二百四十話 妖術と仙術
──"サンティエ・イリュジオン"、空。
「うんうん……良い感じに攻めているな。……幹部の大樹が何処か分からなかったけど……手当たり次第では無く気配の強い者が集まっている大樹……そこで合っていたかな……もし違くても何れ出てくるだろう……」
ヒュウ。と暖くも地上よりは寒い風が吹き去り、バサリと意思の無い龍兵士が白髪の男性を背中に乗せて羽ばたいた。
白髪の男──ヴァイスは上空から壊れ行く"サンティエ・イリュジオン"を見物しており、また一つヴァイスの下で建物が粉砕する。
『……!!』
その破壊者である巨人兵士は巨腕を振るい、一振りで数本の大樹を砕き落とした。その衝撃は街の幻獣たちを巻き込み、大きな土煙と共に吹き飛ばす。
それと同時に踏み込み、クレーターを形成しつつ加速して体当たりを他の大樹に食らわせる。そしてまた数本の大樹を打ち砕き、巨人の通った場所にはガラガラと硬い樹の欠片が落下した。
「ふむ……大樹の強度に違いは無い……まあ、ほんの少しは違うかもしれないけど……その程度の違いじゃ巨人相手には無意味……ただ巨大なだけで一挙一動に圧倒的な破壊力が生まれる。特別な力の無い者など、巨人が相手をするだけで終わってしまうんだね」
高みの見物を決めるヴァイス。ヴァイスは街の様子を眺め、つまらなそうに呟いた。攻め込むは良いが、巨人兵士一体だけで崩壊寸前のこの状況。見る分にはつまらないのだろう。
「まあ、不意討ちの形で攻めたし……幹部や支配者の側近にライの仲間が出てくれば大きく変わるか……」
『……』
バサッ。意思の無い龍兵士が再び羽ばたき、それと同時に加速して空中を移動する。ヴァイスは空を移動し、我関せずの態度でこの街の様子を眺めていた。
*****
『もう来たか……いや、寧ろ好都合だな……上手く行けば敵組織の幹部をお目に掛かれる……』
半分になった大樹から外を眺め、目の前に立つ巨人を見る孫悟空。大樹が半分抉れた事は驚いていた孫悟空だが、巨人が誇るその大きさに対しては特に何も思っていなさそうである。
当然だろう、かつて喧嘩を売った天界の上位者は孫悟空が飛行しても掌で踊らせる余裕がある程に巨大だったのだから。どれ程かと問われれば、指一本が数百メートル程の塔と錯覚する程である。
『取り敢えず景色を広くするか……』
そして巨人を見上げた孫悟空は小さく呟き、片手に持った如意金箍棒を巨人に向けた。
『伸びろ……如意棒!』
『……!!』
──その刹那、両端が金色である赤い棒が高速でグンと伸び、巨人兵士を貫いてそのまま天空へと吹き飛ばした。
一瞬にして数千、数万倍以上の長さとなった如意金箍棒。それは巨人を突き上げて天空へ伸び、空の雲々を貫通して大気圏まで吹き飛ばしたのだ。
『さて……"仙術・觔斗雲の術"! 来い! 觔斗雲!』
次の瞬間、孫悟空は如意金箍棒を縮めてしまう。そして上空に向けて呪文を詠唱し、人が乗れる雲、觔斗雲を呼び出した。軽く跳躍して觔斗雲に乗り、マルス、フォンセ、サイフ、ガルダの方を見やる。
『お前ら! 多分分かったと思うし俺もさっき言ったが、敵が攻めて来た! ちょっくら出て行くからお前たちも各々で行動してくれ! 街がヤベェ事になってっぞ!』
「……あ、悟空さん……! 待って下さい! 実はあの兵士達は……!」
そしてそれだけ言い、觔斗雲に乗って高速で外へ飛び出す孫悟空。マルスはそんな孫悟空へ何かを言いたそうな様子だったが、孫悟空はそれを聞かずに行ってしまった。
『マルス王……時間は無いが……何を言いたかったんだ……? その様子から余程重要な事らしいが……私も早く街の方へ行かなくてはならない。教えてくれないか?』
そしてその様子を見抜いたガルダがマルスに向けて言い、尋ねる。事実、マルスが伝えようとした事はこの戦いに置いて重要な事。マルスはガルダの方を向き、口を開いて話した。
「あの巨人……そしてこの部屋から見える下に居る兵士……彼らは僕の街"マレカ・アースィマ"にも攻めて来ました……そして、その時応戦してくれたブラックさんたちやライさんたちから教えて貰った事です」
それは、マルスの街にて起こった出来事であり、生物兵器と言うモノを初めて見た時の事。ヴァイス達が裏で手を引いており、レヴィアタンの襲撃もあったがライたちとブラックたちが協力して解決した事。
「彼らは全員……不死身の肉体を持っています……!」
『なんと……!』
そう、その時戦った相手兵士は不死身だった。
レイやエマ、ブラックが切り刻もうと、フォンセにラビアが吹き飛ばそうと、リヤンが倒そうと、キュリテが超能力で攻めようと、サイフが幾ら貫こうと、シターが幾ら潰そうと、何度でも再生した不死身の生物兵器。唯一消せたのは魔王の拳のみ。マルスはライが魔王を宿している事は知らないが、何はともあれ生物兵器に対応する事が出来るのは異能の無効化術を持っている者のみである。つまりマルスは、孫悟空やガルダに向けてその事を伝えたかったのだ。
『不死身の生物兵器にして戦場を駆ける兵士……成る程、手強い……ドラゴンさんが頭を抱えるのも頷ける手強さだ……』
マルスの話を聞き終え、納得するように返すガルダ。
不死身の肉体を持つ軍隊など考えるだけでも面倒極まりないが、ガルダはそんな素振りを見せず外の方に視線を向ける。
『なら、私も早いところ駆け付けた方が良さそうだな……それを聞いてますます危機感を覚えた……住民の避難は部下たちが行っているだろうが、巨人を相手にするだけでも苦労しそうなものなのにそれが不死身と来た……幹部として止めない訳には行かないだろう……君たちも分けよう。マルスとやらは戦闘が主体じゃないらしい。誰かが付いてやってくれ。君たちが連れて来た兵士たちも五〇数匹だけ連れて行く。後は魔族の国にある街の王の護衛に付いてくれ』
『『『ハッ! 分かりました! ガルダ様!』』』
そしてドラゴンの命で着いて来た兵士に言い、ガルダは外へ飛び出した。それに続くよう、五〇数匹の幻獣兵士たちも大樹の外へ行く。
「よし、じゃあ私も外へ行く。お前たちは大樹に残っていてくれ。幹部の側近なら、王を護衛するのも任せた方が良さそうだからな」
「ケッ、勝手に決めんのかよ。俺はどちらかと言えば戦いに行きたかったが……しゃーねー。王様の護衛が大事だな」
ガルダたちを見たフォンセはマルスとサイフの方を向いて言い、サイフはそれに同意する。
フォンセも戦いが好きという訳では無いが、王の護衛にはフォンセよりも親しいサイフが良いと考えたのだ。
マルスには特別な力は無く、恐らくこの中では幻獣兵士たちを含め一番弱いだろう。なので兵士以外の誰かが残り、護衛をした方が良い。そしてそれは親しき者の方が何かと都合が良いのだ。
「分かりました。サイフさん、よろしくお願いします。フォンセさん、お気を付け下さい……!」
「「ああ」」
そしてフォンセは大樹から飛び降り、風魔術で浮き上がって巨人兵士や不死身兵の元へと向かう。
サイフはマルスの近くに寄り、警戒を高めて視線で幻獣の兵士たちを見た。
何者かによって始まった戦闘は、各々がそれぞれの行動を起こして迎え撃つ事となる。
*****
『"妖術・落雷の術"!』
『『『…………!!』』』
一閃、上空に幾つもの雲が作り出され、そこから落雷が降り注ぐ。その霆は巨人兵士と兵士を焼き払い、ゴロゴロという音が遅れて響いた。
『伸びろ如意棒!』
『『『…………!!』』』
そして落雷から逃れた兵士達を貫き、その棒を横に振るって薙ぎ払う。薙ぎ払われた兵士達は吹き飛び、大樹に激突してその大樹を粉砕した。
『まだまだ居るな……数には数だ"妖術・分身の術"!』
次に髪の毛を少し毟り、その髪に息を吹き掛けて己の分身を創り出した。その分身は逃げる幻獣たちを追う兵士の前に立ち塞がり、髪を揺らして軽薄そうな笑みを浮かべている。
『さーて、まだまだまだまだ居るなぁ……』
あらゆる"妖術"を巧みに扱う孫悟空は"仙術"で創り出した觔斗雲に乗っており、空から巨人や兵士の相手をしていた。
数十人吹き飛ばした孫悟空だったが、相手兵士はまだまだおりその兵士達を相手にこの街の幻獣兵士たちも苦戦を強いられているようだ。
『広範囲を沈めたいが……それをやると街や他の幻獣たちが大変な事に……はてさて、中々参ったな……神仏らも結構居たが……あの時は俺も魔王って呼ばれる奴等を集めていたしなぁ……』
フワフワと浮かび、空を眺めながら思考する孫悟空。
孫悟空は神に等しき力を持っている。それ故に、大きな術は使えないのだ。
孫悟空の使う術というモノには、大きく分けて二種類ある。
一つは妖怪なら殆どの者が使える"妖術"。それは魔術と違い、魔力では無く妖力を使う事で四大エレメントを含め森羅万象をこの世に実体を持たせる事が出来る。
そしてもう一つ。それは扱う者が神や仏となり神に等しき力を得る事で初めて扱える術──仙術。
それは魔法・魔術・妖術・超能力よりも遥かに強大な力を秘めており、天変地異を起こすのみならず概念すらをも覆せる程の術。
今孫悟空が使っている"觔斗雲の術"は魔法・魔術を使ったとしても雲を固め、風を放出しながら移動する事で応用が可能だ。
だがしかし、觔斗雲の術で創られた雲はそれらより遥かに強靭に固められておりちょっとやそっとでは雲自体が消えない。
それはさておき、移動用では無く攻撃用の術を仙術で使った場合、"炎""水""風""土"その全てが大幅に強化されるという事である。
例えるなら焚き火の炎と火山の炎。雨水と大海の水。そよ風と台風の風。砂粒と巨大な岩石。
魔法・魔術・妖術が星に存在する物に干渉する術なら仙術は宇宙に干渉する術なのだ。例えでは星に存在する物だったが、更に上で例えるのなら宇宙全体の熱エネルギーや宇宙に存在する水分。宇宙で起こる嵐や宇宙が造り出す様々な惑星。文字通り、読んで字の如く、それら術の違いは天と地程の差があるのだ。
『ま、大して強くねぇし……ちゃっちゃとやっちゃいますか……!』
刹那、孫悟空は觔斗雲で加速し自分の分身と共に降り立った。そして如意金箍棒を振り、クルクルと回して構える。
『斉天大聖・孫悟空……参る!』
『『『…………!!』』』
瞬間、如意金箍棒が一瞬で伸び、"サンティエ・イリュジオン"の遠方にある山を貫く。
その山は砕け、大きな土塊 となって山の麓に落下するのが見えた。突然攻めて来た軍隊。孫悟空は分身を含め数百人で相手取る。
*****
『コイツらが不死身の兵士か……成る程、納得した。確かに不死身だ……』
『『『…………』』』
孫悟空に続くよう、大樹から飛び出したガルダは翼を広げ、地面に降り立った瞬間一瞬で周りに居た敵兵士と巨人兵士を粉々にした。
それによって辺りは真っ赤に染まり、大樹の建物は赤く彩られる。しかし砕いた筈の兵士達は全ての肉片が近付き、接着して再生した。ガルダが連れ出した五〇数匹の幻獣兵士は住民の方へ当てており、この場に居るのはガルダのみである。
『厄介……確かにその通りだ……幾らバラバラにしても再生するのか……やっぱ孫悟空にも言った方が良いな、うん。取り敢えず孫悟空を探すとするか……』
その様子を眺め、再生する過程の兵士を再びバラしたガルダは空を見上げて跳躍する。
恐らくガルダは孫悟空が觔斗雲を使っているのを理解しているのだろう。それに加え、高い場所ならば街全体を見渡す事が出来るので主格を狙うにも最適なのだ。
『『『…………!!!』』』
『……っと……』
無論、大樹の上にも敵兵士達はおり、そこへとやって来たガルダを狙い打つ体勢に入っていた。巨人兵は居ないが、武器や魔法道具を扱う兵士達がガルダを襲う。
『……燃えろ!』
そして兵士は炭と化す。
ガルダは炎や太陽のような輝きを持ってして生まれた存在。敵を一瞬で消し炭にする事は可能なのだ。
『『『…………』』』
『やれやれ、炭の状態からも再生するのか……普通の不死身とは違うな……』
しかし炭は集まり再生し、再び身体を創り出していた。
流石にそれを見れば驚きを通り越して笑いが出て来るガルダ。
通常不死身の身体を持っていたとしても炎によって燃え続ければ再生速度が追い付かず、最終的には土に還る。
不死身のヴァンパイアが炎に弱い理由がそれである。しかしこの兵士達は、切っても砕いても焼いても再生する。つまり、本来の倒し方では駄目だという事である。
『ドラゴンさん側に付くとして……こんな奴等の軍隊を相手にするのか……じゃ、今のうちに対策を考えておかなくてはな……』
刹那、再生した兵士達を即座に焼き払い翼で扇いで炭を蹴散らすガルダ。その炭は風に巻かれて消え去り、辺りに舞い上がる。
『成る程、これでも駄目か……』
『『『…………』』』
そしてその炭から再び身体を形成し、持っている武器をガルダに向けて振り落とした。
『分かった、なら倒し方はこれだけだな……』
それを見たガルダは思い付き、小さな熱エネルギーの塊を創り出した。
『『『…………!?』』』
──そして兵士を、『気化させる』。
気化した兵士は蒸発し、この世から消え去って欠片一つ残さず消える。辺りには水蒸気のような霧のみが残り、暫し空中を漂って消滅した。
『やはりそうか……欠片一つだけじゃなく、細胞レベルに分解しても再生する不死身の兵士……しかしそれすら残さず気化させれば再生出来ないようだ……』
それを行い、確信を得たガルダは改めて孫悟空を探す。
孫悟空ならば全ての兵士を気化させ、存在を消し去る事も可能な力を秘めているからである。
この戦闘では、ガルダと孫悟空、そして炎魔術を扱えるフォンセが鍵となる筈だ。
ついでに下の兵士も気化させ、消し去ったガルダは己の翼を広げる。そして羽ばたき、埃を舞い上げて上昇した。
一先ず対処法を思い付いたガルダはそれを伝える為、空を飛んで各々の元へ向かう事にした。