二百五十六話 アスワドvsシュヴァルツ
──"タウィーザ・バラド"、立ち入り禁止区域。
その時、周りの空間が砕け散った。周りにある建物ではない。周りの空間その物が粉砕したのだ。崩れた空間には何も映らず、漆黒の闇よりも暗い黒が漂っていた。
その空間の欠片が舞い、朧月の光が反射してキラキラと輝く。空間の欠片が輝く光景はどういうモノかと思うところだが、現在この空間はアスワドの目の前で、ガラスのように砕けたのだ。
「空間を砕く魔術……触れるだけで全てを破壊するとは……厄介ですね……!」
「ハッ、テメェこそかなりの威力を秘めた魔法だな! そうそうお目に掛かれない代物だ!」
空間の破片がキラキラと降り注ぐ中、アスワドとシュヴァルツが空中で向き直る。
アスワドは己の箒に跨がっており、シュヴァルツは跳躍してから少し経ったので地面へ降り立っていた。
「しかし、長く飛び続ける事が不可能である貴方が相手なら、そう簡単に攻撃を受ける事は無いでしょう! ……"雷"!!」
刹那、アスワドは空中で魔方陣を描き雷魔法をシュヴァルツ目掛けて放つ。雷撃はパチパチという音と共に青白い光を放ちながら空気を突き抜けて進み、不規則な変化をしながらシュヴァルツの方へ行く。
「俺に砕けねェものはねェんだよ!!」
次の瞬間、その雷撃はシュヴァルツによって砕かれた。それはさながら握り潰すかのように、掌に纏った破壊魔術によってアスワドの放った雷魔法を砕いたのだ。
「そうですか"土の槍"!!」
砕かれた雷を一瞥して箒の上に立ち上がるアスワドは、そのまま空中へ魔方陣を描く。そこから土で造られた大量の槍を造り出し、そのまま放った。放たれた槍は高速で直進し、衝撃波を生みながらシュヴァルツへ向かう。
「無駄だって事が分かんねェのか!?」
シュヴァルツはそんな槍に向けて手を翳し、正面から受け止めた。その手にぶつかった槍は先端から崩れ行き、最後には粉微塵となる。
「それに、確かに俺は空を飛べねェが……やりようは幾らでもあるんだぜ?」
刹那、シュヴァルツは大地を踏み砕いて跳躍し、アスワドの近くまで一瞬で辿り着く。しかしその距離は数メートル程離れており、空中での行動が自由では無いシュヴァルツでは破壊魔術が届かなさそうな範囲だった。
「"空間破壊"!!」
「……! な……!?」
次の瞬間、アスワドの周りが──『砕けた』。
箒に立つアスワドの周りにあった闇夜の空間。その空間が粉々に砕けたのだ。
「……ッ、まさか……!?」
空間が砕けた瞬間、アスワドの箒がグラグラと揺れ、アスワドのバランスが崩れる。
その事が理解出来ず、困惑するように箒を操作するアスワド。しかしその箒は言う事を聞かず、アスワドの魔力を受け付けず浮遊魔法の効果が切れたそれはそのまま地面に落下した。
「……ッ! 何故……!」
そして落下したアスワドは少しばかりダメージを受けており、片手に箒を持ちながら降り立つシュヴァルツの方を見やる。
砕けた空間は再びキラキラと降り注ぎ、箒を片手に持つアスワドと不敵な笑みを浮かべるシュヴァルツを輝かせていた。
「簡単な事だ、俺が空間を砕いてテメェが乗る箒の均衡を崩した……ただそれだけだ。あったモノが無くなりゃ、同じようにそこにあった箒を支えるモノも無くなっちまうんだよ」
「……そんな事……」
軽薄な笑みを浮かべながらアスワドの質問に返すシュヴァルツ。
それを聞いたアスワドは信じられないような表情をするが、今その事が目の前で起こったのも事実だ。
確かにシュヴァルツは空間を砕き、アスワドの箒を空から引き摺り降ろしたのだから。
「ククク……空間が砕かれた時……そこに何が残るか知ってるか?」
「……何を……?」
唐突に、シュヴァルツはアスワドへ向けて質問するように言葉を発する。
それを聞いたアスワドは警戒しつつシュヴァルツに返し、その問いの意味を窺う。
「答えは"無"だ。"何も残らない"が"残る"。つまりそこに存在するのは矛盾した存在って事だ……異次元、異空間。その何れとも覚束無い存在……いや、場所……って言った方が良かったな……」
"空間"にして"存在"。それがシュヴァルツの破壊魔術によって生み出されるモノ。
そこには何も"無い"が"有り"、空間その物が矛盾していると言う。なのでアスワドの箒は均衡が崩れ、バランスを失って落下したのだ。
「魔力を……無効化しているのですか? いえ、この場合は通常の無効化とは違いますね……確かに魔力は残っていたのですから……」
「ククク……その通り。空間が無くなったから必然的に魔力も無くなったに過ぎない。何も無い場所では、"何も無い"しか残っていないんだからな。まあ、魔力が犠牲になったお陰で箒その物とテメェ自身は消えなかったけどな」
シュヴァルツの説明を聞いたアスワドは推測し、自分自身でそれは違うと自己解決する。それに対し、クッと笑って返すシュヴァルツ。
そう、シュヴァルツに相手の魔法・魔術を無効化する力は、無い。あるのは驚異的な身体能力と、全てを破壊する魔術だけだ。
驚異的な身体能力があるので魔術を使えなくとも十分に戦えるが、それも相まって凶悪な魔術を使うと言うのだから堪ったモノでは無いだろう。
「しかし、ならば空間を破壊されるよりも早くに仕掛ければ問題ないと言う事ですよね?」
刹那、アスワドは再び箒に跨がり、一瞬にして上空へと昇り行く。そして空に大きな魔方陣を描き、その呪文を詠唱した。
「"雷の雨"!!」
それと同時に空から雷が降り注ぎ、雷速で辺りを感電させ行く。アスワドは、魔方陣を描かなくとも魔法を使う事が出来る。
しかし魔方陣を描く事により、より広範囲を魔法で埋め尽くす事が出来るのだ。
フォンセと"ホウキレース"で戦った時は広範囲を狙う必要も無かったので使わなかったが、シュヴァルツの場合は正面から放てばその魔法を破壊されてしまう。
なのでアスワドは、数撃てば当たるの戦法で戦闘を行っているのだ。
「ハッ、また雷かッ! 俺は身体に破壊魔術を纏う事も出来んだぜ?」
それを見たシュヴァルツは雷に向かって跳躍し、身体に破壊魔術を纏いながら直進した。進む度にバチバチという破裂音が響き、シュヴァルツの身体を雷が流れる。
しかし数千万~数億ボルト程度の電流など容易く破壊するシュヴァルツは、そのまま突き抜けアスワドの前へと辿り着く。
「オラァ!」
「……!」
そんなシュヴァルツは破壊魔術を纏った拳でアスワドに仕掛け、アスワドは箒を駆使してその拳から逃れる。
何とか避けたアスワドだが、先程までアスワドが居た空間には穴が空く。
そしてそんな空間の欠片にシュヴァルツが乗り、アスワドの方を睨み付けた。
「その空間に乗れるのですね……!」
「ああ。まあ、乗れるのは空間を破壊した張本人の俺だけだけどな?」
次の瞬間、シュヴァルツは空間の欠片を踏み砕き、再び加速してアスワドの前へと躍り出る。
アスワドはそれを目視出来たが避け切れず、
「"破壊"!!」
「……ッ!」
箒を失った。脚や足では無い、アスワドの乗っていた箒である。
箒が砕け、重力に伴って落下するアスワド。
「"浮遊"!」
しかし何とか空中で魔法を使い、落下速度を緩めてダメージを抑える事に成功し、そのまま着地した。
「やはり箒じゃなければ自由に飛行する事は出来ませんね……」
着地したアスワドは空中に居るシュヴァルツの方を見、シュヴァルツも重力に伴ってアスワドの前へ降り立つ。
その衝撃で辺りに小さな砂埃が舞い上がったが、その煙は次の刹那にはに晴れていた。
「クハハ……そんなに箒が大事か? 魔法使いったって今時古臭い箒に乗る奴なんか限られてんだろ」
箒が無くなり、少々戦い難くなるアスワド。
そんなアスワドに対して軽薄な笑みを浮かべて話すシュヴァルツは、改めて片手に破壊魔術を纏っていた。
今時の魔法使い・魔女は、道具を使って移動する者は少ない。
それでもそれなりの数は居り、移動用の魔法・魔術を使えない者達は使っている。しかしそれでも、全盛期に比べれば圧倒的に少なくなっている事だろう。
「そうですね……けれど、慣れ親しんだ物には愛着が湧くものなのですよ……! 」
そしてアスワドは駆け出し、魔力を放出しながらシュヴァルツとの距離を詰めた。
魔族の幹部であるアスワドは身体能力も高く、シュヴァルツ程では無いが魔法が無くとも十分に戦える力を秘めている。
そして今は箒を失っただけであり、魔法は普通に使える状態。なので戦闘は続行出来た。
「"土の檻"!」
「……!」
その瞬間、アスワドはシュヴァルツの周りへ土魔法から造り出した檻を立て、一瞬にしてシュヴァルツの自由を奪う。
その檻はシュヴァルツを圧迫するように囲み、前後左右にある土と土の距離を詰めて押し潰す為に加速した。
その速度は音速に届かないが、頑丈な土魔法の檻。そうそう脱出は出来ないだろう。
「ハッ、こんな檻、俺の破壊魔術で容易く砕けるだろうよ!」
しかしシュヴァルツは全く動じず、身体に破壊魔術を纏って己へ近付く檻を迎え撃つ体勢に入っていた。
そう、如何に頑丈な檻だろうと、無差別に触れた物や空間を砕けるシュヴァルツの魔術前では無意味なのだ。
「知ってますよ! 貴方がこんな檻程度で封じられないという事は……!! "元素の矢"!!」
「……ッ!?」
その刹那、檻に気を取られていたシュヴァルツ目掛け、アスワドは"炎"・"水"・"風"・"土"の矢を放つ。
その矢は四大エレメントを纏い、燃え盛り、大気を湿らせ、吹き荒れ、大地を抉りながらシュヴァルツの身体へと突き刺さった。
「……ぐあッ……!」
四大エレメントの矢に貫かれたシュヴァルツは出血し、傷口から炎が盛り水が流れ風が吹き抜け土が埋まる。
瞬く間に身体の自由は奪われ、その傷口を大きく開く。傷口が焼け、濡れ、渇き、砕かれるのだ。その激痛は計り知れないだろう。
「今です! 潰れなさい! "圧縮"!」
「……ッ! クソ……ッ!!」
激痛によって身動きが取り難くなり、檻を破壊できなかったシュヴァルツ。なので迫り来る檻を砕く事が出来ずに押し潰されてしまう。
「今です! "爆発"!!」
「──ッ!! 」
そして、それを見たアスワドがシュヴァルツに向けて爆発魔法を放った。
檻に押し潰されたシュヴァルツは何も言えず、アスワドが引き起こした大爆発に巻き込まれる。
その刹那、一筋の閃光と共に黒煙が舞い上がり、轟音が響いて辺り一帯を高熱で包み込んだ。
*****
──"タウィーザ・バラド"、立ち入り禁止区域。
「……」
爆風が晴れ、アスワドの視界が開ける。
そして目の前には何も無く、炭と化した土魔法の檻のみが残っていた。これを見るに、恐らくシュヴァルツは吹き飛び、身体がバラバラになったのだろう。
幾ら破壊魔術が使えるとはいえ、身体の自由を奪われた状態で爆発魔法が直撃したのならば防ぎようが無い。
それプラス四大エレメントの矢が突き刺さっていたのだ。先ず無事では済まないだろう。
「やり過ぎてしまいましたね……悪魔で捕らえるだけのつもりだったのですが……」
そのうに、何も残らない視界を見たアスワドは片手を頬に当てて反省する。幾ら手強かったとは言え、殺してしまうつもりは無かったのだ。考えれば、矢と檻で自由を奪った時点で止めたとしても良かったかもしれない。
そう、そうすれば敵がどのような目的でベヒモスを起こそうとしていたのか分かるからだ。
大まかな目的は世界を混乱される事や戦争などの勝利を手にする為。その何れかだったとしても、何の情報も得られずに殺してしまったのでは元も子も無いのだ。
「……せめて、合掌でも……」
殺してしまった事を反省し、両手を合わせるアスワド。
先程の者が悪人だったとしても、命というモノは簡単に奪って良いモノではないと理解しているからだ。
「ククク……気にするな、テメェの命で謝罪すりゃ許してやるよ……」
「……!?」
──その瞬間、ドスッという鈍い音と共にアスワドの胸が貫かれた。
アスワドは背後に気配を感じ、己の胸を貫いた腕を見やる。
そこからは真っ赤な鮮血が噴き出しており、少し遅れてアスワドは口から血を吐いた。
「……あ……貴方……生きて……! ッ!」
「安心しろ、破壊魔術は使って無ェ。不意討ちで殺すのは趣味じゃねェからな?」
アスワドがシュヴァルツに向けて驚愕した表情で言い、次の刹那にはその腕を引き抜かれる。それによって出血は更に増しアスワドは膝から地面に崩れ落ちた。
「まあ、目的のモンは貰ったし……後はテメェを楽にしてやるよ……!」
そんなシュヴァルツの片手には魔法道具である小さな壺が持たれており、もう片手には破壊魔術が纏われていた。
しかし頭から出血しており、身体の矢傷も痛々しく残っているシュヴァルツ。それを見るに檻からは辛うじて脱出したのだろう。
シュヴァルツが言った事、"不意討ちで殺すのは趣味じゃない"。それが意味する事はつまり、"自分の存在を確認させた上でトドメを刺す"と言う事だ。
「……アバヨ、魔族の国幹部……アスワドさんよ?」
「……!」
既に虫の息となり、呼吸すら儘ならない状態のアスワド。
そんなアスワドへ向けシュヴァルツは、最期の慈悲としてアスワドの頭へ己の手を翳していた。
それを確認したアスワドは何かを悟り、フッとその瞼を綴じる。
「ま、中々だったぜ、テメェはな?」
そしてアスワドの頭目掛け、シュヴァルツは己の手を振り落とした。
「"炎"!!」
「"水"!!」
「"風"!!」
「"土"!!」
「……!!」
──その刹那、何処からともなく四大エレメントの魔法がシュヴァルツ目掛けて放たれた。
それを確認したシュヴァルツはトドメを刺そうとしたアスワドから離れ、魔法が飛んで来た方向を見やる。
「チッ、来ちまったか……幹部の側近さん達よォ……!」
「ああ、自由人でもウチの幹部。そうそう殺させる訳無いだろ?」
「ふふ、そうね。アスワドさんばかりに苦労はさせられないわ……」
「そうだね。一応俺たちのリーダー。君には殺させないよ?」
「ああ、その通りだ。簡単にゃ殺らせねェぞ?」
その者たち──ナール、マイ、ハワー、ラムルの側近四人衆。
その口調や話し方に差違はあるが、言っている事は全員が一致している。
それはアスワドを護る事。勝手に外に出ていったアスワドだが、ナールたちはその事に気付きアスワドを捜索していたのだ。
「この人数が相手じゃ……幹部との戦闘で怪我と疲労している俺にゃ分が悪いな……しゃーねェ、目的のモンは手に入ったし……俺ァ帰らせて貰う」
そんな四人を見たシュヴァルツは、戦おうかと考えていた様子だったが、帰ると告げる。
そう、今のシュヴァルツはかなりのダメージを負っているのだ。結果的に勝利したのだが、四大エレメントの矢を受け檻に押し潰され爆発に巻き込まれた。幹部との戦闘は激しいモノであり、このまま連戦と行く訳には行かないのである。
「そう簡単に……」
「……帰らせる訳」
「無いじゃん?」
「当然だな」
次の瞬間、四人の側近たちはシュヴァルツを囲んだ。傍から見れば逃げ場は無く、絶体絶命の状況だろう。幹部を瀕死に追い込み、自分はそれなりのダメージを負っている。
幹部を瀕死にした事で側近達が容赦する事も無くなり、ダメージを負っている事で逃げ難い状況にして十分に戦えないのだから。
「クク、誰も簡単に逃げれるたァ思って無ェよ。だがな、逃げようは幾らでもあるんだ」
「「……!」」
「「……!」」
その刹那、シュヴァルツの姿がこの場から──消え去った。
何の前触れも無く、ただ無音で消え去ったのだ。
「消えた……いや、移動したのか……」
「……アスワドさんから……話を聞きましょう」
「そうだね、それでアイツらの目的が分かるかもしれない……」
「……ああ、そうしよう……」
消えたのなら消えたで良いとし、ナール、マイ、ハワー、ラムルの四人は瀕死状態であるアスワドの元へと近付く。
もう襲ってくる気配は無く、逃げるように消えたのだ。探すだけ無駄だろう。
アスワドは負傷し直ぐにでも手当てしなければ危うい状態だが、ナールたちが駆け付けたので何とかなりそうである。
"タウィーザ・バラド"にて、シュヴァルツは封印されしベヒモスの瓶を奪い去った。しかしそれでも、これから側近たちで追跡する事は出来そうな状態だった。