二十五話 嵐の前
怪物の声を聞いたライとレイ。
そんなライはその声を聞くなり、すかさず魔王を纏おうと考え魔王に指示をした。
(魔王!! コイツはヤバい!! もう一体の怪物もまぁまぁだが、コイツ程じゃない!! お前の力を全身に纏うぞ!!)
【ククク……ああ、承知した。確かにコイツはヤベーな。まだ目覚めたばかりで力は半分以下だが、それでも今のお前に勝てるかどうかすら危ういぜ?】
次の瞬間、漆黒の渦がライの全身に渦巻き纏わり付く。
流石の魔王(元)もこの怪物を警戒しているようだ。
魔王(元)を知るライだからこそ、魔王(元)が言う、『ヤバい』という言葉の危険性がよく分かった。
「レイ!! お前は此処に残れ!! エマとフォンセを連れてくる!!」
「わ、分かった……! ライは!?」
ライが勢いよくレイに言う。
レイは自分の力でその怪物に勝つ事が出来ないと承知している為、素直にライの言うことを聞く。
レイは返事と同時にライがどんな行動をするのかを尋ねた。
「……俺は、怪物を倒して道を切り開く!!」
刹那、建物の壁を突き破りライが飛び出した。レイの分にも魔術で水の球体を創っておき、窒息を阻止する。
エマとフォンセの事も考えると、事態は一刻を争うものだ。
海底に足を着けたライは、海底を蹴り砕き、跳躍する。
その衝撃で海底の砂が舞い上がり、爆風のような粉塵が巻き起こる。そしてライは加速した。
しかし、飛ばし過ぎると自身を囲う水の球体が破裂してしまう為、あまりスピードを出す事が出来ないのだ。
(間に合うか……?)
ライは自身が思い浮かべる不安を掻き消し、水の球体が破裂しないように速度を上げつつエマとフォンセを探すのだった。
*****
一方のエマとフォンセは、巨大な吸盤を持つ脚を前にその怪物を捉えた。
「確かコイツは、"クラーケン"……だっけか?」
「ああ、まず間違い無いだろうな」
──"クラーケン"とは、巨大な軟体生物である。
その大きさは想像を絶し、島ほどの巨躯を誇る。
古くからその存在が噂されており、船を転覆させて落ちた人を食すと謂われている。
その力も強く、海に浮かんでいる船を自らの脚で握り潰す。
クラーケンが軟体動物の中でも蛸や烏賊の同議とされる理由は、墨を吐くからだ。
その墨によって海が黒く染まったという逸話もある。
「さて、どうするか……。普段の私ならクラーケンと戦っても良いが、今の私は精々鯨にでも変身して大きさで張り合うくらいしかできんぞ?」
「そうか。私の魔術もどれ程通じるか……如何せん大き過ぎる……」
そのクラーケンは兎に角巨大である。なので常人レベルに成り下がっているエマと広範囲を狙い無いフォンセは悩んでいるのだ。そしてその時、クラーケンは動き出した。
『…………』
「「…………!!」」
クラーケンの脚はリーチがある。なので本体がそれ程速くなくとも、本体より速い脚で攻撃する事が出来るのだ。
そんな脚がエマとフォンセ目掛けて降ってくる。
「まずい!」
「ああ!」
二人は同時に避け、クラーケンの脚に巻き込まれる事は無かった。
クラーケンの脚に潰された建物は海の中にも拘わらず、岩や木が砕けるような鈍く重い音を出して粉々になった。
これ程の威力、しかしクラーケンに敵意や悪気は無く、『ただ動いただけ』なのだ。
脚があった場所にたまたま建物があった。だから建物が砕けた。エマとフォンセは、運が悪かったから巻き込まれそうになったのだ。
「少し動いただけで並んでいた建物が崩れたか……。やはり今の私が相手にするのは馬鹿げているな。せめて力が半分あれば……」
「どうする? クラーケンは何処に向かっているのか分からないが……」
ゆっくりと移動するクラーケンを眺めながら考えるエマとフォンセ。気休めだとしても、せめて自分の力が半分ならばとエマは考えているようだ。
敵意が無い、というか気付いてすらいないので無視しても良いのだが、動くだけで周りに莫大な被害を与えるクラーケン。その為、何とか抑えたいところでもあるのだ。
そして何より、
「もう一体の怪物は姿を現さないな……まだ寝惚けているから上手く動けないのか?」
「さあ、どうだろう……」
エマとフォンセは、もう一体の怪物が気になって仕方なかった。
その怪物の姿を見た訳ではないが、咆哮から既にその生物が持つ威圧感を感じた。
恐らく、マギアが言っていた世界を危機に陥れる怪物というのはそれの方だろう。
クラーケンも一般的には驚異的な怪物だが、今地上を支配している者達なら恐るるに足らない相手だろう。
しかし、もう一体の怪物はそんな訳にもいかない程の力を秘めている筈だ。
力が半分以下という今の状態の内に倒しておきたい事もある。
エマとフォンセがどうしたものかと悩んでいると、『それ』は弾丸の如く速度でやって来た。
「エマ! フォンセ! 何処だッ! 無事なのか!?」
遠目からでも分かる、漆黒の渦を纏っている少年。その表情から見るに、大変心配しているようだ。
しかし遠くなのでエマとフォンセの姿を見付けられないらしい。
「どうやら問題が無くなったようだな。アイツは私たちの中でも一番強い」
「そうだな。よし、ならばライを呼ぼう」
取り敢えず落ち着かせる為、そして自分たちの姿を確認させる為、エマはライに声を──
「お前が何処かにやったのか!!」
──掛ける間もなく、『ライはクラーケンを殴り飛ばした』。
何時ものライなら様子を窺ってから攻撃をするが、今回は流石に相手が悪い。クラーケンではなく、もう一体の方が、だ。
その為にライも先手必勝で攻撃をしたのだろう。
クラーケンの持つ、島のような巨躯を誇る身体は、クラーケンからしたら蚊程度の大きさしかないライによって吹き飛ばされた。
クラーケンは殴られたままの勢いで次々と建物を砕き、海に貫通痕を残して飛んで行く。
それを見たエマは流石だなと苦笑を浮かべ、改めて今度こそライに声を掛ける。
「おい! ライ! 私たちは無事だ! 心配するな!」
「……!」
エマの声にピクリと身体を揺らして反応するライ。
そちらを見たライは、取り敢えず無事な様子のエマとフォンセを見て安堵する。
そして、エマとフォンセに高速で近付いて話し掛けた。
「無事だったか二人とも! 良かった!」
満面の笑みで二人を迎えるライ。
笑顔は年相応で、先程クラーケンを吹き飛ばした者とはとても思えない程だ。
そして安堵したライは言葉を続ける。
「そうだ、レイも建物の中で待っている。エマとフォンセもそこに行こう」
ライの提案に頷く二人。レイが一人で待っているという事は、レイはかなり心細さを感じている事だろう。
それを踏まえ合流しない理由は無い為、レイの待つ建物に向かう三人だった。
*****
「あ、ライ! エマ! フォンセ!」
建物の中に入り、レイと合流したライたち。
レイも心配していたのか、エマとフォンセの様子を見て胸を撫で下ろす。
何時もの四人が集まった所で、ライが近くの瓦礫に腰掛け話を切り出す。
レイ、エマ、フォンセの三人も適当な所に腰を下ろして話を聞く体勢に入っていた。
「よし、取り敢えず怪物が目標だ。クラーケンは俺がさっき殴り飛ばしたけど、まだ生きているだろう。でもまあ、クラーケンは別にどうでも良いんだ。一番の問題は……」
「もう一体の方……か」
ライが言葉を淡々と言い、それに続くようにエマが言う。ライ、レイ、エマ、フォンセの全員は、ライの言いたいことを理解していた。いや、理解しなければならなかった。それ程の危機的状況なのだから。
その反応を見、ライは頷いて言葉を返す。
「ああ、その怪物の姿はまだ見えないが……一番警戒すべきはその怪物だ」
ライがピッと指を立て、レイ、エマ、フォンセに目配りをし、確認するように三人を見回して言う。
その怪物は恐らく世界的に見てもかなり危険な生物。仮に魔法が発達きておらず、支配者のような強者が居ない世界があったとしたら一匹で終焉へと誘える。それ程の怪物だからだ。
「恐らく、その怪物の力が戻れば俺でも勝てない。だから寝起きで力が半分以下の今しか叩くチャンスが無いだろう」
レイ、エマ、フォンセの三人は頷く。
ライがこの中で最も強いということは、三人も理解している。
しかしそれを理解した上で、今まさに目覚めようとしている怪物はライの力を凌駕するだろう。魔王(元)の力をフルに使えれば勝つことも出来るだろうが、今のライと魔王(元)では完全に目覚めた怪物は倒せない。
つまり、怪物の力が衰えている状態である今が最初で最後のチャンスなのだ。
「作戦は無い……場所が悪いからな。地上なら落とし穴を掘ったり洞窟に追い込んだり出来るが、ここは海底だ。そんな洞窟も無いし、あるのはこの朽ち果てた街くらい。…… だから小細工せず、物理的に倒す!」
力強くライが言い、レイ、エマ、フォンセも頷く。
作戦を練っている内に怪物が完全復活してしまえば勝算は薄くなる。
なので、ただ怪物を倒すことだけに集中するというのがライの意見だ。
そうと決まれば、直ぐにでも怪物の方へ──
『キュルオオオォォォォォッッッ!!!』
──向かおうとした時、再び怪物が叫び声を上げた。
その咆哮は凄まじく、耳を劈き鼓膜を大きく揺らすモノだった。これでも数キロ程離れているのだろうから危険極まりない。
そして、その咆哮と同時にライたちのいる建物が大きく揺れた。
「「……っ! これは……!」」
「きゃっ!」
エマとフォンセが同じタイミングで言い、レイが小さく悲鳴を上げる。建物は大きく揺れ、海底に地震か何かが起こったのかと錯覚させる程の揺れだ。
がしかし、怪物の咆哮で建物が揺れたという訳ではない。
「もう戻ってきたか……!!」
ライは立ち上がり、建物の穴から外を睨み付ける。そこにいたのは、
『…………!!』
巨大な吸盤を持つ脚があり、先程ライに殴り飛ばされた怪物──クラーケンだ。
クラーケンの表情は分からないが、怒っているというのは一目瞭然だろう。
「チッ……。面倒だ。ただでさえヤバい怪物が居るってのに……!」
ライはクラーケンを見て面倒臭そうに言う。
元々ライが殴り飛ばしたから怒っているのだが、まあ気にする事ではないだろう。そんなクラーケンを一瞥し、レイ、エマ、フォンセもライに続いて立ち上がる。そしてライは脚に力を入れ、
「よし。さっさと片付け……!!」
「待て! ライ!」
ライが動き出そうとした時、エマがライを制止させ。それによってライの動きは止まり、エマの方を見て訝しげな表情で聞く。
「どうした? さっさと倒した方が良いだろ?」
ライ的にはさっさと倒してもう一体の所へ向かいたいのだ。そうしなければ、もう一匹の怪物が完全復活を果たしてしまう。そうなれば最後、絶望が待ち受けている事だろう。
エマはそんなライを見て言う。
「……クラーケンは私たちで相手する。ライはもう一体の方へ向かってくれ!!」
「なにっ?」
エマは、クラーケンを自分たちで相手取ると告げたのだ。それを聞いたライはピクリと眉を動かし、エマの言葉に返す。
エマは言葉を続ける。
「恐らくだが、あの怪物の力は着々と戻りつつある筈だ。本当に、一分一秒も無駄に出来ないくらいな。クラーケン程度ならば私たちでも十分抑えられるが、もう一体の怪物は私たちじゃとても抑えられない。だからライには、その怪物を倒す事を優先してほしい」
つまり、その怪物に唯一勝てる見込みがあるライが先に行って欲しいとのこと。一分一秒、たったこれだけの時間だが、それでも怪物を万全にさせる訳にはいかない。そんなエマの言葉を聞き、レイとフォンセもライを見て頷いていた。
「だが……いや、分かった。頼むぞ!!」
一瞬言い返そうとしたが、エマの言うことの方が正しい。
能力が低下しているエマは無理でも、レイとフォンセが居ればクラーケン程度勝てるだろう。
ライは三人に任せ、怪物を探しに行く事にした。
『…………!!』
その刹那、クラーケンは飛び出したライを目掛けて触手を伸ばす。が、
「ハアッ!」
『…………!?』
レイの振った剣がクラーケンの触手を捉え、触手を切断した。
クラーケンは突如として切断された触手を見、驚愕したような動きをする。
その隙を突き、フォンセが叫ぶ。
「"炎"!!」
そんなフォンセが掌から放出した灼熱の轟炎は海水を蒸発させながら突き進み、クラーケンを燃やした。
炎が進んだ道は一瞬海水が無くなる。しかし直ぐに周りの海水がそこに移動して元々の姿に戻り、クラーケンを包んだ炎も消え去る。
『…………!!!』
二つの攻撃を受けたクラーケンは怒りで海底に触手を叩き付け、海を揺らす。
標的をライから変え、レイ・エマ・フォンセに向き直るクラーケン。
本当の目的である怪物を倒すライの邪魔にならないよう、クラーケンを倒す事に集中する三人だった。