二百六十三話 幻獣の国の最高戦力
──"幻獣の国"・某所。
太陽が真上から少し動き、正午を過ぎた今日この頃。相も変わらず暖かな日差しが降り注ぐ幻獣の国にて、敢えて日差しの当たらぬ薄暗い場所に陣取る影がそこにはあった。
「……で、どうだったシュヴァルツ? ベヒモスは連れて来れたのかい?」
「ああ、目的は達成……だがまあ、相手も流石の幹部だった。今回の結果としては良かったが、今度戦ったらどう転ぶが分からねェと思うぜ」
そんな影の二つ、ヴァイスとシュヴァルツ。
ヴァイスがシュヴァルツに向けて成果を尋ね、シュヴァルツはクッと笑いながらヴァイスに返した。
シュヴァルツは魔族の国に行き、魔族の国の街"タウィーザ・バラド"にてベヒモスを連れて帰り復活させる為に幹部のアスワドと一戦交えた。そんなアスワドの魔法を掻い潜り、何とか倒す事の出来たシュヴァルツであるが次に戦う事があるとしても必ず勝てるという保証は無いらしい。
「アスワドか……まあ、確かにあの女の魔法はかなりの力を秘めているな。魔法を使わせたら幹部一の実力者だからな」
「そうですね。力のダーク。魔術のゼッル、魔法のアスワド。刀のザラームに影魔術のシャドウと特化型剣魔術のブラック。……何れにせよ、幹部達は他人には無い強さを秘めている。先ず元側近の私たちでは勝てるかどうか危ういですね」
シュヴァルツの話を聞き、アスワドについてヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギアよりは詳しいゾフルとハリーフは頷きながら同調するように返した。
そもそも幹部には皆、普通では無い力が宿っている。それらを全て打破するという事は、至難の技なのだろう。
その強さは文字通り身を持って知っているゾフルとハリーフだからこそ、二人の同調には信憑性が高かった。
「まあ、その怪我は受けたけど目的は成功したんだし、別に良いんじゃない? 今までは全て前座。僕たちは全員が本気じゃないし、ライたちも全員が本気って訳じゃない。幻獣の国の戦力が整いつつあるとして、何ら問題は無いだろうね」
ヴァイス、シュヴァルツ、ゾフル、ハリーフが話す中、椅子に座り伸びをするように凭れているグラオが適当にそう言い放った。
そう、グラオ達は昨日、幻獣の国に置いて幹部を勤める者たちの街へ仕掛けその戦力を見極めていた。
その時グラオは全くの本気で挑まず、ライもまだ余力を有り余らせるように本気では無かった。
その事から、グラオにとっての相手側であるライたちが本気で戦っていた者は少ないと推測したのだ。
「グラオ、貴方は適当過ぎ。何とかなるとか問題無いって問題じゃないの! 私が言うのもなんだけど、私たちはシュヴァルツしかちゃんと目的を達成出来ていないんだよ!? 本気じゃないって言ってもグラオ以外の全員が敗北した訳だし、幻獣の国の街から連れて来た実験材料はいつの間にか連れ去られていたし、増やそうにもグラオ以外の全員が敗北したから幻獣達を連れて来る事も出来なかった! つまり、今居る兵士達で戦うしか無いんだよ!?」
そんなグラオに向け、今まで黙って話を聞いていたマギアが爆発したように長々と告げた。
そう、今回の襲撃にてハリーフはドラゴンに吹き飛ばされ、マギアはレイに興味を持ったので退き、ゾフルはラビアと敗北に近い形で引き分け、ヴァイスは孫悟空の分身に苦戦し、グラオはライと数秒から数分しか戦っていない。
そんなこんなで、唯一成功したのはシュヴァルツだけでありそのシュヴァルツも苦戦を強いられた。一応ヴァイスは如意金箍棒を手に入れたが、それでも雀の涙程度。数万匹分の戦力に比べたら少な過ぎるくらいだ。要するに今回の戦いは、誰が見てもヴァイス達の敗北でライたちの勝利だろう。
「ハハ、それもそうだね。いやいや、強かったよ斉天大聖。多分一番じゃないかな」
「フフ……私が敗北したのは支配者。つまり、幹部の側近という一番弱い敵と戦って敗北したゾフルさんが最弱ですね」
「あん? んだとハリーフゴラァ!? 少なくとも不意討ちでワイバーンを襲撃したにも拘わらず、致命傷を与えられなかったテメェが最弱だろ!? ラビアも結構強ェぞ!?」
「ハッハ、俺は正々堂々正面から幹部を打ち破ってっからな! 俺のは文句無しの勝利だぜ!」
「ハハハ、皆何言ってんだか……ライが最強で僕が最強でしょ?」
「そう言う事じゃない!」
マギアの話を聞き、ヴァイス、ハリーフ、ゾフル、シュヴァルツ、グラオの順で五人は自分達の戦った相手が強かったとアピールしていた。
マギアはそんな五人に呆れ、思わずツッコミを入れる。普段は真面目なヴァイスやハリーフまで乗ってしまっているのだから大変だ。
「はあ……何でヴァイスとハリーフまでノリノリなのかしら……確かに斉天大聖は強そうだけどさ……」
呆れるマギアは頭を抱え、ため息を吐いて告げる。戦闘好きのシュヴァルツ、グラオ、ゾフルはまだしも、比較的戦闘を行わないヴァイスとハリーフがそういう雰囲気なのが気に掛かっているのだ。
「フフ、強そうじゃなくて強かった。が正しいかな。……けれど、私は別にノリノリという訳では無いさ。斉天大聖の強さを改めて理解したから対策を練る為にも強さを理解して貰いたかっただけさ」
そんなマギアに向けてヴァイスは笑いながら言い、訂正を加えていた。
要するにヴァイスが言った"強かったよ斉天大聖、多分一番じゃないかな"。と言う言葉は、ヴァイスが今までに戦った敵の中では一番の強さを秘めており、そんな斉天大聖の対策はしっかりと練った方が良いという意味が込められていたのだ。
なので決して他の幹部が戦った敵より自分が戦った敵の方が強かった的な自慢ではない。
「そう。……け・ど! それでも今回は選別するよりも早くに幻獣達を連れ去られたし幹部の街を襲った時何千人もの兵士が消されたじゃん? その穴はどうするかって事!」
つまりマギアは、自分達の戦力不足を感じて気に掛かり、その事をヴァイスに話していたのだ。
ヴァイス達の連れる不死身兵士や巨人兵士は一人と一体で通常の兵士何百人分もの戦力となる。その数が一万人なら百万人もの軍勢に匹敵し、十万人なら一千万人。百万人なら一億人もの兵士に匹敵する力がある。
だがしかし、その分倒されてしまえば一気にその戦力が減るという事なのだ。
前述したように兵士一人は百人力。つまり、一人倒されるだけで百人分の兵力が削られるという事。昨日攻め込んだ時、ライたちによって不死身兵士の軍隊は数千人は軽く消された。
一人千人分の戦力として、その戦力は十万人に匹敵する。数千人という事は、数十万人の兵士が消えたも同然なのだ。
「フフ、そういう事……大丈夫さ。此方にはバロールやベヒモス。そして『コイツ』が居る……」
「……?」
「「「「…………?」」」」
その懸念に対しヴァイスは、一つの箱を取り出した。
それはバロールやベヒモスという怪物と同じような秘密兵器らしいが、その事を知らないシュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフは"?"を浮かべてその箱に視線を向ける。
「……んだァ? その箱は? 小せェし軽そうだが、何か入ってんのか?」
その箱を見、ヴァイスに向けて尋ねるように質問するシュヴァルツ。
そうこの箱は、やけに小さかったのだ。しかし、小さくとも何かが封印されているという可能性はある。
シュヴァルツが持ってきたベヒモスも小さな瓶のような物に入れられていたのだから。
「ああ、勿論さ。バロールやベヒモスと同等の怪物が眠っている……まあ、今は身体があって無いようなモノだし、戦争の時に私が再生させとくよ……」
シュヴァルツの言葉に頷いて返し、不敵な笑みを浮かべるヴァイス。
その表情から察するに、本当に何かの怪物が眠っているのだろう。身体があって無いようなモノという事は、かつての戦いか自然災害かでバラバラになった可能性が高い。
「へえ? 面白そうなモノをいつの間に……ヴァイス?」
「ハハ、念には念を入れるものだからね」
「それが本当に役に立つの?」
グラオが言い、ヴァイスが返す。そして尋ねるように質問するマギア。
その問いに対してヴァイスは「勿論」と頷き、これにて話が終わる。戦争に向け、ヴァイス達一味は着々と準備を進めていた。
*****
──"幻獣の国・支配者の大樹"。
『皆の者、よくぞ集まってくれた。この国の兵士がこれだけ集まってくれるとはありがたい限りだ。住民たちも危険が無いよう話をしっかり聞いてくれ』
一方、支配者の国。その国にある世界樹の欠片を使った大樹にて、支配者であるドラゴンがこの街の兵士たちや住民たちに話をしていた。
まだライたちとブラックたち。そして幻獣の国の幹部や黄竜率いる四神たちは集まっておらず、ドラゴンが話しているのは街の住民と兵士のみである。
その内容は戦争が起こったとして、どのように対処するか。幹部たちが集まらなかった場合、どのような立ち回りを行うか。
そして勝てないと悟った時、どのようにしてその場から撤退するかなど、戦争に置いて重要な事だった。
住民たちには支配者の大樹のどの場所に何があるのか、安全地帯は何処かなどの事を話していた。それを知るだけで幅は広がり、敵がこの大樹へ攻め込んできたとしても多少は対応出来る事だろう。
『これにて俺からの話は終わりだ。後は幹部を待つだけだが……』
これにてドラゴンの話が終わり、幹部たちを待つのみとなった。
しかし、ライたちとニュンフェ。レイたちとワイバーンを除いた主力は既に昨日のうちに集まっていた。その事にドラゴンは大層驚いたが何とか平穏を保っていた。
そんなレイたちとワイバーンも今朝合流し、ユニコーンもつい先程やって来た。それについて更にドラゴンは驚いたがしかし、一部の兵士や住民全員にはまだその事を教えていないのだ。
この大樹は国レベルの大きさがある為、レイたちとブラックたち。幹部たちや黄竜たちをバレずに隠す事も出来る。
なのでドラゴンは敢えて口を濁すように話したのである。
仮に幹部たちが前に現れたとして、兵士たちや住民たちにパニックが起こってしまう可能性があるからだ。そうなった場合、ドラゴンが先程説明した内容が覚えられずに、結果としては危険に晒してしまうかもしれない。
なのでドラゴンは今日の昼までに集まった者を一気に紹介する事で話を既に終え、多少のパニック程度なら抑えられる環境を作り出したのだ。
『ドラゴン様……実は……』
『……。成る程……分かった』
その時、伝達約の小竜兵士がドラゴンの近くに飛んで来、ドラゴンに向けてライたちがやって来たと情報を伝えた。
それを聞いたドラゴンは頷き、改めて目の前に居る兵士たちと住民の方に向き直る。
『皆の者聞いてくれ! たった今、幹部たちがこの街に到着したとの事だ! これからこの場所に俺の側近と幻獣の国の幹部を呼ぶ!』
『『『…………!!』』』
その伝達を受け、幹部たちが今来たばかりという体で兵士たちと住民たちに話すドラゴン。
それを聞いた兵士と住民はざわつき、その波が波紋のように広がって行く。しかし当然だろう。幻獣の国に置いて最高戦力である幹部がやって来たと言うのだから。騒がない方がおかしいというレベルの問題だったのだ。
『では、入って来てくれ。このメンバーの一人一人、一匹一匹が我ら幻獣の国の兵を連れ長官として指揮をする!』
「え……聞いてないんだけど……」
ドラゴンがやって来た者たちをこの場に集め、幻獣の国の兵士を纏める指揮官に任命すると告げた。
後ろからはたった今やって来た一人の少年──ライがそんな事知らないと言いた気な表情だったが敢えてそれを無視するドラゴン。
「ハッハ! まあ、急いでやって来たお前からすりゃ、突然言われた事だな! 因みに俺たちは既に昨日話されていたぜ」
そんなライに向け、ライの肩を叩いて笑いながら話すブラック。どうやら昨日来ていた者は既に教えられていたらしい。
「ああ。まあ、私は纏める事など出来るか分からないが……取り敢えずバラけた方が良いと考えて納得したな」
その後ろからはフォンセがおり、腕を組みながら話す。
フォンセは多少の不安がありそうだが、出来るだけの事はやるつもりでいた。
「ふふ、まあでも……演説的な事は何度かやっているんだ。私は別に不安など無いが、ライやマルスのような若輩者でも無問題だろうさ。良かったな」
「良くありませんよ! この大樹の管理なんてとても僕には……」
そして他にもエマが現れ、マルスは青ざめたような顔付きでエマに話していた。
前線に出ないマルスはどうやら、幻獣の国から住民を集めたこの大樹の管理を任されているらしい。
「ハハ、大丈夫さマルス王。何もアンタだけが大樹の管理をする訳じゃない。戦闘がメインじゃない兵士や、幹部に俺たちの誰かも管理する筈だ」
「そうだよマルス王♪ ライ君にとっては今聞いた事だけど、二人とも不安そうな顔しちゃダメだよ♪」
「そうね。守護って意味なら私が適応していますし……不安要素は皆無に等しいわ」
そんなエマとマルスに続き、サイフとラビア、シターも姿を見せる。三人はライとマルスを気に掛けてくれており、相変わらずの軽い態度だった。
「うう、けど私も指揮は不安だな……剣しか振るえないし……」
「私も……逆に幻獣たちを危険に晒しちゃうかもしれない……」
『フッ、案ずるで無い娘ら。そんな者の為にも幹部が居るんだ。指揮を取った事の無い者には我らが指示を出す』
それを聞き、此方も不安そうな表情で話すレイとリヤン。
そんな二人に向け、問題ないと話すワイバーン。
どうやら幹部は指揮を取った事の無さそうな者に付き添い、大部分を担ってくれるらしい。
『珍しいですね……ワイバーンさんが人間に荷担するとは……戦争は大荒れになりそう……』
『ふふ、それを言うのなら貴女もですわフェニックスさん? 貴女がここに来るとはね……』
『あらあら、鋭利なブーメランが御自慢の角を貫いてますよ? ユニコーンさん。貴女が協力するとはね……』
『ふふ、私の角ならばそのブーメランを跳ね返して炎の翼に穴を空けますね……』
『御冗談を。貫かれた翼は即座に再生し、再び貴女を貫くでしょう』
『何ですか……?』
『此方の台詞です……!』
そんなワイバーンの様子を見、炎の羽と美麗な鬣を揺らして話すフェニックスとユニコーン。別段仲は悪くなさそうなのだが、似た者同士という事だろうか。
『なーんで戦闘前から始まってんのかね……あの二人……いや、二匹は』
『ブヒ……何でだろう』
『まあ、喧嘩する程仲が良いというし、我らが気にする事では無いだろう』
そんな二匹を見、苦笑を浮かべながら話すのは孫悟空。それに対して猪八戒が返し、沙悟浄が補足を加えるように推測していた。
『アハハ……戦争前だから気が立っているのかな……』
「ふふ、あり得ますね。まあ、ある意味緊張が無いのでこれもまた一興でしょう」
『楽しそうで良いじゃん♪ 私は好きだよ、こういうの♪』
そんなやり取りを見ていたジルニトラ、エルフのニュンフェ。そして四神の青竜が一人と二匹で話す。これが俗に言うガールズトーク。では無いのは見て明らかだ。
『ふむ、我々は特に話す事も無いな、フェンリルよ』
『ああそうだなガルダ。まあ、様々な神と関わりがある我ら同士、仲良くしようでは無いか』
『神に恐れられた二匹か。まさかこんなところで御目に掛かれるとは。中々無い事だな』
そんな光景を見、意気投合しているガルダとフェンリル。
そしてそんな二匹に興味を引かれている様子の玄武。四神と謂われ、神の一人である玄武が御目に掛かれないと言っても説得力は少ないが、伝説になりうる幻獣が揃っているのだ。無理は無いだろう。
『さて、私たちはどうしましょうかしら? 麒麟さん』
『うーん……思い付かないわね。取り敢えず便乗して話すだけ話して起きましょうか』
その光景を眺め、話す内容も特に無いので麒麟に尋ねる朱雀と、それに返す麒麟。
この二匹は神々や伝説の幻獣が集まる光景を楽しそうに眺めていた。
『フッ、戦争前だと言うのに……随分とお気楽なメンバーだ。しかし、だからこそ協力してみるのも面白いのだな……』
『ハハ、そうですね黄竜さん。まあ、このメンバーが居れば相手がベヒモスやその他の封印されし怪物を使ってこようと、そうそう沈む事は無いと思いますがね』
それらライたちメンバーとマルスたちメンバー。そして幹部たちや四神たちを眺め、フッと笑って話す黄竜に返す白虎。
こうして今この場にて、全ての戦力が出揃った。
『何と……幹部様方が全員……!』
『それだけじゃない……四神という御方たちまで……!』
『それに魔族の国で幹部を勤めているブラックさんだ……!』
『いや、あの子供……ライと言ったな。彼もかなりやるらしいぞ……!』
『これなら……勝てるかもしれない……!』
『……いや、確実に勝てる……!』
そんな伝説の存在たちが集合しつつある支配者の大樹にて、兵士たちや住民たちは目を輝かせながら彼らを見ていた。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人にマルス、ブラック、サイフ、ラビア、シターの五人。
そしてニュンフェ、ワイバーン、フェニックス、ガルダ、フェンリル、ユニコーンの二人と四匹。
次いで黄竜、麒麟、白虎、青竜、玄武、朱雀の六匹。
最後にドラゴン、ジルニトラ、孫悟空、沙悟浄、猪八戒の二匹と三人。
その戦力は世界を相手に戦ったとしても最上級の位置に立てるメンバーだろう。
今、幻獣の国支配者の街にて、幻獣の国が誇る最高の戦力は欠ける事無く、全員集合した。
そして、いよいよ本番前となる最初にして最後の作戦会議が開かれるのだった。