二百二十八話 狩人対策
──"ペルペテュエル・フラム"、大樹の近く。
砕けた大樹を再生し、幻獣たちの棲み家を戻したフェニックス。
棲み家が直った幻獣たちは棲み家に戻り、そこでゆったりと過ごしていた。
現在ブラック、エマ、ラビア、猪八戒、フェニックスの四人と一匹、プラス幻獣兵士たち四、五〇匹が居る場所はフェニックスが居た大樹の下。
その数や強者特有のオーラから全体的に目立つが、逆に狩人やヴァイス達の部下を誘き寄せるという意味では丁度良いかもしれない。
無論、戦っていた場所がたまたま外だったので此処で話し合いをしているのだが、それは置いておこう。
「んで、狩人対策について話すか、ドラゴンの言う侵略者一味について話すか……どうする? 幹部であるテメェに聞いた方が良いと思ってテメェに尋ねるぜ……フェニックス」
向き直るや否や、事を早く済ませようとフェニックスに尋ねるブラック。
その言動は相変わらず乱暴だが、真面目な様子ではあった。
それもその筈、ブラックは始めから真面目である。魔族故の言動によって喧嘩を売っているような口調になるが、真面目に話合いをしようとしていたのである。
『そうですね……狩人と侵略者。その両者は何時攻めてきてもおかしくない者達……しかしこの街に来ている事を踏まえ、狩人について話した方が良さそうですかね……』
そんなブラックに向け、今度は普通に返したフェニックス。
ブラックの事は相変わらず気に入らない様子だが、街の為に行う話というのなら別なのだろう。
「成る程な。確かに来ている奴等と来ていない奴等じゃ、来ている奴等を優先した方が良い……それが今この場に居なくてもな。……って事で狩人についての話し合いをするが……テメェは何か知ってるか? 狩人について……」
フェニックスの返答を聞くや否や、即座に話の方向を狩人に向けるブラック。
優先順位が決まった今、それについてさっさと話した方が良いのは事実。なのでブラックはさっさとそれをフェニックスに促した。
『即断即決ですか……まあ、関係ありませんね。対策を取るに越した事は無いですからね……どうしますか? 今居場所を突き止めて攻めるか、相手が攻めて来るのを待つか……何れにせよこの街の者たちは傷付けさせませんがね……』
そんなブラックに少し肩? を落とすフェニックスは、気を取り直して返す。その問いは敵に向かって攻めるか敵が攻めて来るのを待つか、である。
その二つの選択に利点、欠点は勿論ある。
例えば敵に向かって攻める事に対しての──
──利点。
それは敵はこちらの動きに気付かず、不意を突いて仕掛ける事が出来る。不意を突ければ、相手が幾ら作戦を練って対策していたとしてもその作戦を決行させない事も出来る。
──欠点。
それは現在、相手の居場所を特定出来ていない事だ。
居場所が分からないのなら敵を探さなくてはならない。しかし、探しているうちに敵が此方を見つけてしまった場合、不意を突くという事も出来ず逆に不意を突かれてしまうかもしれないという事。
続いて敵を攻めず、敵が攻めて来るのを待つ場合の──
──利点。
それは自分たちが大きな動きを見せない事によって、何も知らない相手が迂闊に攻めて来るかもしれないから。
敵も一応警戒はするだろうが、ブラックたちが何も知らないと思っているのならその警戒は緩い。そこを一気に落とせるのだ。
それに対し、自分たちでも色々な策を練る事が出来、それが嵌まれば無傷で敵を蹴落とせるだろう。
──欠点。
それは殆どの確率で先手を打たれるという事。
待つという事は自分たちが攻めずに我慢するという事。我慢するという事は相手が仕掛けてくるのを待つという事。
待つ=我慢の現状、相手がどうでるかにもよるがほぼ先手を打たれるだろう。
利点で述べたように作戦を練れば先手を打ち返す事も出来るだろうが、それは別の話である。
何はともあれ、利点・欠点を挙げればキリが無い。
要するに、それ程選択の幅があるという事だ。
選択が多いというのは悪い事では無いが、良い事でも無い。その分、敵にもそれ程の選択が出来るという事だからである。
そんな数ある選択の中から作戦を決めるのは中々時間が掛かりそうなモノだろう。
「良し、じゃあ攻められるより攻めるのが良い奴、挙手しろ。俺は挙手する」
「はいはーい、私もー」
「私も攻める方が好きだな……うむ」
『『…………』』
そして、ブラックは攻める方が好きなのは誰かと尋ね、ブラック、エマ、ラビアが挙手する。それを見て黙り込むフェニックスと猪八戒。
「……んじゃ攻められるのが良いのはテメェらって事だ……部下兵士たちからも聞きてェが……如何せん数が多過ぎる……適当に割り振るか」
そして、これにてブラック、エマ、ラビア、猪八戒、フェニックスの話し合いが、
『ちょっと待ちなさい!』
──終わらなかった。
「……あ? んだよ急に……テメェらと数十匹の幻獣兵士が敵を迎え撃って、俺たちが敵を探して本拠を潰す……最善の策じゃねェか?」
そんなフェニックスに向け、ブラックは面倒臭そうに返す。
ブラックからすれば既に話し合いが終わっているらしく、「まだ何かあんのか?」と言っていた。
『大アリです! アナタ方、もしかして馬鹿なのですか!? いえ、馬鹿ですね。失礼しました見れば分かります。私は慎重に作戦を練るべきだと思うのですが、何故アナタ方はそう自由に……?』
ブラックの返答に呆れ、羽を落として応えるフェニックス。
フェニックスはブラックたちの自由さに振り回されており、何もモノが言えないような表情だった。
「ククク……別に良いじゃねェかよ。延々と長っ怠い話し合いをするよりは効率的だ。時間はあるが……何時攻めて来るか分からない敵をそわそわして待つより、さっさと手っ取り早く迅速に決めた方が良い。だから攻める組みと攻めない組みの班に分けたって訳だ」
『……』
フェニックスの言葉に対し、さっさと決めたその理由を淡々と綴るブラック。
それは効率が良いからとの事。
確かに迅速に決めた事で作戦を練る時間や休む時間が増えたが、フェニックスは慎重に決めなかった事が腑に落ちない様子だった。
「何か言いたげだな……だがまあ、承認して貰うっきゃねェぜ? 敵が何時来るのかは俺にも分からねェ。まあ、推測で夜って言ったが……悪魔でその可能性が高いってだけだしな。つまるところフェニックス。……テメェの街を護りたきゃ、否が応でも俺たちに協力して貰うって事だ」
『ふむ……』
現在の時刻は昼過ぎ。後数時間もすれば日は沈み、夜が訪れる。
その時間で自分たちが出来る事は限られているだろう。
そして、ブラック、エマ、ラビアが狩人を見つけた場合、残った者たちはゆっくりとヴァイス達が来るのに備えられ、休養やその他の為に有意義な時間を過ごす事が出来るのだ。
『……分かりました。では、アナタ方には狩人の事を任せましょう……私たちはアナタ方がしくじった場合に後片付けをする第二陣として控えています。そしてこの街に来るかもしれない侵略者一味に対抗するチームとして……』
それを聞いたフェニックスは、無理矢理自分に言い聞かせる事で納得する事にした。
まだ完全にブラックたちを認めた訳では無いフェニックスだが、認めていないのはブラックの性格のみでその強さは認めている。
互いに全くの本気ではなかったとはいえ、互角に渡り合えた時点で十分だろう。
「ハッ、そうかい。そいつはありがたいな。しっかりと任させて貰うぜフェニックス。……つー事で腹拵えでもしようぜ! 腹が減っては戦は出来ぬって言うしよ!」
『……はい?』
そして、ある程度の話を終えたブラックはフェニックスに向けて食事を促した。
それを聞いたフェニックスは思わず素っ頓狂な声を上げ、ブラックの態度に呆然とする。
それもその筈。先程まで真面目な顔付きで話していたブラックが唐突に昼食を要求してきたのだ。困惑するのも無理は無いだろう。
「クハハ、何だその顔は? 今は昼食刻だろ? 昼に飯を食う、幻獣たちは分からねェが俺たちにとっては常識だ!」
『……はあ……そうですか……』
先程までの張り詰めた空気など無くなったかのようなブラックの態度。
呆気に取られたフェニックスはこれ以上何も言うまいと、ブラックに返すのを諦めた。
何はともあれ、ブラック、エマ、ラビア、猪八戒、フェニックスの話し合いはこれにて終了し、昼食を摂る事になった。
*****
──"ペルペテュエル・フラム"、???
此処はこの街"ペルペテュエル・フラム"の何処かにある大樹。
そこは外からの日光が遮断されており、目の良い幻獣にも見つからないだろう場所だった。
その場所で動く三つの人影があり、ボソボソと何かを話していた。
「さて、そろそろ行くとするか……此処は幻獣の国……御偉いさん方の欲しがる幻獣も多いって訳だ……」
「今回は捕獲メイン。討伐じゃない分、割りと楽だな……」
「まあ、仕掛けた罠は全て突破されたけどな……」
その者達は口々に話しており、話の内容からするにブラックたちが向かう道中、罠を仕掛けたのはこの者達だったようだ。
つまり、この者達が"ペルペテュエル・フラム"に入り込んでいる狩人という事。
「それを言うなよ。俺だって割りと苦労したんだぜ?」
「まあ、そもそもあの罠は幻獣用じゃねえだろ」
「それを言うなよ……割りと傷付くぜ……」
その罠は幻獣用では無く、普通の動物用。
幻獣も動物だが、俗に言う動物とは根本的に違っているのだ。
狩人が使う道具という物は数多くある。
それは主に"採取用"・"捕獲用"・"討伐用"の三つに分けられている。
"採取用"は釣竿や草を刈る鎌など、"捕獲用"は麻酔銃や網など、そして"討伐用"は率直に武器。
それらを巧みに操り、より効率的かつ繊細な作業を行うのが狩人。
「ふふ、失敗どうこうはさておき……この街の御方達が何匹俺たちの存在に気付いているか……だ。それによって俺たちが行動すべき次の段階が分かる……」
「……ふうん? 割りと気付いている奴居るかもな……さっきこの街の幹部とやらが客と話していたし……」
その大樹から外を見やり、街全体を見渡す狩人達。
彼らは自分達の存在が既に何匹かに気付かれていると考えており、気付かれている体で動こうとしていた。
「まあ、気付かれている体だとして、どうするんだい? 夜か今か……」
「……どっちだとしても割りと苦労はするだろうし……」
「ふはは。何はともあれ、何がどうかれ、それはされど、関係無い……俺たちの目的はただの資金集め……今後楽に生活する為だからな……」
ザァ。そこが高所だからか、一際強い風が入り込んで来た。
次の瞬間にはその場へ誰も居なくなっており、暖かく涼しげな春特有の風のみが残る。
天気は快晴、その場からは一筋の風すらも無くなり、虚無の空間が残っていた。
*****
「ふう……中々旨いな、このフルーツに魚や肉と水。……自然だからこそか、素材その物の味を楽しめる……」
コト、ヤシの実の殻の器に入った水を飲み干し、軽くため息を吐いて呟くブラック。
その場所は見晴らしの良い丘であり、街の様子を一望できた。
その丘に集まっているのはブラック、エマ、ラビア、猪八戒、フェニックスと幻獣兵士たち、二、三〇匹。
街を見てみるという兵士たちもおり、残りの兵士たちは街を探索していた。
「当然です……炙らなければ食べられないと仰ったので私の炎を使ったのですから……新鮮さに磨きが掛かり、より一層美味になった事でしょう……」
「クハハ、確かにそれは否定出来ねェ……いや、否定する必要が無ェな。旨いぜフェニックスよ」
「……ッ。正直過ぎるのも少し違和感がありますね……」
目の前にある肉類や魚類に対し、己の炎を使って炙ったと言うフェニックス。
それもあって生命力、即ち新鮮さが増して美味になったとの事。
それにブラックは同意し、それを言われたフェニックスは逆に動揺する。
「ところでだが、フェニックス。何でテメェは『人間になっている』んだ? 魔族……よりは人間に近いよなァ……その見た目……」
「……」
そして、人のような姿となっているフェニックスに疑問を覚え、ブラックは尋ねた。
その姿は全体的に神々しく美しい。その美しさからはリヤンを彷彿とさせるが、フェニックスの場合は血の繋がりなどは無い。
幻獣としての美しさだった。
しかしフェニックスは人化した見た目も美しく、髪の色は赤み掛かった柑子色をしており、身体から出る筈の無い輝きが発せられていた。
人化した性別は雌。即ちフェニックスは女性である。
美女という枠に当て嵌まるその姿は幻獣だと知っても魅力される者も多いだろう。
「人間になった理由はこの場所が問題ですね。此処は見晴らしの良い丘。そんな所に幹部が居た場合、たちまち騒ぎとなるでしょう。アナタ方に人間は居ませんけど、魔族やヴァンパイアに姿、形が似ているのならと考えた次第です。猪八戒はまあ、ペット的に見られる筈ですし」
『ブヒッ! 僕だけなんだか扱いが雑じゃないかなフェニックスさん!?』
フェニックスがそのような姿を取っている理由、それは行動するに当たってブラック、エマ、ラビア。そして一応猪八戒と似たような姿や形になる為。
幹部であるフェニックス。フェニックスとは世界的に有名な幻獣。
そのような者が街中に現れたりすれば、そこには混乱が生じるだろう。
その混乱を防ぐ為にも人化し、あまり目立たぬようになったという事だ。
「ほう……。幻獣の国では珍しい人間……しかし人間に近い姿をしている俺たちが居るからこそ、人間の姿を取っても違和感が少なくなる……か」
つまりフェニックスは、木を隠すなら木の中、人を隠すなら人の中……のように、人化した自分を隠すなら人間に近い形である魔族やヴァンパイアの近くに来たという事。
「それでも十分目立ちそうだが……確かに普段よりは目立たねェかもな……寧ろ此処の丘に居るのが魔族とヴァンパイアのチームだけって考えりゃ、テメェが幹部のフェニックスとはそうそう考えねェかも知れねェか」
要するに、フェニックスの存在を街中に現さない為に人化し、その人化した姿を目立たせない為にブラック、エマ、ラビアのような者たちの中に隠れたという事。
フェニックス自身を目立たせない為の、最善の策がこれだったのだ。
「はい、その通りです。恐らく私をフェニックスだと思う者はそうそう居ない筈……ですから自由に行動しているのです、私は」
ブラックの言葉を聞き、同意するように返しながら淡々と言葉を綴るフェニックス。
フェニックスも、この姿なら自身が幹部であると気付く者は少ないと考えているようだ。
まあ、気付かれたらマズイのでこの姿になっているフェニックスからすれば丁度良いのである。
「んじゃ、取り敢えず腹拵えも終わったし……そろそろ俺たちは狩人を探し出すとするかァ……」
そしてブラックは最後に一つのフルーツを口にし、それを食べ終えると同時にスッと立ち上がった。
「……ああ、そうだな。さっさと行こう……」
「オッケー♪ 宝探し……じゃないけどね♪」
それに続くよう、エマ、ラビアの狩人を探す組みも立ち上がる。
ブラック、エマ、ラビアの目的は狩人を見つけ出し、それを片付ける事。
時刻は昼過ぎから少し経ったが、まだ日が沈む時間帯では無い。
狩人を見つけ出し、逆に狩るする時間は十分にあった。
「……では、皆様。狩人の方は任せました。私もドラゴン様に協力するかは保留しておきますが、取り敢えずこの街の事は解決させようと考えています」
『ブヒッ!』
そんなブラックたちに向け、先程まで納得していなかったフェニックスは告げる。
取り敢えずやるだけやらせた後、駄目だった場合に自分たちが何とかすると完全に決めたのだろう。
しかしドラゴンが言っていた、ヴァイス達侵略者に支配者、幹部を総動員させる事についてはまだ答えを出していないようだ。
それはさておき、まだブラックたちを認めてはいないが信頼はしてくれるらしい。
温厚で話せば分かるというフェニックスの性格は強ち間違っていないようだ。
何はともあれ、ブラック、エマ、ラビアとフェニックス、猪八戒の五人は狩人対策に動き出す。
ヴァイス達侵略者より先に、先ずは狩人狩る為に行動を起こすのだった。




