二百五十一話 襲撃・終了
──"ラルジュ・ルヴトー"。
自体は徐々に収束しつつあった。始めは慌ただしかった街だったが、リヤン、ニュンフェ、沙悟浄、フェンリルの活躍によって敵兵士は葬られ、その数を減らしたので抑えるだけならば普通の幻獣兵士たちでも出来るレベルとなっていた。
それでも不死身の兵士というだけで苦労しそうなモノだが、残りは四、五百人程なので何とか堪える事は出来ている。
「やっ!」
「はっ!」
リヤンとニュンフェは轟炎で残った兵士達も焼き払い。
『ハッ!』
沙悟浄は降妖宝杖を振り回して兵士達を吹き飛ばしつつ切り刻む。それでも再生するが、続け様に水妖術を放つので時間は稼げている。
『遅い……!』
そしてフェンリルは持ち前の速度で兵士達を追い抜き、火炎を放出して兵士達を気化させて消滅させる。
身体の大きさも小さく、その炎の威力も控えめのフェンリルだったが、それだけで十分な程の力を秘めており敵兵士達は為す術無く消滅して行っているのだ。
このように、三人と一匹の少数精鋭だがその数のみで巨人兵士や通常サイズの兵士達を相手取る事を可能にしている現状。その三人と一匹が居るだけで戦況は大きく変わっている事だろう。
事実、広範囲に魔法・魔術を放てるリヤンとニュンフェは二人だけで数百人の兵士達を消し去り、同じく広範囲を狙えるフェンリルも数百人を消し去っている。
沙悟浄は兵士達を仕留める事は出来ていないが、リヤン、ニュンフェ、フェンリル以上の兵士達を足止めしているので街の方へ被害はあまり行っていない。
このようにリヤンたちの活躍もあり、この場が収束しつつあるのだ。そんな場にて、次なる異変が起こった。
「あれ……兵士達が退いて行く……」
「そうですね……」
『……ん? 再生した兵士が……?』
『……む? 先程まで威勢の良かった兵士が下がるな……』
その異変は、"ラルジュ・ルヴトー"に攻めていた兵士達が急に攻めるのを止め、後退している事だった。
その表情は無く、何を考えているのか、そもそも考える事が出来るのかすら分からない。しかし今、巨人兵士を含めた全ての兵士達、即ち兵隊が後退しつつあるという事は事実だった。
「……沙悟浄さん!」
「……」
『おお、ニュンフェか。私も丁度フェンリル殿とニュンフェを探そうとしていたところだ』
その様子を見兼ねたニュンフェは沙悟浄を見付け、リヤンと共に沙悟浄の元へ近寄る。どうやら沙悟浄もリヤンたちを探していたらしく、後はフェンリルだけだ。
『呼んだか? 俺も丁度お前たちを探していた』
そして、タイミング良くフェンリルが建物の上から話し掛けた。フェンリルは街全体の様子を見渡す為に上を駆けていたようで、リヤン、ニュンフェ、沙悟浄の姿を見付けたので話し掛けたのだろう。
「……これで揃ったね……後は……」
この場にリヤン、ニュンフェ、沙悟浄、フェンリルが揃った。
リヤンはフェンリルたちを一瞥して呟き、此処にいない残り一人の"ラルジュ・ルヴトー"へ向かったメンバーを探す。
「よっ、リヤン、ニュンフェ、沙悟浄、フェンリル」
「ライ……!」
その者──ライ。ライは目にも止まらぬ速度で現れ、これにて全員が揃った。
ライがこの場に姿を現すと同時にフェンリルは建物から飛び降り、ライ、リヤン、ニュンフェ、沙悟浄を改めて見渡す。
『童よ。俺は今、高い建物から街全体を見渡していたが、童の姿は目に入らなかった。……何処へ行っていたんだ?』
そして四人を見渡し終え、ライに向けて首を傾げながら尋ねるフェンリル。
そう、フェンリルは街全体を見て回っていた。しかしそこにライの姿は無かったのだ。なのでそれが気になったのだろう。
「ん? ああ、それか。……俺はこの街に攻めてきた幹部的な立ち位置の者と此処から離れた場所で一戦交えていたんだ。……まあ、その戦いは数分も掛からずに終わったけどな」
『成る程、それでこの街から離れていたのか。……しかし、敵の幹部と戦っていたとはな……俺はそれ程強く無い兵士しか倒していなかった』
その質問に答えるライと、ライの返答を聞いて納得するフェンリル。
幹部という名を聞き、低く唸りつつ眉を顰める。幻獣たちに死者が出てしまっているのかまだ定かでは無いが、負傷者は多い筈だ。幹部として、自分の街にて負傷者を出してしまったという事実に罪悪感を覚えているのだろう。
「いや、フェンリルが居たからこそこの街の被害をこの程度で抑えられたんだと俺は思うな。リヤン、ニュンフェ、沙悟浄、フェンリル。誰か一人でも欠けていたら今よりも酷い状況になっていた筈だ」
そんなフェンリルの様子を見たライは、フェンリルを励ますようにそう言い放った。
しかしそれは気休めなどでは無く、真の事実を述べたのだ。誰か一人でも欠けていれば事態は悪化していた事だろう。
『フッフ、童に励まされるとはな……しかし、感謝する。俺も何かの役に立っていたと実感できたからな……』
「ハハ、それが良いさ。俺だって幹部と戦っていたけど、幹部を倒した訳じゃない。そう言う意味ならフェンリルの方が俺よりも事態を収束させるのに貢献出来ているよ」
ライの言葉に対し、フッと笑って返すフェンリル。
ライもその言葉に返し、軽く笑う。
ライとフェンリル。一人と一匹は事態を抑えるのに大きく貢献していたのだが、本人たちが消極的であり己の実績をあまり誇らないらしい。
『さて、ライにフェンリル殿。情報交換もしたいが、先ずは負傷者を治療しよう。放って置けば幻獣たちの怪我が悪化してしまう。ある程度終えたら行動しようじゃないか』
「ああ、そうだな。色々伝えたい事はあるけど……今は何より住民優先だ」
『うむ、負傷者は無理に動かさなくとも良い。俺たちが治療に向かう』
一先ず話は終え、"ラルジュ・ルヴトー"に置いての負傷者を治療する為、ライたちは行動に移った。負傷者の声や気配を感じ、瓦礫の下や道端に転がっているのを救って治療する。
治療魔法・魔術が使えるのはリヤンとニュンフェのみであり、幻獣を探すライ、沙悟浄、フェンリルがリヤン、ニュンフェに報告してそちらへ向かうという体制が整えられた。
ライの察知力とフェンリルの鼻。そして沙悟浄の水妖術を隙間へ忍ばせ、感覚を共有させるなどすれば負傷者も容易く見付けられるだろう。
その後敵の兵士達が完全にいなくなり、ライ、リヤン、ニュンフェ、沙悟浄、フェンリルで負傷者を治療して行くのだった。
*****
「……良し、と……」
ギュッと包帯を絞め、止血を完了させるライ。治療用の魔法・魔術が使えない代わりにライは、魔法・魔術でも完全に治り切らなかった場所の手当てに勤しんでいた。
それは殆ど治療が完了されている状態であるが、少しの傷が悪化して身体の一部を無くしてしまう事もある。
特に、敵が毒などを使っていない保証も無く、念には念を入れる必要があるのだ。治り掛けだろうと、それが傷口という事実は変わらないのだから。
『良し、これで全員の治療を終えたな?』
現在ライたちの居る場所は"ラルジュ・ルヴトー"でも広く、噴水のあった広場。此処は街の住民全員が収まる程の範囲であり、街の中心なので全体を見渡す事の出来る場所だった。
仮に敵が攻め戻って来たとしても、この場所からならば不意を突かれる事は無いだろう。ゆっくりと休めるという意味も含め、他の場所よりは心地の好い場所であった。
「けど、この様子じゃ支配者の街に行けないかもな……如何せん負傷者が多過ぎる。怪我した生物に危険かもしれない道中を行かせるのはあまりにも酷だ」
そしてある程度の治療を終え、フェンリルの前に座るライはそう言った。今幻獣たちは、敵組織の兵士達に攻め込まれられたのでその殆どが負傷しており満身創痍の状態だ。
負傷しておらず、満身創痍でも無い者はライとリヤン、支配者の側近である沙悟浄と幹部のニュンフェ、フェンリルくらいである。
その者たちが元気だとしても、元気の無い者に移転する訳も無く現状は変わらない。なので支配者の街へ行くという当初の目的は、達成出来ずに終了してしまったと言う事なのだ。
『いや、やりようはあるぞ。俺が巨大化すれば万事解決だ』
そんなライの言葉に、フェンリルは即答に近い形で答えた。
そう、現在のフェンリルは本来の大きさでは無い。フェンリルという幻獣は、天を突く程の巨躯に成長する。つまり、フェンリルが巨大化すれば此処に居る負傷者と負傷していない者たちを運ぶなど造作も無い事なのだ。
「成る程。そう言えば、人化を応用しているから今は小さいんだっけ……確かにそれなら支配者の街に行けるな……」
それを聞き、納得したように頷いて返すライ。
フェンリルの上という場所は、恐らくこれ以上に無い程安全だろう。実力ならば支配者にも引けを取らない幻獣。かつて世界に大きな災いを齎す存在だと謂われ、神や支配者の元で監視下に置かれた狼。そんなフェンリルならば、実力も速度も兼ね備えているので安全且つ優雅な旅が望める筈だ。
「そう言えば、この街の住民にはその事を伝えたのか? 伝えようと大樹を離れた時に敵が攻めて来たし……伝え切れずに戦いが始まっちゃった訳だろ?」
次いで、ライは一つの事が気に掛かりフェンリルに尋ねるよう質問した。それは街の住民が支配者の元へ行くという事を知っており、全員が了承したのか。についてだ。
ライの言うように、フェンリルが住民に伝えようと動き出した時ヴァイス達組織の幹部。グラオ・カオスが攻めて来た。攻め込められている時にゆっくりと伝える事が出来る筈も無く、その時点では住民たちに報告できていないだろう。
『フフ、案ずるな。先程伝え、全員から承諾を得ている。……まあ、仮に嫌がる者が居たとしても、この街のこの惨状。復興まで暫し時間も掛かるだろうからな』
その問いに答えるフェンリル。どうやら治療の為に此処へ集めた時、既に話していたらしく、問題無いとの事。
そもそも、この街の状態からまた棲めるようになるのは少し後だと告げる。
「そうか、それなら良かった。……じゃあ、最後に一つだけ良いか? リヤン、ニュンフェ、沙悟浄も聞いてくれ」
「「……?」」
『『……?』』
そして納得したライは、最後に言いたい事があると言う。
それはフェンリルのみならず、リヤン、ニュンフェ、沙悟浄の他メンバーにも関係している事らしい。
「俺は残り一つの幹部の街に行こうと思う。さっきの敵襲、今回はたまたまこの街だったけど、他の街に攻め込んでいない可能性は低い。そしてさっき来たのはグラオだけ……つまりヴァイス、シュヴァルツ、マギア、ゾフル、ハリーフのような他の幹部が居なかったって事だ。だから俺は心配なんだ。ヴァイス達の幹部が幻獣の国、他の幹部の街に行ったかもしれないって事がな」
曰く、レイ、エマ、フォンセの向かっていない方の街。そこに行こうと考えていると言う。
理由は敵幹部の存在。ヴァイス達は最近になって幹部であるニュンフェの街やフェンリルの街を襲撃し始めた。
なので、次なる戦火が誰も向かっていない幹部の場所へ降り掛かる可能性を懸念したのだ。
『そうか。……分かった。確かに俺も気になっていたが、童が行ってくれるのならば問題無さそうだな』
『ああ、そうだな。しかし、一人で行くのか? 私はドラゴン殿へ報告せねばならないから着いて行けないが……』
ライの言葉を聞き、了承するフェンリルと沙悟浄。しかし沙悟浄は、ライが一人で行くのかが気になった。
ライの強さは幹部との戦いの話を聞いたので理解している沙悟浄とフェンリルだが、一人で行くというのはあまりにも無謀なのだ。着いて行きたい気持ちはある沙悟浄だが、フェンリルが協力するという事を支配者であるドラゴンに報告せねばならない。
なので沙悟浄とフェンリルはライに着いて行けないのである。
するとそこに、
「あ、あの……わ、私も行く……!」
『『……!』』
リヤンが名乗り出た。言い出す事に対して緊張している面持ちのリヤンだが、ハッキリとその口でライへ着いて行くと行ったのだ。
「リヤン……駄目だ。リヤンは今日、ずっと体調不慮を訴えていたじゃないか……今は平気だとしても、何時再発するか分からないんだぞ? 俺は治療用の魔法・魔術を使える訳じゃないし……!」
そんなリヤンの意見を却下するライ。そう、リヤンはこの街に着き、フェンリルの話を聞いた時に激しい頭痛で苦しんだ。
ライはそれを思い、リヤンの為を思って断ったのである。
「……で、でも……「……なら、治療の魔法が使える私が着いて行けば良いのですね?」……! ニュンフェさん……!」
そんなライの意見に反対しようと言うリヤンの言葉を挟み、ニュンフェが着いて行くと返した。
それを聞いたリヤンはニュンフェの方を一瞥し、 ニュンフェは言葉を続けて話す。
「それに、貴方はその街が何処にあるか分からない事でしょう。何せ地の利が無いのですから……ならば、私が着いて行き、リヤンちゃんが体調を悪くしたら治療する……一刻も早く行きたいのなら、私を連れて行った方が良いですよ。リヤンちゃんが居れば私よりも精度の高い回復術を使えますし」
ニュンフェが言い終えると同時に二人はライに視線を向け、その綺麗な瞳でライの方をじっと見つめる。
「……」
それを見たライは黙り込み、ため息を吐いて二人に返した。
「分かった、降参だ。じゃあ、俺、リヤン、ニュンフェでもう一匹の幹部が居る街へ向かうよ……」
これ以上言っても意味が無い、リヤンとニュンフェは確実に着いて来ると悟ったライ。
そしてニュンフェの言うように、ライ一人よりもリヤンやニュンフェが居た方が事は上手く進むだろう。
ライは両手を上げて降参し、リヤンとニュンフェも一緒に行く事となった。
『フフ、二人が居るなら心配ないな。俺たちも安心して支配者の街へ向かえる。特にあの娘。あの娘が居ればアイツも話くらいは聞いてくれるだろう』
『ああ、その通りだな。あの三人ならば問題無く進めそうだ……ならば、私たちも少し休んだら先に進むとしよう。……まあ、幻獣の国出身のニュンフェは兎も角、何故彼らが此処まで協力的なのか気になるがな』
ライ、リヤン、ニュンフェの会話を聞き、軽く笑って三人を見る沙悟浄とフェンリル。
一人と一匹は三人を頼もしく思い、昨日今日とやって来たばかりの旅人が何故此処までしてくれるのか気になっていた。
しかし気にしていても意味が無い。力のあるライたちが味方なら頼もしいという事に変わり無いからだ。
こうして幻獣の国幹部の街"ラルジュ・ルヴトー"での騒動は終わった。
しかし、まだ目的はありライ、リヤン、ニュンフェが最後の幹部が居る街へと向かう事になった。
協力を要請する為の旅は、まだ終わりを告げないだろう。




