二百三十八話 幻獣の国・三匹目の幹部
──"サンティエ・イリュジオン"。
『これはこれは……斉天大聖・孫悟空様が自らやって来るとは……幹部様に用事ですか?』
『ああ、お前も話くらいは聞いている筈だ。ドラゴンの旦那が幹部たちを招集しているってな』
"サンティエ・イリュジオン"にて、幹部の住むという大樹にやって来たマルス、フォンセ、サイフ、孫悟空の四人と部下兵士数百匹。
大樹の前で張っていた槍を持つ部下兵士が孫悟空に言い、孫悟空はその問いに頷いて返した。此処に来た理由は幹部に会う為。それは揺るぎ無く変わらない事。
『では、斉天大聖様方御一行を御案内致しましょう。幹部の大樹を見張る我ら幻獣兵士。斉天大聖様の御役に立てるのならば嬉しい限りで御座います』
『おー。……けど、お前もそんなに固くなるなよな……』
孫悟空は支配者の側近になったばかりと聞くが、それでも見張りと親しそうだった。その理由は元が有名な大妖怪だからだろう。それに加え器も大きく、リーダーシップのある。知名度に実力がある孫悟空はカリスマ性も高く部下に慕われるタイプ。
つまり要するに、幹部たちに会うくらいならば孫悟空が居れば簡単に会えるという事である。孫悟空からすれば堅くなり過ぎる者には若干引いているが、慕ってくれているので悪い気はしていなかった。
『皆様。御入り下さいませ……』
大樹の門から避け、槍の先端を天に向けて構える見張り兵士。
悪いやつでは無さそうだが、どうやら他人へ尽くすタイプの者のようだ。
人に尽くすというのは少々語弊があるが、真面目に自分のやる事を行っているという事である。
『おーっし……目的は近くだ。行くぞお前ら?』
「は、はい!」
「マルス王……緊張してんな……」
「ノーコメントだ」
そんな兵士に言われ、着いて行くマルス、フォンセ、サイフ、孫悟空の四人とその四人に続く幻獣兵士たち数百匹。
歓迎ムードとまではいかないにしても、会わせる事に躊躇は無さそうな状態だった。敵意が無いのを見ると、この街の者は魔族に対して特に何も思っていない事が窺えた。
流石に珍しい物を見るような目はされるが、それだけであって他には良いイメージも悪いイメージも持たれて無さそうな雰囲気である。
『皆様は幹部様を説得しようとしているのかもしれませんが……正直この街は幹部様一人で十分だと思われます。しがない私が言うのも何ですが、この街の幹部様は幻獣の国全ての幹部内で最強。実力は支配者クラスあり、斉天大聖様と同様神に等しき力を持っている。これまでにただの一度足りとも敗北を喫した事が無く、恐らく斉天大聖様でも勝てるかどうかは危ういでしょう……』
大樹内に入り、この街の幹部について淡々と説明を綴る見張り兵士。
此処の幹部は兵士の言葉からするに、余程の実力を秘めているらしい。曰く、支配者クラスとの事。幻獣の国にはドラゴンを含め、少なくとも三人支配者クラスが居るという国らしい。
「支配者クラスの幹部……気になるな。何故それ程の実力者が支配者にならず幹部という位置で燻っているんだ……? そもそも、誰の元に付かずとも一人で生きて行ける筈だ……。まあ、楽に食住を得られるという意味ならば分かるが……」
見張り兵士の言葉を聞き、気になった事を尋ねるフォンセ。
支配者クラスの実力者という者は、全世界に割りと居る。
その殆どは封印されているか自由に生活している。が、世界の事を考えた者や暇潰しを行いたい者は支配者という位置に付いて生活している。
その種族の中で上位的な者が支配者となるのだが、支配者以上の者も多いのだ。何を述べたいのかと言うと、ドラゴン以上の力があるのなら幻獣の国の支配者になれると言うのに、何故そうしようとせずドラゴンの下に付くという事を行っているのかという事である。
孫悟空のようにこの世界が心配になって降りてきたのならばまだしも、見張り兵士の話を聞くにそのような事は無さそうだった。
『うーん……その質問は難しいですね。幹部様は自由人という訳ではありませんが……下に付くような器でも無い……恐らく幹部様にしか分からない事情でもあるのでしょう。自分の事はあまり話さない御方なので。しかし言える事は、悪い御方では無いと言う事です。かれこれ数百年は幻獣の国幹部として勤められているので』
「ふむ……腑に落ちないが……部下兵士も分からないのなら仕方無いか……世話を掛けたな」
『いえいえ、私も長い事勤めていますが、斉天大聖様やその御連れ様の質問とあれば御返ししない訳にもいきませんよ』
幹部について話す見張り兵士と、それに何とか納得するフォンセ。
見張り兵士は古株らしく、"サンティエ・イリュジオン"の見張りとして長年勤めているようだ。なのでこの街の幹部を信頼しているのであろう。
『さて、話しているうちに着きました。私は此処までです。入っても良いと思いますが……見張り持ち場をが長く離れる訳にもいきませんからね』
『ああ、ご苦労。まあ、不穏な空気が流れているし……警戒するに越した事は無いぜ? 侵略者達が動き出しているだろうからな』
そして一つの部屋の前に辿り着く。見張り兵士はマルスたちの方を向いて言い、孫悟空がそれに返して注意を促した。
ヴァイス達侵略者。その者らが行動を起こしている事は既に知っている孫悟空。それも踏まえ、この街の幻獣たちを危険な目に合わせぬよう注意をしたのだ。
『はい、勿論理解しております。わざわざ支配者様が命令を下し、斉天大聖様を此方に向かわせたという事は余程の事態なのでしょう。我ら"サンティエ・イリュジオン"の兵士たちも心しています』
『そうか、杞憂だったな。んじゃ』
その注意に対して頷き、頭を下げてから後ろに下がる見張り兵士。
孫悟空も返し、マルス、フォンセ、サイフ、孫悟空の四人と部下兵士数百匹は幹部の居る部屋と言う扉を開けた。
*****
──"サンティエ・イリュジオン"支配者の大樹、支配者の部屋。
『よっ! 久し振りだな! っても旦那の側近になった時以来だけど!』
『……』
その部屋に入るや否や、一人の者へ気さくに話し掛ける孫悟空。幹部らしき者は部下を付けず、椅子に座りながら日差しを浴びて本を読んでいた。
日差しの入り込む場所に窓のような物は無く、くり貫かれた場所から暖かな風が入って来る。その者の『羽毛』は揺れ、パラッと本を捲る音のみが静かに響いた。
『はぁ、相変わらず……っても二回目だが……静かなもんだねぇ……幻獣が人間・魔族の書いた本を読んで意味なんかあんのか?』
その者を見、呆れるようにため息を吐きながら話す孫悟空。
人間・魔族と幻獣・魔物は全体的に感性が違う。例え人間・魔族にとっては面白い物だとしても幻獣・魔物にとっては何でも無いような事が殆どだろう。それは同じ種族内でも言える事だが、種族の違いによって生じる物はその程度の違いではない。要するに孫悟空は、感性が違う種族の書いた本など面白いのかと尋ねたのだ。
『ああ、面白いさ。種族の違いによって分かる事は面白い……例えば人間に我ら幻獣やその他の動物と話せると豪語する者も居る。本当にそんな能力を持っている者も居るが、実は出任せを言っているだけの奴が多い。……逆に、喋る事の出来ない幻獣が人間の言葉を理解したつもりになる事もある……種族は違えど、考える事は同じだなと感じるんだ……』
『ほーん。……てか、それって面白いかお前? ……俺は人間・魔族・幻獣・魔物全てと話す事が出来るが……別に幻獣・魔物の狩りを見ても面白くねぇし人間・魔族が汗水垂らして働いているのも面白くねぇぞ?』
孫悟空の質問に対して淡々と言葉を綴る幹部。そしてそれを聞いた孫悟空は訝しげな表情をしながら考えていた。
孫悟空は神に等しい大妖怪である。人間のような欲。魔族のような戦闘欲。幻獣のような直感。そして妖怪は魔物。
世界を構成する四つの種族と同じような性質を持っている孫悟空だが、別に他種族の行いを見ても何も感じないのだ。
『それはアナタが特別なだけだ。自分はそれ程器用じゃない』
そんな孫悟空の言葉に耳を立てていた幹部はパタリと本を閉じ、『翼』を広げて伸びのように天へ向ける。
再び暖かな風が枠から入り込み、幹部の羽毛を揺らしていた。
それから少し空を見上げ、バサリと翼を畳んでスッと椅子から立ち上がる。そして孫悟空の後ろに居たマルス、フォンセ、サイフの方に視線を向けた。
『さて、暫し待たせてしまった。我が名は"ガルダ"。此処、幻獣の国にて幹部を勤めている者だ。よろしく』
──"ガルダ"とは、炎のように光輝く神鳥である。
その見た目は人間の胴体に鷲の顔や嘴、足や翼を付けたようなものでありその翼は赤く、全身は黄金色に輝いている。
別名には"ガルーダ"や"ガルラ"と謂われているモノもあるが、基本的にはガルダである。
その異名も多々あり、鳥の王という意味がある"ガルトマーン"や美しい翼を持つものという意味のある"スパルナ"。そして赤い翼のような意味を持つ"ラクタパクシャ"と水銀のように動く者という意の"ラサーヤナ"などもある。
ガルダは生まれた瞬間に輝きを放ち、瞬く間に成長してかつてこの世界を創造した神とは別の神々に恐れられたと謂われている。
ガルダは力も強く、過去に幾多の神々を打ち倒し、更なる成長を遂げて戦神や風神、守護神などにも負けた事がない。
中にはダイヤモンドで出来ており、霆を操る最強の武器──金剛杵を使ってくる者も居たがそれすらをあしらう程の実力を秘めている。
神に等しき力を持ち、神々の軍団にも負けない程の実力を秘めた、まさしく最強と謂われている幻獣、それがガルダだ。
「ガルダ……確かに見張り兵士の言う通り……最強の幹部と言うのも頷ける者だ……しかし、やはり何故幹部の位置に……?」
「クク、斉天大聖・孫悟空に神鳥ガルダだァ? 俺は夢の世界にでも迷い込んじまったか……?」
「……。…………」
ガルダの名を聞き、戦慄するように固まるフォンセ、サイフ、マルスの三人。
無論この世にはガルダよりも強い者は居る。しかし、支配者と同レベルにしてガルダ以上となるとその数は極端に減る事になる。これ即ち、ガルダは確実に上位の部類に入る幻獣だろう。
実力だけで言えば全生物の王にして最強を謳われるドラゴンよりも上に来るかもしれない程だった。
『ハッハッハ! 何を驚いているんだよお前ら! 確かにガルダは強ぇが、その分味方なら頼もしい限りだろ? それに、かつて多くの神々を倒したくらいが何だ。こちとら魔王って呼ばれていた奴等を率いて天界に喧嘩売ってんだぞ? ま、その魔王共にかつて世界を治めていた魔王はいねぇが、それはさておきだ!』
緊張の糸が張り巡らされ、ピリピリとした雰囲気を醸し出しているそんな中、マルス、フォンセ、サイフに向けて軽薄に話す孫悟空。
確かにこの世界ではそのような力を持ってしても尚、一番の実力者になれるという事では無い。"最強"の異名を持つ者など星の数程居るのだから。
『"最"も"強"い奴が"最強"って言われているんだが、この世界には最強が多過ぎる。上を見たら最強って異名を持つ奴等が満点の星空を形成してらぁ。魔族の国に寄っているならシヴァの奴にも会った筈だぜ? だったら今更怖じ気付く事も無えだろうよ!』
依然として軽薄な笑みを浮かべつつ、ガルダ相手に緊張する必要など無いと孫悟空は告げた。
事実、今回は戦いに来たのでは無く話し合いが目的。話し合いの相手であり敵では無い。相手の名に驚いているようでは進まないのだ。
「「「…………」」」
そして孫悟空の言葉を聞いたマルス、フォンセ、サイフは深呼吸をし、改めてガルダ相手に向き直った。
「失礼したな。少々戸惑っていた……しかしまあ、シヴァという支配者も居たし、レヴィアタンという最強生物も見た事がある……この世界に置いて上位の実力者など沢山居るんだ……気にする必要は無かったな……」
「クク、ああそうだな。敵なら厄介だが、味方なら頼もしい……その通りじゃねェか……」
「……。…………」
そして三人は緊張しているが幾分マシになり、一人を除いて普通に話せる体勢に入る事が出来た。
しかし必要なのは緊張の有無では無く、如何にして迅速に話し合いを終わらせ、侵略者組みの対策を練るか、である。
早く終わらせれば早く対策を練る事を可能にし、より良い状態で相手を迎え撃つ事が出来るのだ。
『さて、私も話を終えて本の続きを読みたい……始めても良いぞ?』
『そうか? んじゃ早速……』
マルス、フォンセ、サイフの状態が先程より良くなり、それを確認したガルダはマルスたち四人と部下兵士数百匹に向き直る。
それに対して孫悟空も向き直り、口を開く。
幻獣の国、"サンティエ・イリュジオン"に置いての話し合いは早い速度でさっさと行われる事となった。




