二十八話 一時の休息
──此処は、戦場だったのだろうか。
辺りは焼け野原となり、血生臭い兵士の死体が大量にある。
武器の残骸、屍の肉を啄む幻獣・魔物。
そんな光景が広がっているが、どうやら戦争は終わっているようだ。
戦場だった場所の真ん中に三つの人影があり、その人影の二つが吐き捨てるように言葉を発した。
「ケッ! 張り合いねェな……。それなりに名のある大国らしいが……俺一人でも勝てたぞこんな弱小国家」
「全くだよ。ただ人数が多くて、それなりに強い武器と魔法・魔術があったから名を上げていたんじゃないの?」
その者達を宥めるよう、話し掛ける人物も居る。
「ハハハ、そう言わないでくれよ。いきなり支配者に挑むとあっては相手にしてくれないかもしれないだろ? 君たちが支配者と戦いたがっているのは重々承知しているさ。それなりの国を落としていって、確実に支配者へ近付く方が合理的だろ?」
「「はいはい、分かったよ。分かりましたよ……」」
その影──シュヴァルツ・モルテとグラオ・カオスはヴァイス・ヴィーヴェレの言葉によって言いくるめられる。
この国だった場所は、ヴァイス・シュヴァルツ・グラオの三人によって滅ぼされたのだろう。
そして、その三人に近付く者が居た。
「あれ? もう終わっちゃったんだ。私が出掛けている間に」
その者、マギア・セーレは、戦場だった場所を見渡すようにキョロキョロする。
周りには多くの死体が置いてあるが、気にしていないような様子だ。
「ああ、その通りさ。で、旧友には会えたのかい?」
ヴァイスは近付いてきたマギアに向けて質問をする。
マギアがあった旧友という者はエマ・ルージュ。ヴァンパイアの生き残りだ。
「それがさぁ! 聞いてよぉ! エマったら酷いんだよぉ! 私の良心を受け入れようとしないでぇ……──」
マギアは聞かれた瞬間、手を振りながら口を尖らせてヴァイスの質問に答える。というか愚痴を言う。
シュヴァルツとグラオはどうでも良さそうに相槌だけを打っていた。
「で、その怪物は俺らじゃ勝てねーのか?」
マギアの愚痴に飽きたシュヴァルツは尋ねるように聞く。どうやら怪物の件はシュヴァルツたちにも教えられていたのだろう。そんな質問にマギアは頷いて返す。
「そりゃそうだよ。まだ力が半分以下とはいえ、世界を軽く滅ぼせる程なんだから。少なくとも、ヴァイスとシュヴァルツじゃ勝てないよ」
マギアの言葉に"つまんねー"と返すシュヴァルツ。
マギアの能力はシュヴァルツもよく分かっているので、信じざるを得なかった。
しかしシュヴァルツ本人は、別に死んでも良いから戦ってみたいという感情が表れている顔付きだ。
「へえ? じゃあ、僕はその怪物に勝てる可能性があるんだ?」
シュヴァルツとマギアのやり取りを見ていたグラオは、軽薄な笑みを浮かべてマギアに聞く。シュヴァルツとヴァイスでは勝てないという事は、グラオなら可能性があるという事。
「まあ、三人の中で一番勝てる可能性が高いのはグラオだろうね。……けど、ヴァイスは"計画"に必要の無い事だから倒す必要が無いって言ってるでしょ? だから挑みに行く必要も無いんじゃないかな?」
「僕は強い奴と戦えれば良いのに、ヴァイスは計画を立てるのが好きだねえ」
その問いに返すマギアの言葉を聞き、グラオは"あーあ"。とため息を吐きながら横になって言う。
強者との戦いを喜びにしているグラオからすれば、かなりの強者が居るのを分かっていても戦えない事がもどかしいのだろう。
「俺も同感だ」
そのように横になっているグラオの隣に座り、シュヴァルツもグラオに続くよう言った。シュヴァルツも強者と戦いたいらしく、弱者を相手にしている現状が退屈なのだ。
そんな、退屈そうな二人の様子を見たヴァイスは笑いながら話す。
「ハハ、その計画が進むに連れて君たちの望みも自然に叶うさ。ま、今はちょっとした大国を攻めていく事で名を上げるのが先決だ。そのうち封印された怪物を目覚めさせたり、支配者に挑むも自由にしてあげるよ。少なくとも……グラオなら支配者と同等かそれ以上の力を秘めている筈さ」
淡々と言葉。もとい計画を話すヴァイス。その目的は、一先ず大国を落とす事から始めるらしいが、何をするつもりなのかは定かでは無い。
シュヴァルツとグラオも頷いて返す。
そして、話が纏まり掛けていたその刹那──
──大地が大きく揺れた。
「……?」
「「ん?」」
「まさか……」
その揺れに反応するヴァイス・シュヴァルツ・グラオ・マギア。
その揺れは、地震とはまた違った感じの揺れだった。隕石でも降ってきたかのような、何かがぶつかったような、そんな揺れ。
その振動を感じ、響いた音を聞いてマギアがタラリと一滴の汗を流して言う。
「……音が聞こえた方向……私がエマに会いに行った所と同じだ……」
「……成る程。つまり、ライ達がその怪物と一悶着あったという事か……」
マギアの言葉を聞き、ヴァイスが考えるように言った。その推測は例の怪物と個人的に興味のあるライたちが争ったのかもしれないという事。
その言葉を聞き、ピクリと反応を示すシュヴァルツとグラオ。
「へー? じゃ、そのライってガキはその怪物を倒したのか?」
「いや、それはない筈……。私が見た怪物はちょっと強いだけの人や魔族、幻獣・魔物が勝てる訳無い……それこそ支配者やかつて世界を支配していた魔王レベルじゃなければ……まだ彼はそのレベルに達していないし……」
シュヴァルツが冗談交じりに言った言葉を即答で拒否するマギア。
シュヴァルツも本気でそう思っていた訳ではないが、そこまで真剣に返されると何も言えなくなるモノだ。
それを聞いてグラオが軽薄な笑みを浮かべて言う。
「まあ、もしもライという少年がその怪物とやらを本当に倒したなら、それはそれで面白いんだけどね」
「ああ、同感だ」
こちらも軽薄な笑みを浮かべ、頷いて返すシュヴァルツ。
ヴァイスは呆れたように笑い、マギアは何も言えない様子だった。
*****
ライたちは海の真ん中から近くの街に移動し、その街を歩きながら話していた。
「──ってことで、その怪物……レヴィアタンを完全に倒したって訳じゃないんだ。まあ、数ヶ月は世界も安全? だろうな」
その内容は怪物がレヴィアタンだった事やまだレヴィアタンが生きており、早いうちに再び目覚める可能性があるという内容。など、ライは三人に怪物の正体と何があったかを軽く説明していた。
「へえ……まさか怪物がレヴィアタンだったなんて……」
「にわかには信じられんが、確かに世界を破滅させる怪物なんて限られているからな。おかしくはない……。力が半分以下だったにも拘わらず、それでもライを苦しめたというのも信じざるを得ないな」
レイがレヴィアタンの話を聞いて目を丸くし、エマはライの話を聞いて納得したように頷いていた。
話を終えたところで、ふと思い付いたようにフォンセがエマに言う。
「そういえば、エマ。傘はどうしたんだ? 今は雲が出ているから日光を遮断しているが……後々が大変じゃないか?」
それはエマが持っていた傘の事だ。
レヴィアタンの話には関係ないが、傘がなければエマがピンチに陥る事を知っているからこそフォンセが尋ねたのである。
「ああ、あの傘か。……多分クラーケンと戦った時か、それより前に落としたのだろうな。愛用していたから少し残念だが……まあ、この街か何処かでまた購入すれば良かろう……」
それに返すエマはまた買えば良いと言っているが、内心では相当残念がっているのが言葉から伝わってきていた。中々に残念と思っているのだろう。
そんなエマの様子を見て励ますようにライが言葉を発する。
「……まあ、金貨もまだそれなりに残ってるし、この街でもお気に入りの傘が見つかるかもしれないだろ? 取り敢えず今日はこの街に泊まって、これからの旅に必要な情報や道具を揃える事を優先しようか。まだ夕暮れ前だしな」
ライは励ましついでに、今日これから起こす行動を提案した。レヴィアタンやクラーケンと戦った為、多少なりとも疲労が残っているライたち四人。なので休憩も兼ね、少しのんびりと過ごすのが良いと告げたのだ。
そして、レイ、エマ、フォンセの三人もライの意見に頷いて了承した。
*****
その後、ライは個人行動を取っていた。
ただの買い物なのに全員が纏まっていても意味がないからだ。
服やインテリアのような、人に魅せる物はそれぞれのアドバイスを貰う為に纏まって探した方が良いだろうが、ライが購入するつもりなのは薬やナイフ、その他etc.。と、旅に必要な物だ。
そんな物に見た目を要求しても意味がないだろう。使い心地などを要求するつもりなのである。
なのでライは一人で探せるよう、個人的な行動をしているのだ。
(さて……最初は何を買うか……買い過ぎても使わなければ意味がないし……魔法・魔術で何とか出来るのは必要ないな……)
【お前は相変わらず馬鹿だなあ。適当な店の物を略奪すりゃいいじゃねえか】
(却下)
ライが考えながら歩いていると魔王(元)がライに提案し、ライは即答でその提案を蹴る。
魔王(元)が自分に馴染んだといっても根本的な性格は変わらないのだろう。
しかし魔王(元)とのこんなやり取りも数週間振りだ。
言っている事は物騒だが、多少は魔王(元)の性格も変わったのだろうか気になるところである。
【ケッ、ったくよお……お前も魔王に染まったらどうだ? 世界を支配するのが最終目標なんだろ?】
(確かにそうだけどよ……前にも言ったように、気儘に世界を破壊したいとかじゃねえんだよ。俺は)
しかし、それでも魔王(元)は魔王だ。目的の為ならば手段を選ばない。
まあ、ライ自身がそれをしようとしなければ良いので今のところ問題な無いだろう。
取り敢えずライは、武器のみや薬のみではなく色んな物が売っている店に入るのだった。
*****
レイ、エマ、フォンセの三人は、レイによって半ば無理矢理買い物に付き合わされていた。
対するレイはウキウキし、心を踊らせながらエマとフォンセに話し掛ける。
「ほら! ここなら傘も沢山あるし、旅に必要な物もある程度は揃えてあるよ! 他にもスイーツや服に武器とかそれと……」
「あ、ああ……」
「そ、そうだな……」
そんなレイの勢いに対し、エマとフォンセは苦笑を浮かべながら相槌を打つ。
人間の女性は何故こんなにも買い物が好きなんだ? とでも言いたそうな表情をしている二人。
人間の女性というものは、買い物をする事によってストレスを発散させたり周りの人々とのコミュニケーションを楽しんだりするらしい。
コミュニケーションを取って仲間を増やし、自分のコミュニティを大きくするという本能がそうさせているのだろう。
なのでレイは心の底から楽しんでおり、あまり興味の無いエマとフォンセが相手でもテンションが高いのだ。
「ライも来れば良かったのになぁ……。あ、これはどう?」
「ふむ。確かに日光を通さないような造りになっている……」
ライの事を考えつつ、傘を物色していたレイが見つけたのは黒を基本とした、紅い薔薇の描かれた傘だった。それをエマに差し出す。
ヴァンパイアのイメージから、"紅"という色は入れたかったらしい。
「ん? これはどうだ?」
次いでフォンセが黒の生地に金色のラインが入った傘を差し出す。フォンセの場合は状況が状況だったので、買い物を楽しんだ事が無い。なので試しに買い物という行動はどういうモノなのかを確かめているのである。
「ほう、これも悪くない」
エマはレイの選んだ傘とフォンセの選んだ傘を手に取り、どちらの傘にするか悩む。
結局は日差しを防げれば良いのだが、エマは二人の気持ちを踏みにじりたくないのだろう。
エマが悩んでいると、その様子を見兼ねた女性店員が話し掛ける。
「あのー、失礼ですけど。どちらの傘にするか迷っておられるのですか?」
「「「ん?」」」
話し掛けてきた店員の方を見るレイとエマとフォンセ。三人が振り向くと同時に、三人のうちの一人であるエマは店員に返す。
「ああ。だが、中々決まらなくてな……」
エマは、自分の為を思って選んでくれた二人の気持ちを無下にきたくない。なので店員に向けて悩んでいると告げたのだ。対する店員それを聞き、手をパン! と叩いてエマに提案する。
「でしたら、二つの傘を組み合わせるのは如何でしょうか? 基本カラー両方ともが黒なので、それほど手間がなく出来ますよ!」
「「「組み合わせる?」」」
今度は三人で店員に返す。組み合わせるとはどういう事か、この三人は気になったのだ。
店員は頷き、エマたちへその事について説明をする。
「はい。まずは基本を知る為に傘についての説明を致します。──……その傘は魔法・魔術によって通常よりも高い強度を誇っています。それに加え、幻獣・魔物の一部から骨組みと傘布を作っているので魔法・魔術を使う間もなく通常よりも遥かに頑丈なのです。手入れをする必要もなく、使い心地も良し。そして、魔法・魔術によって部品を分解して組み合わせれば、二つの生地が合わさり、二つの傘を一つに出来るのです。見た目もお客様に合わせる事が出来ますので……どうですか?」
「……ふむ」
つまり、この傘は市販の傘とは違い、幻獣・魔物の一部を魔法・魔術によって合成して創られた傘なのだ。
元が魔法・魔術の為、それを分解し、模様や材料を変える事なく自分好みの傘が創れるという事なのである。
店員の説明を受け、エマは笑って言う。
「そうか。ならこの二つの傘を組み合わせてくれ。金銭的心配はいらない。完成するのにどれ程掛かる?」
それは質問。あまり長居できない現状、その時間は重要な事の一つだった。店員は笑顔を向け、明るく言う。
「はい! 三十分もあれば創れます!」
必要な時間は三十分。少しのんびりするつもりのレイ、エマ、フォンセにとっては中々都合のよい時間だろう。
そしてエマはそれを頼み、これによりエマの傘選びが終わったのだった。
*****
一方のライだが、旅に必要な物が見つからず街を眺めるように歩いていた。
当初は薬やナイフなどを購入しようと考えていたが、傷や病気などはフォンセの魔術でどうとでもなる。
エマの血液も治療効果があるが、エマ自身が傷付くのでそれは本当に重大な時くらいしか使いたくない。
エマの傷は直ぐに治るが、ライ自身のの心が痛むのだ。
そしてナイフのようなサバイバル道具だが、ぶっちゃけライ自身の能力で解決してしまう。
よって、特に必要な物が無かったのだ。
(うーん。魔法・魔術って本当に凄いなー)
ライは改めて魔法・魔術の偉大さを実感していた。それがあるからこそ、魔法使いや魔術師では無い者が使うような道具が必要無くなってしまうのだから困ったものだ。
(ま、偉大すぎてこれから何をするか分からないんだけどな……)
自分が思うことに苦笑を浮かべるライ。
街の雰囲気を見ながら歩いていると、ライの耳に話し声が聞こえてくる。
「おい。聞いたか? 西の国が滅ぼされたって話」
「ああ、聞いた聞いた。何でも、たった三人に軍隊が壊滅させられ、国その物が崩壊したって……」
「…………」
その話を聞き、物騒だなあ。とでも考えているかのような表情のライは素通りするが、し三人に滅ぼされるとはどういう事か気になった。
(……世界にはそんな奴もいるのか。支配者以外にもまだまだ強い奴がねぇ)
【ククク……面白いじゃねえか……。世界征服する為にゃ、そいつらも相手にするって事だろ?】
ライは世界征服も楽じゃないなと思い、それに笑う魔王(元)は大変楽しそうにしている。
現在、魔王の力を使えるレベルは限られている。そうしなくては街や国が物理的に砕けてしまうからだ。
なので魔王レベルまでとは行かなくとも、爪先レベルはあるかもしれない者達に興味が湧いているのだろう。
(まあ、そうなるな。今回はお前に同意だ)
ライは、世界征服を目標としているのだから仕方がないと自分に言い聞かせる。
うだうだ考えていたとしても先に進まない、世界征服という目標は、それ程までに高難易度のモノなので仕方ないだろう。
(まあ、そんな事をした奴らに会える者なら会ってみたいね)
ハハ、と小さく笑うライ。
取り敢えずレイたちと合流しようと考えた、その時──
「ククク……お前がライ・セイブルか?」
「…………!?」
──ライは突然、己の背後から話し掛けられた。その気配には気付けなかったが、前にもこんな事があったような気がするライ。
「……誰だ、アンタ? アンタの声は聞いたことが無いが……アンタは俺を知っているのか?」
ライは訝しげに聞き返す。その者の声は初耳。しかし、何やらライの事を知っていそうな者。なので気になったのだ。その問いに対し、謎の声は笑って応える。
「クク……ああ、俺は仲間からお前の名前を聞いてね。ま、俺が知っている情報はお前がそれなりに強いって事とお前の名前くらいだ」
「……へえ? 仲間……ねえ? 俺が旅に出てから知り合ったのは数人くらいしかいないし、その中で素性を知らない奴は一人だけだ……つまりアンタは……ヴァイスの仲間か?」
ライは"仲間"という部分から、その者の仲間を推測して言う。仲間という事は、相手に何人か味方が居るという事。
そしてライが出会った事のある組織はいつぞやの指揮官達や風呂で出会ったヴァイス達くらい。なので消去法だがヴァイスの仲間と推測したのだ。
その推測を聞き、突然現れた者は笑いながら応える。
「ククク……ハハハハハッ!! ご名答!! 本当に鋭いらしいな、お前は!! 俺はヴァイスの仲間で、名をシュヴァルツ・モルテっつーんだ!! 夜露死苦!!」
街の真ん中で豪快に笑い声を上げるシュヴァルツ。
道行く人は何事かとシュヴァルツとライを見るが、シュヴァルツは気にせず言葉を続ける。
「面倒な説明は無しだ! 俺はお前と一戦交えたいだけだからな! 乗るか乗らねえか……二つに一つだ……どうする?ライ・セイブル!!」
「オイオイ……いきなりだな……」
現れて突然ライに決闘を申し込むシュヴァルツ。
ライはそんなシュヴァルツを見て苦笑を浮かべるしかない状態。
そしてその決闘に伸るか反るか、ライが口を開くのだった。