二百二十九話 狩人捜索
──"ペルペテュエル・フラム"。
「……さーて……狩人は何処に居るのか……」
大樹から大樹へ移動し、高いところから狩人を探すブラック。
大樹の天辺に立つブラックは辺りを見渡し、風を肌に感じながら街並みを眺めていた。
「全くもって検討が付かねェ……まあ、当然っちゃ当然だがな……。はてさて、一体どうしたものやら……」
春風を受けるブラックは割りとリラックスしている。
無論しっかりと探しているのだが、気配も感じなければ宛も無い。それらの事柄によって中々に苦労するのである。
「上じゃなく下か……それとも両方に控えているのか……」
ブラックは街を見渡す事が出来、他の者に見付かりにくい事から上を中心に探していた。のだが、その人数は一人じゃないと考え、その結果下の木々や上の大樹、その両方に居ると推測したのだ。
「……大変だな……何人居るかも分からねェし、何処に居るのかは当然分からない……ヴァンパイアとラビアは分かるか?」
現在、ブラック、エマ、ラビアの三人は全員が別々に行動している。それはその方が狩人を見付けやすいから。
相手の人数すら分からない現状、少しでも怪しい者を炙り出す為に人数を分担しているのだ。
(そもそも、俺とフェニックスが戦り合った時に幾つかの大樹を破壊したが……その時破壊された大樹に生き物の気配は無かった……つまりその時点で幹部の棲む大樹付近に狩人はいないという事……多少騒ぎになったがその時もおかしな動きをする奴は居なかった……)
ブラックは大樹の上で思考し、狩人達の動きを推測する。
推測といっても予想は出来ない。ブラックの行う推測とは、この街に来てから起こった中で何かおかしな事が無いかを自分の記憶から探し、そこから狩人の動きを読むという、かなりの記憶力を必要とする高度な事を行っていた。
(駄目だな。記憶の中には怪しい奴がいねェや……)
そして記憶を探り終えたブラックは、何も成果を得られなかった。
寧ろ、成果を得る事の方が難しいので仕方無いと言えば仕方無いのかもしれない。
だが、何も得られないなりに得られた情報もある。
「フェニックスの棲む大樹付近数キロには居ない……なら、そこから数キロ離れた場所を探すのが一番か……」
それは幻獣の国幹部であるフェニックスが居た大樹付近、そこから数キロ離れた場所に居る可能性が高いという事。
ブラックはフェニックスと戦っていた時も辺りに気を配り、怪しい気配を逃さないように警戒していた。
しかし周囲にそのような気配は無く、仲間であるエマ、ラビア、猪八戒を除くと逃げ惑う幻獣たちくらいしか気配らしきモノは無かったのだ。
その事から見出せた答えは、その付近では無く更に遠くに狩人が居るという事である。
「ま、面倒な事に変わり無ェが……ある程度絞れただけマシか……」
次の刹那、ブラックは大樹から姿を消し去り、フェニックスの居た大樹付近から離れた。
取り敢えず場所までは分からなくとも、何処を探せば良いのかが分かったので良しとする。
今度は下と上を行き来し、狩人を探すブラックだった。
*****
「……居ないな……」
カツカツと、足音を鳴らして大樹の中を歩くエマ。
クルクルと傘を回し、薄暗い大樹内部を進む。そこは廃墟と化した大樹だった。大樹は樹。樹なのに廃墟とはこれ如何にと思われるが、その表現は比喩にあらず訂正は無い。
その樹は当の昔に枯れているのだ。その命は尽き、水分も無く草も生えていないその樹。
幻獣たちも棲み付かず、まさしく廃墟。廃木。廃樹というのに相応しい大樹。
「栄枯盛衰……形ある物は何れ朽ち果てる……自然の摂理にして確実にそう決まっている事……この大樹もよく生きたものだな……」
日光も入らないので傘を閉じ、大樹の壁に触って思いを馳せるエマ。
エマに植物の事はよく分からないが、この樹が多くの幻獣たちに愛され、惜しまれながら朽ちた事は理解していた。
この樹は生きていれば樹齢数万年となっている事だろう。
そして観察するに、この樹が朽ち果てたのはエマがこの世に生を受けた時という事が分かる。つまり数千年前、その時この樹は朽ち果てた。
「ふふ、何かしらの運命を感じる樹だ……何も関係無い樹だが、たまたま寄った廃墟がこの樹とはな……」
樹に触れつつ、ゆっくりと歩みを進めるエマ。当初は狩人を探すのが目的。しかし、探す為に寄った樹がこの樹だったという事に対してエマの興味がいったのである。
「……ふむ。数時間程誰かが居たようだ……既に死んでしまった樹に居る物好きはそうそう居ない……此処から何処かへ向かったんだな……」
そして一つの部屋に視線を向け、匂いや空気の変化を読み取って先程まで誰かが居たと推測するエマ。
大樹にも興味があるエマだが、本来の目的を忘れた訳じゃない。
この大樹に来たのは廃墟だったから。廃墟だからこそ、誰かが身を潜めるには丁度良い場所となっていたのだ。
その予感は的中し、実際に手掛かりを掴む事が出来た。
一つでも手掛かりがあれば、そこから捜索するのは容易くなるだろう。
「後は手掛かりを確かにする為、何かの痕跡でもあれば良いが……流石にそこまで間抜けじゃなかったようだな……匂いはあるが薄れている……そして布や私物を落とした訳も無い……空気の変化も戻りつつある……。……今見付ける事が出来たのは幸運だったな……」
エマはその場にあるあらゆる情報を読み取り、狩人らしき者達の痕跡を探す。
しかし狩人も熟練者らしく、野生動物が有している嗅覚や直感力などを警戒するように、痕跡は出来る限り残していない様子だった。
中々の手練れという事は理解していたエマだが、本人の言うように手掛かりが消えるよりも早くこの場所を見付ける事が出来たのは幸運だろう。
「この場所は……」
そしてエマはそこから見える景色を覚え、位置を確認した。
廃墟となった大樹の時点で絞られるので、次にこの場所へ来る時は楽に行けるだろう。
「じゃあ、魔族の二人組みに教えるとするか……」
瞬間、エマは霧となり、衣服や傘を含め全てがその場から消え去った。
理由は一つ、ブラックとラビアにこの場所を伝え、そこから狩人の居場所を特定する為である。そして、次の瞬間にはそこから何も居なくなった。
*****
「うーん……見付からないなぁ……」
テクテクと、軽い足取りで狩人を探すもう一人──ラビア。
ラビアは軽快に歩きつつ、上下左右と彼方此方を見渡して捜索していた。
しかし手掛かりは得られず、半ば投げやり気味に歩く。
「一体何処に居るのかなぁ……」
退屈そうに呟きながらも自分の任務を全うするラビアは、狩人を探すついでに幻獣たちの様子も見ていた。
「何か、不思議な感じだなぁ……動物たちが普通に生活をするって……幻獣の国なんだから当たり前だけど……幻獣たちが人間・魔族並みの知能を持ったらもっと発展するのかなぁ……」
大樹の家に棲む幻獣たちは、その姿や形を除けば人間・魔族と何ら変わりは無い。
街行く者たちは野生の幻獣よりも知能が高く、買い物なども普通に行う。
魔族であるラビアを興味の目で見ているが、その幻獣たちの起こす喧騒は普通の街と何も変わらない。
数百、数千年もすれば幻獣たちが独自の文化を持ち、自然に身を委ねず科学も扱うかもしれない。そう錯覚する程、普通の街と変わり無かったのだ。
「……この平穏を乱す狩人やヴァイスって人達は……ちょっと許せないかな……」
内心、ラビアは穏やかではなかった。
普段は飄々としているラビアだが、平穏な国が攻められている現状に腹が立つのだろう。
それのみならず、その侵略者の中には自分たちの"元"仲間が居るという事が原因でもあった。
自分の街を売ろうとし、そのまま攻め込んだだけではなく敵の組織に寝返った者。
街である責任者の一人として、そのケリを付けなくてはならなかった。
「ハリーフ……アイツは私たち"マレカ・アースィマ"のメンバーが責任持って片付けなきゃね……」
狩人を探しつつ小さく拳を握り、改めて覚悟を決めるラビア。
元々自分たちの街を担当する幹部の側近だったハリーフは、自分たちの力で抑えようと考えているのだ。
それがライたちやハリーフに対しての最低限の敬意、迷惑を掛けた落とし前は自分で着けるとの事。
「ククク……その性格でハリーフを殺れんのか? ラビアの事だ……最終的に油断して逆に殺られる未来しか見えねェぞ?」
「……!?」
ザァ、と風が吹き抜ける中、ラビアの耳に聞いた事のある声が響いた。
その者"も"魔族の国で幹部の側近を勤めていた。そして、聞いた話だと自分の仕えるべきである幹部を殺そうと目論み、その街に居たライによって消された者。
死んだとばかり思われていたが、ヴァイス達の仲間によって蘇ったその者──
「……ゾフル……!!」
「ククク……久し振りだな……ラビア?」
──ゾフル。
魔族の国"レイル・マディーナ"の幹部、ダークの側近にしてダークの命を狙った者である。
「……」
「……」
ゾフルはラビアの背後におり、堂々と佇んでいた。
そんなゾフルを見たラビアは立ち竦み、どう動けば良いのか分からなくなる。
ラビアは警戒していたのだが、その警戒の網を掻い潜り、そのままゾフルは現れたのだ。混乱するのも無理は無いだろう。
「貴方……何時から此処の街に……? 結構警戒していたんだけど……気付かなかったよ……」
「ククク……強いて言うなら……"今さっき"だな……」
警戒を高め、ゾフルに攻撃をさせまいと質問するラビア。
その質問に対し、あっさりと答えるゾフル。ゾフルが来たのは今さっきと言う。
つまり、ラビアが『気付かなかった』のでは無く、ラビアは『たった今ゾフルの気配に気付いた』という事だ。
「……で、この街に来たって事は……私たちを相手にするって事?」
「ククク……当然♪」
刹那、ラビアとゾフルは同時に飛び退いた。
その衝撃で辺りに粉塵が舞い上がり、周りを歩いていた幻獣たちは何事かとそちらを見やる。
しかし既にその場には誰もおらず、音も無く漂い続ける粉塵のみが残されていた。
*****
──"ペルペテュエル・フラム"、廃樹。
「此処に手掛かりがねェ……つか、ラビアは?」
「いや、知らぬな……一応探したがそれらしき姿は視界に入らなかった……」
狩人を捜索していたブラックとエマは、手掛かりを見付ける為に廃墟と化した大樹に居た。
エマは三人で行く為にラビアも呼ぼうとしていたのだが、どういう訳かラビアの姿が見付からなかったので諦めて自分たちだけで行くと決めたのだ。
「もしかしたら……マジで早いとこ済まさなけりゃいけねェかもな……敵組織の事もあるしよ……ヴァイス達とやらが軍隊な分、狩人よりも更に厄介だ……」
それを聞いたブラックは一つの事を懸念し、さっさと済ませるべきと呟く。
もしかしたらラビアは、狩人かヴァイス達一味の誰かと接触し、動けない状況に陥っていると推測したからだ。
「ああ、狩人の実力は定かじゃないが、流石に幹部レベルは無い筈だ……仮にあったとしても然程苦労はしないだろう……取り敢えず今は確かな手掛かりを掴み、さっさと事を済ませるのが先決だ」
「意義なし、当然の事だな。さっさと行ってさっさと狩人を狩るする……その後ラビアを探すか……。アイツはそうそう殺られるタマじゃねェからな。多分大丈夫だろ」
エマの提案を飲み、即答で返すブラック。
魔族の国の幹部としてラビアは心配であるブラックだが、ラビアの強さは認めているので心配だと言ってもそれ程心配はしていなかった。それはラビアへの信頼からだろう。
「ふふ、そうか。ならば話は早い……此処の大樹から手掛かりを見つけ出し、狩人の居場所を突き止めてそこを攻める……簡単な作業じゃないか……」
エマとブラックは、まだ狩人の居場所を特定した訳ではない。しかし、この大樹からその場所は軽く見付かるだろうと確信していた。
「取り敢えずこの中だ……距離はそんなに無い」
「オーケー……」
狩人に対しての手掛かりがあるかもしれない大樹。
エマとブラックはその大樹に入り、狩人の捜索を大詰めにするのだった。
*****
──"???"。
此処は"ペルペテュエル・フラム"から数キロ程離れた森。
幻獣の気配は無く、あるのは春の昼間にも拘わらず暗くジメジメした空間のみ。
「ククク……流石の側近だな……中々強ェじゃねェか……」
「そう……貴方も中々やるわね……ま、悪魔で中々止まりだけど……!」
──そして、その森で行われ続けているラビアとゾフルの戦い。二人は互いに大きな傷は無く、肩で息をしているがまだまだ余裕のある表情で戦闘を行っていた。
此方の二人が織り成す戦いも、まだまだ続こうとしていた。