瞬で回れるというのなら辺りに生じる被害も蒙る筈だ。なので魔王の力は出来るだけ使わずに移動したいと考えていたのだ。
*****
その日は満月だった。
暗い闇夜は十六夜の月に照らされ、ライの視界は昼間ほどでは無いにしても良く見える。
暗黒の天空には十六夜の月と小さな星々があり、歩いているだけの現在でも飽きが来ない。
そんな月夜の下で暫く歩みを進めると、見るからに人気が無い場所に辿り着いた。
(お、此処なんか良いんじゃないか?)
【はいはい。そうだな。気配も少ないし問題ねえだろ】
(そうだな……少ない……?)
ライはその場所をみて拠点に良いと考え、魔王(元)に尋ね、聞かれた魔王(元)はどうでも良いように返す。
そんな魔王(元)の態度では無く、ライは一つの言葉に疑問を覚える。が、元・魔王だし、多分気配を多く感じるんだろうな……と、疲労から適当な答えになっていた。
(けど、たった数分で良く此処まで来れたな……)
そしてライは、まだそんなに歩いた気がしていないのに、街から人の気配がほぼない森まで予想より早く辿り着いたことが気になった。前までは普通に向かうとしても、もう数時間は掛かっていた筈だからだ。
それを聞いた魔王(元)は、半ば呆れたようにライへ話す。
【たりめーだ。自分が魔族ってことを理解して、俺がお前の中に居るんだ。今ならちょっとした魔物くらいは一人でも倒せるだろうよ】
(へー。纏わなくてもある程度の力は使えるって事か……。成る程)
つまり魔王(元)の力が自分の中に存在する為、自らの身体能力が向上したとの事。
その話を聞き納得するライ。
それは自分の身体が、より魔族に近づいているのだろうか。十数年間人として生きてきたライにとっては少し複雑だった。
【ま、魔族の寿命は人間をのソレを遥かに凌駕する。人として生きるか、魔族として生きるかは長い刻の中でゆっくり考えるが良いさ】
(そうだな。どちらにせよ世界は何れ俺のモノになるんだ。何時かは答えに辿り着く……のだろうかね……)
今回ばかりは魔王(元)の言い分の方が 正しいかもな。と考えたライは、取り敢えず休むことにした。
(やっぱり疲れてたんだな……俺。少し横になっただけで……)
十六夜の月が照らし付けている暗い場所。
そんな静かに風が木々を揺らす森の中で、芝生の感触と心地好い水の音がライを微睡みへと誘う。
(……え?)
ふと一つの疑問が浮かび、眠気から覚醒するライは起き上がって辺りを見渡す。
(……水の音……? もしかして……川? があるのか……?)
【……? どうした? 眠るんじゃねえのか? 俺は眠る必要がねえし起きてるけど】
そのまま立ち上がったライは魔王(元)を無視し、その水音に耳を傾ける。
(……やっぱり、水辺が近くにあるぞ)
サラサラと聞こえてくる水の音。周りは風の音もある為、常人なら聞き取れない音だろうが、魔王(元)の力で能力が上がりつつあるライにとっては聞くのが容易な音だった。
そして川が近くを流れているのならば、この場所を拠点として他の街に攻め込めば良いと考えるライ。
何故なら、水の確保は当たり前として、人気が少なく、自然に溢れているこの場所は身を隠すのにも持ってこいだからだ。
(行ってみるか……!)
【お、良いぞ。俺もお前が寝たら暇になっちまうからな。いっそのこと朝まで起きちまおうぜぇ】
ライは森の中で歩を進め、水の音がする方へ歩き出した。
退屈そうだった魔王(元)もライの動きにノリノリだ。
そして草木を掻き分け、ズンズンと進むと水の音が近くなる。
(よし。もうすぐだ)
【……ん? この気配……】
水の音が近付くにつれて、魔王(元)は何かを感じる。
しかしライは音を聞くのに必死な為、そんな小さな事には気づかずに歩き続ける。
そして、
「着いたぞ!」
遂に辿り着く。
興奮から、ライは心の中ではなく、口に出して言う。
殆ど家に居た為、ライは外の世界を見ることはほぼ無かったのだ。
そしてライが見たその光景は──
──綺羅綺羅と夜空に浮かぶ十六夜の月や星の光に照らされて、美しく幻想的な湖が広がっていた。
タイミング良く風がビュウ、と過ぎ去り、湖の水は風によってユラユラと揺れる。
「へー。凄いな……。俺の家から僅か数キロ離れただけでこんなものがあったのか!」
【……ただの水じゃねえか】
その湖を見、興奮止まぬ状態で口にし続けるライ。
魔王(元)は何がそんなに凄いんだ? と言わんばかりの声音だった。破壊が好きな魔王(元)からすれば、ただの絶景等どうでも良いものなのだろう。
「夜は苦手だったけど、これを見れたなら夜も良いかもな。良し! 行こう!」
そんな魔王(元)を気にする事なく、ライは小走りで湖に近付く。そしてそんな湖の前でしゃがみ込み、湖に手を入れる。
そこでライは違和感を覚えて首を傾げる。
何故なら──
(ん? この水……温かい……だと?)
そう、その水は──水かと思われたものは、温かかったのだ。
【ほう……じゃあそれは俗にいう"温泉"……ってやつじゃねえか?】
(ああ、そうだな。まさかこんなところに温泉が……)
チャプ。と、ライが魔王(元)に返そうとした時、水を何かに掛ける音が聞こえた。それと同時に月が雲に隠れ、辺りは深い闇へと誘われた。
(ま、まさか……)
雲に月明かりを隠され、闇が広がるそんな中、ライは恐る恐る音の方を見やる。
するとそこには──『人影』があった。
【やはり……】
「……なにっ!? 人だって!? (まさか、さっき魔王の奴が言っていた……)」
「…………?」
魔王(元)は確信したように言葉を発する。
ライはその影を見て思わず声が洩れてしまった。
それと同時にその影もライの声に反応するように振り向く。
(……何処かの国の兵士か……? それとも人の形をした魔物や幻獣か……? けど、やっぱり魔王が言ったのは本当だった。近くに何かが居たのか……)
「そ、そこにいるのは誰!?」
ライが思考を続ける中、その影の主が声を上げた。
影の放った声質は高く、その事から女性という事が窺えた。
「待て! 俺は怪しいものではない! ただ……み、道に迷って……!」
「問答無用! 貴様は怪しいやつだ!」
ライは取り敢えず、道に迷って此処に辿り着いてしまった。と声の主に言う。
しかし声の主はライの言い分を聞かず、何処からか剣を取り出し、一瞬で間合いを詰めてライへと振り下ろす。
「ちょま……」
ライが声を上げる間もなく、無情にも振り下ろされた剣は木々を薙ぎ払う。その威力は壮絶で、『一ヶ所』を除いた場所の草木が切断されて無くなっていた。
「……な、なんという力だ……!」
声の主は、『片手で剣を防いだ』ライを見て驚愕する。
その威力は、林レベルならば更地に出来るほどだった。しかしこの少年は、尻餅を着いたとはいえ、それを片手で受け止めたのだ。
「……は、話を……聞いてくれ……(ナ、ナイス……魔王)」
【ケッ、何で攻撃しなかったんだよ。勝てんだろ】
(いや、まあ……)
ライは、咄嗟に魔王を片手に纏った為、森や林を断つ攻撃を容易く防げたのだ。
そんなライに向け、攻撃できるタイミングもあったのに何故それをしなかったのかと告げ、それを尋ねられたライは思わず口を紡ぐ。
「…………」
そして剣を受け止めたライを見、声の主は黙り込んでいた。それは驚きから何も言えないのだろう。
そしてタイミングが良くも悪くも雲に隠れていた月が顔を出し、声の主の姿がはっきりと見える。
「……あ、貴女は……!」
「……っ! 見たな!!」
その女性は、『服を着ていなかった』。そして雲が晴れるも同時に、その女性の姿だけでは無く顔もはっきりと見えた。
髪の色は月で輝く銀髪、どうやら長髪の様で、水滴が髪に付いており月明かりで髪のみならず水滴までもが宝石のように輝いていた。
その瞳の色は黄色く、真っ直ぐにライを睨み付けている。
そして先程聞こえた水を何かに掛ける音は、この女性が湯浴みをする際に身体に湯を掛けた音だったのだろう。これならば服を着用していないことも頷ける。
その女性は顔を紅潮させながら一言、
「……死んで貰おう」
「……え? いや……!」
聞き返しそうとするライ。だったがしかし、女性は再び剣を振るう。
「ハァ!」
力を込めて一振られる剣。その威力は先程と変わらず斬撃が森の木々を断つ。
女性なのになんて力で剣を振るうんだ。とライは内心で思うが、取り敢えず避けなければ大惨事なので避ける。
「ちょっと待て! 何をそんなに恥ずかしがるんだ!? 裸を見られた程度じゃないか!?」
「五月蝿い!」
ライは、裸を見られるのは何かおかしいのか? と思う。
確かに自分とは性別が違うが、異性に裸体を見せるということはおかしいと思わないライ。
実のところ、隔離された場所で祖母と二人暮らししていたライには、そういった知識というものは無いのだ。
(こうなったら剣を何とかするしかない。最悪の場合は砕く……!)
【あの剣を砕く……? 出来るかァ?】
(……え? 無理なのか?)
ライはやむを得ず剣を砕こうと言うが、魔王(元)がそれは無理と言った声音で返した。
そんな魔王(元)の言葉に聞き返すライだったがしかし、目の前に居る女性が間を置かずに斬り掛かる。
「タァ!」
「うおっと……!」
ライは剣を躱す。
剣の威力は強いが、女性の身体能力は精々人の中で上位に入る程度だ。その為、ライは容易に避けれた。それだけではなく、羞恥心からだろうか、その女性の振るう剣が少し遅く感じた。
斬り掛かられては避け、斬り掛かられては避け、と、そんなことを暫く繰り返していると、女性の攻撃が突然止んだ。
それを訝しげに思ったライは女性に聞く。
「どうしたんだ?」
「……いや、裸で剣を振り続けるのも何だかね……揺れちゃって……い、いや! な、何でもない! ……何故反撃してこないの……だ?」
最初の言葉はさておき、女性はライが反撃をしてこないことを疑問に思っていた。
それを聞いたライは応える。
「だから、話を聞いてくれって言っただろ? 俺に戦う意思は無いんだ。裸体を見たのは何が駄目だってのかは知らないけど」
「そうか……。良いよ……いや、良かろう。両親以外で私の裸体を見た借りを返すために何時かは殺すけど……」
(いや、知らねえけど?)
「話だけは聞いてやる」
「そうか。それはありがたいよ」
そうして、話を聞いてくれることになった女性。
まずは何とか誤解をを解き、怪しい者ではない事を証明しようと考えるライだった。