二百八十四話 敵の主力二人
──数十人の影が森の中を走っていた。
その影は金髪を揺らし、目にも止まらぬ速度で駆ける。
木から木へ、岩から岩へ、一つの道からもう一つの道へと、速度を上げながら駆けているのだ。
『どうだ? 敵の気配はあったか孫悟空?』
『いや、無いな。お前はどうだ斉天大聖?』
『残念、俺も無い。お前は? 美猴王』
『右に同じ、敵の気配何か見つけられねえな。お前は?』
『俺もだ』
『同じく』『同じく』『同じく』
その者たち──孫悟空。
孫悟空は"分身の術"を使い、己の身体を数百人に分裂させてあらゆる箇所を探していた。
此処に居る数十人は全てが同一人物であり、捜索している数百人のうちの数十人なのだ。
孫悟空の分身なので考えや行動は同じ。何処を探すかなどの差違はあるものの、孫悟空より少し力の劣る孫悟空がそこに居るという事である。
『ハッハ! 当て無しの果て無しか! 丁度良いかもな!』
『ハッ、その通りだぜ! 俺たちは所詮分身、だったら敵と会ってもう少しこの世に留まろうじゃねえか!』
『上等だ! 敵に会わない方がこの世に留まれる気もするが、本元が崩れちゃ意味がねえからな!』
『応よ! 本体が死んじまったら意味がねえからよ!』
楽しそうに笑い、森を駆け抜ける孫悟空の分身たち。
分身であり孫悟空の髪の毛と妖力から成る者だが、この世に少しだけでも留まりたいという願望があるようだ。
それを遂行する為にも敵を探し出し、戦闘を行おうと分身全てが考えているのだろう。
「何だ……分身か……」
『『『…………!?』』』
──その刹那、一つの声と共に現れた灰色の髪を持つ男性が孫悟空の分身たちを数人消滅させた。
消滅させられた分身はボンッという音を上げ、込められた妖力が抜けて普通の髪の毛となる。
『……テメェは……!』
『ぶ、分身とは言え……孫悟空が殺られるとは……!』
『確かに今俺たちの力は半分以下だが……コイツ……!』
『成る程……噂のグラオって奴だな……!』
そこに現れた者──グラオを見て警戒を高め、妖力を込めて構える孫悟空の分身たち。
分身とはいえ、本人の言うようにかなりの実力を秘めている孫悟空。
それは本気で無かったとはいえヴァイスを追い詰め、鬼レベルの力を秘めた生物兵器の兵士達を消滅させる事も出来る程。
今現れたグラオの力は分身の力を遥かに超越しており、敵の主力で最強と言われるのが納得の強さだった。
「まあ良いか……暇潰しくらいにはなるよね、きっと。……いや、なってくれなきゃ困るからね……」
数人の孫悟空を消したグラオは残りの孫悟空へと視線を向け、ニヤリと笑って話す。
暇潰し、悪魔でその名目という事で戦闘を行うグラオ。相手が本物の孫悟空ならば暇潰しという事では無く本当に楽しむ事も出来るだろうが、この孫悟空は分身でしかないので楽しむレベルでは無いのだ。
『ハッ、かの斉天大聖も舐められたものだな……! まあ確かに俺は分身だから力が弱いが、それでも斉天大聖って事に変わりは無いんだぜ!』
『舐められたってか、純粋に戦いを楽しんでいるな、アイツ……』
『ハッ、天下の美猴王も分身じゃ仕方無ぇよ! 実力は数で補うぜ!』
グラオの言葉を聞き、牙を剥き出しにして笑いながら話す孫悟空たち。
今の孫悟空たちは力ではグラオに劣るのが事実、なので普段よりもより力を込めている。
無論、この分身は先程創られた者なので普段というモノは存在しないがそれはさておき、要するに力では勝てないので数で攻めるという事だ。
「ハハ、本物じゃないからつまらなさそうだけど……少しは面白くしてくれるかな」
その瞬間、また一瞬にして数人の分身が消え去る。
数人が消えると同時に孫悟空たちは飛び掛かり、数で押して攻める為にバラけながら翻弄して進む。
グラオはそれを確認し、その全てを見切って体勢を変えた。
孫悟空の分身と敵の主力であるグラオは、一瞬で決着が付いた。
「さて、本物は何処かなぁ……」
呟くように言い、その場から立ち去るグラオ。
その後ろには妖力が抜け、ただの髪の毛となった孫悟空の金髪が落ちていた。
*****
『見当たらないな……!』
『まあ、簡単にゃ見つからねぇだろうさ。空に来るかは分からないが、空間から姿を現すからな』
現在、ドラゴンと孫悟空は幻獣の国にて上空を移動していた。
ドラゴンは己の翼を使い、孫悟空は觔斗雲の術で移動している。
一人と一匹は上空から敵の気配を探り敵を探しているのだろう。
遠方にはワイバーン、ガルダ、朱雀の姿が見え、觔斗雲の術を使っている孫悟空とそれを借りている沙悟浄、猪八戒の姿も見える。
こうして見ると、空から捜索している者たちも中々に多いという事が窺えた。
『……む? ドラゴンか。それに斉天大聖の分身。お前たちも空から探しているのか』
『ああ、その様子を見ると聞くまでもなくお前たちもその様だな』
そんなワイバーンがドラゴンの存在に気付き、ドラゴンの元へと近付く。
そしてその場にはドラゴン、ワイバーン、ガルダ、朱雀、孫悟空、孫悟空(分身)、沙悟浄、猪八戒が集まる。
『じゃ、本体。俺はまた捜索を開始する。話し合いを終えたらまたバラけてくれよ』
『ハッハ、当たり前だ。そうしなくては敵に的を教えているようなモノだからな』
もう既に中衛部隊と後衛部隊という感じでは無いが、二人の孫悟空。その会話を聞く限りこれから簡単な情報交換を終えた後にまたバラけるつもりなのだろう。
『今、二つの気配が大樹方向の森と荒野から真っ直ぐ進んだ方向の森から感じた。特に大樹と同じ方角の森……彼処から感じた気配は底知れぬ』
『ああ、感覚を共有しているって訳じゃ無いが、俺の分身が一瞬で消された。先ずはその方向へ俺かガルダが向かうとしよう』
そして分身の孫悟空が捜索に行った瞬間、ドラゴンは二つの場所を見たあと孫悟空に向けて感じた気配を話す。
それに孫悟空も頷いて返し、即座に何が起こっていたのかを推測する。
それは敵の主力がそこへ姿を現したという事であり、ただ事では無いという事はよく分かるだろう。
つまり今現れた敵の主力。その中には最も警戒すべき者──グラオが居るという事である。
そのグラオと思わしき者が現れた方へ向け、全体指揮のドラゴンを除いた、グラオと渡り合えるであろう孫悟空とガルダのどちらかが向かうという事。
何故両方が行かずにどちらかだけが行くのかというと、その理由は可能性の問題である。
確かにより強い気配を感じた方向の方が強者の居る確率は高い。
しかしそれが別の者だった場合、それでも念の為に向かう必要はあるがそれはさておき、二人が一つの場所に向かったのではその場所とは違う所に敵の主力が現れた場合対処出来なくなる。なので一気に向かってはならないのだ。
『ええ、そちらの方は孫悟空さんもガルダさんに任せました。ならば我々はそのまま付近を飛び回り、敵の捜索を続行しましょう』
『うむ、その方が良いな』
『ブヒ』
それに返すのは朱雀、沙悟浄、猪八戒。この者たちは孫悟空とガルダに強い気配の主を任せた。
今空に居る者の中ではドラゴンを除き、この二人が群を抜いている。なので反対の意見は出なかったのだ。
後ろでも他の者たちが頷いており、孫悟空とガルダのどちらかが強い気配の方へ行く事にした。
『じゃ我が儘で悪いが、俺に行かせてくれガルダの旦那。俺の分身が消されたのなら、俺が行くべきだと思うんだ』
そしてそれについて話す孫悟空は、自分がそこへ向かい敵の主力を叩くと告げた。
今回消されたのは孫悟空の分身。だからこそ自分の分身の代わりに自分自身が向かうべきだと考えているのだろう。
『ああ、俺は構わないぞ。お前が行くのなら、相手はまた新たな分身と思って本気を出させずに終わるかもしれないからな。まあ、相手が本気でもお前は大丈夫だろうがな』
それに返すガルダは快く了承してくれた。
その考えは、先程孫悟空の分身を消し去ったのなら新たに来る孫悟空も分身と錯覚し、全力を出す前に倒せるのでは無いかとの事。
孫悟空ならば相手が始めから本気でも勝てると思っている様子のガルダだが、体力を消費せぬのならそれの方が良いだろう。
『うし、サンキューガルダ。なら行くぜ……觔斗雲!』
次の瞬間、孫悟空は觔斗雲に乗って気配の方へ移動した。
その速度は凄まじく、ものの数秒で目的の場に辿り着ける事だろう。
『よし、我らも向かおうぞ』
『ああそうだな。俺は一度、前衛部隊と合流する』
それを見届けたワイバーンが指示を出し、ドラゴンは前衛部隊と合流すると告げて翼を広げた。
二匹の言葉に頷いて返した沙悟浄たちは再び空を行き加速する。
*****
「はあ……知っていたけど……全く相手にならないな……本当に……私は」
身体を再生させつつ、ため息を吐くように言い放つヴァイス。
辺りに森の面影は無くなっており、再生させても再生させても身体を砕かれるヴァイスと、無傷のライたちがそこに居た。
「ああ、キメラ種も行動不能にしたし……奥の手とかはありそうだけど使おうとしていない……取り敢えず終わりか?」
あれからヴァイスは様々な種類の魔法道具。様々な種族の合成生物を使い、ライ、レイ、フォンセと幻獣兵士たちへと挑んだ。
その結果、見ての通り完膚無きまで叩きのめされたヴァイス。
「手加減されて死なずに済んでいるけど……やはり結構疲れるね……大変だ」
そんなヴァイスの疲れ具合を見るに、何度も身体を破壊されているのだろう。即死させなかったのはライの温情なのかもしれない。
ヴァイスもヴァイスで手加減されている事を理解しているようだが、それでも再生させるのに魔力を消費するので疲労が大きいのだ。
「その口調からはそれ程疲れているようには見えないけどな。てか、ただ面倒臭そうにしているようにしか見えない」
そんなヴァイスの反応を見、警戒を解かずに話すライ。
ヴァイスはその口調や態度から、何か裏があるようにしか見えないのだ。
実際にあるのだろうが、それが何かは分からない。なのでライはそれを聞き出す為、死なない程度に痛め付けて心身共に弱らせようと試みているのである。
「フフフ……相変わらず鋭い子供だ。勘が良いとよく言われないかな? まあそれはさておき、私も勝つ為に戦争を行っているんでね……簡単に口を割れる訳無いだう。君は必要ならば生き物を殺生するらしいが、普段は行わないようだ。仮に私が殺されたとしても作戦は続行されるけどね」
余裕のある表情を向け、薄ら笑いを浮かべながら淡々と綴るヴァイス。
しかしその目は笑っておらず、何を考えているのかは全く分からない状態だった。
「不気味な奴だな……知っていた事だけど、少し頭のネジが外れているんじゃないか? ヴァイス……」
「フフ、酷い言い様だ……私は全てのシチュエーションが上手く行く事しか考えていないからね……追い詰められる事から作戦が進行している事、全て予想通りさ」
そんなヴァイスを気味悪そうに眺めながら話すライ。明らかに追い詰められているこの状況。それでも余裕のあるヴァイスが気になったのだ。
通常ならば追い詰められた時、その様な態度を取る事が出来ないのだから。
自棄になったのならばまだしも、ヴァイスの様子が冷静その物だからである。
「そうだね。じゃあ取り敢えず、下準備も終わったしそろそろ隠し玉を使おう……此処は水辺じゃないから……コイツかな……」
「させるか……!」
「「……!」」
刹那、ヴァイスは再生の術を使った。それを見たライはヴァイスに向けて駆け出すが、一足遅く阻止できず、次の瞬間に何かがその場に現れた。
『ウオオオォォォォ!!!』
近くが水辺では無いので、本来使おうとしていた生物は使わないつもりのヴァイス。
そして巨大過ぎるので使わない生物も居る。それから今、この場に味方は居ない。だからこそこの魔物を使う事が出来た。
「「「バロール!!」」」
『『『…………!!』』』
ライ、レイ、フォンセがその名を呼び、三匹の幻獣兵士たちが名を聞き構える。
今、ヴァイスが再生させ万全の状態にしたのは巨人のバロール。
見たら即死してしまうと謂われる"第三の眼"を持ち、海を焼き尽くし空に大嵐を起こす程の魔術を使える、魔人の異名を持つ怪物。
その力は神に等しく、一度魔王の力を使ったフォンセに破れた魔人だ。
ヴァイスが再生させたのは、まだ完全に治っていなかったフォンセに受けた傷。それを再生させ完全回復力させたのだ。
「さて、君達はバロールを相手にしていてくれ。"第三の眼"はまだ開眼していないけど……それなりに苦労はする筈だからね」
ヴァイスは不敵に笑い、ゆっくりとその場を後にする。
その様子から、今の作戦はバロールを召喚する事では無いと窺えた。
何故ならヴァイスの言った、"君達はバロールを相手にしていてくれ"という事は、私は別の目的があると言っているようなモノだからだ。
「待て!」
「待たないよ。私が死ぬかもしれないからね」
『ウオオオォォォォ!!!』
そんなヴァイスを見たライは駆け出し、ヴァイスに向かって殴り掛かる。
しかしヴァイスは姿を消し去り、ライの前にはバロールが立ちはだかった。
敵の目的とする作戦。それを暴く為にもライは、目の前に居るバロールを相手取る。
レイ、フォンセ、幻獣兵士たちも同じく、バロールに構えるのだった。




