二十六話 vsクラーケン・vs怪物(開戦)
ライは海底を進んでいた。
魔術で創った球体を壊さぬように気を使いつつ、建物から建物に飛び移り高所から下を見回して怪物を探しているのだ。
(……何処に居るんだ怪物は?)
しかし周りには何の気配もなく、静寂な空間が続く。
一度立ち止まり、改めて見回しても見えるのは巨大なクラーケンの姿くらいだ。
一向に姿を現さない怪物についてライは悩む。
「うーん……」
ライ的にはなるべく街の形を残しておきたかったのだ。それはまだまだ調べてみたい事があり、この街がどのような成り立ちで此処まで発展したかなど気になる事は山程あったからである。
だがしかし、怪物が中々見つからず埒が明かなくなっていた。世界と自分の知的好奇心を天秤に掛けた結果、普通に考えれば自分の興味を諦めなくてはならないだろう。
なのでライは止むを得ず、『その結論に至った』。
(……仕方ない……こうなったら……!)
幸い、ライが居たのは丁度街の中心くらいにある場所だ。
此処ならば『何をしようと』レイたちの場所に伝わる衝撃は少ない。
握り拳を作って腕を振り上げ、感情を露にし、
「出てこいやァッ!! 怪物──ッ!!!」
爆発的な轟音を辺りに響かせ、己の持つ魔王の力を自分が今使える上位の力で海底に拳を叩き付けた。
それによって海底へ響いた轟音と共に巨大な振動が奔り、そのまま衝撃は海底全体に伝わる。
そして、さながら砂の城が崩れる如く勢いで──
──『街が粉砕した』。
街『だった』物を包み込む程の粉塵が立ち込めり、一瞬にして街は粉々になった。
その様子を見てクラーケンの動きも止まる。しかしそんなことはどうでも良い。ライは今、怪物を見つけることが先決だったからだ。
「……ビンゴ……!」
そしてライは建物の下で塒を巻いていたそれを確認し、怪物の正体が分かった。
海底だからか黒く見える巨躯の身体に、頑丈そうな鱗。そう、その生物──
「成る程……世界が破滅させる恐れがある怪物……確かにコイツなら納得だ……──"レヴィアタン"ならな……」
──"レヴィアタン"とは、リヴァイアサンとも言い、"最強の生物"と謂われている魔物だ。
身体は長くて巨大、約二〇〇〇キロ程あると謂われ、あらゆる武器を通さない無敵の鱗と不死身の肉体を持つ。
その巨躯故に、少し動いただけで海が荒れると謂われている。
口から炎を吐き、鼻からは煙を出す。
狙った獲物は逃さず、何処までも追い詰めるという。
まさに、完全無敵の最強最悪生物なのだ。
「……まさか、レヴィアタンだったとはな……でも力が半分以下ってのも関係あるのか、身体は数百キロくらいしか無いみたいだけど……」
ライはその姿を見て冷や汗が流れる。
動いておらず、ただ塒を巻いているだけで力が半分以下なのにだ。
レヴィアタンはライの身体を貫くような、重くて熱い威圧感を醸し出していた。
そして何より驚愕したのは、街を消し飛ばすほどの衝撃を受けても尚、レヴィアタンの鱗には傷一つ付いていなかったことだ。
ライが直接攻撃をした訳ではないが、街が消えても動じない姿勢は最強と謂われる事を納得せざるを得ない風格があった。
「さて……始めるか……レヴィアタン!!」
ライは声と共に大地を蹴り砕き、粉塵を巻き起こしながら姿を捉えたレヴィアタンへ攻撃を食らわせる為に距離を詰める。
レヴィアタンはまだ気付いていないのか、それとも相手にすらされていないのか、全く微動だにしない。
「こっちを見ろ!! レヴィアタンッ!!!」
ライは加速し、先程街を砕いたときよりも威力の高い拳をレヴィアタンに放つ。
その拳は加速の勢いで熱を帯び、海の水を断たんとばかりの破壊力だ。
そのままの勢いでグンッとレヴィアタンに迫り、レヴィアタンにライの拳が命中する。
『…………!』
レヴィアタンに当たった拳は鈍い音を響かせ、レヴィアタンの鱗は金属と金属がぶつかったかのような甲高い音を鳴らす。
その熱と衝撃で周りの水が消し飛び、ライとレヴィアタンの周囲に視界を無くすほどの土埃が巻き起こる。
次の瞬間には海水が再びライとレヴィアタンの元に戻された。
しかし、
『…………』
レヴィアタンは未だに動かず、塒を巻いていた。
レヴィアタンの鱗には少しの傷や窪みも無い。
そして、その鱗を思いっきり殴り付けたライの拳からは鮮血が溢れ出ていた。
「成る程……これはちょっと面倒だな」
ライは久々に流した血を見ながら、苦笑を浮かべて呟く。
取り敢えず負けるということはないが、勝てるかも分からないという状態だ。
街や山を容易に消し飛ばせる拳を受けても傷一つ付かない鱗。
それに加え、不死身の肉体と動くだけで海が荒れる巨躯の身体。その脅威はクラーケンとは比にならない程だった。
しかし、ライも全く本気ではないので、魔王の力をフル活用すれば勝てないことも無いだろう。
今のライに出せるフルパワーといえば精々全盛期時代の魔王が持つ半分くらいだが、レヴィアタンの能力も半分以下の為、ライが少し有利だろう。
レヴィアタンが気付いていない今が絶好のチャンスなのだ。
「まあいいか……まず手始めに、『俺の存在に気付かせてやる』だけだ……」
ライは魔王の力を半分に高め、再びレヴィアタンへと向き直った。
*****
──次の刹那、レイとフォンセは同時に動いた。
「やあッ!」
まずレイが剣を横に薙ぎ、斬撃を飛ばしてクラーケンの触手を切断する。
『……!?』
その斬撃によって再び切断されたクラーケンは困惑するように自らの触手を見る。
「今だ!」
その隙を突き、フォンセが炎と水を放出してクラーケンを狙う。
『……!!』
クラーケンは熱と貫通する水を同時に受けて怯み、その隙を突いたエマがそこに飛び出しクラーケンの触手に立つ。
「ふふ、確か……軟体動物の血液は人間と違ったな……なら精気の方を分けて貰おう」
エマはゆっくりと歩きながら、精気を吸いやすい場所に移動して、膝を付き牙を立てる。
牙はクラーケンの柔らかい触手に刺さり、エマは精気を吸っていく。
『…………!?』
クラーケンは自身の命が吸われていることを理解したのか、自分よりも遥かに小さいエマを振り下ろそうと触手を闇雲に振るっていた。がしかしエマは落ちず、精気を吸い続ける。
「やれやれ、精気くらいゆっくり吸わせて欲しいものだ」
クラーケンが触手を振り回して少し経つ。
そしてエマは精気を吸い終えたのか、ウネウネ動く触手の上に立った。
通常ならば湿っているクラーケンの触手に立つことは困難だろう。
それに加え、クラーケンは触手を振り回しているので更に立ちにくい筈なのに、エマは簡単に立ち上がったのだ。
「さて、久々に精気を吸ったし……海の中でも少しは動けるようになったかな……?」
『…………!!』
手や脚を軽く動かし、自身の力を確認するエマ。
そんなエマに向かってクラーケンは触手を叩き付けようとする。
その刹那──
「容易い」
──エマは、『片手で触手を防いだ』。
「ふむ……まあ、こんなものか……ヴァンパイアの力はまだ七割くらいだが……クラーケン程度なら勝てるだろう」
そしてブチッ! という音と共に、エマはクラーケンの触手を引き千切る。その触手を後ろに捨てたエマは冷たく凍えるような、不気味な笑みを浮かべて一言。
「さあ……殺ろうか?」
『……!!?』
エマが浮かべたその微笑みを見た瞬間、クラーケンの全身に振動と衝撃が駆ける。
生存本能がクラーケンに告げているのだ。『このままでは……殺される』と。
相手は小さい。クラーケンからすれば無害な砂程度の大きさ。だがしかし、ヴァンパイアの醸し出す"捕食者側の殺気"を感じていたのだ。
生態系の頂点にでも立っているかのような、そんな雰囲気のヴァンパイア。クラーケンは今、ヴァンパイアによって食われようとしている事が始めて分かった。
『………………!!!!』
クラーケンは恐怖に戦き、自らの触手をエマに連続で叩き付ける。
思考を停止して、ただ自分が死なないように目の前にいるヴァンパイアを追い払う為にただひたすら、我を忘れて触手によってヴァンパイアを追い払おうと──
「やぁッ!!」
──そしてその触手は、勇者の子孫によって切り裂かれる。
「"土の拘束"」
触手が切り裂かれたあと、魔王の子孫による拘束魔術がクラーケンの動きを封じた。
しかし、クラーケン程の大きさを封じるにはとてつもない魔力を消費するので、活発に動いている一部の脚だけを拘束したのだ。
エマはクラーケンの顔付近まで近寄り、薄ら笑いを浮かべて言う。
「さあ、クラーケンよ。再び眠りに就くが良い。何時目覚める事が出来るかも分からない……深い眠りにな……」
『────!!??』
クラーケンは完全にパニック状態へ陥り、動かない脚をバタつかせて命乞いをしているかのような動きだ。続いて墨を吐き、最後まで悪足掻きをする。どのような手を使おうと、どのようなやり方だろうと、食われぬように抗うクラーケン。
「ふふ……海の中なのに、墨で汚れてしまったではないか。……なあ、クラーケン?」
『────!?』
エマがクラーケンを睨み付け、それによってクラーケンの動きが完全に停止した。
ヴァンパイアであるエマの持つ能力、"催眠"だ。
催眠によってクラーケンの脳に刺激を与え、クラーケンを眠らせたのである。
二、三日もすれば目覚めるが、その頃には誰もいなくなっているだろう。
例えライが勝とうと、負けようと。
エマは遠方に巻き起こっている土埃を眺めて一言。
「……勝てよ、ライ」
呟くように、誰にも聞こえないように言ったその声は、海の波によって消えていったのだった。
*****
「オ────ラァッ!!!」
ライは拳に力を込め、渾身の一撃をレヴィアタンに叩き込む。
その攻撃で海底に巨大なクレーターが浮かび上がり、街を飲み込む土埃が舞い上がった。
『…………』
しかし相変わらずレヴィアタンは大きな動きを見せない。精々舌を出し入れするくらいだ。
鱗も大分凹ませたが、まだ気付いていないのだろうか定かでは無い。
「うーん……。やっぱ、鱗を……いや、全身を砕かなきゃならないかあ……。……心なしか"今何かしたか?" 的な事を言いたそうな顔をしているようにも見えるな……レヴィアタンは俺に気付いていないし気のせいだろうけど……」
ライは血が滲んだ手を組み、厄介だし面倒だなあ。と、呟きながら頭を掻いて首を傾げていた。山河を粉砕するライの拳や脚。それを受けたレヴィアタンは依然として動じない様子。確かにこれは面倒この上無い事だろう。
そんなライは試しに魔王(元)へと確認してみる。
(なあ魔王? ……本当に今の俺じゃお前の力を半分しか使えないのか?)
それは出せる力の事だ。
ライは今まで魔王の力を最大でも半分、つまり五割しか使った事が無い。
しかし、魔王(元)を完全に操れていないとはいえ、本当に限界が五割だけなのか疑問に思っていた。
確かに五割の力でも街や山を軽く消滅させることができ、支配者や一部の幻獣・魔物以外なら余裕で勝てる。
だが、その支配者や一部の幻獣・魔物と鉢合わせた時に、どのように対処すれば良いのかが分からなかった。
その為、ライ自身が魔王の力を半分以上使えることが出来るのかを知りたかったのだ。
それを聞き、魔王(元)はライの質問に答える。
【そうだなぁ……お前が『ちょっとばかし痛ェ思いをする』けど……その気になりゃ……六割くらいは使えるんじゃね?】
(……六割……か……)
それはつまり、今の限界よりもほんの少しだけ上の力しか使えないという事だ。
魔王(元)が言った、『ちょっとばかし痛ェ思いをする』。という言葉が気に掛かるが、ライは言う。
(分かった! お前の言うちょっと痛いがどれくらいかは分からないが、悩んでいる暇はない!! お前の力を六割纏う!!)
ライは纏う事を決めた。
レヴィアタンの力が戻る前に終わらせなければならないので、うじうじしている場合じゃないのだ。
魔王(元)は、笑っているかのような声音で一言。
【オーケー。任せときな】
──刹那、ライを取り巻く渦が更に深くなり、更に黒くなる。
身体中を高速で血が駆け巡る。煮え立つような、近付く者触れるモノ全てを葬ってしまうような危険な気分だ。
レヴィアタンはライの様子を見て何かを感じたのか、それとも気紛れか、頭をゆっくり持ち上げた。
「やっと動いたか……レヴィアタン……」
それを見たライはどちらにせよ、ようやく動いてくれた事へ苦笑を浮かべて言った。
そして言葉を続ける。
「今度はどうだァ!! レヴィアタンッ!!」
魔王の力を六割纏ったライは拳をレヴィアタンに向けて放つ。
拳を動かした衝撃と爆風によって、とてつもない轟音と粉塵が巻き起こり、海底廃都市の残骸が吹き飛び──
『…………!!』
──次の瞬間、レヴィアタンが鈍い音を立てて……『吹き飛んだ』。
レヴィアタンが持つ巨躯の身体と、武器を通さない無敵の鱗ごと吹き飛ばしたのだ。
レヴィアタンの持つ頑丈な鱗には、金属が拉げるような音が鳴り響き、レヴィアタンは吐血する。
果たしてレヴィアタンに内蔵があったのだろうかと疑問に思うところだ。
『キュルオォォォ!?』
レヴィアタンは一瞬何が起こったのか分からず、初めて咆哮以外で声を上げる。
そしてライが殴った衝撃で『海の水が無くなる』。かつて海を割ったモーゼの如く、綺麗に海が割れたのだ。
レヴィアタンは動きが止まることなく、幾多の岩盤を撃ち抜き、貫通して行く。
「まだまだァ!!!」
ライは海底を蹴り砕き、レヴィアタンを追う。その衝撃で水の球体が砕けたが、気にする必要は無い。そう、また創れば良いのだから。
「食らえッ!!!」
一瞬でレヴィアタンに追い付いたライは、未だ飛び続けるレヴィアタンへ向け、踵落としを食らわせる。
『キュル!?』
的確にレヴィアタン頭を捉えたライの踵落としによって、レヴィアタンが更に深い海底に激突した。
激突によって生じた振動で海底から砂が舞い上がる。
今の踵落としでも海が割れたが、ライは気にする事無く追撃を続ける。
「オラァ!!」
海底で蹲っているレヴィアタンに向けて再び拳を放つ。
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
レヴィアタンもようやくライの存在に気付いたのか、咆哮を上げて威嚇し、その咆哮によって海の岩が崩れ落ちるのが窺えた。
音は時に硝子を粉砕させる事もあるという。それは音の振動により、高速で物質が震える事で起こるらしい。
「邪魔だァ!!!」
そしてライは、『岩ごとレヴィアタンを殴り飛ばした』。
しかし、今度のレヴィアタンは何とか堪えてライの方を睨み付けるように見やる。
「流石だな、レヴィアタン。不意討ちじゃなきゃ吹き飛ばないか……!!」
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
再び咆哮を上げるレヴィアタン。
今度の咆哮は、ただ鳴いただけでは無く戦闘を受けるという意味の咆哮だろう。
つまり、レヴィアタンから見たライが始めて敵と認識されたのだ。
この瞬間、魔王vs最強生物の戦いが遂に始まるのだった。