二百八十一話 各部隊
──ザッザッザと足音を鳴らしつつ森を駆け、荒野へと向かうブラック率いる前衛部隊。
その場は緊張で張り詰められており、暖かな春風ですら緊張を煽る風となっていた。
そんな道中を真っ直ぐ行き、警戒を一瞬も解かずに辺りを見渡しながら進む。荒野までの距離は数キロ。このペースで行くのならものの二、三十分程で辿り着くだろう。その速度は常人よりは明らかに速いモノだからだ。
しかし、敵が何処から攻めてくるのか分からない現状、一瞬でも油断した場合、その時点で命を落とす事となるだろう。
「……うう、不安だな……私が前衛部隊で良いのかな……」
「……ふふ、十分過ぎるだろう。その剣。それがあれば広範囲を薙ぎ払える。私の魔術と合わせれば、確実に相手の戦力を削れるだろうさ」
「そ、そうかな……けど、やっぱり不安だよぉ……」
そしてライたちの中から前衛部隊に選ばれた者──レイとフォンセがそのような会話をしつつ歩いていた。
それを聞くに、レイは不安が募っている様子らしい。しかし、前衛部隊は戦闘が多い。その戦闘に置いて重要な役割を担うのだから不安があるのも仕方無いだろう。
「……ハハ、大丈夫さ。レイ、フォンセ。……いや、フォンセは元々大丈夫か……まあ何にせよ、俺が護ってやるさ。だから二人も、俺を護ってくれよ」
そして無論、かなりの戦力になるであろうライは当然のように前衛部隊へと選ばれていた。
つまり、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの中から前衛部隊には、ライ、レイ、フォンセが選ばれたと言う事。エマとリヤンは別の部隊である。
不安そうなレイに対して笑い掛けながら話すライは二人を護ると力強く告げた。
そして悪戯っぽい笑みを浮かべながら護ってくれと告げる。今までは一人で戦闘を行っていたライがレイとフォンセを頼ったのだ。これもある種の成長なのかもしれない。
「……ふふ、ああ分かった。護ってやるからライも護ってくれ」
「うん、私がライを護ってあげる。だから、ライも私を護ってね!」
ライの言葉に対し、同じく笑みを浮かべて話すレイとフォンセ。
三人は互いを信頼しており、己の背中を預ける事に対して何の不安も無い。
因みに今、ライ、レイ、フォンセ、ブラックなどの人形の前衛部隊は幻獣兵士たちに跨がっている。
その理由は通常より高い所に居た方が敵の位置を少しでも早く見つけられるかもしれないという事と、普通の少女と変わらないレイが幻獣たちの移動速度に付いて行く為である。
ライたちは今、数キロ先への道を二、三十分のペースで向かっている。普通の少女であるレイは己の脚のみでその速度に追い付くのは中々に苦労するだろう。なので幻獣たちが乗せてくれているのだ。
ライやフォンセにブラックは問題無いが、前述したように高い所から敵の位置を探る必要があり、幻獣たちを護るという使命もあるのでなるべく近くに居ようという魂胆だ。
「そろそろだ……! テメェら慎重かつ迅速にだ!」
『『『はっ!』』』
「ええ」
『当然です』
そのような状態で進む中、前を行くブラックは背面を一瞥して幻獣兵士たちと前衛部隊の主力に言い放つ。
それに返す幻獣兵士たちはハキハキと応え、ライたちでは無い主力──ニュンフェとフェニックスも返す。
大まかなチームは変えない。なのでライ、フォンセ。レイ、ニュンフェ。ブラック、フェニックスと、前衛部隊に選ばれたチームを三つに分けると午前中の戦いに居たメンバーと大差無いのだ。その中で、高い攻撃力を誇り小回りが利く者の多いチームが選ばれたのである。
純粋な攻撃力だけならばワイバーンたちの飛行部隊やリヤンの居るチームも高い。
しかし、ワイバーンのチームは全てが幻獣にして、リヤンと共に居るフェンリルは巨大化しなければ本来の力を出せない。
チームを大きく変えてしまえば、折角午前中で慣れ始めたチームに乱れが生じてしまう。なので変えられない。
それらを踏まえた結果、人形でも本来の力を扱える者が多く攻撃力も高いこの三チームが選ばれた訳だ。
『……では、私は上空から荒野を見てきますブラックさん』
「ああ、任せた。フェニックス」
フェニックスはブラックの耳元で言い、返答するブラックの言葉を聞いて荒野の上空へと移動した。
ライ、レイ、フォンセ、ブラック、ニュンフェを乗せる幻獣兵士たちは加速し、走っている森を抜けた。
*****
『……そろそろ前衛部隊が荒野に辿り着いた頃合いか……』
『……ああ、多分な。恐らく着いているだろう』
『ブヒッ』
一方の中衛部隊では、孫悟空、沙悟浄、猪八戒が遠方を眺めるように目を凝らし、前衛部隊の様子を窺っていた。
因みに孫悟空は觔斗雲に乗っており、沙悟浄と猪八戒もそれに乗っているので控えている後衛部隊の進行の邪魔にはならないだろう。
『……フム、我らは前衛、後衛、大樹の部隊問わず手助けの為の控えか……一見簡単そうだが、かなりの仕事となりそうだな……』
『……そうだな。斉天大聖や俺が此処に派遣されたという事は、控えとは口ばかりの可能性が高いな』
『……ええ、その通りです……斉天大聖にガルダさんが居るのですからね……』
そして中衛部隊、もう一つの主力チームであるワイバーン、ガルダ、朱雀の三匹。
この三人と三匹は持ち前の機動力を買われて中衛部隊となった。
このチーム自体はドラゴンの作戦では無いが、この戦争に勝利する為の鍵になりうる可能性を秘めている。
『ハッハ、期待してるぜ、ワイバーン、ガルダ、朱雀! 勿論、昔からの仲間たちにもな!』
各々の様子を見、クッと笑って話す孫悟空。
その様子から、孫悟空は本当に沙悟浄たちやワイバーンたちを酷使するつもりなのだろう。それは自分も例外では無く、荒野で再開された瞬間や大樹に攻め込まれた瞬間、即座に向かうつもりなのだ。
『はいはい、期待されてますよ……っと』
『フフ、我はそれでも構わんよ……』
笑う孫悟空に対し、フッと笑って話す沙悟浄とワイバーン。
中衛部隊としての役割はしかと果たす予定の一人と一匹。
春風の過ぎる中、三人と三匹は己の出陣に備えて待機していた。
*****
「……」
そして後衛部隊では、後衛部隊に選ばれたリヤンが不安気な表情で立ち竦むように前方を見ていた。
戦争には午前中出向き、生き延びる事に成功したリヤン。だが、幻獣の国側の兵士が何匹も死に絶えた。その事に対して胸が苦しく、何も言えない表情なのだろう。
『……どうした? クラルテの親戚よ? 顔色が悪いぞ……』
「……ううん、大丈夫……へーき……」
そんなリヤンを見兼ねた、リヤンのチームなので後衛部隊に配置されているフェンリルがリヤンに尋ね、それに返すリヤンの声は震えていた。
これを見るに、ライの前ではライに心配を掛けぬ為少々無理をしていたようだ。
リヤンは普段から静か。だが、心優しさは常人より遥かにあるだろう。他人の為、自分の種族以外の生き物の為、此処まで他の生物へ愛情を注げる者はそうそう居ない筈だ。
『リヤンちゃん、大丈夫じゃないよね……絶対……何か声を掛けた方が良いかな?』
『……うーん……どうだろう……。リヤンちゃんは確かに心配だけど……リヤンちゃん自身が自分に誰も寄せ付け無いようなオーラを放っている気がする……』
そんなリヤンを一瞥し、心配そうに話すのは同じく後衛部隊に選ばれたジルニトラと青竜。
此方の二匹はリヤンの様子を窺い、どうにかしてやりたいと思っているのかもしれない。だがしかし、リヤン自身には何故か近寄り難い雰囲気が漂っていたので話し掛け難い状態だった。
「……で、俺たちは此処で待機ッスか?」
『そうだろうな。敵が前衛部隊と中衛部隊の包囲網を潜り抜けて来た時、大樹へと続く道最後の砦という奴だ』
そして後衛部隊主力のサイフと黄竜。
今回後衛部隊に選ばれた者たちはリヤンたちとジルニトラたち。そして黄竜たちの計、二人と四匹だ。
今回の陣形は基本的に六人ずつでチーム分けをし、残った主力を大樹に当てるという守護を中心としたモノ。
この作戦を見るに、戦争を今日中に終わらせるのでは無く明日、明後日と相手をジワジワと追い詰めるつもりなのだろう。
数では圧倒的に分がある幻獣の国。だからこそ持久戦に持ち込む事で主力が少ないヴァイス達の主力を弱らせるという事だ。
『……フッ、案ずるな。敵が来た時、それが主力ならば俺は全力を持ってして敵を討ち滅ぼそうぞ。神々に恐れられた怪物の力。それを使って全て護る』
「……うん……でも、フェンリルも気を付けてね……」
フッと笑うフェンリルに対し、フェンリルの毛を撫でて話すリヤン。
後衛部隊は敵の組織に対し、何時でも迎え撃てる体制となっていた。
*****
──"トゥース・ロア"、支配者の大樹。
「……大樹の守護……か。此処にも中々に力の強き者たちが集まっておるな。その数から基本的には護りつつ、隙を見て敵を沈める……といった戦法か……国レベルの大きさがある大樹だからこそ大樹の内外問わず戦闘を行えるな」
「ええ、その通りよ。ヴァンパイア。敵が侵入するまでと侵入してからもあらゆる策を講じて戦う事が出来る……午前中は派遣された主力が少なかったけど、今回居る主力の多さから……今日は一先ず日が暮れて敵が去るまでかしら」
カツカツと、足音を鳴らしながら大樹を歩く三つの影。そのうちの二つ。エマとシターが大樹の様子を見て話していた。
その内容は幻獣の国にて行われている敵組織対策について。
この大樹には今、多くの主力組みが集まっている。その理由は大樹を護る事を当然とし、明日まで耐える為。
今日はあと数時間で日も沈む。なのでそれまでに敵を追い払い、明日に備える事が重要なのだ。
闇夜に目が利かない幻獣兵士たちや敵の兵士達。流石にそんな状況では戦闘を行わない筈だからである。
「敵が去る……ねぇ。……でも、敵の主力は休養が必要かもしれないけど……敵の兵士って休養が必要なのかな? 必要無いなら主力は休んで兵士達だけが嗾けられるって事もありそうだけど……」
エマとシターの会話を聞きつつ、気になったようにラビアが尋ねる。
そう、敵の兵士は命令に従うだけの傀儡。痛みや疲れを感じず、ただ目の前の敵を殲滅する為だけに動いている。
なのでラビアは、そんな兵士達ならば放って置くだけでも侵略進行を行い続けるのでは無いかと気になったのだ。
「……多分だが、相手が兵士達だけを仕掛けて自分達が休むって事はしないと思うな。確かに相手の兵士は命令に従うだけだが、兵士達だけならばライやフォンセ、私にガルダ、フェンリルと他にも対処出来る者が多い。私たちも向こうも生物兵器が不死身という条件は同じだ。だったら不眠でも行動出来る私が兵士を操り、敵の方へ仕掛ける事も出来る。そして無論、相手は私の力を理解している事だろう。……要するに、兵士達だけで此方側に攻めてきたとして、私一人を足止め出来ぬのだから簡単に対策が取れるんだ」
つまりエマは、相手の兵士達のみが攻めて来ようと自分一人で全てを対処する事が容易いのだ。
ヴァンパイアの持つ"催眠"と"生き物をヴァンパイアやグールに変える力"。
それを使って相手の兵士を隷属させたとすれば、結果としてライたちや他の者たちが何もせずとも此方側の兵力を増やせつつ敵の方へ放てる。敵の組織にとっては、厄介極まりない事なのである。
「……な、成る程……エマお姉さまってある意味一番怖いかも……」
「ふふ、私は生まれながらに人間や魔族の天敵だぞ? 元が人間・魔族である生物兵器など恐るるに足らん存在よ……」
「「……っ」」
エマの言葉を聞いたラビアが若干引きながら苦笑を浮かべ、それを見たエマが舌舐めずりをしながら不敵に笑う。
それを見たラビアとシターが生唾を飲み込みエマに畏怖していた。
「……まあ安心しろ。私が言うのも何だが、味方になれば頼もしい存在という事だ。私が自分で行っているにしても自画自賛は好まぬが、お前たちにとっては中々に良き事だろう? 殆ど一晩中起きている私なら敵からの侵略にも対処出来る」
そんな二人の様子を見たエマは不敵な笑みを消し去り、柔らかな笑みを浮かべて二人へと言う。
敵の進行を阻止する力も確かにあるだろう。なので夜の戦いが起こったとして、ヴァンパイアのエマが居る幻獣の国側が有利である。エマが前述したように、それは敵も理解している筈。だからこそ夜に攻めてくる真似はしないと確信しているのだ。
「じゃあ、午後の戦いを乗り越えたら後は明日になるって事だね」
「ああ、その可能性が一番高いだろうな。裏を掻いてくる可能性も0では無いが、まあその点は心配無用だ」
それを聞き、ラビアは呟くように言い放った。それに返すエマは念の為にそれでも夜に攻めてくる可能性はあると濁らせて告げる。
この世に真の確実というモノは無い。ライの宿す魔王のように、矛盾した存在が居る事もある。だからこそ確信してはいるが絶対では無いのだ。
「けど、一応警戒するに越した事は無いって訳ね?」
「フッ、その通りだな」
最後にシターが言い、エマが肯定して返す。
可能性がほんの少しでもあるのならば警戒した方が良い。大樹にも多くの見張りが置かれるだろうが、敵が何処から来るのか分からないのだから。
エマ、ラビア、シターは大樹の中を進み、警戒しつつ見回りをしていた。
*****
そして、大樹内で見回りをしているエマたち三人と違い、大樹の枝の上にて遠方を見回す者──マルスたちが居た。
この場所は大樹の枝だが、幻獣たち数百匹は乗れるような広さと強度を持ち合わせている。
加工されていないので足場は悪く屋根も無いが、然程気にならぬ事だろう。
「……大丈夫でしょうか……ライさんたち……僕は此処に居るだけで良いのでしょうか……戦わなくても良いのでしょうか……」
『……フッ、何を言っている。既に主は戦っているだろう。魔族の国のマルス王よ。我らは大樹を護る事が使命。マルス王の指示に従ってな。我らとはあまり接点の無い魔族だが、我らの大将は主だ。もっと自信を持て』
「……! は、はい!」
その場所ではマルスが不安そうであり、四神のうちの一匹である玄武が活を入れるように話す。
前は活を入れられても不安そうだったマルスだが、気合いの入った返事をしたという事はある程度王としての貫禄を身に付けつつあるのだろう。
『ハッハ、玄武の旦那、旦那も中々言うじゃねえか。その通りだぜマルス王。此処には四神と幹部にヴァンパイアが居るんだ。そうそう落ちる事は無ぇだろうさ』
『……ふむ、白虎さんの言う通りですね。我らが居る以上、簡単に落とされては困ります故』
『ええ、当然です。殺された同胞の怒り、この角を持ってして発散致しましょう』
マルスと玄武の会話を聞き、大樹を任され主力の白虎、麒麟、ユニコーンが話す。
此処に居る一人と四匹はそう、ヴァイス 一派に一人足りとも足を踏み込めさせるつもりは無い。
前衛部隊、中衛部隊、後衛部隊、大樹部隊。そこに集う幻獣の国を護りし主力たちは、各々で作戦を進行させて行く。




