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二百五十二話 幹部が住むもう一つの街

 ──"幻獣の国"・青空の広がる草原。


 フワッとした風が通り、草原に広がる草と共にライ、リヤン、ニュンフェの髪を揺らす。

 幻獣の国にはそのように、暖かな風がよく吹き抜けているのがうかがえた。季節が春というのもあるのだろうが、それ程までに幻獣の国は自然が豊かなのだろう。

 此処は広い草原。見張らしも良く、幻獣の国であって空気も澄んでいる。近くに川があるのか、サラサラとしたせせらぎ音が聞こえた。視界に移る色は鮮やかな青、緑、柔らかそうな白。

 時刻は昼を回り数時間、あと一、二時間もすれば日が沈むだろう。夜までには何とか辿り着きたいところだが、ライがリヤンとニュンフェを運んだとして病み上がりのリヤンがその速度に耐えられる保証はない。なるべくはその足で距離を詰めたいところである。


「大丈夫か? リヤン、ニュンフェ……」


 そんな草原を歩く途中、ライはリヤンとニュンフェに向けて尋ねた。一刻も早く向かう為、それなりの速度で道行くライたち三人。

 しかし、何度も述べたがリヤンは病み上がりである。ニュンフェとて先程の敵襲で負傷している可能性もある。なのでそれが気になり、ライは二人に尋ねたのだ。


「うん……平気……今は元気だよ」

「ふふ、私も平気です。まだそれ程進んでおりませんし、余力は多いですよ?」


 そんなライの問いに対し、リヤンとニュンフェは返した。

 リヤンも今のところは頭痛が再発する様子も無く、敵襲にてニュンフェは怪我などをしていない。

 つまるところ、リヤンとニュンフェはまだ余裕があった。


「私的には……ライの方が気になるな……だってライ……敵の幹部と戦っていたし……怪我とか無いかな……って」


「そうですね……確かにライさんの方が強敵と戦っています。私もライさんが心配ですね」


 そして逆に、リヤンとニュンフェがライの心配をする。ライは敵組織の幹部的者と戦った。なのでライの方が大きなダメージを受けている可能性もあるのだ。二人はその事を心配し、ライの事が気に掛かったのである。


「ハハ、俺は平気だよ二人共。……まあ、確かに相手は手強かったけど、戦った時間はほんの数秒。数回のぶつかり合いで終わったからな」


 それを聞いたライは軽く笑いながら二人に返した。

 嘘は言っておらず、敵の幹部──グラオとの戦いは本当に数秒で着いた決着。数回ぶつかったと言っても一瞬で数千回の攻防を行ったのだが、その事は言わなかった。

 それでも手強かった事に変わりは無い。が、戦いの後ライとグラオ、両者共に目立った傷は無かった。


「そうなの……? 本当に……?」

「ああ、この通りな!」

「ふふ、大丈夫なようですね……」


 ライ本人からの確認を得ても尚、心配している様子のリヤン。

 ライは軽薄な態度で笑って返し、リヤンの前で握り拳を作って見せる。そんなやり取りを可笑おかしそうに眺めるニュンフェ。見た目は近いと言えどライとリヤンよりも遥かに年の離れたニュンフェからすれば、二人は仲の良い姉弟に見えるのだろう。

 どちらかと言えばライの方が兄っぽいが、年齢的にはライの方が年下。なので家族風に扱うのならばリヤンが姉となるのだ。


「……。そう言えば……リヤンちゃん。貴女、確かリヤン・フロマって言ってたわね?」


「……え? ……うん、そうだけど……」


 唐突に、先程まで和やかにライとリヤンを見ていたニュンフェが真剣な顔付きでリヤンに尋ねた。それに対してリヤンは小首を傾げつつ返す。


「丁度良いですね。此処に生き物の気配はありません。次の幹部の街へ行くまで少々、ライさん、リヤンちゃん。私の話を聞いて下さい」


「……? 別に……良いケド……」

「うん……私も……」


 その返答を聞き、ライとリヤンは一度二人の顔を見合せ、訝しげな表情で改めてニュンフェを見やる。二人はそんなニュンフェの顔付きからただ事では無いと理解し、歩きながら話を聞く体勢に入った。


「二人共……私が初めて貴方達と会った時、と言っても数時間前ですが……その街の前にある門。そこへ私が何かを言った事を覚えていますか?」


「ああ、確かに何か合言葉みたいな事を言っていたな……」

「うん、街の秘密か何か……だから私たちは何も言わなかった……」


 それは数時間前、ライたちとニュンフェがライたちの宿泊していた。宿で出会い、ニュンフェの街へ向かった時の事。その時ニュンフェは一つの扉の前に立ち、文字数の少ない言葉を発していた。それは本人曰く合言葉という事で、ライたちは特に気にしなかった事だが、


「ええ、実はその合言葉──"フロマ"。って言うんです」


「「……!」」


 ニュンフェが自分の街へ入る時にボソボソと聞こえないように言った合言葉。それは"リヤン・フロマ"や"クラルテ・フロマ"という、二人の姓である言葉だった。

 偶然なのか、はたまた必然か。その事は定かでは無いが、ニュンフェは言葉を続ける。


「フロマ。それは私たちも意味が分からない言葉です。……けれど、それが貴女や行方の知らないクラルテさん。そして貴女の両親のどちらかが持つ名という事なら何かが分かるかもしれません」


「……え、でも……私って何もないよ……」


 ニュンフェは、リヤンがかつてこの世の全てを創造し破壊しようとした神の子孫という事を知らない。だがしかし、確信は無いようだがリヤンから何かを感じているらしい。


「いえ、何も無い訳が無いでしょう。貴女には何処か神々しく、私たちエルフ族……いいえ……私たち全ての幻獣と何かしらの関わりがあるように思えて仕方無いのです。確証は無いのですが、その雰囲気、幼さに眠る神々しさ。高貴な印象を与えるたたずまい……深くは追及しませんが、貴女が特別な何かだとしても全く違和感がありません」


「……」


 内心、リヤンは驚いていた。ニュンフェに神の子孫という事を伝えておらず、それを彷彿とさせるような発言もしていない。

 にもかからず、ニュンフェは直ぐそこまでリヤンの正体に近付いていたのだから。


「ハハ、リヤン。どうやら核心に迫られている様子だな。まあ、確かにリヤンが知らず知らずのうちに放っている気配は感じるけどな」


「……ライ」


 追い詰められた。とは少し違うが、リヤンの正体に近付くニュンフェ。正直ライも少し驚いているが、何とか軽く笑って返す。


 ──ライが連れておりフォンセの子孫である魔王や、レイの子孫である勇者。

 それらと肩を並べる存在の神。勇者昔話の本では勇者以外は悪役として描かれているそれらだが、明かしてしまっては後々面倒な事になってしまう。なのであまりおおやけの場に出さず心の奥底に眠らせているのだが、此処まで核心に迫られてしまうと中々に苦労しそうなモノである。

 正直に言っても良いが、そうした場合のデメリットも多少ある。それを踏まえ、ライとリヤンは中々言い出せないのだ。


「まあ、確かにリヤンは普通じゃないな。それに、俺やレイ、フォンセも普通じゃない。エマはヴァンパイアだけど……純粋なヴァンパイアという意味なら普通だな」


「……! 皆様が……普通じゃない……!?」


「……」


 そんな雰囲気を察したのか、ライは神や魔王、勇者の事を伏せつつ自分たちは全員が普通の存在では無いと告げた。

 それを聞いたニュンフェは目を見開き、ライとリヤンを改めて見つめ直す。それもその筈。ニュンフェはリヤンにのみ注目していたのだが、全員が普通では無いと言われてしまえば気になるモノだろう。


「けど、それを言うにはまだ早い気がしてな……何時かは教えようと思うけど……今回は普通の人間・魔族じゃないって事だけを覚えていてくれれば良いよ……。悪いな……ニュンフェ」


 その反応を見、頭を掻きながら話すライ。

 それを話す事で、ニュンフェの疑問を解決しようという考えなのだ。ニュンフェの疑問はリヤンがただ者ではないのでは無いかという事であり、それが証明された。

 リヤンに対し、薄々何かを感じていたニュンフェに向けて放った言葉。

 ライの言ったその言葉はからかっているようなモノでは無く、本当に都合が悪いから何とかこの条件で飲んで欲しい、そんな雰囲気だった。


「分かりました、ライさん。人や魔族には他人へ明かしにくい事も多くあると思います。それは我々幻獣も同じ。なので、先程言いましたように深くは追及しませんよ」


 それを聞いたニュンフェは快諾してくれる。人間・魔族・幻獣・魔物。それら全てに置いて、知識を得てしまったからこそ隠したい秘密の一つや二つ存在するだろう。それを理解しているニュンフェだからこそ、ライの言葉を飲み込んでくれたのだ。


「ありがとな。けど、幻獣の国に居るうちに教えるよ……俺たちが何なのか……そして俺たちは何の為に旅を続けているのか……いや、遥か先に教える事になりそうな気もするけどな」


「ふふ、そうですか。その言い方から穏やかな事では無い事を御察ししますが、貴方たちは優しい。それだけ分かっているのですから、何かしらの重要な理由があるのですね」


 ライの目的、世界征服。言葉を聞くだけならば悪党が自分の持つ欲の為に起こしそうな事だが、ライたちの望む世界征服は勝手が違う。真の平和を掴む為、ライたちは過酷な道を歩き続けているのだ。

 ニュンフェは物分かりが良く、優しい心の持ち主である。

 ニュンフェのみならず、幻獣の国自体が穏やかで良い場所だろう。だからこそライは、世界征服の為とは言え幻獣の国も攻めなくてはならない事が不安だった。

 世界の統一。そんな事を簡単に許される程、世界は甘くない。故郷を征服されるかもしれないのだ、当然だろう。ライの征服は、征服とは表向きばかりで支配者制度を撤廃するという事も無く、今まで通り世界の運営は上部の者が行う。

 しかし進んで戦争をする国や街、生物の命を生きる為では無く悪戯に奪う者。それらを阻止する為の世界征服だ。

 ライの祖母は人間・魔族の差別によって処刑された。なので、そのような事をさせない事が目的なのである。かつて世界を懸けて争った勇者と魔王。人間と魔族。もう一〇〇〇年以上経っている現在イマこそ、そのしがらみを解くべき時なのだ。


「ハハ、まあ……何時かのその時が来れば全てが分かるさ……」


「……」

「……」


 最後に呟くようそれだけ言い、改めて前を向くライ。

 リヤンとニュンフェは敢えて何も言わず、ライの近くを歩く。


「貴方の言うその時が来た時……私たち幻獣は争いがあるのなら参加しましょう……けれど、今は関係の無い事です」


 その沈黙を破るニュンフェの言葉がライとリヤンの耳へ響いた。そう、ライの目的が世界征服だとしても今の敵はヴァイス達敵組織。協力的な関係である今、敵の存在は共通していた。


「さて、辿り着きました。ライさん。リヤンちゃん。此処が幻獣の国、まだアナタたちの中では誰も向かっていない街──"トランシャン・コルヌ"です」


 ──"トランシャン・コルヌ"。それがこの街の名にして、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの誰も向かっていない街。

 つまり、ライたちにとっても最後の街と言える場所だろう。


「此処か……結構早く着いたかもな……」


 時刻は黄昏時たそがれどき。昼と夜が入り混じり、太陽と月が西と東から顔を覗かせる不思議な時間帯。

 赤い空と紺色の空が繋がり、灰色の雲が流れるように進む。片方ではほんのりと昼の名残である青空が、片方ではこれから訪れる夜の星が出迎え。それはさながら月と星が青空と太陽へサヨナラを告げているような、幻想的な空間を生み出していた。

 黄昏時には昔から様々な言い伝えがあり、過去と未来、この世界と異世界、あの世とこの世。それらが混ざった結果その世界へ連れて行かれたり。この世のモノでは無いような雰囲気を生み出すモノと謂われている。


「この街も……綺麗な街だな……」


 呟くように、そう言うライ。

 "トランシャン・コルヌ"はライの行った支配者の街、フェンリルの街とはまた違った面持ちがあったからだ。

 支配者やフェンリルの街のような大樹は少なく、背丈の低い樹が多い。代わりに足元へ生い茂るように短い草が生えており、街へ辿り着く前にあった広い草原を彷彿とさせる。

 街中を見渡せる訳では無いが水の音も聞こえ、この街には小川があると言う事が分かった。限り無く自然に近い形を保っており、この街に棲む幻獣たちも暮らしやすそうという雰囲気がうかがえた。


「では、皆様。"トランシャン・コルヌ"へと向かいましょう……」


「ああ」

「うん」


 そして、暫し"トランシャン・コルヌ"の入り口から見える街並みに見とれていたライ、リヤンに向けてニュンフェが街へ入る事を促す。ライとリヤンはハッとして返事をし、ニュンフェの後に着いて行く。

 ライ、リヤン、ニュンフェは"ラルジュ・ルヴトー"を離れ、もう一つの幹部の街"トランシャン・コルヌ"へと辿り着いた。

 そしてこの街にて、この街の幹部を探すのだった。

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