二百八十六話 孫悟空vsグラオ
「さて、当初の作戦通り支配者の大樹へ向かうとしよう。一人の主力はグラオに任せているし、バロールは直ぐに負けると思うけど数分でも時間稼ぎが出来れば十分だ」
「ハッ、ようやく俺たちの出番かよ。ちょっと満を持し過ぎじゃありゃせんかね」
「全くだぜ。午前中の戦いが終わってから何時間経過したよ」
「三時間と三十四分。そして十六秒だね」
「そう言う事じゃないと思うんだけどなぁ……」
表から姿を消した別空間にて、ヴァイス達の主力と生物兵器の兵士達が何時でも行ける体制となっていた。
そんな体制の中、ヴァイスが気を引いているグラオとバロールの事を言い、シュヴァルツがもう待ち切れないと告げる。
そしてゾフルはシュヴァルツと似たような事を言ったが、それに返すハリーフ。そんな横でマギアは苦笑を浮かべていた。
「フフ、まあ出来るだけ殺さない程度に暴れてきてくれ。生き返らせるにしても中々面倒臭いからね。優秀な個体じゃなければ殺しても良いけど……騒がれたら五月蝿いから即死させて上げてくれ。その方が死にゆく幻獣たちも幸福だろうし……」
「オーケー、即死なら頭を破壊すれば一瞬だ。苦しませずに逝かして殺れる。そして俺は楽しい。互いにWin.Winって奴だな」
「ハッ、確かにその通りだ! 敵を何処かに引き付けているとは言え、大樹の方も警備は厳重だろうからな」
「やれやれ……付いていけないな」
「同じく」
出来る限り優秀な個体の殺生は止してくれと話すヴァイスに、分かったのか分からないのかどうか定かでは無いシュヴァルツとゾフル。
ハリーフとマギアはため息を吐き、呆れたようにシュヴァルツ、ゾフルを眺めていた。
「さて行こうか……やる気満々ならばそれで良いからね」
「"やる気"じゃなくて"殺る気"って感じだけどね。二人とも、殺り過ぎないでよね? 本当に。聞いてないだろうケド」
ある程度の話が終わったところで、ヴァイスがシュヴァルツとゾフルに向けて軽く話す。
二人の様子にツッコミを入れつつ、マギアも体制を整え直した。
ハリーフはそんな四人を見てやれやれと頭を振ったその瞬間、ヴァイス達は大樹の近くへと辿り着いた。
*****
『伸びろ……如意棒!』
「へえ、君が本物か……」
その刹那、神珍鉄を使った伸縮自在の赤い棒が伸び、グラオの横を通り抜けた。
その棒、如意金箍棒。その持ち主──孫悟空。孫悟空はグラオを狙ったのだが、少し横に避けられたので当たらなかったのだ。
それによってグラオの灰髪が揺れ、如意金箍棒が背後の大木を貫く。
『ああ、俺が本物だ。よくもまあ、分身たちを消し去ってくれたな? 髪の毛抜く時結構痛いんだぜ?』
そのまま如意金箍棒を縮めて短くし、飄々とした態度を取りながら話す孫悟空。
孫悟空の使う"分身の術"とは己の髪の毛を抜いて息と共に妖力を吹き掛け、もう一人の自分を創り出す術。
それを使うに当たって、分身を多く出す為にも多くの髪の毛を抜く必要がある。それに伴う痛みも多少はあるようだ。
「ハハ、それを言われても知らないよ。取り敢えず僕は、本物の孫悟空と楽しめれば良いんだからね……?」
「ハッ、そうか。俺は楽しんでいる余裕がねえし……さっさとお前を倒すがな……侵略者?」
──刹那、孫悟空とグラオが大地を踏み砕いて加速し、互いの距離を一瞬で詰め寄った。
『「オラ──!!」』
それと同時にグラオは拳を放ち、孫悟空は伸ばさず如意金箍棒を放つ。
その二つはぶつかり合い、周りの木々を吹き飛ばして消滅させた。
今回は如意金箍棒を伸ばしていない。なので小回りが利いている。だからこそ二人は直ぐにその場を離れる事が出来た。
離れた二人は向かい合い、次の瞬間には即座に加速する。
『"妖術・倍増の術"!』
次の瞬間孫悟空は、高速で駆けながら己の腕を四本に増やす。
その腕を巧みに扱い、グラオに向けて攻撃を仕掛ける体勢と入った。
先ず片手で如意金箍棒を持ち、その棒を四つに折る。そしてその棒を伸ばし、計四本の如意金箍棒を手に取った。
「ハハ、それが妖術か……まるで曲芸だ……一儲け出来そうだね、僕は興味が無いけど」
『ああ、俺も金品には興味が無い……とも言い切れねぇが、戦闘中の今は必要無い事だな……!』
その妖術を見、軽薄な笑みを浮かべて話すグラオ。孫悟空はそれに返し、四本の腕でグラオと鬩ぎ合う。
腕の本数的には孫悟空の方が有利だが、速度はグラオの方が上。孫悟空は速度の差を腕の本数で補っているのだ。
『伸びろ……如意棒!!』
「……!」
瞬間、ギュンッと棒が伸び、四本の如意金箍棒がグラオに向けて放たれた。
近距離で放たれたその棒を全て避ける事は出来ず、グラオは二つ程ダメージを受ける。
伸ばし切った如意金箍棒は一つ8tの重さ。
四つ合わせれば32t。伸び切るのは攻撃する一瞬とは言え、それを軽々扱う孫悟空の力は中々だろう。
「へえ……痛いね。けど、僕を倒せる程じゃない……」
『ああ、知ってるぜ?』
刹那、如意金箍棒を縮めた孫悟空と攻撃を受けたグラオは距離を置き、次の瞬間にお互いの方へ近寄った。
『そら──!』
「っと──!」
そして近付いた二人のうち、孫悟空は四本の腕と如意金箍棒を使ってグラオに攻め入り、グラオは避ける体勢に入る。
先ず孫悟空は右側の二本腕と如意金箍棒を振るい、グラオの顔へと近付けた。グラオは当たる前にそれを飛び退いて避け、避けた瞬間に孫悟空が距離を詰める。そして左側で仕掛け、グラオはそれを紙一重で躱した。
『チッ、当たらねえな!』
「ハハ、当てるつもりあるの? その攻撃、アンタ自分でも遅いって分かってるでしょうよ?」
『ハッハ! ……まあな?』
当たらない孫悟空は軽く言い、避けたグラオはそれに返しつつ回し蹴りを放つ。それを孫悟空は笑って返しながら躱した。
そして孫悟空は二本の腕と二本の如意金箍棒を後ろに回し、構えながら加速してグラオに近付く。
『オラァ──ッ!!』
「へえ?」
ヒュヒュンと空気を切り裂く音が響き、四本の如意金箍棒が交互に放たれる。
グラオはそれを全て紙一重で避け、自分の足を使い地を蹴って距離を詰めて行く。
「そこっ!」
『……ッ!』
それと同時にグラオが拳を放ち、孫悟空は如意金箍棒でそれを防いだ。そして辺りに金属音が響き渡り、吹き飛ばされた孫悟空と吹き飛ばしたグラオの距離が離れた。
孫悟空は体勢を崩しつつザザッと足を擦らせ、辺りに土煙が舞い上がる。
「ハッ!」
『……っと!』
次の瞬間にグラオは孫悟空へ近付いて拳を放ち、孫悟空は如意金箍棒で再び拳を受け止める。
それによって二人は弾かれ、辺りに今一度粉塵が上がった。
『「……!」』
その瞬間に弾かれた二人が近付き、互いに攻防を繰り返す。
孫悟空は四本の腕と如意金箍棒を巧みに扱って攻め立て、それを避けるグラオには全てが当たらず余裕があった。
孫悟空は四本のモノを使い、グラオは持ち前の速度を使う。伸ばされる如意金箍棒と放たれる幾つもの拳。グラオは回転を織り交えつつ鬩ぎ合いを繰り返し、孫悟空は四本のモノで牽制しつつ仕掛ける。
「……!」
『……?』
そして、それらの鬩ぎ合いを繰り返す中、グラオはバランスが崩れて傾いた。それを見逃す孫悟空では無く、その隙をしっかり突こうと試みる。
『伸びろ……如意棒!!』
「……ッ!」
その刹那、孫悟空の放った如意金箍棒が四本。全てグラオの身体に命中した。
その四つの棒は其々グラオの左足、右の脇腹、首、頭に命中して一気に伸び行く。
グラオは何とか踏ん張っていたが、吹き飛ばされるのも時間の問題だろう。
『ハッ、どうだ侵略者! ちったァ効いたかコノヤロー!!』
「ハハ、確かに……かなり痛いね……」
『……?』
そんなグラオを見て笑う孫悟空と、返すグラオ。孫悟空はそのグラオの態度が疑問だった。
吹き飛ばないのはグラオの根性やらなんやかんやで何とかなりそうだが、吹き飛ばはれそうになっているのに余裕のある表情が疑問だったのだ。
「取り敢えず……この如意棒……使わせて貰うよ?」
『……ッ!』
その時、グラオは右脇腹に当たった如意金箍棒を掴み、思い切り引いて孫悟空の手から奪う。そしてそれをそのまま押し抜き、孫悟空の腹部へ叩き付けた。
それを受けた孫悟空は吐血して後退りし、残り三本の如意金箍棒が離れる。
「伸びろ、如意棒!」
『ガッ……!?』
その瞬間、グラオは如意金箍棒を持ち替えて伸ばし、孫悟空の頭に突き刺した。そのまま孫悟空は吹き飛び、空中へと打ち上げられる。
「まだまだ伸びろ!」
『──ッ!!』
それと同時に空中の孫悟空へ向けて更に如意金箍棒を伸ばし、打ち抜く。
それによって孫悟空は数百メートル程離れた場所へと吹き飛ばされた。
そこで落下し、仰向けで大地を擦りながら進む。止まった時孫悟空は森の空を見上げていた。
「オラァ!!」
次の瞬間にグラオが孫悟空の視界に映り、孫悟空へ如意金箍棒を叩き付ける。
その衝撃でクレーターが造られ粉塵が上がる。そして孫悟空とグラオの居る森は土煙に包まれた。
『伸びろ……如意棒!!!』
「……! へえ……ッ!」
その粉塵から三つの如意棒が伸び、グラオの身体に命中する。
それを受けたグラオの身体は棒の先端部分だけ拉げ、自分の如意金箍棒を縮めて地に降り立つ。
『やるじゃねえか、侵略者……意識が飛び掛けたぜ……!』
「お褒めに預り光栄です……斉天大聖・孫悟空様?」
『ハッ、今に始まった事じゃねえが、舐めた口を利きやがるな……!』
孫悟空の言葉に対し、おどけつつ軽薄な笑みを浮かべて返すグラオ。
それを聞いた孫悟空は青筋をピクピクと動かし、少しイラついたように返した。
「……ハハ、そうでもしなくちゃつまらないだろう? ほら、殺す気で来てくれなきゃ、手に汗握る命を懸けた鬩ぎ合いが行えないんだから?」
『ハッ、なんつー戦闘狂だよテメェ! ぶっちゃけ俺は不死身だぜ? そう簡単には殺せねえと自負しているけどな』
返す孫悟空に向け、仰々しく両手を広げながら話すグラオ。
グラオは心の底から命を懸けた戦闘という遊戯を楽しんでいる。そう、楽しんでいるからこそ常に命を懸けたいようだ。
そんなグラオに苦笑を浮かべながら返す孫悟空。孫悟空も戦いが嫌いという訳では無いが、死ぬ事も無いので命懸けの戦いという記憶は遥か昔のモノとなっているのである。
「ハハハ、不死身を殺す……楽しそうじゃないか! 死なないのが不死身なら、死んだ時点で不死身の身体じゃ無くなるんだし! 言ってしまえば、寿命が尽きて死ぬまで全ての生き物は不死身と同義だよ。傷や病で死ぬ生物も、死ぬまでは不死身なんだからね! そして、それを実行するのは楽しい!」
『死なない限りは不死身、ねぇ……? ハッハ……確かにそうかもしれねえな。だが、常人や超人なら死ぬ程の傷や病気でも生きているのが俺だ。不死身を殺すってのはそんな楽じゃねえぞ?』
「無論、承知しているに決まっているじゃないか。さあやろう……僕たちの命を懸けた戦いを……!!」
孫悟空から奪った如意金箍棒を回し、構えるように体勢を変えた。
それを見た孫悟空も依然として四本の腕と三本の如意金箍棒を構え、グラオに向き直る。
ヴァイス達の作戦が進む中、孫悟空とグラオの織り成す戦闘は続いていた。




