二十七話 vsレヴィアタン
レイ、エマ、フォンセは遠方の土煙が収まったのを確認した。
「ライの戦い、終わったのかな?」
まずはレイが一言。土煙が無くなったという事は、何かが静かになった事と推測したからだ。
しかしその言葉を発したレイに、エマとフォンセは首を横に振って言葉を返す。
「いや、まだだな。まだ終わっていない。……まあ、それも時間の問題だがな」
「ああ、私たちに危害を加えない為か、ただ単に攻撃したらたまたま吹き飛んだのか……取り敢えず遠方で戦っている」
最初にフォンセが言い、続いてエマが言う。それに対してレイはそっか。と小さく返事をして遠方を眺めた。
レイたち三人も出来る事なら手伝いたいが、自分たちはライの足手纏いにしかならない。なのでこの場は、ただ祈るしかなかった。
*****
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
レヴィアタンは海の中にも拘わらず、炎を吐いて攻撃を仕掛ける。その炎は海水を蒸発させ、熱気を発しながら一直線にライの方へ向かって来た。
「こんなもの!!」
それを見たライは水中で身体を捻り、その回転によって生じた爆風で炎を消し去る。
「次は俺の番だ!!」
次いでライは水を蹴り、一気に加速してレヴィアタンの懐に潜り込む。
「オラァ!!」
そしてその拳でレヴィアタンを殴り付け、衝撃で周りの水がライを避け近くの岩が粉砕した。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
「ぐっ!」
しかしレヴィアタンは動じず、拳を放った状態のライに尾を叩き付けた。
頑丈な鱗を持つ尾はそれだけで破壊力抜群の武器にもなるのだ。
そんな尾を受け、叩き付けられたライは岩を砕いて岩礁に激突する。
(くそ……危うく地上に飛び出すところだった……レヴィアタンを見失ったら元も子も無い)
ライは岩礁から抜け出し、口の中が切れた事によって出た血をペッと吐いたあと、岩礁を蹴り砕いて加速し、再びレヴィアタンの方へ向かう。
「まだ終わってねぇぞ!!」
ガボガボと、水によって話しにくいが、ライはしっかりとその口で言った。
これも魔王(元)の力なのか、完全ではないが水中でも地上に似た動きをする事が出来ている。
「ラァッ!!」
グルンと回り、レヴィアタンの頭に回し蹴りを食らわせるライ。
そんな頭には見事ライの脚が命中し、金属のような音が鳴る。
しかしレヴィアタンは動じずに、ギラギラと光る目でライを睨み付けていた。
「チッ……これも駄目か……!」
舌打ち交じりに言葉を吐き捨て、再び構えるライは何としても決着を早めに付けたかった。
何故焦る必要があるのか。その理由は二つある。
一つはレヴィアタンの力が戻らないように、そしてもう一つが、
(くそっ……! 痛みが広がってきやがった……!)
魔王の力を六割使った後遺症の、"痛み"だ。
今はまだ腕をぶつけた程度の鈍い痛みだが、長引けば動くことすら儘ならない痛みになりうる可能性があるからである。
魔王(元)の言っていた事はこの痛みの事だろう。生き物は己の力に身体が追い付かない時、己の身体を破壊してしまう。魔王(元)の持つ強力な力を操れているライだが、その身は耐え切れないという事だ。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
レヴィアタンは吠える。
まるで自分にダメージが無いかのような、そんな猛々しい声だ。
ライの存在に気付いてなかった時は全身が今よりは柔らかい感じだったが、ライの存在に気付き、戦闘体勢に入った途端更に強度が増した。
ライは柔らかい箇所を探しつつ攻撃を続けるが、腹も背中も顔面も、全てが頑丈だったのだ。
まさに"不死身"というのに相応しい肉体だろう。
「チッ……! 弱点を見つけようとしても仕方ない!! 行くぞレヴィアタンッ!!」
考えても埒が明かない現在。無駄な時間を消費するより、ただひたすら攻める事に集中するライは身体を捻り、拳に握力を集中させてレヴィアタンに向けて拳を放つ体勢に入り、
「オラァ!!」
レヴィアタンの顔面に拳を食らわせた。
それを受けたレヴィアタンの顔の鱗が凹み、レヴィアタンの持つその巨躯が浮き上がる。
その衝撃で周りの海水はそれに連られて空高く舞い上がった。
ライの狙いはそれだったのだ。
「今だ!!」
ライが渾身の一撃を放つ為には、海底の"浮力"が邪魔なのだ。
"浮力"によって拳の力が少し弱まり、思うような攻撃が出来ない。
なのでライは周りの海水を飛ばし、陸地と同じような環境を数秒だけ作り上げたのだ。
その数秒間でライは行動に出る。
「今度は……どうだァ!!!」
──その刹那、爆音と共に海底だった大地を蹴り砕き、音速や雷速を超越した、"第四宇宙速度(秒速300キロ)"でレヴィアタンに殴り掛かった。
『キュオ……!?』
レヴィアタンは思わぬ一撃を受け、困惑したかのような声を上げる。
レヴィアタンが声を上げた瞬間、レヴィアタンの姿が消えた。
ライの拳によって海を割りながら吹き飛んだのだ。
「まだまだだァ!!」
ライは追撃の為に、"第四宇宙速度"で吹き飛ぶレヴィアタンの先回りしようとする。
「ゴラァ!!」
そして飛んできたレヴィアタンを、『正面から殴り飛ばした』。
つまり秒速300キロに追い付き、追い抜かし先回りに成功したのだ。
『キュ……!?』
天に舞い上がったレヴィアタンは、自分の状況が分からなかった。小魚程の敵を相手にしていたら天空を舞っていたのだ。レヴィアタンと言えど困惑するのも無理は無いだろう。
「お、おい!! アレを見ろ!!」
「なんだあ!? アレは!?」
「き、巨大な蛇!?」
「なんで海から飛び出したんだ!?」
そしてそこはどうやら陸地の近くだったらしく、人々の声が聞こえる。
ライが今の力を見せたら人々に怪しまれるだろうが、レヴィアタンを倒すために止むを得ずライも海底から飛び出した。
「レヴィアタァァァンッッッ!!!」
「今度は人だ!!」
「待て! い、今……レヴィアタンって!?」
「ま、まさか伝説の怪物が!?」
「め、目覚めたのか!?」
「じ、じゃあ……そのレヴィアタンはあの子供によって舞い上げられたのか!?」
「そんな馬鹿な! そんなこと出来るのは支配者様くらいだ!!」
「いや! そんな事より逃げるんだ!! レヴィアタン何かに勝てる訳無いだろう!!」
叫びながら飛び出したライを見て人々は再びざわめき、次々と逃げ惑う。
ライはそんな人々を気にせず、レヴィアタンに乗った。
「オッッッラァァァ!!」
まずレヴィアタンを踏み台にし、背中を蹴って跳躍するライ。
ライが背を足場にした時に生じたその衝撃でレヴィアタンが海面に叩き付けられ、辺りには海に現れた巨大な壁を彷彿とさせる大きな水飛沫を上げた。
「これで……どうだァァァァァ!!!」
続け様にライは空中を蹴り、大気を揺らして海の中にいるレヴィアタン目掛けて拳を放つ。
──そして海面に当たったライの拳により、『全ての海水が空を舞う』。
水にも拘わらずとてつもない轟音が響き渡り、辺りの水は消え去りそこは海の大地と化した。
「まだだァ!!」
そしてそのまま放たれた、空気の摩擦によって熱を纏うライの拳がレヴィアタンに激突する。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!?』
その時レヴィアタンは初めて、ダメージによる苦しみの咆哮を上げた。
レヴィアタンの咆哮が伝わった次の瞬間には海水が全て海に戻る。そして大きな水飛沫を上げた。
逃げ惑っていた人々は、そのような一瞬にして起こった一連の流れを見て、ポカーン。としていた。
*****
「はあ……はあ……ど、どうだ……ちったあ効いたか?」
ライは痛みを堪えながら連続で攻撃をし、肩で息をするほど疲弊していた
今現在、ライの目の前に居るレヴィアタンはライの攻撃を受けてから動かない。
「……?」
もしかしたら倒したのか? と、ライが思い始めていた刹那、
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
レヴィアタンは光る目を更にギラつかせて起き上がる。
何処から誰がどう見ても怒りを露にしているような、そんな目付きだ。
「……やっとその気になってくれたか……ぶっちゃけ疲れた」
レヴィアタンの様子を見て苦笑を浮かべるライ。レヴィアタンは敵と認識してくれたが、本気になろうとしたのは今回が初。
ライはその事が少々嬉しかった。妻利用するに何はともあれ、これからが本番という事である。そんなライは力を込める。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
そして、初めてレヴィアタンが自分の意思で全身を動かした。
──刹那、レヴィアタンが動いた事により、海が荒れた。至るところに渦巻きが発生し、波が大きく揺れる。
もう一度言おう。『ただ動いただけ』で、だ。
「ハハ、流石最強生物だ……まあ、最悪の魔王なら俺も宿ってるけどな」
【あ?】
ライとレヴィアタンの空間に静寂が広がる。
海が荒れている以外の音は無く、海が反射するコバルトブルーの色だけがこの空間に伝わる。
海が荒れる音は騒がしい筈なのだが、集中を高めるライの耳にはその音が入ってこないのだ。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
そして、レヴィアタンの咆哮と共に両者は動き出した。
「ほらっ!」
まずはライが蹴りを放ち、その蹴りによる爆発的な衝撃で海の荒れは止まった。
海が荒れている状態では戦い難いので、ライはそれを収める事を優先したのだ。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
そして荒れるのが収まった瞬間、レヴィアタンが火炎を吐きながらライに向かって突進する。
動いただけで海が荒れるほどの巨躯だ。
そのレヴィアタンが突進をすれば、半分以下の強さとはいえ山程度なら軽く砕け散る程の威力は出るだろう。いや、それどころか大陸一つを半分以下の力で砕ける筈だ。
なのでライは──
「ラァッ!!!」
──レヴィアタンの突進を、『両手で防いだ』。
流石のライでも片手では無理がある。
なので片手ではなく、両手を使ってレヴィアタンの攻撃を防いだのだ。
魔王を宿しているライにとっては、巨大生物の突進など恐るるに足らない攻撃なのである。
それでもとてつも無い激痛が走るのも事実。しかし不意を突かれたり、当たりどころが悪くなければ簡単に抑えられるのだ。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
攻撃が防がれたことへの苛立ちか、それとも別の理由かレヴィアタンは一際大きな咆哮を上げる。
「五月蝿ェ!!!」
ライはそんなレヴィアタンを殴り飛ばした。
殴り飛ばされたレヴィアタンは轟音を立てながら海底の岩礁を砕いて一直線に進み、島か何かにぶつかってようやく止まる。
「まだだァ!!!」
それを見たライは飛んでいったレヴィアタンを追い掛け、追撃しようと試みる。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
次の瞬間、レヴィアタンが鼻から煙を放出し、ライから視界を奪った。
「こんなもの!!」
ライは腕を振るってレヴィアタンの煙を払おうとするが、その刹那──
「…………ッ!?」
──ライの全身に、太くて硬い、鞭のような物がぶつかる。レヴィアタンの尾だ。
煙によってライが死角を生む事で、レヴィアタンは的確に尾で攻撃をする事が出来たのだろう。
鋼鉄以上の強度を持つ尾によって、思わずライは吐血する。
「……っ! この程度!!」
それでもライは吹き飛ばされるのを堪え、レヴィアタン尾を掴み、
「オゥラァッ!!」
レヴィアタンを振り回して投げ飛ばす。つまり、数百~数千キロの巨躯を放ったのだ。
『キュルルル……』
しかし、レヴィアタンは途中で方向を変えて止まる。
流石に何度も投げ飛ばされたり吹き飛ばされるのはレヴィアタン的にも嫌なのだろう。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
停止するや否や、レヴィアタンは身体をくねらせライに向かって加速する。
「なら、正面から返り討ちだ!!」
それを確認したライも海水を蹴り、レヴィアタンに向かう。
そんなレヴィアタンの動きにより、ライが静めた海が再び荒れていた。
「ハッ!」
荒れる海の中、ライはレヴィアタンに蹴りを食らわせる。
その蹴りで再び金属のような、爆発のような音が鳴り響く。がしかし、それでもレヴィアタンの突進は止まらなかった。
「グハッ……!」
レヴィアタンの誇る巨躯の身体が直接ライにダメージを与え、ライは内蔵がやられたのか再び吐血する。
「イ……テェよッ!!」
ライは攻撃を受けつつ、何とか体勢を立て直し氷柱割りをレヴィアタンの頭に食らわせた。
『キュル……!?』
レヴィアタンの身体は頑丈な鱗に包まれている。
それ故に振動系の攻撃には弱いのだろうか、ライの氷柱割りはレヴィアタンの脳を揺らした。
それによってレヴィアタンの動きが少し鈍る。どうやら軽い脳震盪が起こったのだろう。
その隙を突いてライは海底を蹴り砕き、そのままの勢いで跳躍し、海底から地上の空へ飛び出した。
「食らえッ!! レヴィアタン!!」
そしてライは空中に漂う空気を蹴飛ばし、凄まじい速度で加速を付けて海の中に飛び込みレヴィアタンへ攻撃を食らわせ──
「オラァッ!!」
『……ギ…………!!』
──加速を付けたライの一撃が、見事にレヴィアタンを捉えた。
それと同時に鈍く重い音が海底に響き、レヴィアタンは小さく鳴く。
その威力と衝撃でライの直線上にある水は消え去り、海底の更に深淵へレヴィアタンを沈めた。
「まだだッ!!」
ライは深淵へと沈むレヴィアタンを追い、魔王の力を片手に集中させ沈み行くレヴィアタンに向けて──
「これでェ……どうだァァァ!!!」
──力を込めた、今のライが出せる最大級の攻撃を食らわせた。
『……キュ…………!!?』
レヴィアタンは短く鳴き、それ以降は鳴き声が届かない範囲まで一瞬で離れる。
ライの放った一撃により、この場所だけ海水が無くなり蒸発した。
海水が無くなったそれはまるで、突如として海に現れた、深淵が覗く奈落の底を彷彿とさせるようだ。
数ヶ月から数年経てば元に戻るだろうが、暫くは戻りそうにない。
少なくとも海底では『無くなった』ので、ライは腰が抜けたように座り込む。
「……はあ……はあ……疲れたし、痛ェ……」
レヴィアタンを相手にしたライからは、一気に疲労が出ていた。
本当に倒したのかどうかは定かではないが、取り敢えず数ヶ月はレヴィアタンが這い上がれないだろう。
ライは疲れ過ぎたので体勢を横にし、寝転がる体勢へとなった。そしてふと疑問を思い浮かべる。
(本当にこのままで良いのか? 正直……今の俺は力もでないし……動くことも儘ならないけど……数ヶ月したら完全なレヴィアタンが出てくる可能性があるのにな……。確かに数ヶ月は問題ない筈だ……。けど、数ヶ月したらこんな壁を這い上がって来るほどに力を付けるだろうし……」
頭の中で思い浮かべる事を小さく口に出してしまうライ。
そう、ライは今回、レヴィアタンを倒した訳では無い。一時的に行動不能へと持ち込めたに過ぎないのだ。
つまり数ヵ月後、レヴィアタンは再び目覚め海底から這い上がる事だろう。
そんなライを見て魔王(元)が言う。
【安心しろ。お前は僅か数週間で俺の力を六割使えるんだ。それなりに強い奴と戦っていけば数ヶ月もしねェ内に俺の力を完全に操ることができる筈だ。それに下手したら──『俺の力を越える』事があるかもしれねえぞ?】
(……は? ……ま、マジかよ!?)
ライは魔王(元)の言葉に驚愕した。
確かに自身でも魔王の力を使いこなしている事は理解している。だが、その魔王を越える力が自分にあるとは思わなかったのだ。ライの驚き様を見て魔王(元)は笑っているかのような声音で言う。
【マジも大マジだ。お前は魔族の中でも上位の力を持つから俺を操れている。信じられねえかもしれんが、『お前は俺以上の潜在能力を秘めている』んだよ。何故かって聞かれるとよく分からんが、何となくそんな気がするんだ。いずれ俺に頼らなくても戦えるようになる可能性があるからな。そのうち俺はお前の中から消えるだろう】
(…………!!)
ライは何も言えなかった。
だが確かに思い当たる事もある。
魔族と聞かされてから数週間で人間の兵隊を率いる指揮官を倒す事も出来た。
それ以外でも今のライなら自身の力でちょっとした幻獣・魔物程度なら勝てるだろう。
しかし、魔王(元)がライから消えるという言葉の意味が齢十四、五のライには理解できなかった。
困惑しているライの様子を見て魔王(元)は茶化すように言う。
【ま、それが数ヶ月後になるか、数年後になるか、……数百年後になるかは分からねえしな。悪魔で俺の推測だ。そんなに気にすることもねえだろ】
(……ああ、分かったよ。魔王)
まだライの整理は付いていないが、数ヶ月後に再び出現する可能性のあるレヴィアタンといずれ戦うことになるだろう。
それ以外の敵──"支配者"と"ヴァイス"の事にも集中する為、無理矢理自分の思考を変える。
そんな事を考えていると、ライの目の前に、三人の姿が現れる。
「ライ! 無事だったんだ!! 良かったぁ!!」
「ふふ……怪物すらを倒してしまうとはな……流石だ。ライ」
「お前の気配を見つけた時、まさかとは思ったが……本当に倒したのか……」
レイ、エマ、フォンセだ。
どうやらフォンセの"探知魔術"でライを見つけ出し、この場所には"空間移動魔術"を使って辿り着いたのだろう。
ライは、"俺が倒した訳じゃないけどな……"と苦笑を浮かべて三人の元に近寄る。
これにより、レヴィアタンの騒動は一時的に解決したのだった。