二百九十四話 夕暮れ
──日が沈み、辺りには暖かな雰囲気を醸し出す柑子色の景色が作り出されていた。
沈み行く夕日は弱々しく燃え盛り、それによって生じた陽炎がユラユラと揺れる。
その夕焼けが照らすのは廃墟と化したエルフの街を始めとし、ワイバーンの街である"カトル・ルピエ"。
そしてフェニックスの街である"ペルペテュエル・フラム"。続き、ガルダの街"サンティエ・イリュジオン"にフェンリルの街"ラルジュ・ルヴトー"。
ユニコーンの街"トランシャン・コルヌ"に最後を飾る支配者の街"トゥース・ロア"。
現在、その街々には"トゥース・ロア"を除き生物の姿が無かった。
空っぽの廃墟を彷彿とさせる静かな街並みだが、ある意味では何者の干渉も無いという自然本来の形なのかもしれない。
そんな廃墟のような街の一つにて、幻獣の国に攻めている侵略者達が話し合いを行っていた。
「……で、ヴァイス。さっきの言葉だが、明日のうちに戦争を終わらせるかもしれないってのは本当か?」
「あ、それは僕も気になったな。僕的には出来るだけ戦いたいけど……ヴァイスはたったの二日で戦争を終わらせちゃうの?」
そんな侵略者──ヴァイス達。
その中で適当な石に腰掛け、楽な体勢となっているシュヴァルツとグラオ。
その二人はヴァイスの言葉を気に掛けており、戦争を終わらせるかもしれないと言う事がどう言う事なのか尋ねる。
この二人は恐らく、もう少し戦闘を行いたいのだろう。
「フフ、そうだね。その通りさ。今回の戦争は悪魔で選別の為に行っていた事。ライたちに支配者、そして幹部や四神と大分役者も揃ってきた。だからこそ、明日にでも決着を付けるのは悪くないと思ったんだ。それからどさくさに紛れて攫って行く。実力は側近程度や一部の幹部なら我々でも勝てるから、あまり差が無い。弱い方の主力から徐々に削っていく寸法だね。催眠術もライ以外には掛かるだろうから、洗脳していくって事だ」
曰く、幻獣の国に居る主力。そして魔族の国から訪れた主力など、この場には数多くの主力が集った。
なのでその主力たちを一気に攫い、此方側に引き入れようとしているらしい。
実力差もそれ程無く、勝てそうな雰囲気もあったが為にその気になればいけると考えたのだろう。
それに加え、仲間になりたがらない者が多いのなら催眠や洗脳といった手法を扱えば強制的に仲間に出来る。
つまりヴァイスは、明日の戦いにて全てを終わらせるつもりらしい。
「洗脳ねェ。……ま、俺もシュヴァルツやグラオと同じように強者と戦いたいだけだからその点は気にしねェがな」
「ふぅん……って、洗脳の役割ってやっぱり私だよね? 面倒だなぁ……」
「フフ、大変そうですね……しかしまあ、確かにこれからも選別しなくてはならないのならば、一つの国などさっさと落とした方が良いだろうからね……」
ヴァイスの言葉に対し、ゾフル、マギア、ハリーフから特に反対の意見は出なかった。
取り敢えずシュヴァルツ、グラオ、ゾフルは戦闘を出来れば良いのだ。不満と言えば戦える期間が短い事くらいで、その他の不満は無さそうな雰囲気だった。
「……じゃ、腑に落ちない者も何人か居るけど、一先ずオーケーという事で構わないようだね」
その雰囲気を読み解き、ならば明日に終わらせる程の戦力を持って仕掛けても良いと判断するヴァイス。
日の落ちる幻獣の国廃墟のような街にて話し合いが終わり、侵略者達はその場を後にした。
*****
──"トゥース・ロア"、支配者の大樹。
休戦の合図が告げられ、者たちは各々での休息に入っていた。
この場所は支配者の大樹にして多くの負傷者と死傷者が集められている。日当たりの良い場所であり、窓から差す夕焼けの光は何処か寂し気な限り無く赤に近い柑子色を醸し出している。
一日の終わり、命の終わり。それを彷彿とさせる柑子色により、この場所には閑散とした空気と雰囲気が漂っていた。
先の戦いにて負傷したラビア、シター、ユニコーン、白虎の二人と二匹もこの場所で治療を施されている。
特にユニコーンは腹部が大きく抉られており、直ぐにでも治療しなくてはならない程。回復魔法・魔術をフル活用し、ユニコーンを含めた兵士たちの治療が施されているのだ。
そしてこの場所を見渡すと、ある者は己の傷を癒し、ある者は死に逝った仲間に涙し、ある者たちは自分の父親、息子、家族の死を嘆き悲しんでいた。
この場には死者蘇生を行えるヴァンパイアが居るが、蘇生させたとしてヴァンパイアやグールとなってしまうのでその様な事を望む者は『少ない』。
そう、その数が少なくとも居るのだ。例えヴァンパイアやグールになってでも良い、生き返らせたい大切な者の居る者が。
エマはヴァンパイアであり、その気持ちはよく分からない。生き返らせたい程の者が存在するという感覚を知らないのだ。
『どうか……私の夫を……!!』
『パパー!』
『彼を……彼を……!』
『息子を……!』
「……しかし、子持ちの場合ヴァンパイアでは無くグールになる可能性が高いぞ? 蘇らせた者の意識云々は私の意思でどうにでも出来るが、異性と交わった者は全てグールとなるからな。性格に大きな変化は無いだろうが、食物と見た目が変わるだろう。……最悪、お前たちの事を全て忘れる。そしてお前たちその物を捕食してしまう可能性がある」
次々と自分に向けて泣き付いて来る者たちを一瞥し、スッと目を細めて話すエマ。
エマの口調は聞く者が聞けば冷淡かもしれない。だが、エマ自身が冷たいという訳では無いのだ。
生き返らせたい存在という者がパッと浮かばなかったエマだが、ライ、レイ、フォンセ、リヤンと考えてみれば何人かその様な存在が居た。
だからこそエマは、幻獣たちに敢えて冷たく返したのである。
グールはヴァンパイアと違って己の意思が薄い。恐らく朧気な記憶は残っているのだろうが、それは何れ忘れてしまう事だろう。
そして食に貪欲であり、意思の無き獣と変わらない。獣ですら意思のあるこの世界。それにて本能に従い続けるかもしれないグール。
それを踏まえ、エマは幻獣兵士の家族たちが持つ心の傷を深めてしまわぬよう気を使っていたのだ。
『……』
『え、パパは私の事忘れちゃうの? そんなの嫌だぁ!』
『……』
『……』
エマの言葉を聞き、見て分かるように歯を食い縛る幻獣たち。
大事な存在が死んでしまって悲しいという事は分かるが、現実を突き付けるのは中々に手厳しい事。
この世は上手く行く事の方が少ないと謂われている程で、思い通りにならないものである。
如何に事が上手く進んだとしても、それに対してのリスクは必ず何かあるのだから。
「見てらんねェな……オイ、フェニックス。テメェ不死鳥だが……アイツらの為に何か出来ねェか?」
その様子を眺め、腕を組ながら呟くようにフェニックスへ尋ねるブラック。
大切な者を失った者たちを見るというのは不憫なモノである。
ブラックとて冷徹という訳では無い。何とかしてやれないかという気持ちがあるのだ。
『……。残念ながら、私にはどうする事も出来ませんね……。私の血液には傷を癒す力。涙には対象を不老不死へと変える力を秘めていますが、死者を蘇らせる力など……誰かが亡くなる時その場に私がおり、私が涙すれば死に逝く身体を不老不死に変えられますが……もう時既に……。……私の力不足という訳では無いですが、者たちを助けられなかったという意味では力不足だったかもしれません……』
「……そうか、悪かったな。テメェが悩んでいるってのを見抜けられなくてよ……。無神経な事を聞いちまった」
ブラックの言葉に対して返すフェニックスと、それを聞いて目を細めるブラック。
他人を癒せる不死鳥だとしても、死者を蘇らせる事は出来ない。
その事はフェニックス自身が気にしている事。ブラックはそれを理解し、スッと視線を反らして謝罪した。
『……。ふふ、今日は素直ですね……少し驚きました。貴方にもその様な感情がありましたとは』
「ハッ、俺は魔族だが何も全ての魔族が野蛮で情が無いって訳じゃねェよ。上層部の奴らはそれなりに仁義を通していらァ。てか、"今日は"って……出会ってから一日、二日しか経ってねェだろ」
そんなブラックが可笑しかったのか、フッと笑って話すフェニックスとその言葉にクッと返すブラック。
今は笑う状況では無いと思われるかもしれないが、一人と一匹の言動は重苦しい雰囲気を何とか和ませたいという気持ちの表れだろう。
何はともあれ、此処に居る者たちが心配という事に変わり無いのは確かである。
*****
──"支配者の大樹・貴賓室"。
「成る程……それで因縁があるって事か……アイツらは封印したベヒモスを連れ出したんだな?」
「はい、その通りです。私の力不足が災いしてしまい……奪い去られてしまいました……」
一方で、負傷者たちの集まる場所とは別の場所にてライ、レイ、フォンセ。
"マレカ・アースィマ"のマルス、サイフ。
"タウィーザ・バラド"のアスワド、ナール、マイ、ハワー、ラムル。
幻獣の国のドラゴン、孫悟空、ニュンフェ、ワイバーン、ガルダ。
四神の主格である黄竜と麒麟と一角である玄武。
その者たち、計十二人と五匹が集まっていた。
そこでは情報交換が行われており、"タウィーザ・バラド"で起こった事。それを解決する為にアスワドたちがやって来た事。それらの事柄についての話し合いをしているのだ。
この場に居ない者は負傷者を見ていたり、別の事をしている者が多いので気にする必要は無い。
『フム、ならば敵の兵器はバロールとベヒモスか。バロールはガルダが連れてきてくれたから外で拘束されているが、こうも危険生物が使われると少々気になるところだな』
『そうだな。私もその娘からバロールが居ると聞いた時は驚いた。まさか魔神と言われていた魔物が居るのだからな。まあ、シヴァに力では勝てず、支配者の異名である事から"魔神"という名は付けられなかったが、それでもかなりの力を秘めた魔物だろう』
ドラゴンはアスワドの話を聞き、ヴァイス達一味はバロールとベヒモスを連れていたという事を理解する。
ガルダはフォンセからの伝達魔術によってバロールの事を伝えられていたが、実物を目にするまでにわかには信じられなかった。
それもその筈。バロールは神に等しき魔物。支配者であるシヴァが魔神と呼ばれていなければ、確実にそう呼ばれていたであろう存在。
敵が使ってくると推測する方が難しい事だろう。
「それに加え、ベヒモスを連れていると知った……これはまあ、中々大変な事になるだろうな」
「ああ、敵が他に何かを隠し持っていないとも言い切れないからな。警戒する事に変わり無い」
次いでライが補足のように話、頷いて返すフォンセ。
ライたちはバロールやベヒモスに匹敵する何かがあるかもしれないと警戒しているのだ。
『ウム、無論だ。取り敢えず警戒するというのは常に心掛けている。後は相手の行動次第と言ったところだな』
『その通りだな。言われてた通り、グラオって奴はかなり手強かったし主力の半数がグラオ一人で壊滅し兼ねない』
ライとフォンセの言葉に返しつつ、警戒は心掛けていると告げるドラゴンにグラオと戦ってその強さを理解した孫悟空。
言われるまでもなく夜襲の可能性を踏まえ、敵の兵器も踏まえ、その他諸々の事情も踏まえるドラゴンたち。
敵には不可視の移動術がある。なので嫌でも警戒せざるを得ないのだ。
「……しかし、驚きましたよアスワドさん。貴女方がおられるのなら百人力です。それに、知り合いの存在というものは僕にとっても気が楽になりますから」
「ふふ、そうですか? マルスさん。けれど、私たちも驚きましたよ。"マレカ・アースィマ"の方々が別の場所へ居るとはヴィネラさんから聞いておりましたが、まさか幻獣の国までとは」
そんな会話を横に、"マレカ・アースィマ"の王であるマルスと"タウィーザ・バラド"の幹部であるアスワドが談笑していた。
二人は当然のように顔見知りであり、ある程度の親交もあるようだ。
因みにヴィネラという者はマルスの妹で、"マレカ・アースィマ"に住んでいる。
それはさておき、重要なのは今行われていた話し合いの内容だ。
ヴァイス達に警戒する事もあるが、マルスの言うように"タウィーザ・バラド"のメンバーもこの戦争に加わるという事が一番の話だった。
「ではドラゴンさん。私たち"タウィーザ・バラド"メンバーの手助け、快くお請けしてくれると思っても宜しいですか?」
頃合いを見、確認という意味でドラゴンに尋ねるアスワド。
アスワドたちには純粋にヴァイス達と因縁があったが、それを遂行する為に幻獣の国へ問うたのである。
他国に立ち入り戦争を行うという事は即ち、他国を荒らすとも取れる意だ。
敵を殲滅する為に、幻獣の国で戦うのだから。
『ウム、俺は構わんぞ。既に荒れ果てているからなこの国は。これ以上被害を増やさぬ為にもお前たち魔族の国の者たちが協力してくれるのなら有り難い限りだ』
『……ま、我はまだ信用ならん気もするが、そこの娘が保証するのなら問題無いかもしれぬな』
「ハハ……アスワドさんたちは良い人だから心配しなくても大丈夫だよワイバーンさん」
そんなアスワドの言葉に同意するドラゴンと、レイが言うのならば問題無いと告げるワイバーン。
ワイバーンに対してレイは苦笑を浮かべていたが、アスワドたちが悪人という雰囲気では無いのは確かな事。なので警戒する必要性は無いと言う。
「じゃ、この話し合いも此処で終わりって事で良いのか? 俺たちからはもう無いし……新たな仲間も加わったから他の幻獣兵士たちに話しておかなきゃだろうし」
『ああ、それで良い。心強い味方が加わり不平不満を漏らす者も少なかろう。それに今日は皆が疲労している。長々と話したとしても明日の戦闘に支障を来すだけだ』
最後にライがドラゴンへ向けて言い、その事に頷いて返すドラゴン。
敵の主力は予想以上に粘り強く、生物兵器の軍隊もかなりの相手だった。
仲間が負傷したりで心身共に疲れている者が多い事だろう。だからこそ、早くに自由時間として休息を取った方が良いのである。
春の心地好い気候だった空では夕日が沈んで月が見え、幻獣の国を暗闇に染める。
その暗闇を照らす月と星々はキラキラ輝き、見ていて癒しを与えるモノだろう。
春の気候とは言え、夜は冷える。一先ず幻獣の国にて、一日の感傷に浸るライたちだった。