二百四十五話 幻獣の国・東の街
──空は透き通るように青く、柔らかそうな白い雲が穏やかに流れて頭上を過ぎ行く。
サァっと暖かく静かな春の風が吹き抜け、サラサラという音を立てながら草原の草と木々の葉が擦られた。その風によって足元の花も揺れ、甘い香りが鼻腔を擽る。見れば花から蜂が現れ、ブンブンと羽音を響かせて森へと帰って行った。
暖かく、穏やかな、春の空間。このような空間に居たのでは、やる気が無くなり少しばかり昼間の睡眠を取りたくなる。草原にシートか何かを敷き、少し早めの昼食を摂るのも良いかもしれない。
そんな空間にて、東の街を目指しながら行くライ・セイブル、リヤン・フロマ、ナトゥーラ・ニュンフェ、捲簾大将・沙悟浄に支配者の部下である幻獣兵士たち二、三〇匹は今、
『『『…………!!』』』
「ハハ、楽な道中じゃないって事か……」
「うん……!」
「そうですね……!」
『ああ、そのようだな』
何処からか突然現れた、ヴァイス達の部下である生物兵器の兵士達数十人と戦闘を行っていた。敵の兵士は剣や槍で攻めて来、それを見たライは片手にのみ魔王の力を一割纏って応戦する。
「そーら……よっと!」
『『『…………!?』』』
そして敵の兵士を一割纏った魔王の力で吹き飛ばし、魔王の持つ無効化能力で不死身の性質を消し去って消滅させた。それと同時に踏み込み、大地に小さなクレーターを造り出して正面へ向けて加速するライ。音速を超えたライは第一宇宙速度で刹那を置かず敵の兵士との距離を詰め、
「そらっ!」
『『『…………!?』』』
流れるように別の兵士数人を消し去った。まさしく閃光の如く、一瞬にして多くの兵士達を消し去るライ。
殺生はあまり好まないライだが、感情も無く何も無く、永遠に命令に従うだけの兵士ならば消した方が兵士達の為と考えているのだ。
(ま、それでも胸が痛むけどな……)
【クク、どの道感情の無ェ人形も同然だ。お前は甘いな、相変わらず】
そんなライの考えに釘を刺す魔王(元)こと、ヴェリテ・エラトマ。魔王(元)的には戦えれば良いのだが、ライはあまり戦闘を好まない。しかしこんな世界が故に戦闘を行わなければならぬ状況も多々あり、殺すまで停止しない敵も多く居る。
それはペルーダ然別、バジリスク然別、レヴィアタン然別である。それらを野放しにしていた場合、ペルーダは女子供を苦しめてから残忍な捕食を無差別に繰り返し、バジリスクはその場に存在するだけで生物を死滅させる。そしてレヴィアタンは言わずもがな。不死身の肉体と如何なる武器を通さない鱗を持っており、一挙一動で海の中に大嵐を起こすと言う程の巨躯。そんな風に、世界を終焉へと誘う最強の破壊者。
このように、ライが葬って来た者らは世界に何かしらの悪影響を与える者たちのみだ。中にはライの住んでいた街の王族・貴族・兵隊やオークの群れなども居たが、それ以外の殆どは街や国、世界に不利点を与える者である。
世界に影響を及ぼすという意味ならばこの兵士達もそうであろう。しかし、元が一般人と言う事が問題だった。中には進んで生物兵器と化した者も居るだろうが、それでも望まぬ実験を受けた者が殆どだろう。
これは推測だが、ライたちの道中に放たれた生物兵器の兵士達はそのような者達であり、元が兵士という普通よりも力の強い生物兵器は恐らく、本番に駆り立てられる為ヴァイス達の拠点に居る筈だ。
望まぬ実験を受けた兵士達に対しての、せめてもの救いが消滅させるしか無いと言う悲しい事実。ライは肉体的では無く精神的な痛みを堪え、全力を持って魔王の力で兵士達を狙う。
「えい!」
『『『…………!』』』
そしてリヤンは今までに見た幻獣のうちの一匹、イフリートの魔術で敵の兵士を狙っていた。
リヤンが使ったのは炎魔術。炎に長けているイフリートの炎魔術だけあって威力はかなりのモノだが、それで兵士達が再生不能まで陥るという事は無い。なので足止めくらいにしかならなかった。
「力を貸すわ! リヤンちゃん!」
「ニュンフェさん!」
次いで敵の兵士に向けて矢を放っていたニュンフェがリヤンの元に近寄り、手助けするように"炎の魔法"を放った。
ニュンフェはエルフ族。エルフ族は身体能力と魔力に長けており、殆ど老う事の無い半不老不死の種族。
厳密に言えば老うのだが、見た目が人間で言うところの十代から変わらず、ずっと美しい見た目を保ち続けている。そんなエルフのニュンフェがリヤンを見兼ね、手助けすべく炎魔法を放ったのだ。
『『『…………!!』』』
イフリートの魔術とエルフの魔法。これらが合わさる事で一瞬、春の穏やかな空気その物は火山を彷彿させる熱と化し、周りの木々や草に花は燃え上がった。
それによって敵兵士は気化して消滅し、水蒸気となって上空へ消え去る。そしてそこの半径数十メートルには、草木や花が無くなっていた。
『成る程、不死身の兵士か。コイツらは果たして、私には倒せない相手なのか……』
『『『…………』』』
一方の沙悟浄。沙悟浄は半月刃の付いた降妖宝杖を構え、敵兵士達を一瞬で数体バラバラに切り裂く。
しかし即座に再生し、沙悟浄の方へと近寄る兵士達。
『ハッハ、やはり倒す事は出来ないな。まあ、ダメージを受ける事は無いが……しかし厄介だな。折角だし捕獲するか?』
『『『……!!』』』
刹那、沙悟浄は両手に妖力を込め、チャプンと水の塊を放出して水のロープを創造した。そしてその水ロープを兵士達数人に巻き付け、一瞬にして水ロープで敵の兵士を束縛する。
『うむ、これは良い手土産になりそうだ』
そして完全に敵兵士の自由を奪った沙悟浄。
沙悟浄は水のロープを縛り、更にキツくする。捕らえたのは三人のみであり、この者達を使って何かしらをするつもりなのだろう。
「オラァ!!」
「「はあっ!」」
『『『…………!』』』
そして不死身兵士を倒せるライ、リヤン、ニュンフェが残りの兵士達を文字通り消し去り、この場は事なきを得る。
これにて突然の敵襲は、早くも幕を下ろす事となった。しかし敵襲があったという事は、相手もただ待っているだけで何もしないという事では無さそうである。
先程の兵士達はたまたま通り掛かったという訳では無く、ライたちが此処を通るのを待っていたかのような、そんな雰囲気であった。
恐らく指示者も何処かに居たのだろうが、少なくともライたちの目にそのような者は入っていない。穏やかな春の空気を感じるこの空間。その先、何が出てくるかはライたちの誰にも分からない事だった。
*****
「……で、沙悟浄……さん? ……その捕らえた敵兵士はどうするんだ? 幹部の街まで連れて行くとして……餌にでもするのか?」
そして、喧騒が無くなり穏やかな道に戻った道中。ライが沙悟浄に向けて首を傾げながら尋ねる。
沙悟浄が水の妖術で創り出したロープ。その先には三人の敵兵士が繋げられており、敵兵士達は暴れながらも沙悟浄の腕力には逆らえずに着いて来ていた。
『ハッハ、さん付けなのにタメ口か? 別にさんを付けなくてもいいよ、堅苦しいからな。そして質問に返すが、この兵士らを餌にはしない。どのレベルまで不死身なのか少し実験をしようって考えているのさ。敵と全面戦争になった場合、確実に不死身の兵士を駆り立ててくるだろうからな。備えあれば憂い無し。人間の作った言葉だが、まさしくその通りって思ってな!』
「そうか。……けど、不死身を試す為の実験ねえ……あまり想像したくないな……」
そんなライの質問に対し、軽快に笑って返す沙悟浄。曰く沙悟浄は、この兵士達を使って耐久テストのような実験を行うとの事。その内容は知らない方が良いだろうという事は、ライにも理解できた。
『ハッハッハ! 優しいんだな、お前は! まあ、実験と言っても内容は後で決めるさ。確かに穏やかなモノじゃ無いだろうけどな』
そんなライに向け、高らかに笑いながら話す沙悟浄。どうやら、ライの考えるような苦痛を伴う実験事が本当に行われるらしい。しかし、不死身の肉体にして主人の命令に従い続ける兵士では、口から情報を話す事も無さそうである。
なので肉体的にダメージを与え、どのレベルまで再生するのかを調べるのだ。不死身の対処法を少し、一つでも増やすだけで有利不利が覆る事もある。
不死身兵士は肉体的にもそれなりに強化されているが、それでも支配者、幹部、側近などが相手では簡単に砕く事が出来る。なので、ライたちの相手として強さ的にはそれ程驚異にならないのだ。
しかしライたちや支配者、幹部、側近が放って置くと力の無い一般の者へ被害が向かってしまう。なのでしかと仕留めなければならないのだが、不死身な為故に、不死身の性質その物を打ち消すライ。そして再生出来ないレベルにまで敵を消し去る事が出来る程の強力な魔法・魔術・妖術・仙術を使えない者には倒せない。
つまり、敵の不死身の性質を詳しく調べる事によってその兵士を少しでも減らせれば、戦闘するに当たっての疲労を減らす事が出来るという事。ただの幻獣兵士たちでも対処出来れば優先に戦えるのだ。
「へえ……まあ、あまり聞かないでおくよ。対処法が見付かったら教えてくれ。多分レイとエマは敵兵士を完全に破壊する事は出来なさそうだしな。攻撃方法的からして」
『ハッハ、任せろ。幻獣たって幹部クラスは割りと実験とかやったりしている。まあ身体の構造上、人化の魔法・魔術を使わなきゃエルフとガルダ以外自由に出来ないけどな』
ライが沙悟浄に向け、仲間のうち二人は攻撃方法からして不死身兵士を倒す事は出来ないと言い、沙悟浄はそれに対して笑って返した。
実際に倒し方はあるかもしれないが、レイの持つ剣は森を消し去る力を秘めているが切り刻むので敵の肉片が残ってしまう。そしてエマはその腕力や爪など、己の身体を活用して戦闘を行うので敵を完全に消し去る事は出来ない。しかひエマ自身も消え去らない。ヴァンパイアの持つ特殊能力と言えば天候を操作したり吸血する能力があるが、それではイマイチ決定打にならない。つまり、強力な力を持っていても尚、確かな弱点が無くては倒す事が出来ないのだ。
「へえ……。……え?」
そして実際を行っていると聞いて納得していたライは、最後に沙悟浄が言った言葉が気に掛かる。
「ガルダだって……? ガルダが幹部に居るのか……!?」
それは、幻獣の国に置いてガルダも幹部を勤めているという事。ライはその名前くらいしか聞いた事は無いが、その名のみでどれ程の者かは理解していた。
それも伝承なので些か差違点もあるだろうが、ガルダという幻獣はそれ程に有名だ。
『……ん? ああ、そう言えばどの幻獣が幹部になっているのかは知らないのか。まあ、エルフ族にガルダ。他にも名前くらいは聞いた事がある幹部が居るだろうな』
「成る程。確かに幻獣の国って言われているくらいだしおかしくは無いな……」
「へえ……」
「ふふ、私も有名かしら」
沙悟浄の言葉を聞き、妙に納得したライと、幻獣の話を興味津々で聞いているリヤン。エルフ族であるニュンフェは有名と聞いて少し照れるように言った。確かに有名な種族だが、だからこそ恥ずかしい面もあるのだろう。
『さて、そうこう話しているうちに着いたな。此処が幹部の棲む東の街……"ラルジュ・ルヴトー"だ』
──幻獣の国幹部の街"ラルジュ・ルヴトー"。
それがライたちの目的としていた東の街の名。
遠方から見える街の様子は、穏やかな雰囲気であった。支配者の街のように天を突く巨大な大樹と、青い空を高く飛ぶ幻獣。その幻獣は様々な色をしており、辺りの景色、つまり森や川に空などの風景に馴染むようなモノだった。
「わあ……」
そして、遠方からしか見えないその風景に目を輝かせるリヤン。
幻獣・魔物が好きなリヤンにとっては、幻獣の国自体が行ってみたかった場所だったのだ。
これから見る事が出来るであろう景色を前に、胸を踊らせて街に入るリヤンと、それに続くライ、ニュンフェ、沙悟浄と支配者の部下兵士二、三〇匹だった。