二百七十六話 昼前
──喧騒と金属音、雷鳴に獣の鳴き声が響き渡る荒野の戦場。
そこでは血を流す幻獣兵士たちと、死して尚蘇る生物兵器の兵士達が争っていた。
幻獣兵士は既に何十匹も息絶えており、敵の兵士も数千人は消滅している。
戦いが始まってから数時間。その数時間でお互いの主力はまだどちらも滅んではいない。
しかし、互いにダメージを与え与えられを繰り返し、幾ら最高戦力と言えど疲弊はしている事だろう。
今前線にて戦っている者は、ライたち最高戦力十五人と十二匹のうち全体指揮官のドラゴンや大樹護衛組みを除いた十三人と十匹の計二十三。
対する敵の幹部は六人と少ないが、まだ数万人の生物兵器は残っている。
それに加えて巨人兵士も居る為、此方側の幻獣兵士たちは中々重い荷を背負っている事だろう。
「……伸びろ如意棒……!」
『……ッ!』
そんな戦場にて、白髪の侵略者──ヴァイスが如意金箍棒を伸ばして斉天大聖・孫悟空が創った最後の分身を消し去った。
その分身はボンッという音と共に溜まっていた妖力が散り、何の変哲も無いただの髪の毛と化す。
『はあ!』
『ブヒ!』
「っと……」
その横からは捲簾大将・沙悟浄と天蓬元帥・猪八戒が切り込みを入れた。
沙悟浄は妖力を集めて水妖術を放ち、妖力の扱いが孫悟空や沙悟浄のように巧みに扱えない猪八戒は九本歯の馬鍬を使って仕掛ける。
それらは真っ直ぐヴァイスに向かい、その身体を捉えて直進した。
「"再生"!」
それを見たヴァイスは足元の石ころを拾って再生させ、巨大な岩を形成して二つの攻撃を防ぐ。
だがしかし、岩程度で止め切れる筈も無く、水妖術と九本歯の馬鍬によって砕かれる。砕かれた先にヴァイスの姿は無く、沙悟浄と猪八戒は辺りを見渡す。
「"魔法道具・炎の矢"……! 」
刹那、その後ろからヴァイスが現れ、沙悟浄と猪八戒に向けて魔法道具の矢を放つ。
その矢は空気を貫きながら焦がし、真っ直ぐに二人の元へと近付く。
『"妖術・台風の術"』
「……!」
次の瞬間、その矢は孫悟空の風妖術によって掻き消された。その風は凄まじく、炎の矢を一瞬にして消滅させる程である。
そしてそのまま孫悟空はヴァイスに向き直り、フッと笑って話す。
『これが本家だ……! 伸びろ如意棒!!』
「……ッ!!」
孫悟空の持つ如意金箍棒に打ち抜かれ、吐血して吹き飛ぶヴァイス。
ヴァイスはそのまま戦場の荒野を突き抜け、大地を擦って転がった。
「……ッ……! ……リ……"再生"」
そして止まったヴァイスは即座に己を治療し、絶命を免れる。
辺りには粉塵が上がっており、孫悟空たちの姿は見えない。
既にヴァイスが孫悟空らに嗾けたキメラ達は仕留められており、生物兵器の兵士も少し減った。
そう、戦闘開始から数時間。ヴァイスは徐々に追い詰められていたのだ。
「……流石の斉天大聖……捲簾大将……天蓬元帥の三人だ……午前の戦いはそろそろ潮時かな……何日続くか分からないし……まだアイツらは使っていない……」
ヴァイスは思考を巡らせて言葉に出し、ブツブツと呟くように考える。
曇天の空模様で太陽の位置はよく分からないが、数時間は経過したと体感で分かっていた。
つまり、ヴァイス達も引き際を考えなければならない時間なのだ。
『何ブツブツ言ってんだ? 命乞いでもしようって考えてんのか?』
『……フム、随分と弱っているようだ……肉体的なダメージは回復したらしいが、精神的なダメージが……だな』
『ブヒ、もうそろそろ終わりかな?』
そんな思考を続けるヴァイスの前に、孫悟空と沙悟浄、猪八戒が立っていた。
周りには消滅した生物兵器の兵士や一度死に、再生する途中の兵士が居る。
ヴァイスの連れる兵士はまだまだ居るが、今の兵士達では孫悟空たちを相手にするには分が悪過ぎるのかもしれない。
「……フフ、そうだね。もうそろそろ戦いは終わりかな……」
『『『…………?』』』
そんな三人の言葉に対し、同意するように返すヴァイス。
その反応を見て"?"を浮かべる三人。それもその筈。ヴァイスの目はまだ諦めたような表情では無かった。そんな目をするものが戦いを終わらせようとしているのだ。
つまりそれは本当の意味での終わりでは無く、別の意味で戦いを終わらせようとしている事だろう。
「じゃあ、次の戦いは昼過ぎ辺りにでも……少しお腹が空いたからね?」
『『『…………』』』
その言葉と同時に、生物兵器がヴァイスの足元からゾンビのように這い出てくる。
その兵士達は既に武器を持っており、何時でも戦闘を行える体勢に入っていた。
『……生物兵器……!』
『地面から……?』
『ずっと潜んでいたのか……!』
それを見た孫悟空、沙悟浄、猪八戒は反応を示し、如意金箍棒、降妖宝杖、九本歯の馬鍬を構える。
それと同時に生物兵器達を薙ぎ、吹き飛ばしてヴァイスとの距離を詰めた。
「……フム、武器で戦うのは無理そうだな」
『『『……な!?』』』
次の瞬間、数人の生物兵器が爆発を起こす。
孫悟空たち三人はそれを受け、熱と衝撃に吹き飛ばされる。それを見るに、生物兵器は身体中に爆弾を仕掛けていたのだろう。
不死身の肉体を持つという事は、爆発しようと欠片が一つだけ残っていても再生する。なので孫悟空たちを道連れに巻き込めるのだ。
「まあ、この程度の爆発で死ぬ訳は無いだろう……私は一旦退く、次は午後、楽しもうか」
『……ッ! オイ、待ちやがれ! 伸びろ如意棒!!』
そんなヴァイスを見た孫悟空はヴァイスに向けて如意金箍棒を放った。
しかし、その棒は空気だけを貫きヴァイスの姿がそこにある事は無かった。
『チッ、逃げたか……』
ヒュウと風が吹き抜ける荒野にて、ヴァイスを探す孫悟空。
ヴァイスはもう既に気配すら消えており、探す事は出来ない状態であった。
『……再戦は午後……か……』
気付けば辺りに居る生物兵器の軍勢も減っており、場は収拾が付き掛けている状態。
呟くように言った孫悟空は、沙悟浄と猪八戒に視線で会話する。
次の瞬間に三人は消え去り、他の場所へと向かう。無論の事此処に居た兵士達は消し去っているが、まだまだ敵の兵士は多く居るからだ。
一先ずヴァイスを探すのは止め、他の部隊を手助けに向かうのだった。
*****
この場所には、空間が抜けたような闇が彼方此方に広がっていた。
その下には空間の欠片が落ちており、その場には数人が集まっている。
「……クク、簡単には勝て無ェと知っていたが……これ程までに苦労するとはな……生物兵器を持ってしても手下の兵士くらいしか倒せねェか……」
そんな砕けた空間の欠片が散らばる場所にて、敵の組織で幹部を勤めるシュヴァルツと幻獣の国側であるエマ、ラビア、ジルニトラ、青竜、白虎。
敵としてシュヴァルツを含めたエマ、ラビア、シュヴァルツの三人と、幻獣の国の支配者の側近と四神という三匹の主力が依然として向かい合っていた。
シュヴァルツ率いる軍隊は数千人。エマたちは主力を含めて数人と数十匹。数ではエマたちが不利だが、エマたちにはそれを覆せる質がある。
だからこそシュヴァルツも苦労しているのだろう。生物兵器の兵隊が居なくては、既に敗北していてもおかしくない状況なのだから。
「ふふ、貴様も中々しぶといでは無いか……空間を簡単に破壊しおって……砕けた空間の穴はどうするつもりだ?」
そんなシュヴァルツに対し、フッと笑って話すエマ。
シュヴァルツの攻撃は空間を破壊している。空間が破壊されているのなら、世界に置いて様々な不調が生じるかもしれない。
それが何かは分からないが、空間が無くなって良い事が起こると言う事はそうそう無いだろう。
「クク、そうだな……ま、何れ戻る確率も多少あるだろうよ……んな事より、テメェらも勝ちを確信しているような顔してんじゃなェぞ? 確かにテメェらはかなりの強敵だが……俺にはそれを覆せる気合いがあるんだからよ……!!」
「「…………!」」
『『『…………!』』』
刹那、シュヴァルツを中心として周辺の空間が大きく砕けた。
その衝撃で空間には刳り貫かれたような大穴が空き、再度欠片が大地へと落下する。
それによって粉塵が舞い上がり、黒よりも深い漆黒の空間が姿を見せた。
「クク、そういや言ってなかったな……何も俺は空間を破壊するだけじゃねェって事をよ……?」
「「……?」」
『『『……?』』』
その空間の前に立ち、クッと笑ってエマたちを一瞥するシュヴァルツ。
それを見たエマたちは訝しげな表情をし、依然として警戒を高める。
シュヴァルツの口振りから、何かを仕掛けて来るという事を察するのは簡単だった。後の問題はシュヴァルツが何を仕掛けて来るか、である。
「砕けた空間は……『もう一つの空間』なんだぜ?」
「……な!?」
刹那、シュヴァルツは今居る空間から姿を消した。それを見てざわつくエマ、ラビア、ジルニトラ、青竜、白虎。突然姿を消したのだから当然だろう。
二人と三匹はシュヴァルツを探し、その気配に集中する。しかし当然のように気配は感じられず、ただ静かな空間が広がっていた。
「……砕けた空間……そこはもう一つの空間となる……破壊するだけでは無い能力か……」
呟くように言い、思考を巡らせるエマ。
それはシュヴァルツの言った言葉とその能力について。シュヴァルツは破壊するだけが能力では無く、砕けた漆黒の場所はもう一つの空間であると告げた。
そして気配を完全に消し去り、まるで本当に消えてしまったのかと錯覚させる程の移動術。それらが意味する事はつまり、
「……成る程……空間か……」
『「……?」』
『『……?』』
消えたシュヴァルツの気配を探るエマの言葉。その言葉を聞いて訝しげな表情をするラビアたち。
その様子を見るに、早くもエマは何かに気付いたらしい。流石は数千年生きているヴァンパイアというべきか。そしてエマはその事を訝しげな表情をするラビアたちへ話そうと──
「"次元破壊"!」
──した、その刹那。シュヴァルツの声が辺りに響き渡りエマたちの居る場所。その周りを破壊した。
「……チッ、話は後だ! 一先ず大まかな概要だけ言う! アイツは自分の砕いている空間を移動しているんだッ!」
『「……!」』
『『……!』』
その破壊を見、エマ、ラビア、青竜、白虎が飛び退いて避ける。
突然の攻撃から少し遅れてしまったエマたちだが、何とか躱し終えエマがラビアたちに向けてシュヴァルツの行っている事を告げた。
曰く、空間を砕いたシュヴァルツはその空間の中を進んだとの事。
つまり、空間の隙間から別の空間に出たのだ。空間の隙間に居る時は気配が全て自動的に消える。なのでエマたちでも気配を探れなかったのだろう。
「……そんな事が……!」
「出来るのさ、空間を扱う奴ならではの所業って訳だ……!」
次の瞬間、再び空間が砕ける。
結果的にエマ、ラビア、ジルニトラ、青竜、白虎は二人と三匹がバラバラになり互いの距離が数百メートル程離れてしまった。
敵は何処から来るのか分からないので一人で居るのは危険だが、近付こうにも空間が砕ける為に近付けない。
つまるところ、エマたちは自然と分担されてしまったのだ。
「……さて、どうするか……」
分担されたエマは他の者たちを心配していた。
エマ自身は不死身。なので空間ごと身体を砕かれようと欠片が残っていれば再生する。
だから自分の心配より先に、ラビアたちの心配をしているのだ。
「……距離は大した事無いけど……隙を見せたら死んじゃうかもね……」
他の者を心配するエマに対し、辺りを見渡してエマたちの位置だけは確認するラビア。
数百メートルは中々の距離に見えて、かなりの速度で動く事が出来るラビアにとっては大した事無い。それはラビアのみならず、ジルニトラたちもそうだろう。
しかし、それは相手も同じ。次の瞬間に瞬きをしたとして、その時に気を抜いていたら即座に砕かれてしまうだろう。
秒どころか、コンマすら気を置けない状況にあるのだ。
『……』
『……』
『……』
そしてそれは、全員が別々の方向に居るジルニトラたちも同じ。
三匹は無言で辺りを見渡し、刹那のタイミングを見計らっていた。それを行っている事は本人たちしか知らないのだろうが、偶然にも別の場所に居る三匹は同じように警戒を高めていたのだ。
ジルニトラは魔力を増幅させ、青竜は身体を小さくして的にならぬよう気に掛ける。そして白虎は全身を敏感にし毛先一本一本まで集中力を高めていた。
「……さーて……どいつから殺ろっかなァ……ヴァンパイアはまあ不死身で面倒だし後回しにすっか……じゃあ魔族か幻獣の奴等だな……」
二人と三匹を別の空間から眺める者はシュヴァルツ。
生物兵器の兵士達もエマたちの近くに居るが、その兵士はまだ駆動させていなかった。
一旦エマたちの様子を窺い、絶好のタイミングで兵士達を嗾け自分も行こうと考えているのだろう。
「……やっぱ待つの面倒だし行くか……!」
『……!』
次の瞬間、シュヴァルツは一匹をターゲットにして飛び出した。
その者は即座にその気配を感じ、シュヴァルツの現れた方へと視線を向ける。
「"破壊"!!」
『……ッ!』
それと同時にシュヴァルツが破壊の魔術を放ち、その者は飛び退いて躱した。
そのまま翼で羽ばたき、己の持つ黒鱗を曇天の空の下に晒す者──ジルニトラ。
「ハッ! 避けたか! "魔法の神"と謳われる黒龍の力……見せて貰おうじゃねェか!」
『……ッ、狙いは私だね……!』
その刹那、シュヴァルツは破壊した空間を降らせて空に居るジルニトラへ落とし、ジルニトラはその欠片を泳ぐように避けてシュヴァルツへと向き直る。
『『『…………』』』
シュヴァルツが現れると同時に敵の兵士達も武器を構えて動き出し、狙わなかったエマ、ラビア、青竜、白虎の元へと近寄って行く。
「……兵士が私の方に来た……そして気配が遠方に一つ増えた……成る程。狙いは別か」
その兵士の動きを見たエマは全てを察し、敵の兵士を切り裂き吸い付き操りながらその場へと向かう。
「……成る程ね……!」
無論の事ラビアもそれに気付き、敵の兵士に向けて光の球体をぶつけて消滅させつつ対応していた。
ラビアがそこへ向かわない理由は、少しでも敵の不死身兵士を消せる自分が相手を減らそうと考えているのである。
『……!』
そして青竜は小さくした身体を再び巨大化させ、敵の兵士を凪ぎ払いながら直進する。
消滅させる術は持ち合わせていない青竜だが、自分が動くだけで多くの敵の兵士を吹き飛ばせるので場を整えているのだろう。
『……狙われている者は一つ。そしてそちらに向かう気配も一つ。残り二つは敵の兵士を相手にしている……ふむ、俺も手伝うか……!』
それら全ての気配を感じ、シュヴァルツが現れた方を向く白虎。
そんな白虎は加速し、敵の兵士を切り裂いて噛み砕き吹き飛ばしながら直進する。
一瞬だけ停止し、即座に動き出したこの場。そしてそこには、白髪の者も近付いて来ていた。




