二百五十八話 無効化能力
──"幻獣の国・某所"。
「此処か……。何だか、重い雰囲気の場所だな……けど、確かに多くの気配は感じる」
「うん……まだ……実験は行われてない……かな……?」
「そうですね……恐らくは。フェンリルさんの街に敵が来たという事は、昨日が幻獣たちを集める日で今日実験を行う日……なのでしょう」
ユニコーンと別れたライ、リヤン、ニュンフェの三人は、飾り気が無く鈍色をした石造りである建物の前に居た。
その建物は何かの施設のようであり、そこへ捕らえられた幻獣たちが居るという事を考えるのは難しくない。
そこには見張りの兵士がおり、数人が同じ箇所で行ったり来たりを繰り返していた。数は少ないが、何れにしても不死身の兵士という事に変わり無し。
「どうするの、ライ? 見たところ見張りの数が多いけど……」
「そうですね……どうします? ライさん?」
不死身という事を踏まえ、ライの方を向いて尋ねるリヤンとニュンフェ。
ライは兎も角、リヤンとニュンフェは協力しなくては不死身の兵士を消滅させる事は出来ないので余計な体力を使わぬ為に戦闘を避ける事を優先とし、慎重に行った方が良いだろう。
昨日の今日という事は、既に幹部たちは全員がこの拠点らしき場所に戻っている可能性がある。幾らライが居ると言え、敵が幹部ならば苦戦を強いられるだろう。
もしかすればそれよりも先に、この宇宙が終わりを迎えてしまうかもしれない。ライは何億、何兆光年、更に言えばそれ以上の広さを持つ宇宙その物を破壊できる力を持っているのだから。
リヤンとニュンフェは知らないが、魔王曰くライたちの住む宇宙のみならず多元宇宙なども一瞬で破壊出来る力を持っていると言う。
次元の壁すら軽く超越し、多元宇宙、異世界、四次元、それらを破壊出来る力があると豪語する魔王(元)。それには信憑性があり、実際宇宙を消し去ろうとしたシヴァの攻撃を防いだのも事実。
ニュンフェはライの底力を知らないが、支配者クラスはあると推測している。敵幹部の強さがどれ程か定かでは無いが、戦いの途中で星が無くなってしまわぬようリヤンとニュンフェは警戒しているのだ。
護るべき国どころか、星すらも無くなる。そうなってしまった場合、元も子も無いのだから。
「そうだなあ……」
【ククク……正面突破で良いだろ。ついでに相手のお偉方を吹き飛ばせたなら万々歳……違ェか?】
それを言われ、考えるライとそんなライに向けて話し掛ける魔王(元)。
魔王(元)は取り敢えず正面から攻め込み、そのまま仕掛ける方が良いと言う。
魔王(元)の声は何時も通りリヤンとニュンフェに聞こえていないが、流石にその方法では目立ち過ぎるだろう。なのでライは、
(良し、じゃあそうするか)
【流石だぜ! 少しは分かるようになったじゃねェか!】
魔王(元)の言葉に快く了承した。
あまり目立つような行動を避けたい気持ちはあるライだが、着々と幹部たちが集まる中でのんびりする訳には行かないからである。
ならば、少々の無理もやむを得ない。実際、遅かれ早かれ何れ戦う事となるライたちとヴァイス達。
ヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフとは決着を付けなくてはならないのだから。
「……ライ……?」
「ライさん……?」
「……! おっと、悪いな、少し考え事をしていた……」
そして少しの間黙り込んでいたライに向け、怪訝そうな表情で小首を傾げながら尋ねるリヤンとニュンフェ。
ライは何時ものように誤魔化し、それから言葉を続けて話す。
「じゃ、リヤンとニュンフェが……あるか分からないけど、裏口から入ってくれ。俺は正面から入って気を引く」
「……! でも、それって……」
ライは戦う事は言わなかった。しかし、数週間の付き合いだがリヤンはその様子から何かを悟りライに向けて何かを言おうとする。
「大丈夫、暴れないから!」
「ライ……」
そんなリヤンに人差し指を上げ、口を紡がせた後に軽く笑って話すライ。
リヤンは何か言いた気だったが、そんなライの顔を見てしまっては言うに言えなくなってしまう。
「ふふ、どうやら止めても無理な様子ですね……分かりました。私とリヤンちゃんで住民たちを救い出しに行きます……!」
その様子を見ていたニュンフェは笑い、ライの意見に賛成する。
実のところニュンフェは、ライの強さについて詳しく知らない。なので確かめる為にも丁度良いと考えているのだろう。
「ニュンフェさんも……。うん……分かった、気を付けてね……ライ」
「ハハ、お任せあれ。リヤン」
そしてライ、リヤン、ニュンフェは二手に別れて行動を起こす。
ライは一番見張りの数が多い正面口。リヤンとニュンフェは手薄な裏口。入る場所は違えど、目的は同じく住民を救出する事である。
三人は迅速に、且つ慎重で静寂に扉の方へ──
「オラァ!!」
『『『…………!!?』』』
──行く前に、魔王の力を一割纏ったライが扉ごと兵士達を吹き飛ばした。
「……ライ……!?」
「ふふ、賑やかな御方ですね♪」
それを遠目から見たリヤンは珍しく表情を変えて驚き、ニュンフェは楽しそうに笑う。
ライが囮になっていると言う意味ならば目立ち過ぎるくらいが丁度良いが、如何せん慎重に行く事を目的としている現在、目立ち過ぎるのはどうかと思われる。
「……ニュンフェさん……暴れないって何だっけ……」
「ふふ、さあどうでしたっけ? けど、頼もしいじゃありませんか」
思わず近くを走るニュンフェに"暴れないから"と言ったライの事を尋ねるリヤン。
しかし軽く笑うニュンフェにはぐらかされてしまった。
何はともあれ、やや目立つ形としてライ。そして慎重にリヤン、ニュンフェ。その三人は住民たちが捕らえられているという建物に向かって行く。
*****
──"幻獣の国、某建物"
「そ──らよっと!」
『『『……!!』』』
魔王の力を一割纏ったライは破壊した扉からそのまま蹴りを放ち、内部で見張りをしていた兵士達を吹き飛ばした。
その衝撃は辺りを揺らし、建物の壁を風圧のみで粉砕する。無論かなり手加減しており、一割のうちの一割程度しか使っていない。それでも破壊が大きい為、力の調節が大変である。
(何とかならんかね、これ)
ライは限り無く弱い力を使っていても尚、一挙一動で巨大建造物や大樹を砕いてしまう力を感じ、改めて考える。
魔王が持つのは魔法・魔術などの異能を全てを無効化する力。
言ってしまえば、ライ自身の力のみでも巨体建造物や大樹を砕く事は出来るだろう。つまるところ、ライ自身がどれ程力を弱めようと、ライの力に魔王の力が上乗せされるが故に強大な破壊を生んでしまう。余計な破壊を抑え、無効化能力だけを使えれば良いのだ。
【クク、そんな事か。出来るぜ? 俺の力だけを使う事はな?】
(お、マジか?)
そんな思考をするライに向け、笑ったような声を上げて話す魔王(元)。
本人が言うに、どうやら魔王(元)の持つ無効化能力だけをライに使う事が出来るらしい。
【ああ。……そもそも、俺の力とお前の力は別モンだ。そんな力が一つの身体に宿っているって事はお前の物理無効の力と俺の異能無効の力を一つだけ使う事も、両立させる事も可能よ。当然だ、俺は悪魔でお前の中に住んでいるってだけだからな。もう既に能力程度なら自由に使えるだろうよ。俺の十割を纏えた程だからな】
(へえ。それはありがたいな。じゃ、どうやって使うんだ?)
魔王(元)の話を静聴し、感心するように思うライ。
続け様にライは魔王(元)へ向けて質問した。魔王の持つ無効化能力。それを使えると知ったとしても、使い方が分からなければ宝の持ち腐れだからだ。
【そらもう今まで通りだな。俺の力を纏う時に込める力を抑えながら筋力じゃなくて異能に集中するんだ。魔術を使う時と同じ感覚……しかし違う……要するに、四大エレメントを拒絶すりゃ良いのさ】
(うん……うん?)
ライの質問に対し、淡々と説明する魔王(元)。
ライはそれを聞き、一度頷いて返す。が、やはり意味が分からず"?"を浮かべながらもう一度頷いた。
魔王(元)が要約するにエレメント。つまり今周りに漂っている空気や水分などを拒絶する事が重要と言う。
しかし、普段から存在するモノを拒絶する事などほぼ不可能に近いだろう。ライが普段魔王の力を使う時は無意識のうちに魔王の無効能力まで使えている。だが、魔王の力では無く無効化の力だけとなるとどうすれば良いのかよく分からないのだ。
【うーん……。なん言ーかな……お前が魔術を使う時、己の魔力を四大エレメント……つまりこの世の全ての自然に干渉している……その干渉を拒否しつつ、魔力を"無"に干渉させりゃ良いんだ。無ってのはお前も体験した事がある筈だ。いつぞやの支配者……シヴァっ言ったか? そのシヴァと戦った時に俺たちゃ宇宙へ飛び出した。その果てまでな。そこにあったのは俗に言う"暗黒物質"って言われる物質と、今回は関係無いが壁代わりとなった惑星の数々……その惑星は空気や土と言った四大エレメントの炎、水、風、土で構成されている。……だが、"暗黒物質"は確かにあるが存在しないっ言ー物。存在しないが存在しているって言う事は矛盾している。その矛盾、"暗黒物質"にお前の魔力を干渉させるんだ】
(四大エレメントじゃなくて……存在しない物質に魔力を干渉させる……ねえ……)
この宇宙には、観測されていないが宇宙の大半を占めると言う物質──"暗黒物質"なる物が存在していると謂われている。
それは見るに耐えない見た目をしているや、目で見る事は出来ないなどという仮説が多く立てられているのだ。
そのように"無い"が"有る"。"無"が"有"という、矛盾を顕現させた物質。
その物質に魔力を干渉させる事で全てを拒絶し無効化させる、能力無効の魔術が使えるようになると言う。
しかしこれを行える者は存在自体が矛盾している魔王くらいであり、他の魔法使い・魔術師ではそれが出来ないのだ。
理由は簡単、魔王のように多元宇宙や異世界と触れる事が出来ないからである。
魔王はその気になれば多元宇宙を含めた全宇宙やこの世界とは異なる世界、異世界。そして次元の違う二次元や四次元、その他諸々の次元。それら全てを一瞬で消し去る事が出来るという、理不尽を具現化させたような存在。
他の魔法使い・魔術師とは違う存在の魔王。全能域にまでは到達していなくとも全能を粉砕出来る力を秘めているのだ。
だからこそ、他人に出来ぬ無への干渉も行える。そう、全能では無くとも全能を打ち砕ける魔王ならば。
【クク、お前もそうだ。お前は俺のような存在を受け入れ、俺を宿す事が出来ている。お前じゃなけりゃ身体が俺を拒絶し、その身体の主を死に至らしめるだろうよ……つまりもう、お前は無意識下でエレメントとは違う自然に干渉しているって事だ。『お前は魔王になれる素質を秘めている』】
(……! 俺が……魔王になる素質を……?)
魔王の力は強大にして強靭であり、この世のモノとは思えぬ凄まじく悍ましい力である。矛盾に干渉出来る者など、この世に何人存在するか分からない。
いや、そもそも魔王が勇者に封印された後、果たして魔王の子孫であるフォンセを除いた者で無効化能力を使える者は居るのだろうか。
そのような力を纏いつつ、完全にでは無いが使い熟しているライという少年はもう、人間・魔族・幻獣・魔物の枠に収まり切る程小さな存在では無いのだ。
【ククククク……ああ、お前は世界を思い通りに出来る。さあ、力に溺れて世界征服を達成させようぜ? 余波やこの建物、星を、宇宙の無事を気にする必要は無ェ。お前なら必ず、全てを手に入れる事が出来るんだからな!】
自分の話を興味津々で聞くライに対し、魔王(元)は嬉しくなったのかまたもや物騒な事を告げる。
しかしそれは嘘では無く、ライは本当に宇宙を手にする力を持っているのだ。そんな力があれば力を振り翳し、自由奔放で気儘に生きる事が出来るだろう。
普通の者からすれば、これ以上に求めるモノは無くなり更なる高見を目指すのかもしれない。それを聞いたライはと言うと、
(いや、だから俺はいいって別に。別にしなくても"いい"って意味だからな? やっても良いって意味じゃなくて。確かに俺は世界の秩序を整える為と祖母の仇を討つ……ってのもおかしいな……。まあ、何はともあれ、傍から見たら復讐目的だけど自由気儘な世界征服旅をしたい訳じゃ無いんだよ。俺は魔王にはならない。世界を征服した暁には、のんびりと縁側にでも座った隠居生活を送ってみるさ)
無論、断った。
ライは力に身を任せ、自分にとって都合の悪い事を全て破壊する世界征服をしたいという訳では無い。争いが絶えず、魔族という理由だけで祖母を奪った事は許していないが、世界を思い通りに運ばせるのが目的では無いのだ。
【ケッ、つまらねェ子供だぜ。何で齢十四、五のテメェがもう隠居生活を考えてんだよ。アホか。野望は高く持たなきゃつまらねェ人生を送るだけだぜ?】
(ハハ、野望ならあるさ。それが世界征服だ。けど、復讐の為に周りを巻き込む必要は無い。祖母の仇って意味なら、もう既にあの時の兵士と見物人、処刑人はこの世に居ないからな……)
悪魔で平和主義者のライ。そんなライに対し、つまらなさそうに吐き捨てる魔王(元)。
そう、祖母の命を奪った一同は既にあの世。若気の至りというべきか、旅立ったその日に消しているのだ。それに対しても罪悪感を覚えたライだが、そのような事を自分自身がしない為にも世界征服を目指している。大き過ぎる野望を叶えた暁には、少しくらい暇をもて余すのも悪くないだろう。
【へいへい、そーかよ。じゃあ、殺したくないお前が無効能力を使ってその不死身共を楽にしてやりな】
(何か棘のある言い方だな……コイツらは殺さなくちゃ止まらないんだから仕方無いだろ……)
──その刹那、ライの身体に魔力が集まり、その魔力が宇宙へと干渉する。
元々魔法・魔術というモノは、確かに宇宙へ干渉するが直接触れている訳では無い。己の魔力が"それ"となり、何も無い空間から四大エレメントを生み出せるのだ。
なので仮に宇宙が無くなったとして、それでもライは魔術と無効化能力が使えるだろう。
この状態なら敵に無効化能力者が居たとしても、無と干渉しているライの魔力が消える事は無い。
そしてライは魔王の力とはまた別の力を生み出し、"何もない"が現れる。
因みに今回はライと魔王の空間でのみ話していた為、現実時間では秒も経過していない。
魔王の持つ無効化能力のみを纏ったライは加速して駆け出し、目の前に居る不死身の兵士達との距離を一気に詰めながら接近した。