二百三十六話 対談・終了
「さて、突然だが尋ねるぜ? フェニックス。アンタは……いや、アンタらの街はドラゴンの言うように侵略者達を迎え撃つ為に協力するのかどうか、それを聞かせて貰おうか?」
唐突に、ブラックがフェニックスに向けて尋ねる。
それは侵略者、つまりヴァイス達の一味についての対策をどうするかについて。
今回ブラックたちとフェニックスたちは、協力して狩人を捕らえたという訳では無い。協力でもすれば信頼が深まり、話を進めるのが幾分楽になっていただろうが、狩人一味は既に捕らえ終えた。信頼が高まる切っ掛けは無くなり、話し合いを進めるにしても時間が掛かるであろう。
『そうですね……侵略者一味は確かに許せませんが、わざわざ私が出向く事は無いかと思います。何故ならこの街の幹部として、この街を放棄する訳にはいきません故に。……支配者様の大樹に住民全員を連れて行けるとしてもこの街から離れたくない者らは何匹も居る事でしょう。やはり今のところ協力するにしても"ペルペテュエル・フラム"を離れる訳には行かないという事ですね……」
ブラックの質問に対し、徐々に人化しつつ淡々と綴るフェニックス。
人化する理由は目線をブラックたちと同じにし、話しやすい体勢を作る為。人化しながら概要を説明し、自分が支配者の街へ行く事は今の段階では無いと告げた。
何度も述べるように、幻獣は野生であり本来は何者にも縛られない動物である。そんな野生を無理矢理別の棲み家に移すというのは、受け入れる事の出来ない者も多くなるだろう。
なのでフェニックスは、支配者に協力はするがまだ住民を含め支配者の街へと向かう事はしないと告げたのだ。
「成る程な。ま、確かにその通りだ。俺だって急に住んでいる街を移れって言われたら疑問に残るぜ? 話し合いが出来るならまだしも、幻獣達は自由を生きている。必要以上の殺生も行わず、この街に居るのは比較的温厚だ」
フェニックスの意見を聞き、一理あると頷いて返すブラック。
ブラック自身、自分の街を追い出されるような形で移されると腑に落ちない。それに加え、話し合いの出来る人間や魔族じゃない分中々大変である。
「しかしだな、テメェも俺と戦って分かっただろ? 幹部クラスの実力をよ。ハリーフの奴はそうでも無いが……ゾフルの奴は実力だけなら魔族の国幹部のダークって奴にも引けを取らねェ……ま、ガチで戦り合ったら幹部は負けねェと思うが、そんなゾフルよりも確実に上の実力を誇る奴が構えているってなりゃ、フェニックス。テメェの街も滅ぶだろうよ……」
「……!」
一理あると返しつつ、威圧するように続けた。
それは脅しでは無く、実際にそうなる可能性が高いからである。
無理強いはしないつもりのブラックだが、まだ侮っているような雰囲気を醸し出しているフェニックスに対して警告するように言ったのだ。
「ふふ、そうですか……確かにその可能性はありますね……しかし、この国の事を理解していないのはやはり貴方の方です。仮に幻獣の国に棲む者全てが支配者様の大樹に移るとしましょう。そうなった場合、今度は別の問題が発生します」
そんなブラックの圧に押されつつ、軽く笑って話すフェニックス。曰く、ブラックたちはまだこの国を全く理解しておらず、全ての幻獣が棲むに当たって様々な問題が生じると言う。
「別の問題? 確かドラゴンの居た大樹は"世界樹"の欠片を使っているからこの星で一番の広さを誇っているって言っていたな……その広さから縄張り争いは発生しなさそうだが、何があるんだ?」
そんなフェニックスの言葉に興味を示すブラック。
此処、幻獣の国にある支配者の大樹。それは宇宙を支える"世界樹"の欠片からなっている。
故にほんの少しの欠片だったとしても成長し続け、今や一つの国レベルはあるのだ。それでも尚成長し続ける大樹は永遠に生きる事が出来るのなら、何れ宇宙サイズになるだろう。
そんな大樹なので幻獣・魔物に問わず、野生動物間で起こる縄張り争いというモノは発生しない筈。ならば他にどのような問題が起こるのか気になったのだ。
「はい。確かに縄張り争いは起こらず、飲食物も支配者様の大樹内にて育てられているので困ると言う事はほぼ有り得ません。有り得るとすれば敵が大樹に侵入して来た場合のみ……それはさておき、起こる問題というのは縄張り争いでも、食物争いでも無く……種族の違いにより生じる事です」
「種族の問題か。確かにあるかもしれねェ事だな」
ブラックの言葉に返し、縄張り争いは起こらないと同調しつつ、起こるであろう問題をフェニックスは告げた。
種族の違いによって生じる問題。それは幻獣のみならず人間・魔族・魔物でも起こる事だ。人間の国では魔族・魔物が嫌われており、魔族の国では人間・魔物を奇っ怪なモノでも見るような目で見られる。
そして本題である幻獣・魔物についてフェニックスが言葉を綴って説明した。
「例えば、草食の幻獣と肉食の幻獣では肉食の幻獣が草食の幻獣を襲ってしまうかもしれません。この国に置いて、全ての生物は幻獣と一括りにされておりますが、実を言うと街を治める幹部によって細かく分けられているのです。龍族の幹部ならば龍族や爬虫類を中心としたり、私のような鳥類ならば同じ鳥類を中心にしたり……と、幹部の種族によって生物も違うのです。無論他の種族もおりますが、数を調整する事によって混乱を避けるという目的もあります」
魔物や幻獣は知能のある者は少ないが、その分餌として見られたりと弱肉強食の世界である。
力無き幻獣は襲われ、力のある幻獣のみが助かるという、戦争と何ら変わり無い事柄が訪れてしまう可能性があると言う事。
何はともあれ、種族によって生じる問題というのは多々あるのだ。それらを踏まえた結果、幹部によって種族を分ける事で最良の安全を提供出来、街同士の争いを避けているのである。
「それに加え、これは種族の関係無い問題ですが、幻獣同士で殺し合いが始まったり慣れない場所に移されたストレスで病気に掛かってしまう者たちも現れるかもしれません」
そして補足を加えるよう、種族間以外での問題を話すフェニックス。幻獣というものは、意外と繊細なのだ。
棲み家や空気の変化、周りの雰囲気。などと、ちょっとした環境の変化で体調が不調になり、最悪死に至る事もある。
広さはあれど、その変化によって様々な問題が生じ、それが連鎖して負の悪循環が起こる。
支配者に協力する為とは言え、多くの住民を危険に晒す行為は出来ないのがフェニックスだ。
「ふむ、そう言えば気になったのだが……お前たちには側近がおらぬのか? 魔族の国では幹部に数人の側近を付け、幹部の手が回らない事に対して行動を起こしていた。そして幻獣は数も多い……一、二匹くらいなら側近が居ても良さそうだが……」
そしてそんなフェニックスに向け、清聴していたエマが質問するように尋ねる。
魔族の国では幹部一人当たりに対し、魔族の中で上位の力を持つ、幹部に匹敵する実力を持った者たちが側近として付いていた。
その側近が自分の街の細かいところに手を回し、幹部の負担を減らしてより効率的に街の管理を勤め、諸々の事情を受け入れつつ問題点などの解決などを行う。
人間・魔族で言うところの犯罪を解決したり、街に攻め込もうと言う輩。山賊や盗賊などを追い出したりと幹部一人では出来ない、もしくは目の届かない事を代わりにやっているのだ。
幻獣の国にも山賊や盗賊、そして狩人などがやって来る事がある。
それを全て幹部一人で捌けるのか、エマはそれが気になったのだ。
「ええ、確かにそうですね。街を治めるに当たって様々な問題は生じます。しかし、私に側近はおりません。アナタ方で言うところの犯罪……盗みや殺人ですか? そもそも、盗みという概念がこの街、この国には存在しません」
「……ほう?」
そんなエマに返すフェニックスは、幻獣の国の犯罪事情について教えてくれるらしい。
先ず話すのは盗みについて、盗みという概念が存在しないと言い放ったフェニックスに小さく相槌を打つエマ。
そんなエマの反応を横に、フェニックスは言葉を続ける。
「……盗みを行うのは余程飢えている者か金品を欲しがる者。そして盗みという事柄に対するスリルを楽しみたいという者くらいです。この国は自然が豊富であり、基本物々交換なので金品などを集める必要性も無い……なので飢えている者は己で餌を見つけ、光り物が好きな者以外は金品に興味無く、スリルを楽しみたい者は命を掛ける必要がある。これらを踏まえ、盗みという罪が無いのはこの国です」
フェニックスは淡々と綴り、盗みについての話を終える。幻獣の国は、魔物の国程では無いが比較的野生をそのまま生きている。野生に置いて盗みは無く、生きる為に必要な術なのだ。
そもそも盗む物が食べ物くらいの現状、弱い者は強者の食べ残しに集まったり強者は自分の好みを森で探す。
食べ物を盗む事が死に繋がるというのは、同じような実力者ならば互いに大きな怪我を負ってしまったりするという事。
弱者同士ならば争っているうちに強者に襲われ、二匹とも死んでしまうかもしれない。
一応店などもある幻獣の国だが、それは主に外から来た人間・魔族用である。
人間・魔族が自分達の国にしか無いような食料と物々交換する事で購入出来るシステム。つまり幻獣達はあまり利用しない。そこに食べ物はあるが、森で取れるような物しか無く、人工的な店なので何か得体の知れない物と認識されておりそうそう近付かないのだ。
「……そして次に殺人。つまり殺生は先程言ったように同種族を集め、縄張り争いを無くしているのでそうそう起きません。たまに起こる殺生は雄どうしで行う雌の奪い合いくらい……雌は強い遺伝子を残す為、より強い雄を求めますからね。それ以外は特に起こりません。趣味で殺生を行うのは一部の人間・魔族くらいですので。他にも混乱が生じるなどの理由はありますが、幻獣の国に置いて側近が居ないのは主に先程述べた、罪というものが少なく必要ないからですね」
そして殺生についても話終えるフェニックス。
盗みや殺生という罪は、悪魔で人間・魔族の考えた罪。それらの罪は七つあると謂われており、その概念が具現化してしまう事もある。
レヴィアタンが良い例だろう。七つの罪のうち"嫉妬"を司るレヴィアタン。
その他にも"憤怒"・"傲慢"・"暴食"・"強欲"・"色欲"・"怠惰"などがある。
話が逸れたが、それらの罪というものは人間・魔族の概念。なので幻獣・魔物には関係無いのだ。
「だから側近はいないと……ふむ。確かに必要無いかもな……じゃあ、私からの質問は終わりだ……そろそろ答えを出してくれ。無理強いはしないらしいからな? ゆっくりと考えられるだろう」
フェニックスの話を聞き終えたエマは、フェニックスの言葉に納得したように返す。そしてそれと同時に本題を促した。
本題は側近の有無では無く、支配者に協力する事且つ街の住民を支配者の大樹に移動させるかどうか。まだその話は全く進んでいないのだ。
「そうですね。やはりまだ私の考えは変わっていませんが……アナタ方曰く、侵略者はかなりの実力者そうですね。悩みどころです……」
うーんと呟き、腕を組んで悩むフェニックス。
ブラックとエマの目に嘘は無く、侵略者はかなり厄介だと言う事が窺えるこの状況。戦いを好まないフェニックスは悩んでいた。
フェニックスとて実力に自信が無い訳では無く、強さだけならばブラックと同等である。
それに加え、フェニックスはより獰猛だった悪魔時代その力を隠している。そうそうやられる事は無いのだろうが、住民を護りながら戦うには少々無理があるのだ。
「実際、今幻獣の国ではどこら辺で戦いが起こっているんだ? 街だけって事は無いだろう?」
ふと、ブラックは自分が気になる事を尋ねる。
幻獣の国は攻められているが、聞いた話では街が幾つか落とされたという事。
しかし、何も街でのみ戦いが起こっているという訳では無いと考えたのだ。
「そうですね……言うなれば幻獣の国、支配者や幹部の街以外全土……ですかね。あらゆる街から応援要請が来ております。私も向かっていますが、ずっと街を離れている訳にもいかず数日で帰らなくてはならない始末……それによって幻獣の国に置いて幻獣の数は一気に減ってしまっています……」
ブラックの質問に対し、苦々しそうに話すフェニックス。
幹部という立場上、助太刀に行きたいのだがそうそう行く事も出来ずその事が歯痒いのだろう。
「その為にも支配者様の大樹行くのは良いと思いますが……私の力だけでは説得も出来ず……」
フェニックスは、頑なに街を移る事へ対して反対していたがその理由は命を減らさない為にあった。
全ての幻獣を安全の場所に移せるのならそれ以上は無いだろう。しかし、様々な問題が生じる為にそれが出来なかったのだ。
「だったら、この街と同じような雰囲気、環境を作る事が出来る且つ、幻獣たちにストレスを与えぬよう移動させる事が出来るのなら良いのか?」
「……!」
次の瞬間、フェニックスの話を聞いていたエマが思い付いたように話す。
それに対してフェニックスは目を見開き、二度見するようにエマを見やった。
「はい。それが出来るのなら別に構いませんが……そもそも、支配者様の大樹は謂わば幻獣の国とほぼ同じ環境が整っております。住民をストレス無く避難させる事が出来るのならそれに越した事はありません」
エマの提案に、幻獣たちを移動させる術があるのなら支配者の要請に応じると言うフェニックス。
そもそも、"世界樹"は全世界を支える物であり、環境と言う意味ならば最高であろう。
その欠片ならば自分たちの住む世界にとって最高の場所の筈だ。しかし幻獣たちを自由に動かす事は出来ない。それがストレスとなり、不調に陥る可能性が高いのだから。
「良し、分かった。ならば私が……『催眠術で幻獣たちを操って移動させよう』」
「『……!?』」
「……クク、成る程な……」
エマの提案に対し、フェニックスと話に入り込めず黙り込んでいた猪八戒が反応を示した。
ブラックは納得したように頷いており、エマの意見に賛成したようだった。
「どうだ? 私の催眠術は一部を除いた全種族に効く……本当にそこへ存在しているのではと錯覚させる程にな。それを使えばストレス無く幻獣たちを連れて行けるだろうさ。余計な情報は遮断するから入らず、半ば眠っている状態になるから心身共に影響は出ない。似たような場所が大樹にあるのならそこへ連れて行けば違和感は覚えようとも数日は気付かないだろう……」
淡々と、自分が扱う催眠術について説明するエマ。一部を除いたと言うのはライのように異能を無効化する力を持つ者の事である。
それはさておき、エマの催眠術は大きく分けて二つある。対象その者を操る術と、対象に幻覚を見せる術だ。
一つ目の催眠術は対象の脳に掛ける事で、脳内から信号を送って対象を自由に操る事が出来るというモノ。エマがライたちと初めて出会った時、鬼に掛けたモノである。
二つ目の催眠術も対象の脳に掛けるが、それは一時的に脳内を眠られる事から始まるモノ。つい先程、狩人のクロウに掛けたモノである。
その二つを組み合わせる事で対象にストレス無く催眠術を掛ける事を可能性にし、幻獣たちの移動を手っ取り早く出来るという事である。
「本当に……本当に住民の安全は確保できるのですか……!?」
「出来る。いや、しなくてはならないな。戦争に住民を巻き込まれた場合、大きな被害を被ってしまうだろうからな」
不安と希望を抱いたような目でエマを見て尋ねるフェニックス。
そんなフェニックスの疑問に対し、即答で返すエマ。その目に嘘偽りは無く、透き通った目をしていた。
「分かりました。それが出来るというのなら、喜んで支配者様に協力致しましょう。私は死にません。そして傷を癒す事が出来ます……力になると言う事は確実です!」
最後に、力強く協力すると告げるフェニックス。
住民の安全が確保された今、これ以上侵略者に自分の棲む幻獣の国を荒らされたくないのだろう。
こうしてフェニックスの街"ペルペテュエル・フラム"にての交渉が終わった。
エマたちは知らないが、この次の日にはレイたちの交渉が終わる。
となると残る街は、ライとマルスが向かった二つの街だけである。
次々と難題な交渉を終えるライたちブラックたちのチームメンバー。これは幻獣の国にとって救い以外の何物でもないだろう。
フェニックスとの交渉を終えたブラックたちは、ラビアが完全に回復する次第支配者の街へと戻るのだった。




