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二百九十話 エマvsヴァイス

「"再生リジェネレイション"」

「……」


 ヴァイスが己の身体を再生させ、その様子を眺めるエマ。

 こちらの戦いは、どちらかがダメージを与えたらどちらかが回復するという終わりの見えない戦いが続いていた。

 両者共にただならぬ回復力を秘めている。だからこそ、戦闘に置いてイマイチ決定打になるような事が起こっていないのである。


「やれやれ、四大エレメントの魔法道具は全て無駄だったね……分かっていた事だけど、やはり目の当たりにすると中々来るものがあるね」


「そうか。その言い方だと他の魔法道具もあるようだが……まあ、私が気にしても仕方の無い事だろうな」


 再生し終え、フッと笑って話すヴァイスとそれに対して特に反応を示さないエマ。

 今行われている戦闘でヴァイスは数個の魔法道具を使った。

 それは四大エレメントを込められた魔法道具であり、炎、水、風、土の魔力が込められていたのだ。

 しかしそれを受けて立ち止まるエマでは無く、受けたとしても即座にその場を離れれば再生するのだろう。


「まあ、手は幾らでもあるけどね……伸びろ、如意棒……!」


「……! 斉天大聖の如意金箍棒にょいきんこぼうか」


 その瞬間、ヴァイスは小さくして手の中に潜めていた如意金箍棒にょいきんこぼうを伸ばしてエマの身体を打ち抜いた。

 それを受けたエマは吹き飛び、背後にあった木に激突して木を砕く。

 それによって粉塵が起こり、伸びている如意金箍棒にょいきんこぼうをエマは片手で握る。


「おっと、奪われたら大変だ……」


 ヴァイスがその瞬間に如意金箍棒にょいきんこぼうを縮め、己の手中に収めた。

 その長さは約三〇センチ程と少しばかり短めだが、戦闘にて動くという意味でもこのくらいが丁度良いのだろう。


「それが斉天大聖から奪ったという物だな。成る程、魔法道具よりも精度の高い武器……数も増やす事が出来て伸縮も自在だから厄介だな……」


 如意金箍棒にょいきんこぼうを一瞥し、面倒臭そうに呟くエマ。

 伸縮自在の武器だが、その距離も遠方まで届くので魔法道具よりも厄介なのだ。

 魔法道具は元々魔力を道具に込めて造られた物で、その距離は案外遠くまで届かない。

 しかし如意金箍棒にょいきんこぼうは届く距離が凄まじく、地獄の最下層まで伸びると謂われている。

 人が地獄に落ちた時、落下してから数兆年程で辿り着く距離と言えばその長さの果て無しさが伝わるだろう。

 その伸張しんちょう速度も速く、気付いた時には打ち抜かれているという状態であり亜光速程は出ているのかもしれない。


「フフ、厄介……か。おかしいね。厄介という言葉はダメージを受けても即座に再生するヴァンパイアにこそ当て嵌まる言葉だと思うんだがね……」


 面倒臭そうなエマに対し、呆れたように言葉をつづるヴァイス。

 確かに不死身のヴァンパイアが相手では、終わりの無い戦闘という事で戦う者の気が滅入ってしまうだろう。


「そうか? 貴様とあまり変わらないと思うが……寧ろ、的確な弱点が無い分貴様の方が厄介では無いか?」


 そんなヴァイスに向け、笑い返して話すエマ。

 ヴァイスの魔力がどれ程あるのか定かでは無いが、無尽蔵と見紛う程の再生力を見せている。なのでヴァンパイアとさして変わらない耐久力があるのでは無いかと考えているのだろう。


「そうだね……弱点……か。確かにヴァンパイアは弱点が多い……」


「……! 何かをしようとしているな? させぬぞ……!!」


 そんなエマの言葉を聞き、不敵な笑みを浮かべながら懐に手を入れるヴァイス。

 何かを取り出そうとしているのは見て分かる事。なのでエマはそれを阻止するべく、ヴァイスに向けて駆け出した。


「もう遅いよ、ヴァンパイア。君は確か、十字架と銀が嫌いなんだよね……?」


「……ッ!」


 しかしエマが着くよりも早く、ヴァイスはそれを取り出した。

 それを見たエマは立ち止まり、そこから先に進む事が出来なくなる。

 その身体は何かにむしばまわれ、汗が出ない筈のエマから冷や汗が流れていた。そう、ヴァイスが取り出した物──


「凄いな、伝承通りだ。……確か、かつての神とはまた違った神に仇為す存在だから十字架に弱いんだっけね……」


 ──十字架。

 その十字架は魔力では無くヴァンパイアを苦しめるのに必要な"聖なる力"を秘めており、エマに見せるだけでその身体から自由を奪ったのだ。

 十字架といっても、ただ交差させれば良い訳では無い。それに聖なる力が秘められる事で初めて意味をなす。だからこそエマは苦しみ出したのである。


「……グッ! あぁ……!」


 そのまま十字架によって力が抜け、腰が抜けたかのように座り込むエマ。

 冷や汗が更に多く流れ、その視界すら霞んでゆく。そして嘔吐感を覚え、元々血の気が無い顔色だったがその顔色すら青く染まる。

 現在エマは、今までに無い程の不調となっていた。


「フフ、どうやら終わりのようだね。この十字架はペンダント式……首に着ける事が出来るからこの状態でも武器は使える……」


 そんなエマを見たヴァイスは楽しそうに嗤い、十字架を首へと着けて両手をフリーにする。

 そして再び懐に手を入れ、懐の中で何かを再生させて構えた。


「……ッ……そ、それ……は……!!」


 銀色に光る物。それを見たエマは弱りつつある状態で言い、身の危険を暗示してその場から離れようと試みる。

 しかし、思うように身体が動かず、力が入らない現状。エマは立ち上がる事すら出来なかった。

 そう、エマに迫るヴァイスの持った驚異的な物──


「その通り……ヴァンパイアに傷を与える事を可能にする……"銀の剣"さ」


 ──"銀のつるぎ"。


 ヴァンパイアの弱点である一つ。ヴァンパイアは銀に触れる事が出来ず、触れただけで火傷を負ってしまう。

 ヴァイスが懐に手を入れ、再生させたのはそんな銀の剣だったのだ。

 銀の剣は文字通り銀色の輝きを放ち、大樹にほんのりと漂う日の光に反射して美しい色を映し出す。

 ヴァンパイアでなければその剣に魅了されてしまうかもしれない代物だ。


「安心してくれ、私は君を殺さない。ヴァンパイアは数が少なく優秀な個体。是非とも我々の味方となり、この世界を変える手伝いをして貰いたいんだ」


「……だ……誰……が……! ……貴様……なんぞに……屈するか……!!」


 銀色の輝きを反射させ、それによって伴う日光をエマに当てて火傷を負わせるヴァイスは嗤いながら告げる。

 十字架に銀の剣。そしてその剣に反射する日の光。エマにとってはこれ以上に無い程最悪の状況だった。

 エマも必死に返すが、十字架で弱り反射した日光で身体からは白い煙が出る程。その言葉を言い終えるのですら死にモノ狂いだ。


「やれやれ……その様な状態で睨んでも全く怖く無いよ、ヴァンパイア。君は私に屈し、その身を世界統一の為に使って貰わなければね……」


「──ッ! あぁ……ッ!」


 銀の剣を使い、エマの身体に傷を入れるヴァイス。

 それを受けたエマは悲鳴のような声を上げ、更に弱り仕舞いには吐血してしまう。

 ほんのちょっと、ただそれだけの傷なのだが、十字架の効果も相まりそれすらでも吐血する程の苦痛を伴うのだ。


「ふう、この手を使うのはあまり好かないんだけど……やむを得ないね……」


「……」


 次いでヴァイスはその剣を使ってエマの服を切り裂き、その柔らかで色白の裸体を露出させる。

 その言葉からするにこれからエマを味方に引き入れる為、更なる苦痛を与えるようだ。


「これで切り易くなった……頭、首、胸、腹部、腕、脚、その他諸々……とまあ、これから順に様々な場所を傷付けて行くとするよヴァンパイア。傷一つにつれて火傷……それ以上の痛みを伴うだろう。止めて欲しくなったら仲間になるという条件付きで止めて上げよう。……あ、そうそう。野蛮な者が行うような、下品極まりなく気持ち悪い限りの卑劣でけがらわしい性的な拷問は行わないから安心してくれ。今は人通りも無い。そして何より、心身共に傷付けるのなら他人に見られた方がより効果的だろうからね。……取り敢えず、今回は軽く激痛を与えるだけだ。ヴァンパイアなら痛みによるショック死の心配は無いから存分に痛め付ける事が出来るだろうさ」


「……」


 エマに対し、冷めた目付きで淡々とつづるヴァイス。

 冷淡であり続けるそれはまるで、感情というモノが存在していないのではと錯覚する程。

 口元では笑みを浮かべているが、その目は笑っておらず光も無い。

 何故これ程までに世界を統一する事にこだわっているのか気になるところだった。


「ふん……そうか……。どうでも良いな……好きにするが良いさ……私は不死身のヴァンパイアだ……殺す気の無い拷問を受けて解放されるのなら……喜んで受けてやろうでは無いか……!」


 淡々と述べるヴァイスに対し、弱りながらもクッと牙を剥き出しにして話すエマ。

 ヴァンパイアは世界的に見ても長生きの種族。身体を激痛が走る程度の苦痛、意に介すモノでは無い。

 それによって死ぬ事が無いのだから、耐え切れば直ぐにでもヴァイスの首元へその牙を突き刺すだろう。


「……。そうか、分かったよ。じゃあ、それが望みならばその気になるまで痛め付けて上げよう。それまで十字架でも眺めていれば良いじゃないかな」


「……ッ!」


 そんなエマに向け、十字架を近付けながら銀の剣を掲げるヴァイス。

 十字架に慣れる事はなく、エマは十字架の苦痛に表情を歪める。そんなエマを無視し、ヴァイスはその剣をエマの身体へ──



「俺の仲間に……何してんだァ!!」



「……!!」

「……!!」


 ──振り下ろされるより早く、この空間の壁が粉々に粉砕して黒髪の少年が現れた。

 よわい十四、五歳程の少年は頭に青筋を浮かべており、かつて無い程に怒りが溢れていると窺えた。


「オ──ラァ!!」

「……ッ!」


 その刹那、ヴァイスはその少年に殴り飛ばされ、第一宇宙速度、第二宇宙速度を超越した第三宇宙速度で吹き飛ぶ。

 そのまま加速して大樹を砕き、見えなくなる程の遠方まで吹き飛んで行く。

 その後、遠方にて巨大な土煙が舞い上がった様子がエマの視界に映った。

 突如として姿を現し、ヴァイスを吹き飛ばした少年──


「ライ……。ありがとう。そしてすまなかった。私がピンチに陥ってしまって……」


「……いや、気にするなよエマ。俺こそ、此処に来るまで少しばかり時間が掛かってしまったからな……途中で速度を上げたけど……それでもエマが傷付けてしまった……」


 ──ライ・セイブル。

 エマはライへ礼を言い、それに返すライはエマがかなりのダメージを受けてしまっている事と早く来れなかった事に罪悪感を覚えていた。

 エマの状態は最悪。十字架と多少切られた銀の剣によるダメージが酷いらしく、十字架が消えた今も立ち上がれない程だ。


「それにしても……十字架でそれ程弱るとはな……知っていた事だけど……目の当たりにするとやっぱり不安だ……」


「ふふ……大丈夫だ……ライ。この傷ならば少し休めば治癒出来る……」


 そんなエマを見て心配そうな表情のライ。それに対するエマは大丈夫と告げるが、その様子から大丈夫そうには見えなかった。


「取り敢えず……エマに服を着せた方が良いか? 何というか、女性は異性の前で裸が見られるのは嫌と聞いたから……」


 そしてライは、エマに服を着せた方が良いか気に掛かる。

 それはレイに言われた事で、女性は特定の人物以外に裸体を見られる事が恥となっているから。肉体的なダメージの多いエマだからこそ、精神的なダメージを和らげる為に服を着せた方が良いのか気になったのだ。


「フッ、別に着せなくとも良いぞライ。十字架による傷が少々痛んでな……布類を着せられると痛みが強くなりそうだ……。それに、元々裸体を恥とは思っていないからな……私は。あと、お前の前ならば別に裸体を何度か見せてるし気にしないさ……」


「……そうか? 分かった……けど、取り敢えず上着は置いておくよ。人間・魔族は身体を冷やすと傷が悪化する事もあるからな。ヴァンパイアはどうか分からないけど」


 そんなライに対し、苦痛に表情を歪めさせながらもフッと笑って返すエマ。

 十字架や銀の剣によって生じた傷。その上に布を被せられたのでは悪化する可能性がある。だから今は着ないとの事。

 しかしライは身体が冷えないか心配しているので、エマ前に己の着ていた上着を置く。

 取り敢えず再生してからでも着れば良いのかもしれない。


「やれやれ……随分と手痛い攻撃をしてくれたね……王子様が吸血鬼を救うとは……御伽噺おとぎばなしとは随分と違うね……王子様はヴァンパイアを退治する側じゃないのかな」


 すると遠方から、ゆっくりとした足取りでヴァイスが向かって来ていた。

 その身体には大量の血痕があった。が、再生したような痕跡もあり既にヴァイスの治療は完了しているようだ。


「やっぱり再生したか……一体どれ程の魔力を秘めているんだ? エマとの戦闘で無傷って訳は無さそうだからな……」


 傷を癒して現れたヴァイスを一瞥し、ため息を吐くように話すライ。

 ライはエマの強さを理解している。なので、ヴァイスがエマとの戦闘に置いて無傷という事はある訳無いと理解していた。

 しかしこの大樹に来るよりも前にライとの戦闘で何度も死に掛けていたのだが、その度に再生をしている。

 ヴァイスが使うのは再生の魔法・魔術か何かは分からないが、少々しつこいとライ自身が感じていたのだ。


「フフ、魔力? 何を言っているのかな……私は魔力なんて言う下等な力、ある訳無いじゃないか……」


「……何っ?」


 その言葉に対し、自分に魔力は無いと告げるヴァイス。

 ライは思わず声を上げるが、改めてヴァイスの様子を思い出し、確かに魔法・魔術という言葉は魔法道具でしか出ていないと理解する。

 つまりヴァイスは、初めから自分自身の魔法・魔術は使えないという事である。


「……いや、少し訂正を加えよう。魔力が下等という言葉は取り消す。私自身、魔法道具の使用する時によく使うし、シュヴァルツ、マギア、ゾフル、ハリーフも魔法・魔術のいずれかを使うからね……さて、グラオはどうだったっけかな……」


 ライの反応を横目に訂正を加えたヴァイス。それは自分が魔力を宿していないという事では無く、シュヴァルツ達に失礼だからとの事。

 その口調からするに、ヴァイスは本当に魔力を宿していないようだ。


「まあ、使えば使う程消費する事に変わりは無いけどね。魔力よりも効率が良いってだけだ。そして無論、魔王を宿している君には無効化される」


「……」


 それは魔力のように消費するが、その量が少なく効率が良いからこそ無尽蔵に回復出来る。

 そして、当然のように魔王の力で無効化出来るモノらしい。


「だからこそ、私はライ、君に勝てない。だから此処でサヨナラという訳さ。そろそろ日も暮れる。戦っている者たちも居るけど、今日の戦いは終わりのようだね。多分だけど、君の優秀な仲間達も大樹ここに向かっているだろうからさ」


「……俺がオマエを逃がすと?」


「思ってるよ。君は、君達はまだ、私たちの移動術を暴いていないからね……」


 ライに勝てないと自覚したヴァイスは、何時ものように気配ごと消え去ってその場から居なくなる。

 どうやらライが駆け付けた事と、レイたちも来ていると推測したので此方で行われている戦闘を終わらせようと言う事なのだろう。


「消えたか……」


「ふむ……また逃げたようだな……直ぐに退く……何か狙いがありそうな気がしてならないな……」


 ヴァイスが消え去り、ライが呟くように言う。

 傷が多少癒え、ライの置いた上着を羽織ったエマはそんなヴァイスの行動が気になり此方も呟くように言い放つ。

 何はともあれ、これから敵は大樹から退く行動に移るようだ。

 しかしヴァイスがその行動に出たとして、他の者がどうなるのかは定かでは無かった。

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