二百三十四話 エマvs狩人・決着
──"ペルペテュエル・フラム"、廃樹。
エマとクロウ、レイヴンは先程の部屋とは別の部屋に移動しており、その場所にて戦闘を繰り広げていた。
「「……!」」
「……」
クロウとレイヴンは剣と槍、自分達の持つ武器を目に求まらぬ速度でエマに向けて振るっていた。
その軌道を全て読み解き、一太刀も受ける事無くエマは避け続ける。横からはエマを目掛けて矢も飛んで来るが、エマにとってはあって無いような物。気にする必要の無い物だった。
「チッ、先を読まなきゃ避けられるな……」
「種族が分かれば割りと楽になるんだが……ルックの矢も意味を無さねぇ……!」
「ふふ、まだまだだ。私も貴様らを仕留めなくてはならないからな……そろそろ攻めさせて貰う……!」
刹那、エマは剣と槍、そして矢を掻い潜り、一呼吸を終える間にクロウ、レイヴンとの距離を詰めた。その拳は握られており、一瞬も掛からずに二人へ向けて拳を放つ。
「……ッ」
「……ッ」
クロウとレイヴンはそれを受けるが剣と槍で防ぐ。そしてエマの拳を防いだクロウの剣はエマの拳を切断した。
レイヴンの槍は柄で受けた為エマにダメージは無いが、剣の刃で受けたクロウによって斬られてしまったのだ。
「ふむ……」
「「……ッ!」」
拳が縦に切られ、それを確認したエマは軽く引いて回し蹴りを放つ。手が割れる程度の傷は、エマにとっては軽症である。なので、特に気にする必要も無く蹴りを放った。クロウとレイヴンはその蹴りを避け、エマから少し距離を置く。
「「……!」」
次の瞬間、クロウとレイヴンは左右に分かれ、その左右からエマを狙う。
クロウは左、レイヴンは右、その二人は剣と槍を構え、エマに仕掛ける。
「そら──!」
「ふふ……」
先ずは槍を持つレイヴンよりも、身軽な剣を扱うクロウがエマに向けて斬り掛かった。
その剣は縦、横、斜めと振り回し、エマはそれを全て躱す。剣の軌道を読んでヒョイヒョイ躱すエマに対し、クロウは剣で突きを放った。
「単調な動きだな……狙えていても当たらなければ意味が無いと言っただろう?」
「……ッ!」
そしてそれをも避け、クロウの腹部へ蹴りを入れるエマ。
ヴァンパイアの怪力で放たれた蹴りを受けたクロウは吐血した。
しかしニヤリと笑い、
「ああ、だから蹴りを入れるのを待っていた……!」
「うん?」
エマの脚を腹筋と両腕でしかと掴み、エマを動けないように拘束したのだ。
右側からはレイヴンが近寄っており、その槍の先端をエマに向けていた。
「だらッ!」
「ほう?」
そして掛け声と共に更に速く槍を突き刺し、エマの脇腹から斜めに進み首元に貫通する。
それによって鮮血が撒き散り、クロウとレイヴンも返り血に染まった。無論この程度ではダメージを受けないエマだが、レイヴンは更に力を込めて槍を持ち上げ、
「オラァ!!」
廃樹の床に、思いっきりエマを叩き付けた。
それと同時に廃樹の床は抜け、ボキボキと何かが折れる音と共にエマの口から血が吐かれる。その勢いで埃が舞い、エマの身体も宙に舞った。
「……!」
そしてそんなエマに三本の矢が突き刺さり、矢の衝撃で鮮血が流れる。
「そこだ──!!」
「……」
──一閃、エマの身体が空中へ浮かんで矢が刺さり、自由が効かなくなったのを見計らったクロウが連続して剣を振るう。
鈍色の剣は光に当たり、軌跡を描きながらエマの身体を粉微塵に粉砕する。
細切れになっても斬るのを止めず、脳、眼球、歯、臓物、手足、血管、それらを更に切り裂いた。辺りには夥しい量の血が撒き散らされ、その部屋全体を真っ赤に染める。
壁や天井、床。仕舞いには廊下にまで血液が飛び散っていた。
窓のような枠付近には血溜まりが出来ていないが、そこを除いたそれら全てが赤く染まったその部屋は居るだけで気が狂いそうなモノだろう。
「はぁ……やったか?」
「さあ……割りと分からねぇな……前には粉微塵になった事もあるって言ってたし……」
クロウとレイヴンは息を切らしており、はぁはぁと呼吸を小刻みに繰り返しながら話し合う。
エマはバラバラ。それ以上に酷い姿となっており、肉片すら残らず辺りは血の水溜まりだった。
流石の生命力を誇るヴァンパイアだとしても、これは堪える筈だろう。
無論、クロウとレイヴンはエマがヴァンパイアという事は知らない。だが如何なる不死身生物と言え、これ以上復活する事など──
「やれやれ……言っただろ……細胞レベルに粉々になった事もあるが蘇ったとな……こんなに血液が撒き散らされていたのでは再生するのに余裕がある……」
──有り得るのだ。
不敵な笑みを浮かべ、超音波のように声を反響させてクロウとレイヴンの不安を煽るエマ。米粒サイズも無い肉片と真っ赤な鮮血の溜まりは互いに集まり、一ヶ所で全裸のエマを形成した。
「はあ、また服が無くなってしまった……まあ、気に入っているの傘は無事だから良いか……」
己の肉体を見、戦う度に消え去る服へ対して文句を言いつつ、レイとフォンセが選んでくれた傘が無事だったので怒ってはいない。その傘を片手に、エマは改めてクロウ、レイヴンに向き直った。
「化け物が……!」
「オイオイ……この再生力……割りとどころか有り得ねぇだろ……」
戦慄。クロウとレイヴンはエマの再生力を見て驚愕し、無意識に身体が後ろに下がる。そして、そんなクロウはふとある事が気になった。
「オイ……何で日差しの当たる窓際に血溜まりは出来てねぇんだ……? そういや、どうもオマエは日を避けているな……」
「……!」
「……ほう?」
それは窓のような枠付近にのみ、血液が集まっていなかったという事である。代わりと言うか何と言うか、そこには灰色の水が溜まっていた。
「成る程……分かったぜオマエの種族。オマエ……吸血鬼だな? A~Sクラスの最上級モンスター……。仮にオマエが純血種ならオマエを売りゃその分け前だけで俺たち三人全員が数世代遊んで暮らせる代物だ……!」
そしてその事から推測し、クロウはエマをヴァンパイアを見抜いた。
この世界には狩人の仕事が多く存在する。
基本的にライたちは何も関係無いが、狩人を職とする者には標的となる"人間"・"魔族"・"幻獣"・"魔物"にランク付けされているのだ。
稀少種や力の強いモノは捕獲すると一国の王などに高値で引き取られ、力が弱くとも見た目が優れていたり力以外の能力が高ければ高値で引き取られる。
その故に、数が少なく美しい者が多い。そして力も強いヴァンパイアは世界中の収集者が欲しがっているのだ。
それに加え、人間や魔族、幻獣の混血では無い純粋な魔物であるヴァンパイアはより少なくより強い。
人間・魔族・幻獣の混血種でも力は本物を上回る事もあるが、その稀少性だけで数世代の子孫が遊んで暮らせる程の富を誇っているのだ。
「ハッハ……オイ、レイヴン……どうやら俺たちはとんでも無い所で大物を見つけてしまったようだぜ……!」
「ああ、先程まであった恐怖より……今は吸血鬼を売った時に一生遊べる事を考えている……割りと気が楽になった……!」
クロウとレイヴンはエマの正体を知り、俄然力が沸いてきた様子だった。
それもその筈。例えるなら数億、数兆の金貨が目の前にあるような物なのだから。欲の深い者では無くとも心が揺らいでしまうだろう。
「はあ……。……やはり欲と言うものはいけ好かぬな……木から建物を造る事や生物を殺すのは私もやった事あるが……無意味では無い……生きる為だからな……。……しかし、行き過ぎた欲と言うものは己を滅ぼすと身を持って知った方が良さそうだな狩人よ……貴様らと同じ職業の者は意味のある狩りを行っている筈だ……!」
その瞬間、エマの雰囲気が変わった。
その禍々しさは見る者を凍り付かせ、身体の自由を威圧だけで奪うモノとなるだろう。
エマは欲を嫌う。必要な欲求ならばまだしも、支配する事に対しての欲求は好かないのだ。
それは、ライたちと出会った時に言った事である。目の前に居る狩人。狩人達は欲に目が眩み、今後の事を楽しそうに考えている様子だった。
「もういい、終わらせる……」
それを見たエマは紅い眼を光らせ、身体を霧状に変えて空気に紛れた。そして一瞬でクロウ、レイヴンの前に姿を見せ、両手を二人に向けていた。
「……ッ。吸血鬼なら……!」
紅い眼を光らせて近寄るエマを見、正気に戻ったレイヴンはポケットに手を入れる。
その事から何かをしようとしている事は理解できた。依然として矢も飛んで来るが、それは意味が無い。
「そのポケットに……"十字架"や"ニンニク"でも入れているのか?」
「……!」
刹那、レイヴンに向けて高速で掌を近付けるエマ。矢も幾つか受けているが即座に破壊し、レイヴンとの距離を詰めていた。ヴァンパイアの握力。それで潰されたら一堪りも無いだろう。
「……チッ、じゃあ先ずは手だ!!」
そんなエマに向け、槍を突き刺すレイヴン。
槍の先端はエマの掌を貫通し、それによって掌に穴が空く。そして再び大量の鮮血が溢れ落ちる。
「だから?」
「……なッ!?」
そしてエマは、突き刺された掌を軸にして跳躍し、空中で横向きになりつつそのまま蹴りを放った。
蹴られたレイヴンは槍から手を離し、そのまま向こうへ吹き飛ぶ──
「はっ!」
「ガハッ……!?」
──事無く、掌から出血させつつそのまま先端を押したエマによって槍の石突を腹部に受けた。
レイヴンはそれによって吐血し、フラフラと覚束ない足取りで後ろに下がり、
「貴様は終わりだ……!」
「……!!」
エマ渾身の拳を受け、顎を砕きつつ吹き飛んだ。
その勢いは増し、回転しながら吹き飛んで廃樹の壁を突き破る。そして数百メートル以上離れた部屋に落ち、床を擦りながら抉って最後の壁を砕く。
そこは外。レイヴンは意識を失いながら高さ数十メートルから落下し、廃樹の元に大きな土煙を上げた。
「……今度こそ一人……」
そして殴り終えたエマは残ったクロウの方を向き、
「……オマエは残り一人って意味か……?」
「……ッ!」
クロウが取り出した"銀の剣"によって切り裂かれた。
売り物を殺さぬよう急所は外したクロウだが、銀の剣はヴァンパイアに癒え難い傷を与える。時間が経てば癒えるが、その傷は中々治りが遅いだろう。
切ると同時に直進し、エマの背後に移動したクロウ。
エマとクロウは数メートル程度離れているが背中合わせになり、銀で斬られたエマは癒え難い傷と共に火傷を負い、力無く膝を着く。
「……いいや、貴様も終わったという事だ……!」
「……ッ!?」
その瞬間、クロウの胸から腹に掛け、十本程の傷が生まれた。
その傷はさながら刃物で斬られたよう、そこから出血し、廃樹内に血液を散らしてクロウも膝を着く。
「……ガハッ……! こ、これは……爪痕……!?」
「ああ、よく斬れるのは貴様の剣だけじゃない……私の爪は鉄をも切り裂くぞ……」
ゆらり。エマは手に付いたクロウの血を舐ながら立ち上がり、それによって自分の血も再び流れる。
しかし、それを意に介している暇は無い。今は何より、狩人を狩るするのが最優先だからだ。
「そして私の拳は……全てを砕く……」
「……!! ……な!?」
そして膝を着くクロウの前にエマは向き直り、『拳を巨大化させてクロウに向けていた』。
その拳の大きさは部屋を埋め尽くす程あり、その存在感、威圧感は圧倒的だった。
「その手……ヴァンパイアに巨大化能力何てあったか……!?」
エマの拳を見、ヴァンパイアの使う能力から巨大化するモノはあるのか考えるクロウ。しかしヴァンパイアに変身能力はあれど、自己強化の能力は無いと言う結論に至る。
「ふふ、確かに私に巨大化能力は無いが、様々な動物に姿を変える事が出来る……つまりその性質を利用すれば……自由自在に細胞を変化させる事が出来るのさ……空気中にはあらゆる物質が漂っているからな。生き物をヴァンパイアやグールに変える力を持っているんだ……ほんの少しの変化だけで空気中の物質を変える事は容易よ……」
困惑するクロウに対し、淡々と言葉を綴って説明するように話すエマ。
曰く、巨大生物に変身する際にエマは一度身体を砕いて再構成し、空気中の物質と己の身体を混ぜる事で面積を広げて巨大化させているらしい。
「そんな事……!」
「出来る、そして貴様は死ぬ。揺るぎ無い事実だ……」
「…………!」
クロウが何かを言おうとした瞬間、威圧を放って言葉を続けさせないエマ。
クロウは黙り込んでしまい、エマはニヤリと笑う。
「終わりだ……」
「ま、待て……早まる……!!」
次の瞬間、クロウが何かを言い終えるよりも早くにエマの拳がクロウの腹部に振り落とされた。
「……ッ! …………!!」
その衝撃で廃樹は大きく揺れ、轟音と共に床が抜けて粉砕する。
クロウに振り落とされたのは、普通の小さな拳だった。つまりそこに、巨大な拳などは存在していなかったのだ。
通常時でも流石の力を誇るヴァンパイアの拳だが、拳を巨大化する能力など秘めていない。
「……"催眠"だ。それっぽい言葉と催眠術を掛ける事で貴様に錯覚を与えた……威力は上がらなくとも、貴様を沈めるには十分過ぎるものよ……」
そう、エマは"催眠術"を使いクロウに幻覚を見せていたのだ。
脳は実際に起こっていない事も記録してしまい、思わせるだけで火傷などの怪我を負う事もあるという。
それを利用した催眠術により、巨大化な拳で殴られたという錯覚を見せて普通よりも強い一撃を受けたと思わせたのだ。
「後は……」
そしてエマが外を見たその時、再びエマ目掛けて矢が飛んで来た。エマはその矢を掴み、眼前で止めた。
あと数ミリで眼球を貫かれただろうが、戦う者が居なくなったので簡単に受け止められたのだ。
「後は奴だけか……」
そしてエマは傘を開き、傘ごと霧状となってルックの居るであろう大樹へ向かった。
「まあ、一対一って事ね……」
「ああ、そうだな。気にするな、一瞬で終わる……」
そこに着くや否や、エマとルックは睨み合っていた。
エマは傘以外の物はなにも身に付けておらず、その傘が無くなってしまえば日に当たって忽ち弱る、最悪灰となる。
二人の距離は数十メートル。エマの速度とルックの矢なら一瞬で詰められる距離。
エマは両足を軽く開き、ルックは"銀の矢"を構えて弦を引く。
勝負は一瞬、刹那を置かずに決まる事だろう。
「……銀の鏃を持つ矢……貴様も私がヴァンパイアと気付いたか……」
「……まあ、クロウ、レイヴンとの戦い……その一部始終を見れば大方推測は出来るさ……後の問題はそれをどう当てるか……だな……」
シンと辺りは静まり、遠方から微かに聞こえる幻獣の声のみがエマとルックの鼓膜を揺らす。
バサバサと怪鳥の飛び交う羽音が聞こえ、エマとルックの立つ大樹から何かが落下した。
「「────!!」」
次の瞬間、エマの姿がルックの視界から消え、ルックの矢がヒュンという音と共にエマの視界から消え去る。
そしてルックとエマは数メートル程度の所で背中合わせになっており、エマの腹部が抉れていた。
「……ふ、中々やるじゃないか……」
「……そうかい……」
そしてルックは出血して倒れ、エマの足取りがフラ付く。
ルックの身体には大きな傷が付いており、意識を失っていた。
エマも矢によって脇腹を抉られ出血したが、ある程度の痛みは慣れている。なので耐える事が出来たのだ。
「さて……いつも以上にダメージを負ってしまったな……銀の武器をこれ程まで巧みに扱う者が居るとは……いやはや、中々厄介だったな狩人とやらは……。取り敢えず……少し血を頂こう……残り二人からも貰うか……」
エマは倒れているルックから少し血を貰い、傷を癒しながら呟くように話す。
ついでにクロウ、レイヴンからも血を貰うらしい。ヴァンパイアに血を取られるというものは、自分自身がヴァンパイアとなったりグールになったりと難点も多いが、本人に隷属させる気が無ければそのままの姿で居る事が出来、快楽を感じさせる成分がヴァンパイアの体液にある為痛みも感じ難くなるのだ。
何はともあれ、こうして狩人狩りは終了した。一先ず狩人達を捕らえ、フェニックスの元へ戻るエマだった。




