二百六十二話 目的・終了
──"五つの島からなる場所"。
時を少し遡り、黄昏時を過ぎた昨日の夕刻を廻って夜。
東西南北と真ん中に漂う島の中央にて、支配者であるドラゴンと"青竜"、"白虎"、"玄武"、"朱雀"の四匹からなる四神。そして"黄竜"、"麒麟"の二匹が居た。
計七匹の幻獣たちは向き合っており、話し合いを行っている状況。その中でドラゴンは、言いたい事を話終えた。
『──って事だ。今、我々の故郷である幻獣の国は先程話したように、かなり危険な立ち位置に居る。相手も予想より強くてな、特に不死身の兵士が数万人居る事が問題だ』
ドラゴンが話した内容は、現在の幻獣の国の状態。そして幹部を招集しているという事。侵略者組織の幹部達について。敵の主な戦闘方法。
このように、今述べたものはドラゴンが話した事のほんの少しだが、ドラゴンは真剣な顔付きで真面目に黄竜たちへ救援を要請しているのだ。
今現在、壊滅の危機に瀕している幻獣の国。幹部たちはまだ誰一人として落とされていないが、それも時間の問題だろう。
外からやって来たライたちの勧誘が上手く行くとも限らない現状、支配者レベルの強さを秘めている四神とその長の黄竜。その黄竜を対になる麒麟の力を借りる事は重要な事の一つだった。
『成る程な、確かに話を聞く限りじゃ中々に厄介な状況らしい。道理で支配者であるドラゴンが苦労する訳だ。昼間にアンタとワイバーンの所へ攻めて来たって事は、相手も主格を潰すように行動しているって事だろ?』
そんなドラゴンの話を聞き、納得したように頷く黄竜。
黄竜はドラゴンの話を復唱するように言い、その事から敵は本腰を入れて算段を立てている事を推測した。
『ああ、どうやらそのようだな。まあ、さっきも言ったように……外から来た実力者たちと魔族の国の幹部たちが協力してくれているから多少の戦力は整った。だがしかし、その者たちは九人が実力者で残りの者は一般兵。それでも十分な戦力だろうが、俺には敵組織が何かの隠し玉を持っている気がしてならないのだ』
『隠し玉……? ……いや、あり得るかもしれないな。この世界を仕切る四つの国。そんな国の一つに攻めようと言う輩なら何か持っていてもおかしくない』
ドラゴンはライたちや孫悟空たち。そして幹部たちを信頼していない訳では無い。
寧ろこれ以上に無い程信用しているので己の国を離れ、黄竜たちを引き入れようと行動する事が出来たのだ。
『ああ、だからこそお前たちに力を貸して欲しいというだ。仮に侵略者が封印されている怪物などを率いて来るとすれば、流石の少年たちや俺に幹部たちですら苦労する事だろう』
敵の主格はまだ、ライたちから聞いた幹部の存在しか知らないドラゴン。
その幹部格はかなりの力を秘めていると話から推測出来たが、その幹部以外にも力を持った存在が居ないのかを気に掛かっていたのだ。
もしもそのような怪物などを相手が所持していた場合、それはもう幹部格の者ですら命を落としてしまうかもしれない。それ程までに危機的状況にあるのだ。
『成る程な。……しかし、苦労するってだけで別に戦いに負ける訳じゃねぇよな? 特にドラゴン。アンタが居るだけで戦況は大きく変わる筈だ。それに加え、アンタの側近にゃあの"斉天大聖"と謳われる孫悟空。そして幹部の中にも実力は支配者クラスあり、かつて世界中の神々を相手にたった一度の敗北すらを喫していないガルダや。災いを招く存在と恐れられ、神と呼ばれる存在や支配者の元で監視下に置かれたフェンリルも居る。そして戦闘好きの種族である幹部の者に、アンタから見るとかなりの力を秘めている少年とやら……その者たちが協力するだけで軽く沈める事が出来るだろうよ』
ドラゴンの話を静聴していた黄竜は言いたい事を淡々と綴り、自分たちが力を貸さずとも勝利を収める事が出来るのでは無いかと告げた。
そう、今現在幻獣の国が率いるメンバーは世界的に見ても最上位へ食い込む程のメンバーである。
ドラゴンや黄竜たちは知らないが、かつて世界を支配していた魔王を宿うライやそんな魔王の子孫であるフォンセ。
そして世界を救った勇者の子孫であるレイにヴァンパイアのエマと神の子孫であるリヤン。
このように有名どころの幻獣も去る事ながら、かなりの実力者が幻獣の国に集合しているのだ。
『ああ、そうかもしれないな。……しかし、その保証が無いと言う事もある。寧ろその可能性の方が高いだろうよ……この世界には支配者レベルにして誰にも付かぬ者も居るからな。この世界には一番というモノが存在しないと言っても良いだろう。村、街、国、惑星、恒星、銀河系、銀河集団、宇宙、多元宇宙。そんな世界に置いて、あり得ない事を探す方が難しい現状。これは人間の言葉だが、"備えあれば憂い無し"。だから俺はお前たちを味方として引き入れ、敵の組織を協力して打ち破りたいのだ』
そんな黄竜の言葉に対し、確かに勝てる確率は高いと言うドラゴン。幻獣の国に置いてドラゴンが信頼しており強き者を連れ、万全の体制を整えようとしているのだから可能性は高いだろう。
だがしかし、この世界にはキリが無く延々と上が続いている。
そんな世界では、起こらない事の方が少ない。なのでドラゴンは念には念を入れ、黄竜たちを味方にする事で確実に敵を叩こうと考えているのだ。
『……て事はアンタ……相手には何か裏があると、そう考えているのか? 隠し玉があるかもしれないと言うのは悪魔で推測……しかし、アンタはその推測をさも確実のように話している……』
『……』
ドラゴンの言い分は、確かに正しい事である。上には上がおり、無限に先が続いているようなこの世界。
そんな世界にて、もしもの年に備えた対策を練るのは当然の事。それが戦争ならば尚更だ。
つまり要するに、相手がレヴィアタンやベヒモスに匹敵する怪物や、その他の怪物を使ってくる可能性を考慮した方が良いという事である。
『ああ、そう考えなくては幻獣の国に攻めて来た理由として明確なモノが無いからな。幾ら不死身の兵士が居たり腕に自信があるとは言え、それだけで攻め落とせる程この世界は甘くない。征服の為に攻めて来たのなら、もっと戦力を整えている筈だからな』
それに返すドラゴンは、相手の戦力不足について疑問のようだ。支配者にバレぬよう、一つの街を軍隊で攻め落とす不意討ち型の征服ならまだしも、国その物に戦争を仕掛けるとしてたった数万人の不死身兵士や数万人の巨人兵士では足り無さ過ぎるのである。少なくとも国には、数億匹の幻獣が居るのだから。
『根拠は無いようだが可能性はある……か。何とも言えないな……強いて言えば感情に任せたような言葉……その為に我ら四神と長の俺を引き入れたいのか』
ドラゴンの綴る言葉に黄竜は、半ば呆れていた。
それもその筈。どのような論で自分を言い伏せるのか楽しみだったようだが、ドラゴンの言葉は"可能性が高い""そうかもしれない""その筈だ"など、全て曖昧な表現なのである。
確かに確定していない情報が多い事には変わり無いが、それにしても不確かなモノが多過ぎるのだ。
『その通りだ。知ってるだろ? 俺の勘はよく当たる。つまり、相手が世界を滅ぼすレベルの幻獣・魔物を使ってくる可能性は十分あるって事だ』
黄竜に向け、フッと笑いながら話すドラゴン。
その根拠は"勘"らしい。その表情は笑っているがふざけている様子は無く、己の勘に身を任せている、そんな雰囲気だ。
『次は勘が根拠……か。不確定要素が多過ぎる……それでも支配者かアンタは。……だがまあ、確かに勘が当たるってのはあるかもな……』
そんなドラゴンに呆れる黄竜。しかしドラゴンの事は知っているらしく、ドラゴンの勘と言うモノには説得力があるものらしい。
ただの勘と言うモノに何故説得力があると思うのか、その理由は定かでは無い。が、根拠が無いのが根拠と言う事なのだろう。
『しょうがない。特別に協力してやろうじゃないか。支配者の座を押し付けられる訳じゃ無さそうだしな。まあ、支配者の器って話ならアンタの血を受け継ぐアイツの方が適任だろうけどな』
そんな話を聞いていた黄竜はドラゴンの真面目なのだが曖昧な話に笑い、協力してくれると告げた。
何が決まり手となったのかは分からないが、ドラゴンと黄竜が不仲という訳では無いので勢いに乗せられたのだろう。
支配者にはなりたくない黄竜だが、その事にも何か理由がありそうである。
『フフ、知っているだろう。アイツは俺をも凌ぐ竜だが、そのような器に収まる存在では無いのだ。だからこそ心配でもあるんだがな』
『ハハ、そうかい。じゃあ、話も終わった事だし先に行っててくれ。青竜、白虎、玄武、朱雀、麒麟と共に直ぐに行く』
そんな事は気にせず、軽く笑い合う二匹。此処が黄竜たちの棲み家という事もあり、何かしらの準備は必要なのだろう。
黄竜の言葉に四神と麒麟は頷いて返し、これにてドラゴンと黄竜の話し合いは終わりを迎えた。
*****
──時を戻し、"幻獣の国"。
「な、何と言う事だ……!」
「幾らなんでも無茶だよ……ボク?」
「ああ、流石にこれは……」
『確かに動き難いと言ったが……まさかこれ程までしてくれるとは……』
『君は一体……』
一方で、実験施設のような場所からエルフ族と幻獣たちを助け出したライ、リヤン、ニュンフェの三人。
その助けられた幻獣たちは、不安そうな表情でライに向けて話していた。
ライはそれを気にせず、ただ前を見つめて何かを行う体勢に入っている状態。
その、不安の引き金となっているライが行っている行動は──
『……まさか……我々ごと地面を持ち上げるなんて……!』
──捕らえられた際に負傷などをし、動き難くなった幻獣の為に、『直径数キロ程の大地を持ち上げていた』のだ。
その重さ、少なくとも数十tは下らないだろう。寧ろ数百tにまでにも上るかもしれない。
数キロの地面を持ち上げているのだから。突然だろう。
その地面に怪我で動けない者、実験によって弱っている者などを乗せ、仕舞いにはリヤン、ニュンフェと健康その物の幻獣たちも乗せている。
ライがユニコーンと約束した、"昼までに戻る"という事は即ち、そういう事なのだ。
その地面には壁のような物や天井のような物も造られており、地面というよりは箱に近い形をしていた。
仮にライが魔王の力を一割纏った第一宇宙速度で掛けた場合、突っ掛えが無ければリヤン、ニュンフェ幻獣たちが吹き飛ばされてしまう。
ライ自身が掴んでいるのなら良いが、この数を幻獣たちに比べたら小さな両手で持つのは数十tの大地を持ち上げるよりも大変だろう。
なのでライは箱のような形を造り、天井のような物を地面に付けたのだ。
それでも吹き飛び、かなりのダメージを受けてしまう可能性がある。だからこそリヤンとニュンフェを乗せ、吹き飛んだ幻獣たちをどうか押さえるつもりなのだ。
この場所から支配者の街までは数十キロ程度で、音速程度で行っても事足りる距離だ。しかし戻るのなら早い方が良いだろう。なのでライは魔王の力を一割纏う。
「じゃ、飛ばすからしっかり捕まっていてくれ……!」
その刹那、ライは足元の大地を踏み砕き、第一宇宙速度で加速した。
この速度ならば数十秒で支配者の街まで辿り着くだろう。
因みにライの抱える大地に居る幻獣たちはリヤンが大蜘蛛の糸で何とか繋ぎ止めていた。しかしその糸にも範囲があるので、繋ぎ切れないカバーはニュンフェが行う。
たった数十秒、されど数十秒。その数十秒のうちに放たれる圧は凄まじく、幻獣たちは堪えるのもやっとの状態だ。
先を急ぐ為とは言え、この数十秒間はリヤンとニュンフェがその生で体感した数十秒の中、かなり上位に来る集中力を使っている事だろう。
一瞬で実験室のような建物から飛び出し、支配者の街を目指すライ。
ライも目的は達成している状態である。
後は昼までに支配者の街へと行く事だけが最後の目的なのだ。
支配者の街に戻り、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人。
そしてマルス、ブラック、サイフ、ラビア、シターの五人。最後に沙悟浄たち側近とニュンフェ、フェンリル、ユニコーンを含めた他の街に居る幹部。
その全員、幻獣の国に置ける最高戦力とライたちのような最強助っ人。
その全てが合流した時、ヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフの戦争が開始する筈だ。
レイたちが上手く幹部の勧誘に成功したかは定かでは無いが、ライはレイたちを信じているのでその点については問題ない。
そしていよいよ、世界を収める四つの国のうちの一つである幻獣の国と、その国へ攻めようと目論む侵略者の全面戦争が行われようとしていた。
本番が始まるのはまだ先であろうが、それはたった数日、今から一週間も無いだろう。
──今、幻獣の国に置いて着々と戦力が整いつつあり、始まりを告げる終わりの音がただ静かにその時を待ち続ける。




