二百七十九話 昼餐
──幻獣の国支配者の街・"トゥース・ロア"。
ヴァイス達と行われていた戦争が一時中断され、ライたち五人と四神。支配者であるドラゴンとその側近一匹と三人。幻獣の国幹部二人と四匹に魔族の国のマルスたち五人は支配者の大樹に集まっていた。
見張り役として大樹では幻獣の兵士たちが配置されている。
そんな大樹の貴賓室には、幻獣の国が誇る主力メンバーが全員話し合いを行う体勢に入っていた。
『……さて、どういう訳か敵は去り、戦闘は一時的に中断された。だが、相手の言葉から直ぐにでも再開されるだろう。今は食事を摂り、英気を養うのが先決だ』
その貴賓室ではマルスを含め、幻獣の国側の主力による食事会が行われていた。
出された食事は肉に野菜に魚に果実、そして主食としてのパンや喉を潤すスープや水などだ。。
肉はライたち向けに焼かれてステーキとなっており、香ばしい香りと油の弾ける快音が鼓膜を揺らす。
野菜は新鮮で瑞々しく、口に運ぶとパリパリという油の弾ける音に負けない快音を響かせる。
魚も新鮮であり、しかと消毒されているので刺身や焼き魚と様々なバリエーションを楽しめる。その味は絶品でドラゴンなどは骨まで食していた。
そして果実類の果肉を噛むと中から大量の水分が甘味と共に飛び出し、口の中に広がって味を全体的に伝えている。
戦争中とは思えない程に豪華な食事が行われていたのだ。
因みに、ドラゴン率いる主力の幻獣たちは雑食が多い。なので満遍なく食事を摂る事が出来ていた。
「……で、相手が去った理由だけど……俺は特に何も言われなかったな。レイたちやドラゴンたちはどうだ?」
ライは皿の上にある柔らかなステーキをナイフで切り分け、食べやすい大きさにした後フォークで刺し一口己の口への放る。そして噛む同時に肉の味が口全体に広がり、香辛料が程好いスパイスとなってライの食欲を満たしてゆく。そして数十回噛んだ後、その肉を飲み込んだ。
そのような食事をしつつ、レイたちに向けてどうだったかを尋ねるライ。
ライはグラオに何か言われた訳でもなく、相手が中断した理由は分からなかった。普通に考えれば戦力を整える為や休憩。そして何かしらの兵器を準備するなどだろうが、それは不確かな事なので悪魔で可能性の一つでしかない。
「……うーん……私もよく分からないな……敵の幹部と戦ったけど……私自身が相手に興味を持たれたくらい……」
「……何だよ、それ……」
片手に焼きたての温かなパンを持ち、バターをひと塗りした後にサクッと千切って口に運ぶレイは、モグモグと口を動かし飲み込んだ後にそう言った。
その事に対して苦笑を浮かべるライ。敵の幹部は何も言わなかったが、レイへ興味を持ったらしい。ライはその事が気になったのだろう。
「……私も特に何も言われなかったな……と言うか、敵は撤退する事に対して若干反対していたな。私の敵はライも知っているシュヴァルツだ」
レイに続くよう、赤い液体の入ったコップを片手に笑いながら話すエマ。
エマはさながら、ワインでも飲んでいるかのようにそのコップを時計回りに数回回してその後口に含む。
そして少し口に含んだあと飲み込み、ゆっくりと赤い液体がエマの喉を通り胃へと辿り着いたようだ。
「……私も……と言うか、私は幹部クラスを相手にしていないな……気付いたら敵の部下兵士が退いていた……くらいだな」
レイ、エマに続くよう、便乗して話すフォンセ。その手には赤い果実が握られており、それをシャクっと噛んで口の中で味わい、飲み込んで言う。
フォンセは敵の部下兵士しか相手にしていない。なので相手の目的が何なのかは全く分からなかった。
「……私も幹部とは会っていないけど……フォンセの言うみたいに敵の兵士が退いていたよ……」
続くリヤンは両手で串に刺さった焼き魚を持ち、静かに食べながら話す。その魚はシンプルに塩のみで味付けされており、新鮮さから柔らかく、あっさりとした味わいだろう。
リヤンが魚を食べるその様子はさながら小動物のようで、何処か愛らしさがあった。
順に話したレイたち四人。
それを聞いていた、共に行動をしていた幻獣の国の主力たちと魔族の国からの助っ人たちは食事をしながら静かに頷いており、その様子から情報というモノはライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの言った事だけのようだ。
『我のところも特に何も言わなかった。というか、追い詰めたんだが敵の幹部が迎えに来てな』
その話を聞き、飛行部隊の代表としてワイバーンが話す。
ワイバーンは大きな肉にかぶり付き、豪快に食していた。肉を引きちぎり、ほんの数回噛んで飲み込む。
その内容は敵の幹部を追い詰めたは良いが、惜しいところで逃がしてしまったとの事。
「俺ん所も敵が迎えに来たッスね。まあ、俺とソイツ的にはまだまだ戦いたがったッスけど、敵の奴は言いくるめられてたッス」
ワイバーンの言葉を聞き、自分のところにも敵の誰かが来て中断させらせられたと話すサイフ。
サイフは串に肉や野菜を指しており、それを焼いて食べていた。串に刺さった肉を口で動かし、その中に運んで噛む。
曰く、その敵と自分はまだ戦いたがっていたらしい。
『多分だけど、俺のところに居た敵がその命令を出したんだろうな。つか、俺たちが戦っていた奴は相手のリーダーだ。純粋な強さで言ったら敵の主力の中で三、四番目くらいだろうが、纏める力が高いだろうな。基本的には道具を扱って戦う奴だ』
『……ああ、決して弱くはなかったが、戦闘を好むタイプではなかった。あと、何かを隠しているって事も窺えたな。それが何かは分からないが』
『ブヒッ』
そして最後に自分たちの持つ情報を話すのは孫悟空、沙悟浄。猪八戒は二人の言葉に同意するよう頷いていた。
孫悟空の手には甘蕉が握られており、それを話ながら食べる。沙悟浄は胡瓜を持ちつつ、パリっと食していた。
猪八戒は挽き肉を片栗粉の皮で包んで蒸した物を食べており、頷きながらその口を動かしている。
何はともあれ、ライたちと幻獣の国主力に魔族の国からの助っ人の持つ情報は朧気なモノで、相手が何を企んでいるのかはよく分からないモノだった。
「……なあ、一つ気になったのだが……」
そして、その様子を眺めていたエマが気になった事を者たちに尋ねるよう質問する。
その者たちは訝しげな表情でエマの方を向き、エマは視線を向けて話す。
「……豚、お前が食べているのって……共食いじゃないか?」
『……ブヒッ!? 僕は元々人間に生まれる予定だったんだから良いでしょ!? それに僕は妖怪だし!! てか、豚って言い方は本当に止めてよね!』
それは、猪八戒の食べている物が挽き肉を使っているので共食いというカタチになっているのでは無いかと言う事。
それを聞いた猪八戒はツッコミを入れるようにブヒー! と叫ぶ。
曰く、猪八戒は妖怪であり同種の豚でも食するという。
「ふふ、そうか。それは兎も角、情報という情報は無かったな」
そんな猪八戒を一瞥して笑い、話を適当に流すエマ。
幻獣の国支配者の街"トゥース・ロア"。そこで行われる食事会は、数分後に終わりを告げた。
*****
──"幻獣の国・某所"。
「……で、何がどうして俺たちを連れ戻した、ヴァイス?」
「……何って……それは昼食をだね」
「はぐらかすんじゃねェよ、どうせお前の事だ。……何かあるんだろ?」
対して、荒野の戦場から撤退したヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフの六人。その場所には中々に豪華な食事が並べられていた。
そんな、荒野から数キロ程離れた場所の拠点ではシュヴァルツとゾフルがヴァイスに向けて質問している。
ゾフルがヴァイスに尋ね、その答えに返すシュヴァルツ。
シュヴァルツはヴァイスに何かの考えがあるので戦争を中断したと思っているのか、その事に対して質問したのだろう。
「フフ、勿論さ。それに、今回私たちは己の身だけで戦っていた。つまり、まだバロールもベヒモスも、私が連れてきた生物も使っていない……長期戦を予想し、いきなり三体を放つのでは無く一体ずつ嗾けようと思ってね……。三体を一気に放ったとして纏めて倒されてしまったのでは元も子も無いからさ。……つまるところ、今回は悪魔で偵察……とも違うけど、まだ本番では無いって事だ。それでも死に掛ける事があったかもしれなかったけど、今は関係無い。今日だけでは無く明日や明後日も戦っているかもしれないからね」
ナイフとフォークを使い軽い食事を摂りつつ、淡々と言葉を綴るヴァイス。
ヴァイス曰く、まだまだ本格的な戦争を行っている訳では無く下調べのような感覚で戦争を行っているとの事。
地盤を固める事から始め、相手の本拠地である幻獣の国に置いて己の戦いやすい場を設けるのが狙いなのだろう。
「ふうん? んじゃ、午後からの戦いはどうするんだ? 何か使うのか?」
その言葉を聞き、乱暴に肉を片手に取って齧りながらヴァイスに向けて尋ねるように話すゾフル。
ゾフルはヴァイスの言葉からそろそろ少しだけ何かを使うのかと推測し、バロール、ベヒモス、そしてヴァイスが再生させたという怪物。それらを使うのかと尋ねた。
「……そうだね……まだ使うとは決めていないけど、見ただけで即死させる事の目を持つバロールを使うなら私たちも警戒しなくてはならない。逆に、存在だけで言えば比較的大人しいベヒモスだけど……ベヒモスもベヒモスで無尽蔵の胃袋を持つからね……なるべく使いたくない気もする。戦いに集中せず、食べる事にのみ夢中になりそうではあるからね」
「……へえ? なら、ヴァイスが連れて来たって言う怪物を使うのかい? その怪物の正体は僕たちにも教えてくれないけど、隠し通すって事はかなり危険な生物って事だよね? バロールやベヒモスとはベクトルの違う怪物……一度暴れ出すと手が付けら無い程の……ねえ?」
ヴァイスとゾフルの会話を聞きつつ、食事を摂りながら話すグラオ。
グラオはヴァイスの連れて来たという怪物の事が気に掛かっていた。
ヴァイスの言葉から、バロールやベヒモスはまだ使わないという可能性が高い。
なので消去法的な意味合いだがヴァイスが連れて来たもう一体の怪物を使うと推測したのだ。
「うん、確かにグラオの言う通り。これから私たちは本腰を入れて取り組まなければならない。けど、怪物を今日使うかはどうだろうね……微妙なところだ……それはこの怪物を使ったとしても戦況を何処まで有利に出来るかも分からないって事もあるのだけど……この怪物を万全にしてしまえば最後、私たちでは少々苦労するだろうね。この怪物が破壊された時も、討伐者はかなり苦労していたみたいだ……」
「……」
グラオの話に返すヴァイスは、自分の連れて来た怪物がかなりの力を秘める為、事が済んでもただでは済まないと告げる。
そんな話を静聴するグラオ。ヴァイスの口振りから、本当に危険な怪物という事が窺えた。
「……その怪物……私たちの知っている生物なのかい?」
「……ああ、勿論。有名どころだからね。知らない方が不思議……いや、中には会っている者が居るかな……」
「……!」
静聴するグラオを横に、気になった事を尋ねるように質問するハリーフ。それに返すヴァイスはハリーフの方を見てフッと笑っていた。その反応を目にし、訝しげな表情をするハリーフ。
「……成る程ね、分かったかもしれないな。その怪物の正体が……というか、かなりしつこいかもねその怪物……」
「「……?」」
「「……?」」
そのやり取りを見ていたグラオは納得したように言い、シュヴァルツ、マギア、ゾフル、ハリーフは"?"を浮かべて互いの顔を見合わせていた。
「……フフ、分かったようだね。グラオ。確かにしつこいのはその通りだ。数ヵ月前目覚め、数ヵ月に何者かによって海の底に沈められた。そして一、二ヵ月前にも同一人物によって破砕された。それも、ハリーフが近く居た時。いや、厳密に言えば破壊した者によって距離は離されていたかもね……まあ、何はともあれハリーフが近くに居たって事は変わらないかな……」
「……ッ!? ま、まさか……!」
不敵な笑みを浮かべ、言葉を淡々と綴るヴァイス。
そんなヴァイスに対して大きな反応を示すハリーフの様子から、ハリーフはヴァイスが連れて来た怪物が何かを理解した。
最近目覚めた怪物にして、最近の出来事にも拘わらず二度同じ者の前に現れた怪物。
そしてその狂暴性は底知れず、"最強生物"や"嫉妬の魔王"と言った異名を持つ生物──
「その通り……『レヴィアタン』さ。……フフ、どう思うかな? かつて対になっていたレヴィアタンとベヒモスが揃う姿……圧巻だとは思うよ」
──レヴィアタン。
レヴィアタンは同一人物──ライによって破砕された。確かにレヴィアタンはヴァイス達にとって大きな戦力となるだろう。
しかしレヴィアタンは砕かれた筈なのだが、どういう訳かヴァイスはそのレヴィアタンを連れて来たと言う。
「……い、一体どうやって……!? 確かレヴィアタンはライによって……!」
そして、その事が気に掛かるハリーフ。
ハリーフは話でしか聞いていないが、ライによってレヴィアタンが倒された事は知っている。
ハリーフはそんなレヴィアタンをどうやって連れて来たというのか、気になっていたのだ。
「……フフ、あの時……海の一部で大きな爆発があったと聞いてね……その付近を探していたら大当たり……レヴィアタンの肉片があったんだ。不死身の最強生物とはよく言ったモノだよ。肉片だけになっても強い嫉妬心を感じた……生命力が高いからね。私が再生させれば即座に使えるだろうさ」
「……ッ」
「……へえ?」
「クク……」
「……ほう?」
「……成る程ね」
ハリーフの質問に対し、フッと笑って説明するヴァイス。
つまりヴァイスは、レヴィアタン騒動のあった付近を探してレヴィアタンの肉片を見つけ出したという事。その肉片に再生術を使えばレヴィアタンを再生させる事が出来るのだ。
それを聞き、肩を竦めるハリーフに楽しそうなグラオ、ゾフル、シュヴァルツ。マギアは軽い態度で納得していた。
何はともあれ、ヴァイス達は世界最上位規模の戦力を持っているという事だ。
その事は露知らないが、予想はしつつ昼食を摂って英気を養っているライたち。そしてヴァイス達も食事を摂り、少しの休憩に入っている。
数時間後に行われるであろう再戦に向け、各々で己たちの出来る休息を取る両チームだった。




