二百三十五話 一日の出来事
──"ペルペテュエル・フラム"、支配者の大樹。
「オイ、フェニックス。居るか?」
エマが三人の狩人と戦っていた時、一つの声がある場所に響く。そこは天を突く程巨大な大樹。その大樹に一人を抱き抱えた者──ブラックが尋ねていた。
ブラックは魔物の国支配者の側近でヴァンパイアというブラッドと出会い、それから負傷者──ラビアを治療する為に此処へ来たのだ。
『ブヒ? 帰って来た。……え!?』
「何でしょう……荒々し……。……!?」
そして、ブラックに呼ばれて姿を現したフェニックスとついでに猪八戒。
フェニックスは未だに人化したままの姿であり、鮮やかな赤み掛かった柑子色の髪を揺らして現れた。
現れた瞬間、瀕死の状態であるラビアを見て口を紡ぐ。それを見、フェニックスと猪八戒は何かしらの戦闘があったと即座に理解した。
「これは……狩人の仕業ですか……?」
『かなり傷が深いね……』
フェニックスの思い当たる節、それは狩人。
ブラックたちは狩人を捜索していた。それも踏まえ、狩人と遭遇したばかりにこのような目に合わされたと推測したのだ。
猪八戒もフェニックスの推測に同意するよう頷き、ラビアの傷を確認した。
「いや、違うな。狩人の仕業じゃねェよ。恐らくこの国を落とそうと企んでいる奴等の仕業だな。ラビアを見つけた場所ではラビア以外の血液も見た……多分相討ちに近い終了だったんだな……」
『「……ッ」』
そんなフェニックスの言葉に対し、ブラックは狩人の仕業では無いと言い放った。
そう、ブラックがラビアを見つけた時、ラビアの居た場所には"魔物の国"から来たというヴァンパイアのブラッドがおり、それ以外にも何かの血液があったのだ。その血を見、血液その物が蒸発し掛かっていた事からラビアの創り出す光の球体によって敵の誰かは焼かれた。
そして仕留めきれず、逃がしてしまったとたった数敵の血液から見抜いたブラック。
「そんな事はどうでも良い、ラビアを治療してくれ。俺はテメェに嫌われているが、ラビアは別の筈だ。敵の詳しい情報を知る為にも治した方が良いだろ……フェニックス?」
「……」
『ブヒ、フェニックスさん!』
推測混じりに言った後、フェニックスに向けてラビアを治すよう頼むブラック。
ブラック自身も図々しさは承知しており、遠回しに「自分が何かあった時は助けなくとも良い。だからラビアを助けてくれ」と尋ねる。そして猪八戒も、ブラックの言葉に賛同してフェニックスへと顔を向けた。
「分かりました。我々の街に来たという事はこの街も標的となっている筈。ブラックさんの言葉からするに、今回は単体だったようですが……今度は軍隊を引き連れてくる可能性もありますね。ラビアさんを治療しましょう。直ぐに服を脱がせて傷口を見ます。あ、勿論ブラックさんたちは外に出て貰います。我ら幻獣と違い、人間や魔族は衣服を身に纏っていない状態を異性に見られるのを拒むと聞きますから……」
「ああ、分かった。治してくれんならどうでも良い。俺は適当な場所で待機してらァ」
『ブヒ? 僕は人間・魔族じゃないんだけど……』
それに対して了承するフェニックス。
フェニックスはラビアの事を考え、理解していないなりに配慮していた。理解していない事とは裸体を異性に見られるのが嫌だと考える者の多さについて。
フェニックスにとっては分からない感覚なのだろうが、そう言う噂を聞いたのでブラックに待機するよう告げたのだ。
ブラックはそれに対して頷き、一旦猪八戒と共に別の部屋へ移動した。
猪八戒は少し疑問の表情だったが、元は人間に生まれる予定だった豚の妖怪なので追い出される。
『ブヒ……僕は妖怪なのに……』
「知るか」
そして、別室へ移動したブラックと猪八戒。
猪八戒は未だに自分が追い出された事に解せなそうだが、猪八戒の事はどうでも良いブラックは適当に返す。
フェニックスの体液には治療効果があるという。それが本当なら直ぐに治療は終わるだろう。一先ず今はラビアの無事を待つのみだった。
*****
──"ペルペテュエル・フラム"、廃樹の外。
日差しに当たらぬよう傘を開いているエマはクロウ、レイヴン、ルックを頑丈な蔓で縛っていた。
多少血を貰った後、全員を一ヶ所に集めて拘束する。
衣服は適当な大きめの葉を使い、それを纏って裸体を隠す。
エマは前にレイに、異性の前で裸体を晒す行為はなるべく避けた方が良いと言われた。なので取り敢えず葉を服代わりにしているのだ。
「さて、コイツらを連れて行くのも面倒だな……」
傘を持つエマは文句を言いつつ、片手で縛り上げたクロウ、レイヴン、ルックを持ち上げた。
傘が無ければ日光に照らされて身体が弱ってしまう事だろう。
なので傘を差しつつ、片手に三人を持っているのだ。
ヴァンパイアであるエマにとっては大した重さでは無いが、必然的に両手が塞がってしまうという事が気になっていた。
当初の目的であった狩人は倒せたが、ヴァイス達一味の誰かが来るという可能性もある。
なるべく両手をフリーにして何時でも戦える体勢を取って置きたいのであろう。
「取り敢えず……さっさと行けば問題あるまい……」
刹那、エマの周りにザァと風が漂い、小さな旋風を生み出した。
それはエマが意図して作った風では無く、自然的な風が偶然吹いたのだ。その風が吹き抜けた次の瞬間、廃樹の元にエマの姿は無くなっていた。
音速に近い速度を出し、風が吹き終えると同時に駆け出したのである。道には小さな穴が空いているが、此処は幻獣たちですら近寄らなくなった廃樹。気にする必要は皆無だろう。そしてエマはフェニックスの居る大樹へ向け、直進した。
*****
──"幻獣の国"・某所。
此処は幻獣の国。壊滅した街。その場所を拠点とする者達の影がそこにはあった。
しかしその影は少なく、僅か少数。多くの者は何処かへ行っているらしい。
「……で、そんな死にそうなレベルの深手を負って帰って来たって事か。……クク、意気込んでいた割には随分とまあ、手痛い打撃を受けたようだな……調子に乗って兵士を一人も連れて行かねェからだ」
「ハッ、まあ相手も瀕死だった。……今回は負けたが、引き分けって言って貰いたいな。クク……負けた事実に変わりは無ェけど……」
そこでは二つの人影──シュヴァルツとゾフルが話し合いをしていた。
二人しかいないところを見ると他の者、ヴァイス、グラオ、マギア、ハリーフは席を外しているようだ。
シュヴァルツはゾフルに向けて注意するように言い、ゾフルは椅子に座りながら返しつつ己の傷を軽い回復魔術で治療していた。
「だが、これで此処に一人帰って来た……んじゃ、次は俺が何処かの街へ向かうとしようじゃねェか……」
そしてそんなシュヴァルツはニヤリと笑い、ゾフルに向けて自分も別の街へ向かうと言い放つ。どうやら今回ヴァイス達は、一人を拠点に残して他の者達で街を攻めるという事を行っているらしい。幻獣の国に置いて、幹部の住む街だとしてもその程度の戦力で十分だと考えているのだろう。
ゾフルは兵士を一人も連れて行かなかったが、ヴァイス達の目的は幻獣を纏める事。つまり兵士達を荷物持ちとして連れて行った方が良いと言う。
「……ハッ、そうかよ。てか、幻獣共の選別は何時始めんだ? まだ連れて来たばっかで何のテストもしてねェし、幻獣共は心底怯えていらァ……恐怖で本来の力を出せなくなる前にさっさと終わらせた方が良いんじゃねェの?」
そんなシュヴァルツに向け、尋ねるように話すゾフル。
ヴァイス達はとある街の幻獣たちを連れて来たが、その幻獣たちの選別はまだ始めていない。
それに加え、これから何が起こるか分からないという状況なので幻獣たちは不安に押し潰されそうな状態である。
それも踏まえ、さっさと生かす者を生かして残りは殺した方が早いと言ったのだ。
「ハッ、そんな事俺に聞くなよ。俺はヴァイスの考えがよく分からねェ。俺、ヴァイス、グラオは幼少期から一緒だが、ヴァイスの奴は頭が良い。それ故にたまに何も考えていないように見える行動を起こすんだ。……で、結局は何か考えていたり本当に何も考えていなかったりと……ま、要するにだ……幻獣をどうするかはヴァイス次第って事だな……」
その問いに対し、幼少期から見ていたと言うヴァイスの性格を淡々と述べるシュヴァルツ。
ヴァイスの考えはシュヴァルツ自身も分からないらしく、それについては手を焼いているとの事。
これからどうなるのか、それは全く検討も付かないらしい。
「ふうん? ま、どうでも良いか……幻獣共なんかは……俺は少し寝る。思った以上にダメージが酷ェ……回復魔術で応急措置は施したが……如何せん威力の強過ぎる一撃を食らっちまった……相手も弱ってなけりゃ俺はこの場に存在してねェな。……あーぁ……」
椅子に座りながら伸びをし、軽い欠伸をして話すゾフル。今回行ったラビアとの戦いにより、ゾフルは本人が思うよりも強大なダメージを負ったらしい。
幻獣たちは放って置いてもちょっとやそっとじゃ砕けない檻に入れており、そうそう自由に動けない所に居る。なので数時間程度なら、ゾフルが身体を休める為の睡眠を取っても問題無いのだ。
「クク……ああ、分かった。テメェは寝てろ。一応数百人程度の兵士は残しているし問題無ェだろ」
次の瞬間、シュヴァルツはゾフルの前から姿を消した。
ゾフルは既に目を閉じており、呼吸を整え寝息を立てていた。
ヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフ。
この六人のうち、マギアと怪我を負ったハリーフが帰って来るのは直ぐ後だった。
*****
「そうか。それでラビアが」
「ああ、俺が来た時には既にこの有り様だ。まあ、ラビアの様子を見るに、相手に致命傷は与えたみたいだがな……」
──"ペルペテュエル・フラム"、支配者の大樹にてブラックとエマが椅子に座りつつ、楽な体勢で会話をしていた。
その内容は互いが互いに、どのような事が起こったか、である。先ず話していたのはブラックの見た者。そしてラビアについて。ブラックの見た者はエマからすれば信じられないモノがあり、何とも言えない気持ちとなっていた。
それはと言うと、
「……まさか……ヴァンパイア族に生き残りが居たとはな……」
魔物の国支配者の側近にしてヴァンパイア族の──ブラッド。
エマはこれまで、ヴァンパイア族を殆ど見た事が無かった。
一番新しい記憶にしても数百年前以上。
数百年では無く、それ以上昔にしか見た事が無いのだ。
この旅にしても何にしても、ヴァンパイア族は既に自分以外絶滅しているのでは無いかと思っていた。
嬉しくはあるが、敵になりそうな雰囲気から複雑な気持ちのエマ。
「ああ、ラビアが倒れた時に見ていたが……特に何かをしたって訳じゃ無さそうだったな……ラビアが戦ったのはヴァンパイアではなくヴァイスとか言う奴らの誰かだ。まあ、それはラビアが目覚めたら聞けるとして……ヴァンパイアに狩人。敵組織と波乱の一日だった……少し休むか……狩人は捕らえた見てェだし、後はラビアの回復を待つだけだ。十分は経ったからそろそろだろ」
そんなエマに対し、今日の出来事を適当に纏めるブラック。
要点は話したので、後は敵と出会ったであろうラビアを待つのみだった。
この場に猪八戒も居るが、猪八戒はエマの捕らえた狩人達を見ていた。
『ねえ、気になったんだけどさ……何でエマは葉っぱの服になってるの? 出ていった時は服を着ていたのに……ブヒ』
そして狩人から視線をエマに向け、エマの服について尋ねる猪八戒。
ブラックは特に気にしないが、猪八戒は気になったらしい。
それを見、エマは猪八戒の方を向いて言葉を発する。
「まあ、それについては戦いでこうなったとしか言えないな。何度も身体を壊されたからな、物理的に。肉や内蔵に骨は再生するが、身体とは別の衣類は粉微塵になったままという事だな」
『ブヒ……身体を……バラバラ……』
淡々と綴るエマに対し、聞いて置きながら引く猪八戒。しかし、それも当然。寧ろ粉々になりつつ生きている者を見、畏怖対象になるなというのが無理だろう。
共に旅をするライたちや前から知り合いだったブラックたちなら慣れているが、猪八戒は今日出会ったばかりである。
つまり、まだヴァンパイアの不死身性に慣れていない猪八戒は普通は死ぬ程の攻撃を受けても無事という事がよく分からないのだ。
『ま、まあ……悟空や悟浄も不死身みたいなモノだからね。それにしても……不死身の身体を持つ人? って多いね……この世界……』
「ふふ、どうでも良かろう。私はこの傘とネックレスが無事ならそれで良いのだからな……」
畳んだ状態の傘を見、傘の手元を持ってクルクルと回すエマ。
エマからすれば、傘と何時ぞやに買った沈丁花のネックレスが無事ならそれで良いのだ。
『……へえ? 何かあるの?』
「……何、ただお気に入りなだけさ……」
猪八戒が訝しげな表情で尋ね、それを流すように返すエマ。
特に言う必要も無い事。それはエマの中で思っている事だ。
「クク、ヴァンパイアのお気に入りか……そんな面も持ち合わせてんだな……意外だったぜ……」
「そうか? 意外とモノを集めるヴァンパイアも居るぞ? まあ、私は見た事がほぼ無いが……噂では人骨や宝石などを集めている者も居るらしい。私にはよく分からない趣味だな」
ブラックがエマを見て意外そうに言い、数百年前の噂で聞いた事を話すエマ。
人骨や宝石と言った、何の関連性も無いモノを集めていたヴァンパイアが数百年以上前に居たらしい。エマ自身が見たという事では無いが、噂で聞いたとの事。
『ブヒ……そういえば、悟浄も昔は髑髏を首に巻いていたなぁ……確かお師匠さんを過去に九回殺してたとか……お師匠さんは死に続けて十回目の転生でようやく天竺に着いたんだって』
「……ほう? その話は興味深いな……今はこの状況だから置いておくが……何れ聞くとしようか……」
ふと、エマの話を聞いていた猪八戒が話した。
その話は沙悟浄についての話であり、かつて猪八戒たちのお師匠さんだった者──即ち三蔵法師は天竺に向かう途中、九回沙悟浄の手によって葬られていると言う。
そして殺される度に転生し、十回目にしてようやく天竺へ辿り着いたとの事。
エマは興味が引かれたが、話せば長くなりそうなので聞かずに終わる。
『ブラックさん、猪八戒。そして帰ってきましたか、エマさん。ラビアさんの治療は終えました。傷は直ぐに癒えたのですが、新たな血液を補充するのに少々掛かってしまいましてすみません』
「「『……!』」」
そしてそこに、フェニックスの声が聞こえてきた。
どうやらラビアの治療が終わったらしく、それをエマたちに報告してくれたのだ。
治療する時は人化したままのフェニックスだったが、本来の姿に戻っていると言う事は中々大変な治療だったのだろう。
「そうか、怪我を見た訳じゃ無いが、ラビアの命に別状は無いのだな? それは良かった。私の目的も終えたし……となると残るは……」
「幹部が侵略者対策に名乗り出るか……だな。取り敢えずラビアが無事で良かったぜ。側近を死なせちゃ、幹部の名が泣くからな」
『ブヒ、色々と用事も済んだし、多分ゆっくり話し合いできるよね!』
フェニックスが報告に現れ、その報告の無いようであるラビアの無事に安堵しつつ次の段階へ話を進めると話す三人。
ラビアは安静にしている必要があるので参加出来ないが、フェニックスがドラゴンの元へ行くか行かないか。この程度の話し合いなので無理してまで参加する事は無いだろう
一騒動を終えたエマ、ブラック、ラビア、フェニックス、猪八戒の四人と一匹は、侵略者達対策の為に、フェニックスがドラゴンの居る街へ行くのかについて話し合いを始める。




