二百八十二話 前衛部隊
「「……」」
「「……」」
「……」
『……』
前衛部隊であるライ、レイ、フォンセ、ブラック、ニュンフェ、フェニックスの五人と一匹を率いる軍隊。
そんなライたちは午前中戦場だった荒野に来ており、フェニックスは空を飛んで上空から下を見渡す。しかしそこに、敵の姿は無かった。
「……まあ、予想はしていたけど……ずっと同じ場所に留まっている訳無いよな……」
無論、必ず同じ場所で待機しているとは考えていなかったライ。
その為に部隊を分けたという事もある。つまり敵が居なかった場合を想定し、隙を突かれて大樹の方へ攻め込まれたとしてもそこに待機している部隊も居るので対処は出来るのだ。
だが、敵が来る可能性のある荒野を離れる訳にも行かず、暫し悩むように思考する。
「うーん……どうするか……」
【クク、だったら楽しそうな方へ行きゃ良いんじゃねェか……? 敵が何処に居るのか分からねェなら、別の場所に移動して探した方が良いだろうよ、お前の速度なら簡単だからな?】
思考するライに向けて久々、といっても数日程度振りだがそれはさておき、魔王(元)が笑いながら提案してきた。
それは楽しそうな方へ行き、そこで戦闘を行うとの事。
魔王(元)の言う楽しい事というのは確実に戦闘の事だろう。戦闘が起こりそうな場所へ向かうと告げたのだ。
敵を探す為に彼方此方を往復したとして、魔王の速度ならば一割程度でも幻獣の国を簡単に見て回れる。そうなればある意味ではその方が良いかもしれない。
(……けど、俺はレイとフォンセを護るつもりだし、レイとフォンセに護って貰うって言っちゃったからな。自由行動は出来ないだろうさ)
そんな魔王(元)に向け、考えながら話すライ。ライはレイ、フォンセと互いを護るという約束を交わした。なので自由行動を取る訳には行かないのだ。
【何でェい、つまらねェなァ……。んじゃどうするよ?】
(……どうするか分からないから困っているんだよなぁ……一先ず数分待つか、待たずにブラックたちへ言って移動するか……はたまた前衛部隊のチームを更に細かく分けるか……選択は沢山あるんだけどなぁ……)
魔王(元)がつまらなさそうに吐き捨て、それを聞いたライは俺が聞きてえよ。と返す。何はともあれ、どうすれば良いのか分からないという事に変わりは無い。
「さーて、どうすっかなぁ。……敵が居ないんじゃ戦りようも無ェ……退屈な戦場で待つかどうか……」
幻獣兵士に跨がり、考えるように呟くブラック。
ブラックもライと同じように幾つかの行動パターンを導き出し、その答えへと辿り着いていた。
「……どうだ、フェニックス?」
『私を情報役に使うのは止して下さい。しかしまあ、それはさておき……ブラックさんの予想通り、荒野全体と前方数キロに敵兵士の姿はありませんでしたよ』
思い付いたブラックだが、幾らリーダーとは言え勝手に作戦を変えるにはリスクが多い。
なので、フェニックスに頼んで辺りの様子を見て貰い、思い付いた行動を確実に起こそうと試みているのだろう。
「うし、じゃあオーケーだ。……オイ、テメェら! これから行動を変更する! 前衛部隊の者たちは心して聞くように!!」
『『『…………』』』
「「…………」」
「「…………」」
そんな、何かを思い付いたブラックは前衛部隊全員を纏め、指示を出す体勢に入っていた。
その様子から重要な事とは窺えたので、それを聞き逃さぬよう静寂に包まれる前衛部隊の者たち。その兵士たちの様子を一瞥し、ブラックは口を開く。
「まず、此処から三つの部隊に分かれる! 荒野の先へと行き、敵を探す部隊! そしてこの荒野で待機する部隊! 最後に、後方で控えている部隊へ報告する部隊だ! 理由は話さなくとも良いだろう! やる事は"敵を探す""待機する""報告する"。その三つだけだ! 俺は此処に残り指示を出す! 他の者たちは俺が決めた部隊へと形を変えてくれ! 敵を探す部隊が主力多めだ!」
その内容はこの前衛部隊を更に細かく分け、それぞれに合った事をするという事。
現在荒野に敵の姿は無い。だからこそ、それらを探す必要があるのだ。
しかし、敵には消えるように移動出来る謎の術がある。なので、その対策を兼ねて待機部隊や報告部隊を結成しようという事なのである。
無論、一番危険な立ち位置となるのは捜索部隊。だからこそ主力の多さは捜索部隊が勝らせるという事だ。
「そのチームは──」
幻獣兵士やライたちからは特に疑問の声は上がらなかった。なので、ブラックはその編成チームをライたち三人とニュンフェ、フェニックスの一人と一匹に話した。
*****
「……で、捜索部隊のリーダー役は俺たちって訳か。ハハ、有り難い限りだねえ、ブラックさんも。俺たち三人を一緒にしてくれるとはな」
「……うん。話を聞いていたのかな……それとも偶然……?」
「……さあ、どうだろうな? だが、魔族の幹部も中々に空気の読める奴って事は分かったな。これで互いに背中を預けられる」
そしてそのチームのうちの一つ、前衛捜索部隊。
そのリーダー、ライ。二つの主力、レイとフォンセ。偶然かブラックの計らいか、互いに背中を預けている三人がチームとなっていた。
そんな三人は一人一人に幻獣兵士に跨がっており、幻獣兵士は速度を上げている。
そのように敵を探す捜索部隊だが、人数は三人。幻獣兵士たちも三匹しかいない。
その理由は簡単。このチームは悪魔で捜索部隊だからである。なので数は基本的に少ないのだ。
「とは言っても、敵の居場所なんて心当たりが無いな……。午前中の戦いでグラオと会ったのも森の中だったし……敵の拠点が何処にあるのか何て分かる訳も無い」
森を駆け抜け、辺りに注意を払いながら呟くように話すライ。
午前の戦いにて、ライは森の中でグラオと出会った。しかし、そこはただの森であり敵の拠点があるという雰囲気でも無かった。
要するに敵の居場所は、全くと言って良い程に掴めていないのである。まさに雲を掴むような話だ。
「私も魔力を探ったり、敵の気配を探しているが……一向に見つかる気配は無いな。恐ろしい程に生き物の気配が見つからない。……まあ、幻獣たちは戦場から離れ、敵の兵士達も居ないから当然だがな」
「うん、このままだと森を抜けちゃうかもね。そこに居る可能性もあるけど……居ない可能性の方が高いね」
ライに返すよう、フォンセとレイも言葉を発した。その内容は敵の気配が無いという事。
ライと考えは同じだが、不自然なまでに敵が見つからないので二人も参っているのだろう。
『横から口を挟みますがライさん……! 基本的に鼻の利く幻獣でも敵の気配を見つける事は叶いませぬ。ジルニトラ様やヴァンパイア殿から聞いた話では空間に姿を眩ませる事も出来ると言われておりました。恐らく空間の隙間という死角から攻めて来る可能性が高いかと……!』
会話を続ける中、ライの跨がっていた幻獣兵士が言葉を挟むように告げた。
エマやジルニトラといった、シュヴァルツと戦った者たちからの意見ではシュヴァルツは空間を破壊し、破壊した本人にのみ移動可能なもう一つの空間を生み出せると言う。
つまり幻獣兵士は、その事に対して敵は別の空間で待機しているのでは無いかと気に掛かったのだ。
「ああ、その話なら俺もエマたちから聞いた……けど、空間を破壊してその空間で動けるのはシュヴァルツだけらしいんだ。……だったら何故、他の者たちも消えるように移動出来るのか気になってな……」
無論、情報交換は戦争に置いて重要な事である。なのでライも知っていた。
それに加え、今まで敵の者達は必ずと言って良い程ライたちに気配を探られぬ移動術を行っている。
何故相手の全員がその術を使えるのか、ライはそこが気になったのだ。
「シュヴァルツだけなら俺は破壊される心配も無いから戦えるけど……レイやフォンセ、そして幻獣兵士は危険だ。後、最も注意すべきはグラオ。そして敵が放ってくる怪物だな。そいつらが気配を感じさせぬ移動術で来た場合、どう対処するか、そこが今一番注意する必要のある事だ」
「「……」」
『『『……』』』
淡々と綴るライに対し、無言で頷いて返すレイ、フォンセ、三匹の幻獣兵士たち。
死角からの攻撃。それが一番警戒しなくてはならなく、一番危険なモノだ。
特に耐久力がライやフォンセ、幻獣兵士よりも低いであろうレイ。一番狙われてはいけない者である。
「……!」
──その瞬間、何処からともなく一本の矢が飛んで来た。
その矢はライたちに迫って来、空気を切り裂く音が耳にまで入る。
矢が現れ、ライたちの視界に入るまでライは気付けなかった。つまり、完全に不意を突かれてしまったのだ。
その矢は止まる事無く、一直線に──レイの方へ向かう。
「……え!? きゃっ……!」
レイは思わず顔を覆う。何とか致命傷だけでも避けようと、身体が反射的に動いたのだろう。
だがしかし、その矢は通常の矢とは違い、何やら魔力を纏っているようだ。
通常の何倍にも貫通力と速度が上がっている矢。それを受ければ最後、肉体的な作りが普通と変わらないレイだった場合、貫通して死んでしまい兼ねないだろう。
「……おっと……突然の不意討ちかい……!」
そしてその矢をライは幻獣兵士の上から手を出し、ガシッと掴んだ。
その衝撃でライの周りには旋風が渦巻いたが、何の影響も無くその矢をへし折る。
「フフ、まあそうなるか……分かっていた事だけど……かなり手強いね……」
それと同時に何処からか声が響き、再び複数の矢が放たれた。
その矢はレイのみならず、ライ、フォンセ、幻獣兵士たちをも狙う。
貫かれた空気が矢に纏い、空気の渦を作り出しながら直進した。
「ハッ、誰だか知らないけど、俺にとっちゃ遅いぜ!」
次の瞬間にライはその矢を全て叩き落とし、レイたちと幻獣兵士たちに掠りもせず背後へと突き刺さる。
その衝撃で周りには数十センチの穴が空いたが、掠りもしなかったのでダメージは無い。
『『『…………』』』
『『『…………』』』
そして周りから生物兵器の兵士達が姿を現し、武器を手に持ちながら一斉に向かって来た。
敵の兵士は遠方にも居るらしく、時折銃弾や矢が飛んで来るもの窺える。
「早速お出ましか……!」
『『『…………!』』』
『『『…………!』』』
刹那、兵士が来るや否やライは幻獣兵士から飛び降り、瞬く間に数十人を消滅させた。
その衝撃で森の木々は揺れ、兵士達が吹き飛び、辺り一帯に粉塵を巻き上げる。
しかし余計な破壊は抑えたので木々や草花などの自然物は無事だ。
「……さーて……取り敢えず声の主を見つけ出すか……」
それと同時にライの身体へ漆黒の渦が纏い、血の滾る感覚が伝わって禍々しい気配が辺りを揺るがす。
闘争心が溢れる中、一呼吸吐き身体の調子を確認して一言。
「やるか……!」
『『『…………!!』』』
『『『…………!!』』』
──一閃、周りの木々を傷付けず、ライは姿を消し去って姿を現した。
その瞬間に残っていた兵士達が全て消え去り、辺りにヒュウと風が吹き抜ける。
「やれやれ……君が相手じゃそれなりの兵士達も意味が無さないな……。無能な者ならばあっさりと殺られた兵士の弱さを嘆くだろうが……私の場合は君の強さに感嘆の意を示そう……」
「……そうかい。じゃ、さっさと姿を現せよ……まあもうアンタが誰かは分かったけど、姿を隠しっぱなしってのはな?」
そこの中心に立っているライに向け、声の主が話し掛ける。
それに対し、その場に立ちながら辺りを見渡して話すライ。
姿は見えないが、気配は感じる。なので別の空間に移動している訳では無いのだろう。そして、ライにはもうこの者の正体が分かったようだ。
「ふう、分かったよ。久し振りだね、ライ? そう言えば……シュヴァルツにグラオは君と戦っているけど……私は君と戦った事が無かったね……」
その者──敵組織のリーダーであるヴァイス。
ヴァイスは白髪を揺らしながらライの前へ姿を現し、フッ、と息を吐きながら言い放った。
そうヴァイスは、ライとはまだ戦った事が無い。シュヴァルツやグラオの戦いを観戦したりしていたが、ライ自身とは戦った事が無いのだ。
「ああ、そうだな。けど、それもう終わりだ。俺はさっさとアンタを倒し、アンタの組織を根本から崩す……!」
「おー、怖い。……けど、簡単に倒される程私は柔じゃないよ?」
そんなヴァイスの言葉に興味を示さず、淡々と綴るライ。
ヴァイスは軽い態度で言い、ライの雰囲気には然程飲まれていない様子だった。そして辺りに居るレイ、フォンセ、幻獣兵士たちを一瞥し、懐から何かを取り出そうと──
「……させると思うか?」
「……ッ!」
──したその刹那、ライはヴァイスとの距離を一気に詰め、片腕を吹き飛ばした。
ヴァイスの白い腕があった場所からは鮮血が噴き出し、辺りを真っ赤に染める。
「……ッ、成る程……! これは……中々だね。フフ、面白い」
「一瞬で再生した……。成る程な。不死身って訳じゃないから俺の攻撃でも再生させる事が出来るのか」
次の瞬間にその腕を再生させ、改めてライから距離を離すヴァイス。
その表情にはまだ余裕があり、何かの隠し玉はまだあるようだ。
ライは再生の過程を見、別の力なのでそれを阻止する事は出来ないと理解する。
しかし、その気になれば阻止する事も出来るだろう。
ライとヴァイスは向かい合い、その後ろではレイ、フォンセ、幻獣兵士たちも構えていた。