二百四十七話 血縁
──"ラルジュ・ルヴトー"、幹部の大樹である建物。
「フェンリル……フェンリルが幻獣の国に置いての幹部か……確かに不足は無い……いや、幹部として十分過ぎる器だな……」
幻獣の国"ラルジュ・ルヴトー"の幹部は、ライたちも見た事があるフェンリルだった。
「けど、フェンリルにしては少しばかり小さ過ぎる気もするな……」
そんなフェンリルを見たライは、そのフェンリルの大きさが気に掛かった。
そう、フェンリルと言う幻獣は巨大な身体を持っており、口を開けば天へ上顎が到達する程のモノである。にも拘らず、目の前に居るフェンリルは大樹の一部屋に収まる程度の大きさであり、天空へ到達するようには到底見えなかった。
『ん? ああ、俺は人化する事が出来るからな。少々疲れるが、その要領で小型化するのも容易いのさ』
曰く、このフェンリルは大きさも自由に変換する事が出来、その場にあった大きさで行動すると言う。人化と言うモノはイマイチ分からないが、中々に応用の利くモノなのだろう。
「へえ……伸縮自在って……最早それって生き物か?」
そんなフェンリルの言葉を聞き、ライは苦笑を浮かべて返した。魔力を使って身体を変化させる者や、エマのように細胞を自在に再生させる事が出来るのなら身体の大きさを変える事が出来るのだが、フェンリルには再生能力も魔法・魔術も無い。強いて言えば人化くらい。
つまり、特別な力を使わなくとも身体の大きさを自由に変えられるフェンリルは生物という枠から外れているのだ。
『フフ、ああ勿論だとも。俺が生き物という事実に変わりは無い。そして、俺程になれば人化の術を応用するだけで身体の変換は可能だ。そうしなくては目立つからな!』
苦笑を浮かべるライに向けて軽快に返すフェンリル。にわかには信じられないが、目の前のフェンリルがそうなので信じざるを得ない状況にあった。
「えーと……フェン……ううん……フェンリル……さん?」
『ん? フェン……? ……いや、どうした娘よ? 何か気になる事でもあるのか?』
ライとフェンリルが会話をしていた最中、リヤンがたどたどしくフェンリルに向けて話し掛けた。それを聞いたフェンリルはリヤンの方へ視線を向け、目線を同じにして返す。
「……フェンリルさんって……家族とか親戚って居るの……? その……この街にじゃなくても……遠く離れた場所とかにでも……」
そのフェンリルへ向け、リヤンは自分の気になった事を尋ねる。
リヤンはライたちと出会う前、魔族の国"レイル・マディーナ"付近の森にて様々な幻獣・魔物たちと生活をしていた。そしてその中でも仲が良かったのはこの街"ラルジュ・ルヴトー"の幹部である者と同じ種族のフェンリルのフェン。そしてユニコーンのユニだ。
つまるところ、フェンリルの知り合いが居るリヤンだからこそ、今目の前に居るフェンリルと何か関わりが無いか気になったので質問したという事である。
『家族や親戚か……まあ、居るな。家族というより親戚のようなものだが、本来狼は群れを為して生きゆく者。俺は一匹狼だが、親戚や家族は世界中に居るぞ』
そしてリヤンの質問に答えるフェンリルが言うに、自分は一人で幹部を勤めて行動しているが、無論の事家族や親戚が居るとの事。恐らく一族の中でも力が強かったので幹部に抜擢され、それから一人で行動するようになったのだろう。
「……じゃあ、魔族の国に居るフェンリルは知ってる!?」
『……あ、ああ……知っているとも。確かアイツは……クラルテに頼まれて魔族の国に入ったと聞くな……』
「………………え? ──ッ!」
──刹那、リヤンの頭に謎の頭痛が走った。
その脳内には今朝見たであろう夢の映像が繰り返され、忘れていたモノが蘇る。思い出す度に頭痛は激しくなり、痛みで涙を浮かべるリヤンは遂に膝を着いた。
その風景、悲しそうな女性、眠る赤子。殆ど逆光に包まれて顔などは見えないが、確かに今朝見た夢の映像だった。
「……! オイ、大丈夫か、リヤン!?」
「どうしたの!? 大丈夫!?」
『一体何が……!?』
『見たところ俺の言った言葉で何かが起こったようだな……しかし……?』
そんなリヤンを心配したライがいち早く駆け付けて肩を抱き寄せ、リヤンを落ち着かせようと試みる。次いでニュンフェ、沙悟浄、フェンリルもリヤンの方に寄り、心配そうにその様子を見ていた。
フェンリルはリヤンの様子から、自分自身が言った何かの言葉によってリヤンは頭痛を起こしたと推測する。しかし、どの言葉に反応したのかは理解し切れていない状態。当然だろう。何の前触れも無く唐突にリヤンは頭を押さえて膝から崩れ落ちたのだから。しかし尋常では無い程の頭痛が襲っているという事は、その様子からハッキリと理解出来た。
「大丈夫……大丈夫……何でも……無い……」
「訳ないだろ!? リヤン! 本当にどうしたんだ……!?」
そんなライたちを見たリヤンは迷惑を掛けまいと、涙を浮かべながら笑顔を作り、ゆっくりと立ち上がる。しかしそんな訳が無いので、ライは蒼白しながらフラ付くリヤンに手を回していた。
『ふむ、フェンリルの事を聞いて俺が答えたらこうなった……つまりその娘には俺以外のフェンリルについての思い入れがあるのかもしれないな……』
「……!」
そんなリヤンを見るフェンリルは、自分の言った言葉を考えながらそう言った。
そう、リヤンはそれまで、フェンリルに向けて普通に質問をしていたのだ。なのに突然フェンリルの親戚、その行く末を聞いた途端に頭を押さえて膝を着いた。
つまり、そのフェンリルと何か関係して居ると言う事だ。それを聞いたライはハッとし、何かを思い出したような動きを見せる。それは、
「リヤン、今朝リヤンがした夢の話……覚えているか……?」
「……」
『『「…………?」』』
それは今朝、幻獣の国に来る前の宿でリヤンが見た夢。
その夢の記憶は目覚めたリヤンの脳から消え去っていたが、それでも朧気で曖昧な記憶は残っていた。
それを聞いていたライはリヤンに向けて尋ね、リヤンは無言で返す。何の事かよく分かっていないニュンフェ、沙悟浄、フェンリルは"?"を浮かべていたが、それについてはこれから説明するつもりでいるライ。
「うん……私の……ライたち以外にも居たかもしれない……とても大切だと思う人……私は覚えていないけど……思い出そうとすると頭が痛くなって悲しい涙が出る……」
頭痛の方は幾分マシになったのか、ライの質問に答えるリヤン。
その痛みは激しいのだろうが、それ以上に精神的な痛みも伴っている。痛覚で分かる痛みだけでは無いという事が問題だった。
『関係しているか分からないが……実を言うと娘、主の匂いを何処かで嗅いだ記憶がある。主とは違うが、似たような匂いだった。十数年前にな』
「……え?」
ふと、フェンリルがリヤンの方を向き、リヤンに向けてそう言い放った。嗅いだ記憶のある匂い。と言う事はつまり、リヤンに近い匂いを持った者が十数年前にこの街"ラルジュ・ルヴトー"へとやって来ていたという事である。
「私と……似たような匂い……?」
似たような匂いという事はつまり、血縁者や親戚と考えるのが妥当だろう。しかし、リヤンは天涯孤独。親も居らず親戚の噂も聞かない程にだ。
ライやフォンセ、エマにも親は居ないが、ライとフォンセには親戚が居る。エマの場合は長生きが故に、種族その物が無くなりつつあるが、本人は旅などをしており孤独を感じてなさそうな雰囲気。何はともあれ、生まれてから十数年、人や魔族のように話し合いが出来る者という存在が居なかったリヤン。
ライやフォンセ、エマの孤独とはベクトルが違うのである。
要するに、そんなリヤンと同じような匂いを持つ者がこの街に来た事があると言う事は、リヤンにはリヤンも知らぬ親戚が居たという事なのだ。
「もしかして私に……親戚とか居るのかな……」
その事が気掛かりの様子であるリヤン。
それもその筈。天涯孤独にて親しい者など自分が住んでいた森の幻獣・魔物やライ、レイ、エマ、フォンセ、後ついでにキュリテなど、出会ってから数週間の者たちのみである。
そんなリヤンに親戚、もしくはそれ以外の近しい関係を持つ者など居ないと思っていたのだから当然だろう。
『ふむ、それは分からぬな。ただ似たような匂いを持っているってだけで……匂い以外の手掛かりなど何も無いからな……』
「じ、じゃあその人の……その人の名前は……?」
リヤンの言葉を聞き、変な期待を持たせてしまわぬように言葉を濁らせて話すフェンリル。
しかしリヤンは気になり、その者の名前を尋ねる。リヤンの持つ記憶にて、夢で聞いた筈の名前も忘れてしまっていた。
だがリヤンは諦め切れず、フェンリルの知っている事を聞けば聞く程に頭痛は増すばかりだが、何かは分かるかもしれないので頭痛を堪えて尋ねたのだ。
『ああ、さっきも言ったように名はクラルテ……いや、名の全てを言った訳では無かったな。その者の名は──クラルテ・フロマ』
「……!!」
──クラルテ・フロマ。
リヤンは先程、クラルテという言葉を聞いただけで頭痛が起こった。その理由は、ほんの少しだけ理解したかもしれない。そう、その者の姓が"フロマ"という事が原因だったのだ。
「フェンリルさん……私の名前……リヤン・フロマと言います……!」
『……! なんと……!』
そして、思い当たる節をフェンリルに向けて話すリヤン。
同じ姓を持つ者は多く居るだろうが、今までの事からリヤンとクラルテが何かしらの関わりがある確率は高かった。それを理解したフェンリルは低く唸るように言い、リヤンをマジマジと見やる。
『失礼する……』
「わっ……!」
そしてフェンリルはクンクンと鼻を動かし、再びリヤンの匂いを嗅ぐ。それに対してリヤンは小さく声を上げるがフェンリルは構わず嗅ぎ続け、そして確かな確認をしてから言葉を続けた。
『ふむ、やはり似ている……となると……娘。お前はクラルテ・フロマと何かしらの関係があるかもしれない……』
「……! ……やっぱり……」
その確認を終え、リヤン・フロマとクラルテ・フロマは本当に関わりがあったらしい。
リヤンの言った"やっぱり"と言う言葉。つまりリヤンも薄々気付いていたのだ。そう、夢の中で自分が見た人物の正体──それがクラルテ・フロマという事を。
『つまり娘、お主がクラルテの言っていた魔族の国……その森に置いてきた赤子という事か……』
「……え?」
「……?」
そして唐突に、先程まで言っていなかった事を話すフェンリル。
フェンリルは昔、クラルテと会っておりリヤンの存在も聞かされていたのだ。それを聞いたリヤンは小さく言い、ライは首を傾げてフェンリルを見る。
『一つ言い忘れていた事だが……そのクラルテ・フロマだが、十数年、この街に技術を普及させたのがクラルテなんだ。クラルテがこの街に寄り、人間・魔族のような建造技術を伝えた……その時に俺の親戚……と言うのか。そのフェンリルを森へと向かわせたのもクラルテだ……』
「……」
と言う事は、クラルテはその森を去ってからもリヤン事を懸念しており、リヤンを護る為に"癒しの源"のみならず強い幻獣を側に付ける事で無事に成長するよう祈っていたという事だ。
それを聞いたリヤンは見ず知らずのクラルテを思い、得も言えぬ感情に苛まれていた。
「ハハ、リヤン。どうやら俺たち以外にもリヤンを思う人は居るらしい。その人は今何処に居るのか分からないけど、何時か会える日が来るかもな!」
「……ライ……。……うん……!」
そんなリヤンに優しく声を掛けるライ。
リヤンはそんなライを頼もしく思い、力強く頷いた。
「じゃあ、フェンリル。クラルテさんの事はまた教えてくれ。今は危機的状況にある幻獣の国の話が重要だ……」
『ああ、分かっている。わざわざ側近と幹部を寄越したと言う事は、つまりそう言う事なのだろう。返答は話次第だが、そろそろ話に入る』
リヤンとクラルテについての話はまだ解せない部分も多いが、今は何時敵が来てもおかしくない幻獣の国に置いての問題を解決する事が重要だった。
こうしてリヤンの育ての親についてそれなりに分かった。
幻獣の国についての話し合いを終えた時、更に詳しく神の子孫と言うリヤンについて分かるだろう。今はドラゴンからの言葉をフェンリルに伝え、協力についての話し合いを始める。




