二百三十七話 幻獣の国・南の街
レイチームと、ブラックチームの交渉が終わる数十時間前。マルス、フォンセ、サイフ、孫悟空の四人と部下兵士たち数百匹。
そこには魔王の子孫と魔族の国幹部の側近、そして神に等しい力を持ち斉天大聖と謳われる孫悟空。戦力的には最大級と言える布陣が揃っていた。
現在マルスたちは南の街に向けて前進しており、暖かい森の道を歩いていた。空模様は快晴であり、雲一つ無い澄み渡るような青空が広がっていた。
ヒュウと旋風が巻き起こり、カサカサと落ち葉を舞い上げる。
舞い上げられた落ち葉は天へと上り、横から吹いた突風によって流された。鳥の囀りが鼓膜に響き、風によって揺れる木々の葉が擦り合ってはザァザァと音を出す。心地好く、不気味な空間。
此処を一人で歩くのであれば得体の知れぬ不安や焦燥が己の内側を抉るだろう。しかし穏やかであり、歩いていて安らかな気持ちになれる。
そんな二つの対となる感情が渦巻く道を、淡々と歩くマルスたちはその景色を眺めていた。
「この場所は落ち着く雰囲気ですね……だけど落ち着かない……何でしょうかこの感覚……」
南の街に向けて歩くマルスたち。
そんな中で、マルスはこの場所が放つ独特の雰囲気を感じて冷や汗を流す。穏やかなのだが不気味。不気味なのだが穏やか。そんな矛盾している空間を見れば冷や汗が流れるのも無理は無いだろう。
『ああ、此処ねぇ。此処は何と言うかなぁ……まあ、単調だが"不思議スポット"とでも言っておくか? 此処にある木々は不自然な生え方をしたもんでな、風や音の軌道があちこちを行き来するんだ。それが不安を煽ったり安らぎを与えたりとあらゆる感情に刺激を与える。だからなのか、幻獣たちも滅多に近付かねえな。感情が刺激されるだけで命が無くなるって事はねえのによ』
そんなマルスの疑問に応えたのは孫悟空。この場所は森である。道はある程度整備されているが、自然が豊富であり木々の数も多い。その木々が問題なのだ。
そこにある木々の殆どが不自然な場所から生えており、風の流れを変化させる。その空気は暖かいモノと冷たいモノが入り混じり、上下左右と様々な方向から風が吹き荒れる。
それらが相まってこのような雰囲気を作り出しているのだ。
「名前通り不思議な場所ですね……『名前は今考えたけどな!』……あ、そうなんですか……」
歩を進めつつ、孫悟空からこの場所の話を聞くマルスたち。
他に生き物はいないらしく、雰囲気を除けば安全な道が続いていた。
「しかし、こうも静かだと逆に気になるな……他の生物はいないのか? 確かに独特の雰囲気だが……だからこそ敵となりうる生物も来ない……弱い幻獣とかなら棲み着いていもおかしくないが……」
ふと、フォンセが孫悟空に向けて質問する。
そう、この場所は独特の雰囲気を醸し出しており、不気味で穏やか。その安全性は確保されている。
何故なら警戒心の強い動物はこの雰囲気を受け入れきれず、近付こうとしないからだ。
『ああ、それね。それはまあ、知っての通り現在戦争中だからな。あちこちの街が襲撃されている今、道中だって安心は出来ねぇのさ。幹部の街とその近辺は比較的安全地帯ではあるが……そこから離れた場所はまあ、酷いもんだ……』
「……成る程な」
フォンセの質問に対し、言葉を綴る孫悟空。
その言葉からフォンセは理解する。動物がこの場所に"棲まない"のでは無く、"棲めない"のだと。
戦火は街のみならず、幻獣の国全体に広がりつつあった。
既に荒れている幻獣の国だが、更にそれが進み幻獣たちの居場所も侵食されつつある。
要するにこの場所は独特の雰囲気を醸し出しているのだが、戦火が降り掛かる可能性が高いのだ。幹部の街に近いと言えば近いこの森。しかしこの森に近付く者が少ない分、何かあった時に優先順位は二の次となってしまう。そんな場所に好んで棲む者はいないだろう。
『死臭? ってのか……死んだ生き物の匂いが酷ぇのなんのってな……正直、かつて世界を救った勇者が築いた平和はすっかり崩れたと思ったぜ。世界が仮の平穏に包まれて早数千年。まあ、下界ってのも失礼だが……天界からすりゃ見守られる側の世界……天界から見ていた俺はまあ、ここ数百、数千年に起こっていた幾多の戦争を見てきたが……その度に思ってる事だからもう気にする事もねぇが……やっぱり立場的に気になるってもんだな』
鼻を動かし、指で鼻を触って自分が見た光景の事を淡々と話す孫悟空。かつての勇者が魔王を倒した時、確かにその時は世界に平和が広がったかもしれない。
だがその平和が長く続く筈も無く、全生物にとって"天敵"と言える魔王が倒された事で次の覇権争いが行われた。
世界を手にするという事は、全てが自分の思い通りに進むという事。全てが思い通りなるのならそれに越した事は無いだろう。
支配者制度が出来るまで、魔王も勇者も神も居なくなった世界ではそれこそ無法地帯という言葉がピッタリと収まるモノになっていた。
かつて神々や仏に喧嘩を売った孫悟空は天界から見ている時、その争い事が気になったのだろう。なので再び世界が揺らぐ今、孫悟空は天界からこの世界に降り立ったのだ。
「ほう? 気になるモノなのか……神に等しき力を持っても尚……いや、力がある分様々な事柄に対する思考の余裕がある……と言った方が良さそうだな……」
孫悟空の言葉を聞いたフォンセは意外そうに言い、その後自己解決し終える。
天界からすれば下界であるこの世界。孫悟空は今では神に等しき地位と力を持っているが、元の育ちは下界。
孫悟空や沙悟浄に猪八戒は、何れにしても天界育ちだが、そのどれもが下界に追放されている。
謂わば第二の故郷だろう。旅した期間を含め、第二の故郷とも言える下界。争い事よりもその事が気になったので幻獣の国支配者の側近を勤めているのである。
『ああ、その通りさ。思考の余裕がある……そして気になったのも勿論本当……さて、どうでも良い事を話していたな……到着だ。此処が幻獣の国幹部の街──』
「「「…………」」」
そして、何時の間にか独特の雰囲気を放っていた森を抜けており、マルス、フォンセ、サイフ、孫悟空は一つの大きな街に辿り着いた。
孫悟空に言われ、その方向を向くマルス、フォンセ、サイフ。
孫悟空は、言葉を続けて発した。
『──"サンティエ・イリュジオン"だ!』
──"サンティエ・イリュジオン"。それがこの街、幹部が棲むと謂う場所の名前である。
不思議な森を抜け、"サンティエ・イリュジオン"に辿り着いた四人と数百匹だった。
*****
──"サンティエ・イリュジオン"。
この街は南の街。だからなのか、幻獣の国の中でも比較的温暖気候だった。
周りの大樹は依然として巨大だが、支配者の街との違いはその景観。支配者の街は"世界樹"を中心として広がっていたが、周りの大樹が殆ど同じ大きさであるこの街はハッキリ中心と言える場所が無く、全体的に森を彷彿とさせる街だった。
そしてやはり幹部の街はあまり狙われていないらしく、住民であろう幻獣たちはまだ無事である。
人とは遠く離れた容姿をしている幻獣たちは森のような街中を闊歩しており、時折此方を見る者はマルス、サイフ、フォンセの魔族三人を珍しい者を見るような目で見ていた。
容姿だけなら孫悟空とあまり違いは無いのだが、警戒心の高い幻獣たちは魔族特有の気配を感じる事が出来るのだろう。
此処は一見平和な街だがしかし、直ぐに戦火はこの街を巻き込む事になるだろう。幹部が居たとしても、今戦争を起こしている者は幹部という看板に囚われるような小物ではない。
逆にその名を聞き、奮い立つ者が殆どだからだ。
それを阻止する為にもマルス、フォンセ、サイフ、孫悟空は"サンティエ・イリュジオン"の幹部と話を付けなくてはならなかった。
「やはり幹部という者は一際大きく存在感を放つ建物……いえ、大樹に居るものなのでしょうか……街の何処かに潜んでいる可能性も否めません……」
"サンティエ・イリュジオン"の街並みを眺めながら歩くマルスはその景色や住民たちを一瞥し、孫悟空に向けて幹部の居場所を尋ねていた。
偉い者は高所に住んでいるというのが定石だが、この街の幹部はどうなのか気になったのだ。
高所を好む理由は様々だが、主にその安全性があるからだろう。組織のボスという者はその強さも必要だが、何より重要なのは危機管理能力である。危機管理が出来なくては弱者強者問わずに足元を掬われる事になってしまう。
なので高いところに上り、街の様子を見渡せれば即座に状況を理解出来、それに加えて敵が来るまでの時間で様々な策を練る事が出来る。
高いところへ一瞬で上れる者は居るが、高いところを跳躍や飛行で行けない者の方が多い。多からず少なからず敵が少なくなるので、ボス的な者は高所に住む事が多いのだ。
『そうだなぁ……まあ、普通に目立つ大樹に居るな、うん。自分の安全も大事だが、幹部である以上住民との関わり合いや住民の安全も大事だからな。住民に分かりやすい位置を住み家としているんだ』
その質問に対し、この街の幹部は一番目立つ大樹に居ると告げる孫悟空。安全性を踏まえ、何かあった時に幻獣たちにとって分かりやすい位置に住む事で即座に駆け付ける事が出来、その他にも様々な役に立つという理由があるらしい。
「そうですか。分かりました、ありがとうございます孫悟空さん」
『ハッハ! そう固くなるなよマルス! 畏まらなくても良いってのによ!』
孫悟空の返答に対して礼を言うマルス。
孫悟空は軽快に笑いながら返した。どうやらマルスの固さが可笑しいのだろう。
魔族にとっては生まれたばかりの赤子に等しい年齢のマルス。その年の者がこのような態度を取る事が可笑しかったのだ。
「いえ、しかし斉天大聖と謳われる孫悟空さんの前。明らかに目上の者なので礼儀を弁え無い訳にはいきませんよ。立場上、一つ街を治める王よりも天界からこの世界を見守る孫悟空さんの方が上ですからね。僕なんか足元にも及びません」
『お、おう。そうか。まあ、王様も結構大変だろうし、別に俺は態度なんか気にしないけどなあ……あ、勿論俺よりも上の奴には礼儀を弁えているが……』
しかしそんなマルスの態度は変わらず、可笑しさを通り越して若干引く孫悟空。
自分が神に等しい事を理解している孫悟空だが、マルスの態度には少々気圧されている様子だった。
「クク、マルス王の態度は誰にでもこんな感じだぜ斉天大聖。どうやら自分を下に見る癖が付いているらしい。もう少し堂々として貰いたいのが俺たちの心情だよ。ま、突然王になっちまったからしょうがねェっちゃしょうがねェが……」
『……成る程ねぇ……訳アリって事か……』
そんなマルスと孫悟空を見ていたサイフが孫悟空に向けて言い、その事から何かを察する孫悟空。
天界から下の様子を見ていた孫悟空だが、この世界で起こった全てを知っている訳では無い。故にマルスの事情を知っている訳では無いのだが、サイフの言った"突然王になっちまったから"という言葉からある程度察したのだ。
「まあ、色々と話はあるだろうが……今は幹部の所へ向かうのが優先……歩きながらでも会話は出来るだろう……此処からどれくらいで辿り着くんだ?」
そして会話を聞いていたフォンセがマルス、サイフ、孫悟空に向けて先を促した。時間が無い現状、ゆっくりと会話をしている暇も無いからだ。こうしているうちにも被害に遭う街が増え、多くの幻獣たちが死んでしまう事だろう。それを阻止する為にも、早いところ話を付ける必要があるのだ。
『ああ、そうだったな……まあ時間は数分……十分足らずだな。"サンティエ・イリュジオン"は東西南北何処からでも幹部の大樹が見える……無論、この街の住民以外はパッと見他の大樹と見分けが付かないだろうけどな!』
それを聞き、孫悟空はフォンセに返す。
フォンセの言うように、先を急いだ方が良いと言うのは孫悟空も理解していた。そして孫悟空曰く、幹部の居る場所までは数分で行けるらしい。その大樹は入り口ならば全方向から見る事が出来るらしく、分かりやすい位置にあるとの事。
「そうか、なら直ぐに話を付ける事が出来そうだな。幹部に会えるかどうかだが、まあ多分何とかなるだろう」
「お前……意外と適当なんだな……」
「事は成るべくして成る。勢いに任せるのも大事だからな」
「クク、言えてるぜ……」
そんなフォンセは幹部に会える会えないはさておき、取り敢えず先を進める事が優先のようだ。
それに対してツッコミを入れるサイフだが、勢いも必要と返すフォンセ。サイフもどちらかと言えば勢いに任せるタイプ。なので同意するように返した。
『んじゃ、さっさと行きますかぁ……』
「ああ」
「はい!」
「そうすっか」
そんな会話を広げつつ、孫悟空がマルス、フォンセ、サイフへ告げる。
三人はフォンセ、マルス、サイフの順で頷いて返し、孫悟空に続くよう歩を進めた。
幻獣の国幹部の街"サンティエ・イリュジオン"に辿り着いたマルス、フォンセ、サイフ、孫悟空の四人と部下兵士数百匹はこの街に居る幹部の大樹へ行くのだった。